エコノミストはまだモデルを放棄していない、でも時間の問題だ

認識の柔軟性が世界の新しい秩序

昨今、多くのものが不足しているが、認識の柔軟性もその1つである。

現代の世界ではデータ、モデリング、ヒューリスティック(経験則)、「直感」が混在しているが、人間はこのような極度の複雑さに向き合うことに慣れている。我々はすべてを知ることはできないので、目の前にある無秩序に秩序を与えるためには、特定の視点で切り取る必要がある。直線的な時代では、そのようなプロセスが実際に(ほとんどの場合)有効である。一般的に経済は一方向に進む傾向があり、モデルと直感は多少隔たりがある場合もあるが、現実にかなり合致する。

新型コロナウイルスは我々に新しいシナリオを提示する。それは現代のグローバル化した経済環境において我々が経験したことのないものである。どのようなモデルも直感も、現在起こっている事象を正確に評価できないでいる。我々が世界を認識するあらゆる方法(文字どおりあらゆる方法)をゼロから再構築する必要がある。

先日、米国で経済の健全性に関する2つの重要な指標が発表された。週次失業保険申請件数と、3月分の雇用調査である。

失業保険に関する数値が発表される前に、ブルームバーグのMax Reyes(マックス・レイズ)氏がエコノミストの予想について次のように述べている。

ブルームバーグの調査によるエコノミスト予想の中央値は350万件で、これは前回の予想をやや上回っており、すでに過去の最大件数の4倍を越えている。

実際の結果は660万件で、予想の約2倍であった。このような数字になるには、標準偏差と中央値にどれくらいの差が必要かを考えて欲しい。

だが、私にとって真に意外だったのはその翌日の発表だ。多くの経済統計と同様に、失業者数には注目する必要がある。失業者数は毎月第1金曜日に発表されるが、調査期間はその2週間以上前に終了している。そのため、「3月」の雇用データは、実際には2月中旬から3月中旬のデータを示している。通常、このような食い違いについては多くの計量経済学者が大学院のゼミで論じるだけだが、経済における最近の極めて大きな変化により、調査の設計から生まれたこの結果が突如注目を浴びることになった。

この統計が発表される前に、ウォール・ストリート・ジャーナルのEric Morath(エリック・モラス)氏がエコノミストの意見について次のように要約している。

ウォール・ストリート・ジャーナルが月曜日までに調査したエコノミストの予想は、雇用主が従業員1万人を削減し、3月の失業率は3.5%から3.7%に上昇するというものだった。この数字はそれほど悪くないように見えるが、飲食店、小売業、製造業などで発表された大規模な解雇が含まれていない。それらは調査期間終了後の3月後半に発生したためだ。

モラス氏は以前の記事の最後で、次のような課題について述べている。

3月のレポートから考えられる結果は著しく広範なものである。調査対象のエコノミストの予想は、雇用数31.2万の増加から125万の減少までさまざまである。失業率が50年ぶりの低水準になると予想する者もいれば、5%超に上昇すると予想する者もいる。

「現在の特殊な状況に対応できる予測モデルは作られていない。不確実性が非常に大きい」と、Upjohn Institute for Employment Research(アップジョン雇用問題研究所)のエコノミストであるBrad Hershbein(ブラッド・ハーシュバイン)氏は語った。

実際にハーシュバイン氏の言うとおりで、次のように中央値は大きく乖離していた

労働省による金曜日の発表によると、ウイルスを抑え込むための努力が米国経済を崩壊させたため、3月は雇用が70.1万件減少した。さらに、3月の失業率は2月の3.5%から4.4%に上昇した。これは1か月の上昇幅としては1975年1月以来最大である。

予想1万に対して実際は70.1万であった。

専門家(および報道関係者)にとって難しい点の1つは、最近の市場の不確実性を伝える方法である。31.2万の増加から125万の減少という範囲は、もはや範囲とは言えない。この世で起こり得る現実すべてを表している(それを踏まえると、グローバルなパンデミックの中で数十万の新規雇用を予想したエコノミストは、診療所や避難所に行くのをやめるべきであろう)。

