ビジョナル南壮一郎氏上場インタビュー、創業から12年の道のりとこれから目指す場所

転職サイトの「ビズリーチ」や人材活用プラットフォームの「ハーモス」などを展開するビジョナルが4月22日、東証マザーズに上場した。公開価格をもとに算出した時価総額は1779億円。スタートアップ業界の内外から注目を集める「ユニコーン上場」となった。ビジョナル代表取締役社長の南壮一郎氏に上場までの道のりと、同社がこれから目指す場所を聞いた。

自身の転職活動から生まれた創業アイデア

南氏がビズリーチを創業したのは2009年のことだ。南氏は米タフツ大学卒業後にモルガン・スタンレー証券に入社。その後、2004年に楽天イーグルスの創業メンバーとなった。楽天イーグルスを離れた後、自身の転職活動で感じた経験と、米国で開催されたビジネスセミナーで出会った「LinkedIn(リンクトイン)」に影響を受けた南氏は、企業と求職者を直接つなげるというアイデアでビズリーチを創業した。

2016年、TechCrunch Japanが主催するスタートアップイベント「TechCrunch Tokyo」に登壇した南氏は、ビズリーチのアイデアが生まれた背景についてこう振り返る。

「プロ野球のドラフトでは、『僕、プロに行きたいです!』と誰かが宣言したら、全球団が手を挙げる権利がある。そのように(当時転職活動をしていた)私も、真っ白の状態からせっかく仕事を探すんだったら、『今、仕事を探しています!』と手を挙げたときに、なるべく多くの選択肢と可能性の中から選びたいなと思った。なぜそういう仕組みが転職活動にはないのかな、という自身の転職活動中の発想がビズリーチを創業するきっかけになった」とTechCrunch Tokyo 2016で南氏は話している。

しかし、2009年当時はリーマン・ショックの真っ最中だ。VCによるスタートアップへの出資も冷え込み、本記事執筆時である2021年のような活気はこの業界にはなかった。外部資金による資本の積み上げが期待できないなか、ビズリーチはある意味必要に迫られて「稼ぐ力」を身に着けてきた。それによりビズリーチは、創業から7年目で700名の従業員を抱えるまでに成長。創業から12年目の2021年第2四半期現在では117億円の現金を保有し、これまでの利益の積み上げを表す利益剰余金も61億円まで膨らんだ。直近会計年度(2020年度)の当期純利益は46億円だ。

南氏は2016年のTechCrunch Tokyoにも登壇した

上場を決めたのは2016年

自ら稼ぐ力を持つビズリーチがこのタイミングで新規上場に踏み切った理由はなんだろうか。

新規上場はスタートアップ業界では「エグジット」と呼ばれ、その言葉にはある意味で「目指すべきゴール」のような響きもある。しかし、もちろん上場企業ならではのデメリットもある。広く一般の投資家から資金を調達できる代わりに、投資家の意向によっては、非公開企業と比べ、腰を据えてビジネスの芽を育てにくくなるのも確かだ。南氏もこの点を認識していて、上場までに12年の歳月をかけた理由もそこにあると話す。

「上場を決めたのは、2016年に行ったシリーズAでの資金調達(11億5000万円)の時だ。当時、上場企業としてどうありたいのかを考えたとき、僕たちは『息を吸うように事業を作り、成長させ、社会の課題を解決するようなインパクトを与える』企業になりたいと思った。しかし、上場をすれば株主が増え、事業運営にあたり考慮しなければならない変数が増える。中長期的な視野をもって事業を成長させたいと思っていても、トラックレコードがなければ投資家は納得してくれない。だから、僕たちは2016年のシリーズAを行った際、2021年春に上場をすると決め、そこから逆算して組織や事業のトラックレコードを作りこんできた」と南氏は語る。

