残り少ない独立系モバイルOSプラットフォームのひとつである、JollaのSailfish OSの未来が少しずつ見え始めてきた。他社へのライセンシングを目的に、Sailfish OSのコアコードの開発・保守を行っている、フィンランド生まれのJollaは、本日同OSがロシア政府および企業で利用されるために必要となる認証を取得したと発表したのだ。
近年ロシア政府は、AndroidとAppleのiOSの複占市場となっているモバイルOS界で、2つのOSを代替できるようなシステムの開発を奨励しようとしており、SailfishとTizenがその候補に挙げられていた。現状では、SailfishがTizenよりも、Androidの代替OSとして優位に立っているようだ。
さらにロシア政府は、海外製モバイルOSへの依存度を抜本的に減らしたいと語っている。具体的には、2015年の段階でAndroidとiOSが市場の95%を占めているところ、2025年までにはこの数字を50%以下にしたいと考えているのだ。
Sailfishがロシアの認証を取得する前に、今年に入ってからOpen Mobile Platform (OMP)と言う新たな会社が、ロシア国内の市場向けにSailfishプラットフォームのカスタマイズ版を開発する目的で、同OSのライセンスを購入していた。つまり、ロシアにとって極めて重要な”Androidの代替OS”は、現在Sailfishをもとに開発が進められているのだ。
OMP CEOのPavel Eygesは声明の中で「私たちは、オープンソースベースで作られ、他のOSに依存していないSailfish OSこそが未来のモバイルOSプラットフォームだと考えています。このOSは、ロシア以外の地域でも活躍できる可能性を秘めています。Sailfish OS RUSは、さまざまな人の参画やパートナーシップの上に成り立っており、ロシアを新たな高みに導くようなイニシアティブに向けて、私たちは積極的にパートナーやディベロッパーコミュニティに協力を働きかけていきます」と語っている。
他の独立系OSとは違って、SailfishはAndroidアプリと互換性を持っているため、MozillaのFirefox OSなど、なかなかユーザーが増えないOSに比べ、利用できるアプリの数において優位に立っている。なお、TizenでもいくつかのAndroidアプリが使えるようになっている。
Jollaは、TechCrunchの取材に対し、同社の投資家に今回Sailfishのライセンスを購入したOMPが含まれていることを認めた。そのため、昨年シリーズCを期間内にクローズできずトラブルに見舞われた(その後復活した同社は、今年の5月に再度資金調達を行い、1200万ドルを無事調達した)Jollaは、今後間違いなくB2Bのビジネスに注力せざるを得なくなる。
つまり今後Jollaは、インドのIntexのように、消費者に対してSailfishが搭載されたデバイスを販売している企業にOSをライセンスすることよりも、企業や政府に対してデバイスを販売している企業へのライセンシングに注力していくことになる。世界的にみれば、消費者向けデバイスにおけるAndroidの支配率はかなり高く、企業や政府の方が、データ・セキュリティについて専門的かつ差し迫った問題を持っている上、政府のサービスインテグレーションに対するニーズなどを考慮すると、この戦略にも納得がいく。
さらにJollaは、最近Sailfishが、ロシアのソフトウェアやデータベースに関する統一登録簿に追加されたと話す。これにより、今後ロシア政府やロシアの公企業は、モバイルデバイス関連のプロジェクトを行う際に、SailfishをOSとして利用することができるのだ。
Jolla会長のAntti Saarnioは、この登録プロセスに2015年の春から1年半近くかかったと語る。「登録プロセスは大がかりかつ長期に渡り、私たちもかなり力を入れてきました。まずは、ロシア情報技術・通信省が作成した代替モバイルOSの長いリストからスタートし、その後数が絞られていった結果、最終的に2つのOSが技術分析の対象となりました。ひとつがTizenで、もうひとつが私たちのSailfish OSでした」
「数ヶ月間におよぶ徹底的な技術審査を終え、彼らはようやくSailfish OSをコラボレーションの相手に選んだのです。その後、ロシア政府がSailfishベースでありながらも、独立したOSを利用できるように、Sailfishのロシア版のようなものを、私たちは現地企業と共同開発しました」
「ロシア政府は、監査・認証のプロセスを経た国家ソフトウェアのリストを持っているんですが、現在のところSailfishだけが、モバイルOSとしてそのリストに含まれています」と彼は付け加える。
