今後、あらゆるものが指数関数的に変化する時代になる。書評「The Exponential Age」

危険ですので、シートベルトをお締めください!

生物、医学、宇宙船、製造業、ソフトウェアといった分野の進歩は、社会、経済、政治の根本を変えつつある。この流れを見るに、ここ数十年に渡る変化の速度が、今後は加速していく一方だと思われる。TechCrunchでは、こうしたイノベーションを日々取り上げてお伝えしているが、資金調達の発表やスタートアップの製品発売といった華々しい話題から少し離れて、これらの変化が結局何に繋がるのかを落ち着いて考えてみる機会はめったにない。

幸いなことに、ロンドンを拠点に活動するライター兼起業家のAzeem Azhar(アズーム・アズハー)氏はこの変化ついて一家言を持っている。彼は最近 「The Exponential Age: How Accelerating Technology is Transforming Business, Politics and Society(指数関数的時代:加速するテクノロジーがどのようにビジネス、政治、社会を変革しているか)」という本を発表し、また長期にわたってニュースレター Exponential Viewやポッドキャストで意見を述べてきた。私は最近、アズハー氏をライブディスカッションにお招きして彼の著作やTwitter Space世界の意味するところについて、遺伝子工学から、データプライバシー法、グローバル経済の再局在化まで、様々な観点を織り交ぜて語りあった。1時間に及ぶ私たちの会話のハイライトを以下にまとめた。

このインタビューは編集、要約されている。

Danny Crichton:ニュースレター、Exponential Viewを書き始めたきっかけはなんだったのですか?

Azeem Azhar:6年前に私の会社が買収されたのを機にこのニュースレターを始めました。Twitter Spaceには多くの創設者がいて、中には買収のプロセスを経験した人もいることと思いますが、買収というのは、他人の服を着た自分を見るというような違和感のある経験でした。慣れ親しんだ感じはするけれども、実際にはそうではないし、それは自分自身というわけではありません。そこで、その気持ちを伝えようと数人の友人に向けてニュースレターを書き始めたのです。1996年からインターネット上でニュースレターを書いてきましたから、そういった形で意見を発信するのは、私にとってしっくりくる方法だったのです。

画像クレジット: Diversion Books

当時、驚くべきテクノロジーがある一方、何かが期待どおりに機能していないという奇妙な感覚がありました。こうした背景があって、多くの創設者が感じたように、ニュースレターは人々の求めていたものと合致したのだと思います。ニュースレターを書き始めてみると、それは私の生活の大きな部分を占めるようになりました。私は多くの時間を割いてテクノロジーについてや、テクノロジーと私たちの社会を取り巻く政治理論や経済理論についても読むようになりました。そして、その結果、私たちは今、多くのチャンスに溢れてはいるもののそれと同時に多くの危険も内在する、歴史の本当に特別な時代に差し掛かっていると考えるに至りました。これが結実したのが、拙書「The Exponential Age(指数関数的時代)」です。

あなたは、シリコン、ゲノミクス、バッテリー、カスタム製造の台頭について語っていますが、人類の歴史から考えると、これらはすべて比較的新しい部類のテクノロジーだと思います。どうして「指数関数的時代」が今始まったのだと思いますか?

これらのテクノロジーが世に出始める時点では、これらはとても高価です。これらは凄い勢いで向上していますが、それでも依然として高価であり、もっと廉価になり広く普及するには時間がかかります。一度これらが補完的産業すべてに普及し始めると、今度はその経済圏や社会に暮らす残りの人々のためにもより広くこれらのテクノロジーを現実のものとする必要が出てきます。

1960年代後半にチップが登場しましたが、何十億という人々がコンピューターにアクセスできるようになったのは、iPhoneが出荷され、スマートフォンが登場して以降のことでした。これは再生可能エネルギーが従来の化石燃料と競合するようになった時期とほぼ重なります。

私はこれを利子を計算する際の複利法的な現象と考えています。指数関数的なテクノロジーの向上により、物事はとても地味なスタートから始まって、翌年の増分が本当に意味のあるものになるまで、数年分、あるいは数十年分の利益を積み上げる必要があります。

