今年も10月5日となり、アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏が逝去してからちょうど10年の節目を迎えました。
どれほどの偉人や有名人といえども歳月が経つと知名度の風化は免れにくいものですが、令和の時代でも「出でよ、日本のジョブズ」というタイトルの記事を見かけることはたびたびあり、故人の影響力の強さが偲ばれます。ジョブズ氏の美的感覚や「製品はユーザー体験を総合したもの」という考えがiPhoneという形に結実し、10数年以上にわたるシリーズを通じて日常の一部になっているからかもしれません。
以下、これまでの過去記事を引用しつつ、ジョブズ氏の残した足跡を振り返っていきましょう。
Apple TV操作アプリ「Remote」開発者、スティーブ・ジョブズとの思い出を語る
ジョブズ氏の関わった製品やソフトウェアも永遠ではなく、いつかは終わりが来る。その現れの1つがiPhoneやiPadをApple TVのリモコン代わりにする「Remote」アプリの廃止でした。もっともiOS 12以降のコントロールセンター画面に同機能が統合されているため、発展的解消ともいえる出来事です。
そのコードの最初の1行を15年前に書いた元アップルのエンジニアは、「App Storeチームがストアへのアップロードの流れをテストするために使用した」最初のProduction(App Store公開に必要な証明書を得た)アプリになった」と振り返っていました。つまり、App Storeのはじめの一歩が踏み出されたわけです。
さらに時代が下って2010年には。ジョブズ氏は「次のApple TVリモコンは、この操作がディスプレイなしで出来なければならない」と語っていたとのこと。それが後のSiri Remoteや、ひいてはiPod Classicのクイックホイールのような操作感が蘇った第2世代へと繋がった。製品や形がなくなったとしても、志は受け継がれていく証でしょう。
ジョブズ、「iTunesがCD市場を滅ぼす」とベゾスに警告したとの証言
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏はEC(電子商取引)のビジネスモデルを根づかせ、送料無料などを武器に全世界を席巻した風雲児です。そんなベゾス氏とジョブズ氏は「音楽」(CD)という接点で関わりを持ち、後のアマゾンのあり方に大きな影響を与えたのではないか、と思わせる逸話がありました。
アマゾンプライムやAWS、KindleやAmazon Musicの創設に関わった著者らによる『Working Backwards』という書籍では2003年、アップルがMac用のiTunesを公開して間もない頃のエピソードが語られています。
アップル本社に招かれたベゾス氏に、ジョブズ氏はWindows用iTunesを開発し終えたと明かし、「アマゾンは、CDを買う最後の場所になる可能性が十分にある」「CDは手に入りにくくなるから、プレミアムをつけてもいいだろう」と述べたそうです。
この発言がアップルとアマゾンの提携を持ちかけていたとは考えにくいのですが、少なくとも「これからの音楽はデジタルかつダウンロード販売になる」と宣言したのは確かなことでしょう。2003年当時のアマゾンにとってCDは小さくて郵送しやすいことから、貴重な収入源の1つでした。
ジョブズ氏の性格から推測すると、本書で述べられる「挑発して、アマゾンのビジネス上の判断を誤らせようとしていた」可能性は高いと思われます。が、ベゾス氏は冷静に対応し、その後まもなくKindleを発売したり、AWS(アマゾンウェブサービス)を立ち上げ、物理媒体への比重を減らして見事に成功を収めています。
天才は天才を知る。ジョブズ氏が予言したCD市場の衰退は現実となっており(さらにストリーミングのSpotifyが登場することでiTunesの「1曲ごとに1ドル27セント」ビジネスも崩壊しましたが)それが反映された今日のアマゾンも「ジョブズの遺伝子」を受け継いでいるのかもしれません。
元アップル幹部、ジョブズのApp Store反対やiOS向けFlash開発を語る
App Storeの成長は目覚ましく、ゲームの収益だけでもソニーと任天堂とマイクロソフトの合計を超えた(2019年)との報道もあります。しかしジョブズ氏はApp Storeの設立に反対する最大の人物のひとりだったという、元アップル幹部の証言がありました。
デバイスの梱包から操作性、搭載アプリから流通まですべてのユーザー体験に責任を持ちたい—そんなジョブズ氏の信念からすれば、サードパーティのアプリ開発を一切可能にすべきではないと強硬に反対していたとの回想は頷けることです。
妥協案として上がっていた「Webアプリをブラウザ内で実現できれば十分」という考えは、おそらく実現していればユーザーも不満が募り、ジョブズ氏の「ユーザー体験は快適であるべき」という理想にも反する結果となっていたはず。
とはいえ生粋の技術者ではないジョブズ氏がそこまで見通せるとも考えにくく、やはり強烈な自我を持つスコット・フォーストール氏らが粘り強く説得し、しぶしぶサードパーティ製アプリ開発を認めさせたことは、アップル内外を問わず幸運だったと思われます。
またフォーストール氏は、最終的にはiPhone向けFlashを却下したジョブズ氏が、実はAdobeとの協力を進めさせていた(が、デキが酷かったので辞めさせた)との興味深い証言もしています。ジョブズ氏の先を見通す力は並々ならなかった一方で、部下の苦言にも耳を傾け、時には自説を撤回する度量があったことを示している(部下にも相当な信用や胆力が必要そうですが)と言えそうです。
ジョブズのメールから「iPhone Nano」が検討されていたことが判明
アップルとEpicとの「フォートナイト」やApp Store手数料をめぐる訴訟では、証拠として様々な資料が提出され、その中には門外不出のはずのアップル社内メールも多く含まれていました。そこから、ジョブズ氏が「iPhone Nano」なるデバイスの開発を検討していたことが明らかとなっています。
それはiPhone 4発売から数ヶ月後の2010年末、部下に対して送ったもの。この年はAndroidスマートフォンの販売も本格化し、ソニーのXperia最初の機種が発売された時期(海外のみ)ではありますが、「Googleとの聖戦(Holy War with Google)」という言葉があるのも味わい深いところです。
「iPhone Nano」計画が興味深いのは、iPhoneの単一サイズにこだわりがあると思われたジョブズ氏が(原則が崩れたのは2014年発売のiPhone 6 Plus以降)現行モデルの小型化らしきデバイスを自ら提案している点でしょう。実際、2009年~2011年にかけて「iPhone Nano」の噂が飛びかっていたとの証言もあります。
初代iPhone発売時には「誰もスタイラスなんて欲しくない(中略)誰もが生まれつき持っているポインティングデバイス、生まれつき10本持ってる指を使うんだ」としてスタイラス嫌いを標榜していたジョブズ氏ですが、自ら「iPhone Nano」を認めたように、iPad Pro以降のApple Pencilも評価する柔軟さを持ち合わせていたとも思われます。
今年2021年は、アップル創業45周年でもあります。ティム・クックCEOが引用した「これまでのところ素晴らしい旅だったが、まだ始まったばかりだ」という故人の言葉通り、ジョブズ氏の遺産とも言えるiPhoneやiPad、数々のアップル製品と共に、われわれ人類の旅はまだ始まったばかりかもしれません。
As Apple celebrates 45 years today, I’m reminded of Steve’s words from many years ago: “It’s been an amazing journey so far, yet we have barely begun.” Thanks to every member of our Apple family for all you’ve done to enrich lives. Here’s to the next 45 years & beyond!
— Tim Cook (@tim_cook) April 1, 2021
(Engadget日本版より転載)