リップシンクのDubsmashが驚異のカムバック、月10億ビューでショートビデオの2位に

リップシンクアプリのDubsmashは瀕死の状態だった。2015年に今は亡きVineと同様、クチコミでいっとき盛り上がったものの、ユーザー数の減少が続いた。

リップシンクはカラオケの逆で、楽曲や映画の1シーンなどを素材として、その音声に合わせて自分の口パクのショートビデオを撮るというものだ。問題は当時Dubsmashには作成したリップシンクビデオを投稿する場所がないという点だった。単にリップシンクのビデオを作るだけのツールでありInstagramのようなソーシャルプラットフォームではなかった。

そこで2017年にDubsmashの3人の経営陣は会社を根本的にリストラすることを決めた。Lowercase Capital、Index Ventures、Raineから得た1540万ドル(約16億7150万円)の資金で再出発し、本拠もドイツのベルリンからニューヨークのブルックリンに移した。これは主たるユーザーの環境に少しでも近づこうとしたためだという。実はDubsmashを愛用していたのはアメリカのアフリカ系ティーンエージャーだった。当時人気が急上昇し始めたインディーのヒップホップの音声にセルフィービデオをダビングしてあたかも自分が歌っているような雰囲気を楽しんでいた。

Dubsmashはベンチャー資金によって新たに15人のチームを組織し、プログラミングに1年かけてDubsmashの新バージョンを開発した。こちらはTwitterのようにユーザーのフォローが可能で、現在人気になっているコンテンツを知るためのトレンドや発見といったタブも用意されていた。これは最大のライバルであったMusicallyの人気が上昇し、中国のByteDanceが買収に踏み切った時期だった。Dubsmashにはチャット機能はあったが、ARフィルターやトランジションの編集機能がなかった。しかしDubsmashは複数のトラックをリミックスするという他のサービスにない重要な機能があった。

Dubsmashの共同創業者でCEOのJonas Druppel(ジョナス・ドルペル)氏は私の取材に対して「ベルリンにいては十分なユーザーアクセスが得られなかった。(リストラとブルックリンへの移転は)リスクが大きい決断だったが、ライバルの動向、マーケットの規模を考えると他に方法がなかった」と述べた。

一度不振に陥ったソーシャルアプリが復活する例はほとんどない。復活を遂げたと賞賛されるSnapchatの場合も、1億9100万人のユーザーのうちわずか500万人を失っただけだった。

Dubsmash(未公開テスト版)

ところがDubsmashの場合は最大のライバルが救世主になるという巡り合わせとなった。2018年8月にByteDanceがMusicallyを買収してTikTokに統合、ショートビデオのプラットフォームを目指した。こうしたショートビデオには、それまでSnapchatやInstagramにアップされていた身の回りの日常を撮って友達と共有するようなビデオに比べて、ずっと凝っており、あらかじめ脚本を用意し、練習を重ねたダンスや演技を見せる作品が多くなった。このショートビデオ・ブームによって新しいDubsmashにもガリバー旅行記の小人国の軍隊のように巨人を打ち負かすチャンスが生まれた。もちろんこれには密かに実施されたベンチャー資金ラウンドの成功も追い風となった。

その結果、Dubsmashは月間ビュー10億回という人気サービスにカムバックした。

Dubsmashはリストラで新しい会社、新しいアプリを作ってカムバックに成功した

Dubsmashの共同創業者でプレジデントの Suchit Dash(スチット・ダシュ)氏は私のインタビューに答えて。「コンシューマー向けアプリの競争はきわめて激しいので我々が成し遂げたようなカムバックはまず起きない。一度不振に陥ればそのまま忘れられてしまうのが普通だ。我々は会社をドイツから米国に移し、まったく新しいメンバーによる開発チームを組織し、ゼロから新しいプロダクトを作って公開した。いわば第2の人生だ」と述べた。