指数関数的時代に突入したと言えるのは、2013年から2016年あたりだと言えると思います。2012年時点においては、世界の大企業の多くは、自動車メーカー、石油会社、電力会社など、前時代の企業でした。しかし2016年になると、世界最大の企業といえば、TencentsやApplesになりました。2012年にリアルタイムでスーパーコンピューターにアクセスしていたのは、どれだけの人がスマートフォンを持っているかで考えると、世界人口の半数以下でした。しかし2016年にはこの割合が逆転しています。

私たちがこうした新しいテクノロジーを手に入れた一方、テクノロジーを通して実現可能なことと、社会が対処する準備ができているものとの間に、あなたが言うところの「指数関数的ギャップ」があるようにも思います。その点についてはいかがですか?

テクノロジーがすばらしい可能性を提供し、そしてそれなしでは私たちの現在はない、というのがここでの課題です。しかし、テクノロジーと社会的規範は互いに密接に関連しています。

テクノロジーの変化速度が法律や規制当局といった社会制度の変化速度の範囲内にある時は、それで問題はありません。しかし、テクノロジーがその範囲を超えるポイントに到達した時、実は私はここ2,3年でそのような状態になったと考えているのですが、テクノロジーの変化速度は大変なものになります。幼稚園や小学校でやったことがあるかもしれませんが、これは二人三脚のレースにちょっと似ているかもしれません。あなたと組んだ相手があなたよりずっと早く走るので、あなたはおいていかれるような感覚を覚えるのです。

テクノロジーは信じられない速度で適応し発展していますが、社会制度はもともと非常にゆっくりと変化する性質のものです。社会制度が非常に速く変化したとしたら、それは制度ではなく、一時的な流行といったものに過ぎないでしょう。問題は、私たちのほとんどにとって、毎日の生活が、好むと好まざるとに関わらず、こうした日々の習慣や習わし、そして正式な規制や制度上の規則や法律に縛られているということなのです。

ここでは、テクノロジーそのものはそれほど問題ではありません。問題は指数関数的キャップがあることであり、もしそれがきちんと対処されなければ、社会のある種の快適な機能を侵食し始めるでしょう。

あなたはご自身の本の中で、フランス人歴史家、Fernand Braudel(フェルナン・ブローデル)氏に言及されています。ブローデル氏は、様々なことを書いていますが、いくつかの著書の中で、中世の生活の驚くべき規則性を示しています。この時代に生まれた人々は、60~70年の人生を生きる中で、社会的にも文化的にも、政治的にも経済的にも特に変化らしい変化を経験しません。この世に生まれ、農場で働き、そこで働き続け、引退するわけですが、一生を通しなんら変わるものはないのです。

指数関数的時代においては、すべてが常に変化してしているわけですが、人はどのように認知的負荷に対処すべきか、私はそこに興味があります。

この負荷はとても大きいです。

TechCrunchは、ここで起こっていることをある意味確認できる存在です。例を挙げましょう。この本を書いている間に、私はUiPathと呼ばれるルーマニアの自動化ソフトウェア関連の会社について言及しました。最初に下書き原稿を書いた時点でのUiPathの評価額は10億ドルで、同社がそこへ至るスピードは大変早いものがありました。数週間後、私はその最初の原稿にコメントをもらったのですが、その時までにUiPathの評価額は70億ドルに達していました。さらに最終原稿を編集者に渡した時には評価額が100ドルになっていたので、文章中の数字を直さなくてはなりませんでした。そして、その原稿が出版される直前には、私は編集者にいそぎ電話をして「UiPathがNasdaqで350億ドルの評価額で上場されたので、今すぐ数字を直さなくてはなりません」と伝えなければなりませんでした。これが、私の言う認知的負荷をよく言い表している例です。

現在はこうした指数関数的変化に対応するだけの心や脳の構えがないため、私自身この負荷と格闘していますし、世間の多くの人々も、認知的負荷を背負っています。私たちは今までUiPathsやUbers、DoorDashesといった信じられない速さで急成長する企業に出会うことがありませんでした。ブローデル氏が指摘しているように、私たちが見てきた変化は非常に直線的で多くが周期的な理解可能なものでした。ですから、私たちは、自らがここ30年から40年かけて生み出してきた技術的環境によく順応できていないのです。