ロシア版のOSは、Sailfishの派生物にはならないとSaarinoは強調する。むしろこのモデルは、ライセンシングパートナーのニーズにあわせて、Jollaがそれぞれのバージョンを開発するための土台となるものなのだ。ただし、コアコードは全てのバージョンで同じものが使われることになる。
同時にJollaは、拠点をロシアへ移し、アメリカ以外のひとつの国でだけ、AndroidとiOSに太刀打ちできるようなOSを開発するつもりもない。同社は、フィンランドにヘッドクオーターを置き続け、現在ロシアで取り組んでいるようなプロジェクトを、他のBRICs諸国へも展開していきたいと話しているのだ。
「私たちの使命は、OSをさまざまな目的に適合させ、その効率性を保つことです」とJollaのCEO兼共同ファウンダーであるSami Pienimäkiは話す。
「基本的に、私たちはSailfishをオープンソースのままにして、(ライセンス先に対して)常に最新のバージョンを提供しようとしています。ここでのJollaの責務かつ役目は、Sailfishの派生OSをつくらずに、ライセンス先企業とのコラボレーションを通じてのみ、Sailfishのカスタマイズ版を開発するよう徹底することです。私たちは、このモデルが他の市場でも成功すると信じています」と彼は付け加える。
「Jollaがロシアで成し遂げたのは、国家に対して自社のコードをベースにした独立モバイルOSを、自分たちのリリース方法で提供するという実例を作ったことです。私たちが知る限り、このような例は現在世界中で他には存在しません」とさらにSaarnioは続ける。
「世界中にはたくさんの国家が存在しますが、私はそのうちの多くが自分たち専用のサービスを求めていると考えています。そして、相手がロシアであるかそれ以外の国であるかに関わらず、実際に彼らにサービスを提供する方法について、少なくとも私たちにはノウハウがあります。今後は新たな顧客や国にアプローチして、ロシアで構築したモデルを他国で再現していきたいと考えています」
Sailfishは、大企業の支配が及ぼない独立系かつオープンなOSであるため、目的に応じてコラボレーションやカスタマイズをするのに最適です
「ある国が、自分たちのデータを管理するために、独自のモバイルOSを必要としているとしましょう。そして、彼らは既にクラウドソリューションなどへ投資しているとした場合、彼らの頭の中にすぐに疑問が浮かんできます。『それじゃ、専用のモバイルOSの開発には、どのくらい時間がかかって、いくらぐらいの資金が必要になるんだ?』これは普通であれば、答えるのが大変難しい問題ですが、今の私たちであれば、半年でここまでできると回答することができます。既にロシアでの実施例があり、予算感も把握しています。そのため、ロシアでのパイロットテストが完了すれば、私たちの顧客候補となる国は、具体的な情報をもとに判断を下すことができるんです」
2015年2月に、ロシアの情報技術・通信大臣であるNikolai Nikiforovは、「グローバルITエコシステムの非独占化」を求める発言をし、国内のディベロッパーが、SamusungのTizenとJollaのSailfishをサポートするよう、両社のプラットフォームへのアプリの移植に対して助成金を交付していた。
さらに同年5月、Nikiforovは、Jollaの株主にフィンランド、ロシア、中国の投資家が含まれていることに触れながら、Sailfishのことを”ほぼ国際企業”だと表現していた。
「私たちは、オープンなOSをベースとした、クローズドなモバイルプラットフォームを独自に開発する必要があると考えています。そのような構想をサポートする準備はできていますし、きっとBRICs諸国のパートナーもその計画に賛同してくれることでしょう。インド、ブラジル、南アフリカの戦略投資家も、いずれSailfishに参加することを私たちは願っています」と彼は当時語っていた。
また、フィンランドとロシアの物理的な距離がロシア政府の好感につながり、SailfishがTizenに勝つ要因のひとつとなった可能性も高い。
「Sailfishは、大企業の支配が及ぼない独立系かつオープンなOSであるため、目的に応じてコラボレーションやカスタマイズをするのに最適です」とPienimäkiは、Sailfishが選ばれた理由について話す。
