2010年当時、Appleの顔であった共同創業者スティーブ・ジョブズは、エンタープライズ用途には全く興味がなかった。実際、ジョブズは「私がコンシューマー市場を愛している理由、そしてエンタープライズ市場をずっと嫌ってきた理由は、コンシューマー市場では、私たちは製品を生み出して、それを皆に伝えるべく努力し、その結果皆が自分の意志で選んでくれるからです」。
さらに彼はこう付け加えた「コンシューマー市場では『はい』か『いいえ』の勝負になります。そして、もし十分な数の『はい』を手に入れることができたら、私たちは明日もまた仕事を続けることになります。それがこの市場の仕組みなのです」。
それはジョブズが声明を出した当時には、ものごとの動きを十分正確に反映したものだった。その当時IT部門は、ブラックベリーやThinkPadのような機器を支給して、企業内を厳密に管理していた(当時好きな色を選ぶことはできた ―― それが黒である限り)。しかし2011年に亡くなったジョブズは、「個人の機器を持ち込むこと」(BYOD)や「ITにおけるコンシューマー機器利用」という、彼が亡くなる当時にようやく企業シーンの地平線上に浮かび上がって来ていた、2つの流れを目にすることはなかった。
私は彼なら、この2つの動きを歓迎しただろうと感じている。そしてその流れが、Appleの生み出したモバイル機器、iPhoneとiPadによって、色々な意味で促進されていることに大変満足したことだろう。人びとはそれらのデバイスを自宅で使い、そして徐々に仕事にも使うようになってきた。IT部門はそれを受け容れる他に選択肢はなかった。
この動きはAppleのエンタープライズ進化を促進するのに役立っている。時間が経つにつれ、Appleは、IBM、SAP、Ciscoといったエンタープライズの申し子たちと提携を進めてきた。Appleは、IT部門がそれらの「iデバイス」やMacをより良く管理するためのツールも提供している。そして(私たちが知る限り)エンタープライズを、そのビジネスに実質的に取り込むようになったのだ。
現在の状況は?
Appleのエンタープライズビジネスの規模に関するデータを見つけようとするのは難しい、なぜならその業績報告の中で、彼らがエンタープライズから得られた収益を分離して示すことは、ほとんど無いからだ。とはいえ、ティム・クックが2015年第4四半期の業績報告の中である程度の数字を発表しているので、このマーケットにおける雰囲気を掴むことはできるだろう。
当時クックは「私たちは、過去12ヶ月のAppleの収益のうち、エンタープライズ市場からのものを年間約250億ドルと見積もっています。これは前年に比べて40%多く、将来に向けての成長の大きな柱となることを示しています」と述べている。
2017年6月のブルームバーグのインタビューでは、クックは特定の数字を口にすることはなかったが、エンタープライズ市場を「あらゆるチャンスの母です」と呼んでいた。なぜなら、企業は機器の導入に際しては大量に買う傾向があり、そして社内でのAppleサポートシステムを構築するにつれ、内部ユーザーと会社の製品とサービスのユーザーの両方に向けて、今度はカスタムアプリケーションを提供するために、企業がMacを買うことになり、そのことでエンタープライズ市場の他の部分にも影響が及ぶからだ。
この関係は、ブルームバーグのインタビューでも見逃されることはなかった。「ほとんどの企業では、iOSがモバイルオペレーティングシステムとして好まれています。IOSは素晴らしいプラットフォームです。なぜならビジネスを効率的に実行したり、顧客と直接やりとりをする、役に立つアプリを書くことが容易だからです。現在とても多くの企業がアプリケーションを作成しています。さて、そのアプリケーションを書くのに何を使うでしょう?彼らはMacを使っています。 MacはiOS開発のためのプラットフォームなのです」とクックはブルームバーグに対して語っている。
このマーケットを見るための別の手段がJamfである。JamfはAppleのエンタープライズツールパートナーであり、大規模な組織内でApple機器の管理を行うことを助けている。iPadやiPhoneが登場するよりもずっと早い、2002年に誕生したこの会社は、飛躍的に成長してきた。現在は1万3000社の顧客がいると発表している。その成長の軌跡を眺めてみると、その顧客が6000社になるまでには13年が必要だったが、その後わずか2年半で、顧客の数が2倍以上の1万3000社へと急成長している。
JamfのCEO、Dean Hagerは、TechCrunchに対して「多くの人びとが、Appleはますますエンタープライズに焦点を当てていると言っていますが、実際にはAppleは、企業がもっとユーザーたちに集中できるように助けていて、それによってますます成功しているのです」と語った。「こうしたことは、Appleが人びとが仕事に持ち込みたくなるような素晴らしい製品を作り、実際に人びとが持ち込むことを望んだからこそ始まったことなのです」。
エンタープライズへの道のりをたどる
その個々人の勢いを過小評価することはできないが、一度企業に採用されたなら、AppleはIT部門に何らかの道具を与えなければならなかった。IT部門は常に、ハードウェアおよびソフトウェアのゲートキーパーとしての役割を果たしており、外部のセキュリティの脅威から企業を安全に保護している。
