Slackのワークスペースに閉じ込められるという悪夢。書評「Several People Are Typing」

10月、Calvin Kasulke(カルビン・カスルケ)のデビュー小説「Several People Are Typing(……が入力しています)」で、私たちは新たな恐怖を感じる。もし自分が職場のSlackのワークスペースに閉じ込められ、Slackbotが自分の身体を乗っ取ってしまったら?カスルケ氏は「資本主義は悪であり、身体は牢獄である。しかし、身体を持たないことは身体を持つことよりももっと悪い」という。

「Several People Are Typing」は、すべてがSlackのメッセージのスタイルで記述されている。作者は、PR会社に勤務する登場人物1人ひとりのタイピングの特徴を記したスタイルガイドまで作成して、登場人物を実在する人間のように描いている。彼らはSlackのワークスペースの中で、ドッグフードのプロモーションの問題、社内恋愛、ジェラルドが「在宅勤務」をしている間に彼の窓際のデスクを誰が使うかという争いなどを話し合う。もはや自分の身体をコントロールできない(身体を持っていない)ジェラルドはオフィスに通勤することはできないが、上司は、ジェラルドがかつてないほど生産性を上げているので気に留めていない(文字どおりSlackの中に閉じ込められているのに、仕事以外に何ができるというのだ?)。ジェラルドが仕事から離れられるのは、Slackbotによってジェラルドとsunset.gifが一体化したときだけだ。Slackユーザーがgifファイルをアップロードするたびに、ジェラルドは彼らのワークスペースに移動する。sunset.gifと一体化しているのも大変そうだ。

TechCrunchの取材に対し、Slackはコメントを拒否したが、カスルケ氏はSlackはこの本を気に入っているはずだと考えている。というのも、この本の出版社であるDoubleday Booksは、(出版を受けて)Slackを使ったプレゼント企画を実施したからだ。しかしながら、この小説はSlack自体ではなく、私たちのワークスタイルを表現している。

The Atlanticは最近の記事で、Slackを「史上初めて、ユーザーに『自分はカッコいい』と思わせることに成功した企業向けのソフトウェア」と評した。カスルケ氏は、Slackスタイルの本というのはギミック(しかけ)であることを認めるだろうが、実際よくできたギミックである。Good Morning America’s Book of the Month(グッドモーニング・アメリカの「今月の1冊」)に選ばれたということは「肉体を得たばかりのSlackbotがミートボールサンドを早食いして、身体を持って生きることが期待したほど良いものではない、ということを身をもって知る」という問題作を、想像以上に多くの人が読んでいるということだ。しかし、カスルケ氏曰く「人間は自分が思っている以上に奇妙な存在」であり、この小説が、日によっては文章よりもチャットを見ることが多いという人々の心に響くのも不思議ではない。

Slackのメッセージ形式で綴られるこの本を参考に、TechCrunchはカスルケ氏にテキストでインタビューを行った。是非楽しんで欲しい。

amanda at 3:08 PM

Slackを使った背景や、Slackのメッセージだけで本を書こうと思った経緯を教えてもらえる?

calvin at 3:08 PM

この本を書いていた頃、僕はコンサルティング会社で仕事をしてた。Slackはしょっちゅう使ってたよ

毎日大量のSlackを書いてた。仕事に関することの他にも、Knicks(訳注:ニックス、バスケットボールのチーム)がプレーオフに進出すると思うか?とか同僚にDMしたりしてたよ

僕は脚本を書いていたこともあるけど、業務用のスラックとは長くてエンドレスな芝居のようなものだ

amanda at 3:10 PM

そうね、この本のおもしろいところはSlackで書かれるような会話しか書けないというところかしら。でもSlackではなんでも起こりうるから、私は本の登場人物がSlackでNSFW(訳注:Not Safe For Work、職場では閲覧注意)なことをチャットしていても驚かなかったわ。マーケティング会社のSlackでは当然のことでしょ?

理論上は上司はSlackのDMをチェックできるって知っているけど、みんな上司に見られたくないことをSlackでDMしてるわ

calvin at 3:11 PM

その通り!仕事の話ばかりしてると思うなんて合理的じゃないよ

業務用のSlackなんて、仕事上のコミュニケーションでは仕事内容しか書いちゃいけないっていう考え方に屈しているようなものだ

楽しみながら仕事をしちゃいけないっていうのかな?

みんなが見れるチャットとプライベートなDMには大きな違いがあって

こういった違いを書き分けるのは楽しかった

公の場で仕事をしている自分、グループDMで仕事中の自分、1対1のDMでの本来の自分は全部違うんだ

仕事では猫かぶってるけど

時々素が出るけど

amanda at 3:13 PM

Slackの言語学ってとってもおもしろいわよね。個人個人のタイピングの癖とか、相手によってどんな風に変わるかとか

(このインタビューもチャット形式で行うことで、これを実証している。)

calvin at 3:16 PM

笑。スタイルガイドも作った

誰がどういう風にタイピングするかっていうスタイルガイド

amanda at 3:17 PM

スタイルガイドはとっても良かったと思うの。だって、チャットだけで誰が書いているのかわからなければ、この本は成功しなかったじゃない?