あなたは、指数関数的な技術の向上について多く語っておられますが、裏を返すと、急激に向上すると考えられたテクノロジーで実際には向上しなかったものもたくさんあります。テクノロジーの成長の限界について、あなたがどう考えておられるのか、またそれがあなたの理論にどういった意味をもたらしているのか教えて下さい。

問題は、基本的な学習率に役立つ組み合わせ可能なコアテクノロジーがどこにあるかということだと思います。 つまり、そうしたテクノロジーは、他のテクノロジーと組み合わせて統合できるため、非常に強力なものになる傾向があるのです。モジュール化でき分散化可能なテクノロジーは、学習効果が非常に顕著なテクノロジーである傾向があります。

例えて言うなら、私たちは水力発電ダムや大型航空機がそうした効果を発揮するとは期待しないでしょう。なぜならそれらが非常に複雑に絡まりあったもので成り立っているためです。

私が関心を持っていることの一つは、これらの基本的なテクノロジーの価格がゼロ向かって下がり始めると、どういったことが起こるかです。私たちは新しいMacBook Proを手にするのに2000ドル(約23万円)払うわけですから、こういうと変に聞こえるかもしれませんが、私たちが生まれた頃と比較すると、コンピューターの現在の価格は実質ゼロのようなものです。 そしてこれにより、私たちは、それを巡ってあらゆる可能性が生み出されているのを目にすることができます。再生可能エネルギーからエネルギーを作り出す能力、タンパク質工学または遺伝子工学を通して生物圏を操作する能力、3Dプリンティングテクノロジーでものを作り出す能力…こういったもののコストがゼロになった時、どんな事が起こるでしょうか?

あなたはご自身の本の中で、産業社会の中でグロバリゼーションが起きたけれども、指数関数的時代には、新型コロナウイルスの関係もあって「再局在化」が起きている、ということを論じておられます。生産の世界でこのような動きが起きているのはなぜなのか、興味があります。

私たちが話題にしているテクノロジーの多くは、巨大なサプライチェーンに依存しないタイプのテクノロジーです。風力発電、分散型屋上太陽光発電、電気自動車内のバッテリーをネットワーク化することによって生み出された仮想グリッドスケールバッテリーなどは、地球を半周するほどの距離を輸送して数百万バレルの石油を持ってこなくても生産することができます。

こうした動きは、南オーストラリアなどで起きています。そこでは分散型太陽光エネルギーにより石炭が使われなくなりつつあります。また、Bowery Farmingに代表される高集約型の垂直型都市農業のようなテクノロジーもあります。これは、都市や街のど真ん中の高い建物に区切られた畑を高く積み上げて農作物を生産し近隣に提供するもので、農作物をサプライチェーンに合わせて最適化する必要がありません。地元で再生可能エネルギーを使って農作物を育てるのです。

人工の肉を供給する細胞農業もあります。これも牛を育てるための土地を必要としませんし、地元型の農業になり得ます。3Dプリンティングも同じで、何キロも離れた工場は不要であり、その場でものを作ることができます。これらにより、グローバルチェーンへの依存度を減らしつつ、地元でより多くのことを行うポテンシャルが生み出されます。

これが局在化にはずみをつける推進力の1つですが、もう1つ第二の推進力があります。それは国家間のデジタル空間における競争です。私がこの本を書いて以降、Cyberspace Administration of China (CAC、中国サイバースペース管理局) は、強力な措置を講じて国内のインターネット業界を管理していますし、また、ヨーロッパのGDPRよりずっと厳格なデータプライバシー法を新たに導入したのも興味深い動きです。中国のデータプライバシー法の背後にある重要なレンズの一つは、テクノロジーの統治権です。

ですから、テクノロジーに関しては、グルーバルサプライチェーンにそれほど依存せず局所的な生産や消費を可能にするテクノロジーと、テクノロジーの主権を確保するための動きという二つの対になった動きがあり、これがグロバリゼーションに向けた政治家の論理を巻き戻し、地域でもっと多くの物事を行うという論理を生み出し始めているのです。

画像クレジット:Pramote Polyamate / Getty Images

原文へ

(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。