イノベーティブな起業家を動かすものは「金」か「利他主義」か?

新型コロナウイルス(COVID-19)に完全に飲み込まれたこの新しい世界では、難局を打開しようとさまざまなイノベーションが湧き上がっている。3Dプリンターは医療用具を次々に作り出す(Technology Review記事)。検査方法は急速に進歩(Bloomberg記事)し、5分で結果がわかるようになった。教師たちは完全なオンライン授業のためにカリキュラムを作り変えた(Quartz記事)。これは人類とウイルスとの戦いだ。世界はできる限り迅速に対応しようとしている。

そんな中で先日、シリコンバレーを代表する投資家と起業家精神を鼓舞するものについて話し合った。彼の場合、そしてシリコンバレーの彼の仲間たちも含め、答は明らかだった。人はヒーローへの憧れに突き動かされる。その野望は、勝者として認められたい、そしてそれがもたらす富を享受したいという永遠に満たされぬ渇きに根ざしている。

だがこの認識には問題がある。新型コロナウイルスに対処している数多くのイノベーターたちは、そこに含まれないからだ。貧困、公衆衛生、教育といった難しい問題の解決に情熱を燃やす人々だ。MIT Solveで、100人を超える国際的な社会起業家たちと密接に仕事をしてきた私は、シリコンバレーのヒーローたちとはまったく異なる人物像があることに気がついていた。私が知る起業家たちは、本当の問題を解決したいと考えている。インフルエンサーやNetflixのスターを目指してはいるわけではない。

例えば、子供の発達を促すツールを両親に提供する「Kinedu」(キネデュー)アプリの開発者であるLuis Garza(ルイス・ガーザ)氏だ。中南米の育児チェーンで働いていた彼は、初めて子どもを持った親たちの、赤ちゃんの育児に対する不安を感じていた。彼は、何をすべきかをみんなに教え「自分はいい親だと自覚させる」ための方法はないかを模索した。開発以来Kineduは、400万人の生活に大きな影響を与え、いまは新型コロナウイルス対応として、家で孤立して助けを求めているすべての親に無料のサブスクリプションを提供している。

イノベーションの誘因を評価する目的で最近行ったコロンビア・ビジネス・スクールとカーネギーメロン大学との共同実験では同じ結論が示された。すべての起業家が富と名声のために動いているわけではないというものだ。もし富と名声が誘因だとすれば、そうでない人たち、つまり「ヘルパー」起業家たちは排除されてしまうことになる。

我々は世界76各国の1万1000人の起業家に電子メールを送り、Solveが主催する「Global Challenges」(グローバル・チャレンジズ)への参加を呼び掛けた。独自のビジネスソリューションを提出し、審査に合格すれば資金、指導、援助が受けられるというプログラムだ。各自には、次の3つのメッセージのうちひとつがランダムに送られた。ひとつは社会的影響を強調するもの。ひとつは賞としての資金援助を強調したもの。もうひとつは神経抑制的なものだ。私たちは彼らからの申し込みメールを見て、どのメッセージがもっとも響いたかを評価した。

その結果、女性には社会的影響がもっとも大きな誘因になり、一方男性は資金が誘因になることが多いことがわかった。国の文化も影響していた。利他的な文化を持つ国の人たちは社会的影響に動かされることが多く、そうでない国の人たちは資金が誘因になることが多かった。

性別、文化、経歴などに関して真にインクルーシブになるためには、意図的に起業家を刺激し支援する方法を考えるなければならない。私たちはそのヒーローとヘルパーという2つの本能に訴える必要がある。だが、多様な参加者を呼び寄せるための言葉選びは、第一段階に過ぎない。ここに、多様なイノベーターを意識的に鼓舞したいと考える投資家や支援者のための3つのガイドラインを示そう。

起業家の参入のハードルを下げる

申し込み書には難解な業界用語を使わない。イノベーターにピッチの指導をして準備させる。使命によって突き動かされたことをアピールする言葉を選び、単に金目当てのイノベーターでないことを示す。以上のことを守れば、MBAやハイテク業界での経歴を持たないイノベーターも、いつでも気軽にプログラムに申し込めるようになる。その代表がコメディアンからスタートアップ創設者に転身したArturo Hernández(アルトゥーロ・エルナンデス)氏だ。彼はSupercívicos(スーペルシビコス)という、都市インフラで問題のある地点を記録し、行政が対応できるようクラウドソース化するという、150万人の利用者を擁するアプリを開発した。

起業家の「有望性」の定義を広げる

「右肩上がり」の急成長で次なるユニコーン企業を築く有望なベンチャーの判断基準はパーカーを着た起業家、というのはいつ決まったのだろうか? シマウマ(利益と使命という2色の目的を生き残りのために協調させている起業家が実際にいる)ではダメなのか? Nicole Bassett(ニコール・バセット)氏はThe Renewal Workshop(ザ・リニューアル・ワークショップ)を共同創設した。彼女は、アパレルと繊維ブランドのために廃棄物ゼロの循環型ソリューションを提供している。彼女は衣服のリサイクルとアップサイクルのための新しいビジネスモデルを急成長させ、営利目的のスタートアップとして利益を追求しながら、およそ45万トンの繊維製品を埋め立て処分から救い出した。

資金提供を超える支援を

新しいベンチャーを興すには、資金はきわめて重要だが、社会起業家には技術的専門性や指導も同じぐらい重要であると認識しなければいけない。一流の起業家から指導を受けた創設者は、自社を一流企業を育てられる可能性が3倍高くなる。データと分析の技能を訓練するプラットフォームRefactored.ai(リファクタード・エーアイ)を作り上げたRam Katamaraja(ラム・カタマラジャ)氏の場合を見てみよう。彼は規模の拡大のためのマーケティングとブランディングの支援を必要としていたが、指導によって「大混乱と恐怖に陥りがちなそのプロセスが、満足のいく、非常に生産性の高いものに変わった」と話している。Refactored.aiは8000人以上のユーザーの技能を高めてきた。

有望な起業家に対する理解を広げ、プログラム参加へのハードルを下げ、個々に即した支援を行わないかぎり、戦局を変えてこのパンデミックを克服する数々のアイデアを、私たちは無視してしまうことになる。その結果、大きな問題が解決されないまま残され、大きなコミュニティーが放置されることになる。

【編集者注】著者のHala Hanna(ハーラ・ハンナ)は、社会的インパクトのあるイノベーションのマーケットプレイスMIT Solveのマネージング・ディレクター、コミュニティー担当。

画像クレジット:Luisella Sem/EyeEm / Getty Images

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(翻訳:金井哲夫)

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TechCrunch Japan

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