結局のところ、AppleはiPhoneとiPadを使って、エンタープライズグレードのデバイスを構築することはしていなかった。彼らは単に、その当時周囲にあるものよりも、より良く使えるデバイスを作りたかっただけなのだ。人びとがそれを使うことを本当に望み、それを仕事の場に持ち込んできたのは、そうした元々あったゴールの延長線上にあることなのだ。
実際、Appleのマーケット、アプリ、サービス担当副社長であるSusan Prescottは、最初のiPhoneがリリースされたときに同社に所属していて、同社のゴールを認識していた。「iPhoneでは、仕事中も含めて、人々が望んでいると分かっていたことを可能にするために、モバイルを完全に再考しました」と彼女は語る。
アプリとApp Storeという概念と、それを構築するためにあらゆる開発者たちを引き込んだことは、エンタープライズにとっても魅力的だった。IBMとSAPが関わり始めて、彼らはエンタープライズ顧客向けのアプリを構築し始めた。顧客たちは、審査済のApp Storeから、これらのアプリにアクセスすることができたが、これもIT部門にアピールした。Ciscoとの提携により、Ciscoの機器(ほとんどの企業が利用している)を利用しているネットワーク上での、Appleのデバイスに対してのより素早乗り換えが、IT部門にとって可能となった。
2010年のiPhone 4の基調講演では、ジョブズは既に、企業のIT部門にアピールできる種類の機能を宣伝していた。それらは、モバイルデバイス管理や、App Storeを通したワイヤレスアプリ配布などであり、さらには当時人気のあった企業向け電子メールソリューションMicrosoft Exchange Serverへのサポートさえ提供するものだった。
ジョブズは、表面的にはエンタープライズ用途に対して悪態をついていたかもしれないが、明らかに彼の会社のデバイスが、人びとの働き方を変える可能性を秘めていることを知っていた。それまで平均的な労働者には手の届かなかった、ツールとテクノロジーへのアクセスを提供することで、それが実現されるのだ。
Appleはまた、舞台裏では企業ユーザーたちと静かに話し合い、彼らが必要とするものが何かを、iPhoneの初期から、探り当てようとしていた。「早い時期から、私たちは企業やIT部門と協力してそのニーズを把握し、ソフトウェアのメジャーリリースごとに、エンタープライズ向けの機能を追加して来ました」と、PrescottはTechCrunchに対して語っている。
トランスフォーメーションを促進する
組織内の変化を促した要因の1つは、2011年頃にはモバイルとクラウドが統合されるようになって、ビジネスのトランスフォーメーションと従業員のエンパワーメントが促進されるようになったことだ。IT部門が従業員に使いたいツールを提供しない場合でも、App Storeや同様の仕掛けが、従業員たちに自分自身で行うためのパワーを提供した。それはBYODとITにおけるコンシューマー機器利用を促進したが、ある時点でIT部門は何らかの管理を行えることを望むようになった(たとえそれが昔行っていたような管理と同じようなレベルのものではなかったとしても)。
iPhoneやその他のモバイルデバイスは、ファイアウォールの保護の外で働くモバイルワーカーたちを生み出し始めた。電車を待っている間に、すぐにドキュメントを見ることができる。また顧客から次の顧客への移動の間に、CRMツールで更新することもできる。そして空港に行くために車を呼び出すことだってできる。こうしたことの全ては、モバイルクラウド接続によって可能になった。
それはまた、すべてのビジネスの中に、深い変化を引き起こした。とにかくもう、これ以上同じやり方でビジネスを続けることはできないのだ。高品質なモバイルアプリを制作して、それを顧客の前に提示しなければならない。それは企業がビジネスをやる方法を変えてきたのだ。
これは確かに、Capital One(米国の大銀行)が経験したものだ。彼らはもうこれ以上 「昔ながらのやぼったい銀行」ではいられないことと、コンピューティングに関わるあらゆる側面を自分たちで制御することはできないことを認識した。才能ある人材を手に入れようと思ったら、彼らはオープンでなければならない、そしてそれが意味することは、開発者たちに望みのツールを使うことを許さなければならないということだ。Capital Oneのモバイル、Web、eコマース、パーソナルアシスタントの責任者、Scott Totmanによれば、それが意味することはユーザーたちに仕事でもAppleデバイスを使わせるということだ(たとえそれが個人所有のものでも、もしくは会社支給のものでも)。
「私がここにやってきた時(5年前)、AppleサポートグループはTravisという男性ただ1人でした。私たちは(その当時は)会社内では(それほど広範には)Appleを使っていませんでした」と彼は言う。今日では、4万台を超えるデバイスをサポートするために数十人の担当者がいる。
ニーズが変化しているのは会社内の人びとだけではなかった。消費者たちの期待も同時に変化しており、同社が作成した顧客対応のモバイルツールは、そうした期待に応えなければならなかった。つまり、そうしたアプリデベロッパーたちを会社に引きつけ、快適な仕事ができる環境を提供しなければならなくなったのだ。明らかに、Capital Oneはその点で成功し、組織全体でアップル製品を受け入れてサポートする方法を見出している。