この「中長期」という言葉は、南氏へのインタビューのなかで何度も出てきた言葉だ。その姿勢は、今回の新規上場にともなう新株売出しの方法にも表れている。ビジョナルは新規上場にともない約1124万株を売り出すが、その約88.7%にあたる株式は海外投資家に向けて売り出す。これまでにこの「グローバル・オファリング(国内と海外への株式などの募集・売り出し)」で新規上場を果たしたスタートアップには2018年上場のメルカリ、2019年上場のフリー、2020年上場のプレイドなどがあるが、絶対数としてはまだ少ないのが現状だ。

その意図について南氏は「これまでビジョナルは中長期的な視野を持って事業の運営を行ってきたし、これからもその目線をもって経営することがとても大事になる。新規上場を決めたときから投資家についてのリサーチを行ってきたが、海外には中長期的な目線をもつ投資家が多いことがわかった。シンプルに、理由はそれだけだ」と話した。

ビズリーチとハーモス両方を持つからこそできること

では、ビジョナルが中長期的に達成したい事業成長とは何だろうか。同社は有価証券報告書の中で「HR Techセグメント」の中核として人材のマーケットプレイスであるビズリーチと人材管理クラウドのハーモスを挙げている。ビズリーチの導入企業者数は2016年の約5200社から、現在では1万5500社と約3倍に伸び、外部顧客に対する売上高は209億円で、2018年の121億円から70%以上伸びた。同じくハーモスでも、ARR(年間経常収益率)ベースでは2018年第1四半期比で約5倍、利用企業数ベースでは約4倍と急速に成長中だ。

「ハーモスは採用や人材管理などに関わる機能をモジュールとして提供し、人事が欲している機能を一気通貫で提供してきた。今後は人材管理に加え、労務や給与の分野にも広げていく」と南氏はいう。

ハーモスで提供中の機能例

人材管理のハーモスと、人材のマーケットプレイスのビズリーチの両方を企業に提供するビジョナルだからこそできることがある。例えば、人材管理のハーモス上でパフォーマンスがあまりよくない社員がいたとする。その理由はさまざまであるはずだが、採用後の人事政策(つまりハーモスのカバー範囲)にあるのではなく、そもそも採用のミスマッチが原因だということもあるだろう。その場合、導入企業がハーモスとビズリーチの両方を導入していれば、ハーモスのデータをもとに採用プロセスの見直しができるようになる。それだけでなく、ハーモスで、ある社員の「退職の可能性が高い」というデータが出れば、企業は先回りしてそのポジションにふさわしい人材の採用を行うこともできる。人材にまつわるさまざまなデータを、人材採用の川上と川下の間で相互に活用することで、よりデータドリブンな人材戦略を実行することができる。

ビジョナルは今後、今回の新規上場で新たに調達する約106億円と現在保有する117億円を合わせた220億円以上の資金を、主にこの2つの事業のさらなる成長や、領域拡大のためのM&Aに投下していくという。

変わり続ける組織へ

上場の先を見据える南氏の表情は明るい。南氏は、上場した後も「変わり続ける組織」でありたいと話す。

「上場がスタートラインです。ダーウィンの言葉に『生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである』という言葉がある。社会の変化のスピードが上がり、ビジネスモデルの賞味期限は短くなった。100年続く企業はすごいと思うが、ビジョナルは100年で100回変わる会社にする。その象徴が(2019年に行ったグループ経営体制への移行にともなう)社名の変更だった。どう考えても、知名度のあるビズリーチという社名のままにした方が良いに決まっている。でも、社員に対して、『社名ですら変えられるのだ』ということを示したかった。何かを捨ててでも、学び続けられる組織にするためだ。変わらないものは、企業ページにも載せている『ビジョナルウェイ』(企業理念)だけ。それ以外は、変わり続けていくだろう」と南氏は語った。

関連記事
空いた時間に「草ベンチャー」、ビズリーチ流・創業メンバーの集め方
ビズリーチが新たに11.5億円を調達ーー大学と連携し、学生向け新サービスを加速させる

カテゴリー:HRテック
タグ:ビジョナル新規上場ユニコーン
冒頭画像提供:ビジョナル

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。