スタートアップの世界でベンチャーキャピタルから繰り返し聞いた言葉は「わからない」である。これは健全な反応である。市場が来週どうなるかは誰にもわからないのだから。ましてや3ヶ月後や2年後のことなど当然わからない。さまざまな合理的シナリオがあるが、それらのシナリオは相互に矛盾することがよくあるので、分析麻痺が発生する。

繰延需要のおかげで2年後には旅行業界は回復するのだろうか。それとも海外旅行業界は長期的に衰退するのだろうか。小売業は活性化されるだろうか。新型コロナウイルスが多くの不要な店舗を一掃して小売業の展望をリセットし、それにより小売業が今後10年間、経済における最もダイナミックなセクターになるのだろうか。

誰にもわからない。それらすべてのデータ、すべてのモデル、ヒューリスティック、直感によって多少の見通しが示される可能性はある。だが、それらは理解を助けるのと同様、新しい世界を見ることを妨げる可能性もある。

配当と自社株買い

柔軟な認識の欠如は専門家だけの問題ではなく、一般の消費者や個人投資家にも同様に影響を与える。
世界中の主要銀行は、準備金と自行の貸し付けのニーズについて熟慮し、配当を見直そうとしている。それに納得できない投資家もいる

HSBCホールディングスの株式を2%保有する、香港を拠点とする個人投資家グループは、イギリスの規制当局の圧力によってこの銀行が74年ぶりに中止した現金配当の代わりに、スクリップ配当(株式配当)を要求している。また、臨時株主総会の開催をするよう強く求めている。

銀行制度を支え、信用を維持することは、このような金融株の長期的な健全性にとって極めて重要である。そのため、短期的な配当を支払うことで、基盤となる資産の価値が完全に崩壊するという代償を払うことになる可能性がある。

それでも配当を求めるシグナルが強いため、銀行は市場に悪いシグナルを送らないよう、自行の財務健全性から目を背けようとしている。フィナンシャル・タイムズのRichard Henderson(リチャード・ヘンダーソン)氏は、今後の市場における配当についてのネガティブな見解を書いている

支払いの額を毎年上げようとしている上場企業にとって、配当は財務的安定性の印である。通常、配当を実施しないと投資家からペナルティを科される。配当の安定的な増加は、最近の爆発的な自社株買いの増加とは対照的だ。自社株買いはお金を還元するためのより柔軟な方法だと考えられている。あまり目立つことをしなくてもプログラムを一時停止または廃止できるからだ。

「配当を削減するのは悪いシグナルであるため、削減はしたくないだろう。一度配当の実施を決めたら、削減するのは極限の状況においてのみである」とヴェリス氏は語った。

「削減するのは極限の状況においてのみである」。しかし、コロナウイルスの大流行という、今回の非常事態は極限の状況ではないらしい。実際に、安定を保つことは重要である。そのため、銀行の幹部は世界が何も変わっていないかのように物事を進めている

モルガン・スタンレーのCEOであるJames Gorman(ジェームズ・ゴーマン)氏がCNBCに語ったところによると、当面、配当を一時的に停止することは「非常にまずい方法」であり、「不安定化をもたらす」ということだ。一方、シティグループのCEOであるMike Corbat(マイク・コーバット)氏は同じくCNBCに対して、銀行の配当は「健全であり、払い続けるつもりだ」と語った。

直線的な世界では、「安定した企業は安定した配当を支払うべき」というようなヒューリスティックが意味を成すのであろう。しかし現在の状況を考えれば、企業が現金の配布をやめるべき理由がわかる。それでもやめない場合は、過去のモデルに固執しており、未来を歩む方法を考えていないのだ。

今は新しい時代である。ヒューリスティックやモデルなど、我々が世界を理解するためのあらゆる認識の手段の限界を認める必要がある。そしてそれらを放棄する必要がある。15年前に学んだ経済の仕組みに賭けるときではない。今は長期的な考え方を再構築する機会である。

画像クレジット: Michael Raines / Getty Images

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(翻訳: Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

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