ちょっとした助けを借りながら進む
Capital Oneはいかなる意味でも「特殊例」ではない、しかし、もしApple(の中心)が、今でも消費者向け会社であるならば、エンタープライズ市場を獲得し、大企業のニーズを理解するためには何らかの手助けが必要である。それこそがAppleがここ数年立て続けにエンタープライズに基盤を提供する企業たちとパートナーシップを結んできた理由だ。IBM、SAP、そしてCiscoと契約を締結し、プロフェッショナルサービスの巨人であるAccentureやDeloitteと手を結び、そして直近ではGEとも提携を結んだ。最後の提携は産業IoTマーケットへの足がかりをAppleに与えるものだ。一方GEは、その30万人以上の従業員を対象にiPhoneとiPadを標準として採用し、Macを公式のコンピュータとする。
Moor Insights & Strategyの社長兼主席アナリストのPatrick Moorheadは、こうした提携をAppleにとって健全なアプローチであると見ている。「Appleは自身がコンシューマー企業であることを認識しているので、エンタープライズ戦略を実行するためには、純粋なエンタープライズプレイヤーと提携する必要があります。それぞれの企業がその戦略に異なる要素を追加します。IBMとSAPはモバイルアプリで協力します。Ciscoは、高速ネットワーキングとエッジセキュリティに関してのもの。そしてGEはIoTソフトウェアに寄与します」とMoorheadは説明した。
J Gold Associatesの社長兼主席アナリストのJack Goldは、これらの企業はAppleに対して、エンタープライズ市場への切符を提供していると語る。「彼らはソリューションプロバイダーであって、部品サプライヤーではないのです。彼らとのパートナーシップがなければ、影響力を持つことは難しかったでしょう。パートナーシップを活用することで、コンポーネントベースで競争するのではなく、完全なソリューションレベルで競争することができるのです」とGoldは述べている。
IT部門からの結論はまだ出ていない
Appleは過去10年間にわたって、エンタープライズビジネスと内部および外部のサポートコンポーネントを構築してきたが、彼らがその過程で作り上げたパートナーシップは、単にエンタープライズの世界での信用を得ることだけではなく、彼ら単独では提供が難しかったであろうレベルの成果も提供できるようにした。
「IT部門は、主要なサプライヤと直接仕事をする際に、有利な条件でサポートを受けることに慣れています。Appleの場合にも、本当に大きな企業はそうすることができますが、多くは仲介業者を経由しなければなりません。それは必ずしも悪いことではありませんが、それはAppleにとって、限られた企業リソースを活用する1つの方法なのです」とGoldは述べている。
Constellation Researchの創業者兼主席アナリストのRay Wangは、Appleのエンタープライズ顧客にとっての、いくつかの課題を見ている。「Appleを採用する場合に彼らを待つ課題は、Dellのような企業が機器の管理を簡単にしてきたことに対抗して、Appleも同レベルのサービスを提供できるようにしなければならないということです。多くのIT部門にとって、ジーニアスバーに行くように言われることは、妥当な対応ではありません」と彼は語った。
公平を期すならば、AppleはエンタープライズレベルのAppleCareサポートを提供しているが、これは現在パートナーのIBMによって運用されている。Prescottは、Appleはより大きな顧客たちと、彼らの必要とするものを提供できるよう、協力している最中だと語った。「私たちは、顧客の方々が、Appleのデバイスを統合して管理することができるように、直接一緒に仕事をしています。私たちはAppleCareを通じてテクニカルサポートを提供し、Apple at WorkウェブサイトではIT部門の皆さまにリソースとガイドを提供しています。私たちは、エンタープライズ向けの努力を補完するために、世界規模の企業と戦略的に協力し、顧客の皆さまが、そのビジネスプロセスをモバイル中心で再考し始めるためのお手伝いを致します」と彼女は説明した。
Jamfが2016年に実施した調査の中で、携帯電話に関しては、回答者の79%がiPhoneを強く好んでいたという結果は、言及しておく価値があるだろう。
出典: Jamf 2016年調査
この調査は、世界各地の大中小企業の役員、マネージャー、そしてITプロフェッショナル480名の回答をまとめたものだ。調査結果を見れば、IT部門はいまやiPhoneやその他のApple製品をサポートする選択肢を提供せざるを得ないことがわかる。そしてAppleはそれをサポートする方法を見出しつつあるのだ。
スティーブ・ジョブズが2010年にエンタープライズに関してコメントして以来、Appleはエンタープライズで明らかに大きな進歩を遂げてきた。Capital One、Schneider、Lyft、そしてBritish Airwaysなどの事例を見れば、Appleが最大級の企業とも一緒に働くことができることは、既に示されていると言えるだろう。実際、巨大エンタープライズとのパートナーシップは、Appleがエンタープライズ市場での立ち位置を見つけるための役に立っているのだ。