App Annieのデータによれば、Dubsmashは今や米国のショートビデオ市場におけるインストール数の27%を占め、TikTokの59%に次ぐ2位だ。米市場におけるアクティブユーザー数で言えば、TikTok以外のユーザーの73%がDubsmashだという。Trillerが23%、Fireworkが3.6%でFacebookのLassoは恥ずかしいことに0%だ。月間ダウンロード数ではTrillerは昨年10月にDubsmashを抜いたが、アクティブユーザー数ではDubsmashが3倍ある。しかもDubsmashは1日当たりのアクティブユーザー数の30%が自らコンテンツを製作している。


Dubsmashの驚くべきカムバックを支えたのはこの高率のコンテンツ製作率だった。もちろん2019年の春に行われた(発表されなかった)ラウンドで既存投資家から675万ドル(約7億3251万円)を集めるのに成功したことも役立っている。TikTokではトップユーザーがスーパースター化し、その他大勢のロングテールユーザーはおそれをなして投稿を止めヒットしているビデオを受動的に眺める傾向が強まったのに対して、Dubsmashは多くのユーザーが気軽にカメラの前に立ってショートビデオを撮って投稿を続けた。

今のところDubsmashはまだマネタイズを開始していないが、将来はサービス自身だけでなくトップの投稿ユーザーも十分な収入を得られるようにしたいと考えている。おそらく広告売上のシェア、サブスクリプションや投げ銭、グッズの販売、オフラインでのフェスティバルの組織などといった手法が用いられるだろう。カメラの進歩、ネットワークの高速化などによりモバイルビデオの視聴は巨大化しているため、視聴回数で2位というのは決して悪くない地位だ。

やや皮肉な点だが、TikTokではないことにも重要なメリットがある。セミプロのクリエーター、セレブのインフルエンサーを大量にかかえるTiktokの環境を嫌うユーザーも多いからだ。そういうユーザーはDubsmashのトレンドや発見のページを好む。トレンドではTiktokに比べてクオリティは低くてもホットな新曲やダンスのクリップを使ったコンテンツが多数投稿されており、初心者ユーザーものびのびと投稿ができる雰囲気だ。

【略】

TikTokのガイドラインによれば、Dubsmashのようなライバルのウォーターマークが入ったクリップを使った投稿はランクを下げると書かれている。

TikTokは親会社のByteDance(バイトダンス)の潤沢な資金を使ってFacebookのようなライバルからユーザーを奪うために猛烈に広告を打っている。ダッシュ氏によれば、「Dubsmashはインフルエンサー・マーケティングだろうとストレートな広告だろうと、ユーザー獲得のために1ドルたりと使ったことがない」という。それでいてアメリカでTikTokの半分から3分の1に上るインストール数を達成しているのは印象的だ。

ティーンエージャーにとってショートビデオの魅力が圧倒的に高いうえに好みも多様であるため、このマーケットには複数のアプリが存在できることをDubsmashは実証したといえるだろう。現にInstagramはTikTokクローンのReelsをリリースし、Vineの共同創業者のDom Hofman(ドム・ホフマン)氏がVineの後継となるByteをスタートさせたところだ。ショートビデオ市場の現状を要約すると次のようになる。

  • TikTok:やや長めで品質の高いダンス、歌、コメディ、またそれらの組み合わせ
  • Dubsmash:長さは中程度、素材はダンスなどミュージックビデオ中心でアフリカ系など多様なユーザー
  • Byte:非常に短いジョーク、コメディー中心でVineのスターユーザーが多数
  • Triller:中程度の長さで、ライフブログ的、ハリウッドセレブが目立つ
  • Instagram Reels:国際的インフルエンサー多数でメインストリームのオーディエンスが対象

時間がたてばこうしたサービスはさらに少数に集約される可能性はある。TikTokやInstagramといった巨大プレイヤーが有望なサービスを買収するというのは多いにあり得る。しかし多数のプレイヤーは多様性と創造性を確保するためには有利だ。異なるツール、異なるオーディエンスは異なるタイプのビデオを生むことができる。いずれにせよこうしたショートビデオサービスは今後のポップカルチャーを代表し人々の耳目を集める大砲のような存在になるだろう。

ショートビデオの重要性に関しては、InstagramとTiktokを比較してショートビデオを軽視するのは大きな間違いであることを指摘した私の記事もお読みいただきたい。

原文へ

(翻訳:滑川海彦@Facebook

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。