DeepMind(ディープマインド)のおかげでヒトのプロテオーム(ある細胞に含まれているすべてのタンパク質)はすべて自由に閲覧できるようになるようだが、バイオテクノロジーの最先端では、毎日新しいタンパク質が作られ、テストされている。ここで重要になるのがタンパク質のシーケンシング(配列決定)だ。Glyphic Biotechnologies(グリフィックバイオテクノロジーズ)は、時間のかかるシーケンシングを高速化して、医薬品の開発期間を大幅に短縮しようとしている。
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タンパク質はたくさんの新しい治療法や製品の中核となっている。体内のどこにでもある、無限に変化するアミノ酸の鎖(タンパク質)は、細胞や体内物質、他のタンパク質とねじれて絡まりながら、DNAの複製からカリウムでは対応できない異物の排除まで、あらゆることを行っている。
創薬やバイオテクノロジーの分野において、タンパク質は無限の可能性を秘めている。適切なタンパク質があれば、がん細胞を捕らえたり、自然治癒を促進したり、有益な物質の生成を促したりすることができる。しかし、新しい分子を見つけてテストするのは簡単ではない。特に難しいのは、テストしようとしているタンパク質の正確な構造を調べるシーケンシングである。
現在、いくつかの大企業がタンパク質の同定ビジネスを展開しているが、一般的な方法は、タンパク質鎖の末端にあるアミノ酸を特定し、そのアミノ酸を切り取って次のアミノ酸を特定する、というプロセスを繰り返すものである。
この方法の問題点は、タンパク質の形状や次のアミノ酸の分子特性によって、末端のアミノ酸における結合を調べて特定するというプロセスが妨害されてしまうことだ。そのため、この方法には一定量の不確実性があり、信頼性に欠けていた。
Glyphic Biotechnologiesは、共同創業者の1人が開発したClickPと呼ばれる新しい分子を用いて、まずターゲットとなるアミノ酸を切り離し、すぐに(ClickPに)結合させるというステップを追加することで、この問題を解決する。既知の分子に固定された1つのアミノ酸は、はるかに簡単に特定することができる。1つのアミノ酸を特定したら、従来の方法と同じようにこのプロセスを繰り返す。
簡単に説明したが、この進歩は大きなものだ。現在の抗体同定技術では、(非常に高価な)機械1台で、1週間で数万個のタンパク質の配列しか生成・検査できない。多いようにも見えるが、タンパク質はその性質上無限に存在するので、これはバケツの中の一滴に過ぎない。24時間365日稼働しても、需要を満たすことはできないのだ。
Glyphic Biotechnologiesの方法では、ClickPと単一分子顕微鏡(DNAシーケンサー大手のIllumina(イルミナ)が使用しているようなもの)を利用することで、1週間に数百万から数千万個、将来的には数十億個の配列の検査が可能になる。控えめに見積もっても、桁違いの成果が得られることになる(別の方法ではB細胞を培養して対象の抗体を生成するので、数万個の情報には(ほぼ確実に)繰り返しやジャンクの情報が含まれる)。
さらに、ClickP法では隣のアミノ酸からの干渉の問題を避けることができるので、非常に高い選択性と信頼性が得られる。つまり、単にタンパク質の配列を従来の100倍、1000倍決定するのではなく、はるかに確実な結果を得ることができるのだ。
当初、Glyphic Biotechnologiesは送られてきたサンプルを処理していたが、最終的には競合他社と同じように自社の技術を他の研究室で利用してもらうことになる。同社のロードマップは、サービスからハードウェアの販売およびサポートへと進んでいる。
バイオテクノロジー分野で配列決定の需要が急増する中、すべてが触れ込みどおりに機能すれば、Glyphic Biotechnologiesの技術は、タンパク質配列決定の新しい標準になるかもしれない。しかし、そのためには、もう少し成長の時間が必要だ。
同社が開拓したプロセスは、共同創業者のJoshua Yang(ジョシュア・ヤン)氏(CEO)とDaniel Estandian(ダニエル・エスタンディアン)氏(CTO)が、MIT(マサチューセッツ工科大学)のEd Boyden(エド・ボイデン)博士の研究室で行った研究が元になっている(ヤン氏とエスタンディアン氏は「科学的創業者」としてチームに参加した)。
ヤン氏は、同社が業界を支配する可能性を阻んでいるのは、単なる化学工学の問題だと説明する。
「共同創業者であるエスタンディアンは、ClickPを自分で開発しました。組み合わせがうまくいったのです」とヤン氏は話す。「しかし、大学の研究室から独立した私たちは、まだ20種類のバインダーすべてを開発できていません。これは既製の分子ではないのです」。
これらのバインダーは、20種類のアミノ酸のそれぞれを調べるためのアダプターのようなものだ。バインダーの開発には時間と費用がかかるので、彼らはまずいくつかのバインダーを使ってシステムを公表し、残りのバインダーを開発するための資金を得ることにした。「このシステムを世に送り出すためには、時間をかけるしかありません」とヤン氏。
今回のシードラウンドで602万5000ドル(約6億6000万円)を調達したアーリーステージの同社は、プラットフォームの構築を進めている。このラウンドは、OMX Ventures(オーエムエックスベンチャーズ、過去に10X Genomics(テンエックスゲノミクス)とTwist Bioscience(ツイストバイオサイエンス)に投資している)が主導し、Osage University Partners(オーセージユニバーシティパートナーズ)、Wing VC(ウィングブイシー)、Artis Ventures(アルティスベンチャーズ)、Cantos Ventures(カントスベンチャーズ)、Civilization Ventures(シビリゼーションベンチャーズ)、Axial VC(アキシャルブイシー)が参加し、エンジェル投資家としてMammoth Biosciences(マンモスバイオサイエンス)のCEO、Trevor Martin(トレバー・マーティン)氏が参加した。
Glyphic Biotechnologiesは、カリフォルニア大学バークレー校に新設されたバイオテックインキュベーター「Bakar Labs(バカールラボ)」に最初の拠点を置く予定。次の大きなステップを踏み出す準備が整うまで、Bakar Labsで過ごすことになるだろう。2022年にはシリーズAラウンドで資金調達してハードウェアの製造に乗り出すかもしれない。同社初の有料サービスも開始されるはずだ。巨大な抗体市場も、同社の始まりに過ぎない。
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インタビューの後、ヤン氏はメールで説明をしてくれた。「抗体は単なる出発点に過ぎません。タンパク質の配列決定は多くの用途に利用できます」「もう1つの有望な分野は、産業用バイオテクノロジーです。進化させた酵素をタンパク質の配列決定に基づいてスクリーニングすれば、強化された機能や新しい機能(より優れた洗濯用洗剤や排水処理など)を特定することができます。また、診断テストの開発にもメリットがあります。サンプルに含まれるより多くのタンパク質をシーケンシングして同定することができれば、発見しにくい重要なバイオマーカーを同定したり、優れたバイオマーカーパネルを開発したりすることが可能で、それらを一緒に利用すれば、疾患の検出や予測の可能性が高まるからです」。
Glyphic Biotechnologiesのような会社は、資金力のある競合他社の格好の餌食のようにも思われるが、ヤン氏は、それを乗り越える自信はある、と話す。
「この分野の動きは非常に活発です。エスタンディアンと私は、次のIlluminaや10X Genomicsのように、プロテオミクス分野のリーダーになりたいと思っています」。競合他社が切り札を隠していなければ、ヤン氏の野望が成就する可能性も高い。
画像クレジット:Glyphic Biotechnologies
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(文:Devin Coldewey、翻訳:Dragonfly)