OMPのロシア版Sailfishには、カスタマイズの結果、追加でセキュリティ機能が搭載される予定だ。Sailfishのプラットフォーム自体は既にロシア語をサポートしているため、ローカリゼーションは必要ない。「現在私たちはセキュリティ機能の強化にあたっています。さらに、顧客のニーズに合わせてOSのセキュリティレベルを上げられるように、OS用のセキュリティ・イネイブラーの開発も進めています」とPienimäkiは言う。
Jollaは以前、セキュリティ機能を強化したSailfishのバージョンを開発するため、どこかの企業とパートナーシップを結ぶ意向を示していた。Pienimäkiは、OMPとの協業がその結果だと言う。
「私たちは顧客の望む機能を実現し、OS用のイネイブラーを開発し、ソースコードや、システムの透明性、ライセンシングモデルなどを提供していますが、最終的なソリューションの実装は、その地域ごとの規制やアルゴリズムなどを理解した、地元企業が行うことが多いです。さらに、地元に根づいたテクノロジーを利用するほうが好まれるということも理解できるため、その地域のテクノロジーとの統合についても、地元企業に一任しています」と彼は話す。
Sailfishを搭載したデバイスが、実際にロシア市場に投入される時期については、未だ明確になっていないが、Pienimäkiは2017年中には実現するだろうと話している。さらに彼は、市場に製品が出るまでの最初のステップとして、公企業でパイロットプロジェクトが行われる予定だと付け加えた。
またSaarnioは、長期的に見て、消費者もプライバシー機能が強化されたAndroidの代替OSを求めるようになると自信を持っているが、現段階では市場がSailfishを求めてはいないと認め、Indexが次の(上図のような)Sailfishデバイスを発売する予定もないと言っている。だからこそ、Jollaはビジネスモデルを、B2BやB2B2Gのライセンシングパートナシップモデルへと切り替えたのだ。
さらにJollaは、現在中国や南アフリカ政府ともSailfish導入に関する議論を進めている。
「中国はロシアよりも、交渉が難しい国です。しかし今回のロシアの例が、中国政府にとってかなり具体的なプロジェクト提案になると言え、さらに彼らは明らかにSailfishのようなソリューションを必要としています」とSaarnioは語る。
「さらに私たちは、他のBRICs諸国とも話を進めており、南アフリカとの議論や交渉も進行中です。しかしもちろん、普通の企業である私たちには、政治的な意図はありません。そのため、独立系OSの必要性や課題を持っている国であれば、どんな国とも喜んで議論をしていくつもりです」
また資金面に関し、Jollaは次の投資ラウンドを検討してはいるものの、新しいビジネスモデルのおかげで資金ニーズは減っているとSaarnioは話す。
「ライセンス先となる法人顧客へとターゲットを変更した結果、Jollaのキャッシュフローも増加しています。そのため、私たちはエクイティ過多の財務体質から脱却しました。しかし当然新たな資金は必要となるため、新しいライセンス先の獲得に努め、新たな顧客からの収益でキャッシュフローがポジティブになるよう願いながら、外部資金調達の計画も立てています」
また、JollaはSailfishを”オープンソース”と表現しているものの、プラットフォームの一部の要素は依然として公開されていない。同社によれば、この部分についても出来る限り公開しようとはしているものの、リソース不足から計画は思うように進んでいない。
「私たちは、プラットフォームの非公開箇所の公開に向けて努力を続けており、今はUIやアプリケーションのレイヤーを優先して、段階的に情報を公開していくつもりです。具体的な計画の詳細については、準備ができ次第発表します。いずれにせよ、私たちはこの課題に本気で取り組んでいきます」とPienimäkiは話す。
「私たちが採用している、ライセンス先企業とのコラボレーションモデルからも恐らく分かる通り、顧客もライセンシングとオープンソース、コラボレーションを組み合わせた形を望んでいます」
「オープンソースとは、実は私たちにとっての投資でもあるんです。ただソースコードを公開したからといって、みんながハッピーになるわけではありません。私たちがそのプロセスをサポートすることによって初めて、コミュニティ内の人たちが公開されたソースコードから意味のあるものを作ることができるんです」とSaarnioは語る。
「そして私たちのような企業にとって、これは大きな投資だと言えます。しかし、Jollaは今の道をこのまま進んでいくつもりでいると同時に、この投資が無駄になることがないよう、きちんとそのプロセスを管理しようとしています」
[原文へ]
(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)