でも、IRL(訳注:in real life、現実世界、現実では)ではチャットだけでどんな人かを判断しなきゃいけないことも多いと思うの

calvin at 3:18 PM

この本は全体がチャットで構成されていてそれぞれ書き分ける必要があったんだ。だから全員分ルールを作ったんだけど、普通人ってそんなに一貫性がないから、ルール通りにチャットしないこともしょっちゅうだし句読点を工夫した方が効果があることもあるんだよ

そうそう今ではオンラインでしかあったことのない仕事仲間がいっぱいいるよ、ヒュー!

amanda at 3:19 PM

この本は「ギミックみたい」って思われがちだと思うけど、びっくりするぐらい実生活に当てはまるわよね

びっくりといえば

この本って……その……ホラーなの?

悪役のSlackボットってどうやって思いついたの?

calvin at 3:20 PM

それがギミックだよ!ギミックって楽しいだろ?それと、本が単なるギミックで終わらないように、プロットや感情、思考、考察などの肉付けのりょほうを頑張ってみた

ごめん、両方だ

ちょっとわかりにくいかな?

Slackボットね

どうやったらジェラルドがSlackに閉じ込められているっていう状況を盛り上げられるかって考えて、現実世界の身体の運命を使えばプロットを強調できると思ったんだ

Slackのチャットのスタイルは保ったままで、読みやすく

amanda at 3:22 PM

Slackボットは食べることが好きなのね?

calvin at 3:23 PM

ボットは生身の身体で物理的な世界を楽しんでいる。ジェラルドが四六時中書いていたのと同じように

amanda at 3:23 PM

個人的にはあまりSlackボットを使ってなかったけど、もう絶対にボットは使えないわ

calvin at 3:23 PM

そうかい?Slackボットの動機ははっきりしてるよ。倫理観は持ってないから、文字どおり非道徳的なんだけど

まあそうだね

amanda at 3:24 PM

ある日突然自分がロボットだと気づいたら……パニックになるわよねえ

脱出してミートボールサンドイッチを食べようとするかも

Slackボットみたいに(ネタバレ注意)

他にもいろいろやってるけど

calvin at 3:24 PM

生身の身体があったらミートボールサンドイッチは絶対食べたい

煩わしいこの世で生きていたい理由トップ5だね

amanda at 3:25 PM

何が問題かっていうと、あなたが以前言ってたように「常時オンラインでなければならないと感じるような仕事では、いずれにしてもスラックから抜け出せなくなる可能性がある」ってことだと思うの

ジェラルドが「ほんとにSlackから出られなくなったんだよ!」と言い始めたのに、誰も彼を助けてくれないっていう話があるわね

みんな「ヘンなの」と思ってるだけで、上司はジェラルドの生産性が上がってるから気にもしていない(ジェラルドはSlackから逃げられないんだから、当然ね)

calvin at 3:27 PM

A.あまりに荒唐無稽。B. 現実だとしても魔法使いでもないただの人間になにができるか、ってことかな

自分だって会議に出たりメールを出したりメモを作ったりしなきゃいけない。自分はゴーストバスターでも魔法使いでもない。現実だとしてもジェラルドを助けることはできないだろうね、本当のことだとは信じてないんだから

もしジェラルドを信じるとしたら……自分にとっていろいろな意味でまずいことになるんじゃない?

amanda at 3:29 PM

Slackの人にどう思うか聞いてみた?

calvin at 3:30 PM

DoubledayとSlackは一緒にプレゼント企画をしてたよ

amanda at 3:30 PM

あら、すてき

calvin at 3:30 PM

オフレコで連絡をもらったことはあるけど

みんな超喜んでるって誰かが言ってた

プレゼント企画ってことは、本が欲しい人もいるんだよね(笑)

本を読んでSlackボットが怖くなったら知らないけど

amanda at 3:31 PM

Slackが悪いって言ってるんじゃなくて「資本主義とワークライフバランスの欠如が悪い」って言いたいんじゃないの?

calvin at 3:31 PM

資本主義は悪だし、身体は牢獄。でも身体を持たないことは身体を持つことよりももっと悪い

amanda at 3:31 PM

悪い労働条件はSlackやGmailが原因なの?

悪い上司がいけないんじゃないの?

よくわかんない!

calvin at 3:32 PM

Slackのことは非難してないよ、おもしろいプラットフォームだし

amanda at 3:32 PM

Slackの方がGmailより良いわよね。Slackだとこんな風にチャットできるけどGmailだったら絵文字も使えないしきっちり書かなきゃいけないし

calvin at 3:33 PM

労働条件は上司の要求と労働者の我慢によって決まるんだ

それから、この2つに影響を及ぼす経済や労働環境みたいなやつ

amanda at 3:35 PM

もう1つ聞きたいんだけど

GMAの今月の1冊ですって???

もう先月だけど

なにがどうなってるのか気になるわ

本当に良くておもしろくて、考えさせられる本だから超クールだと思うんだけど……ヘンじゃない!?

GMAを読んでる人って私が思っているよりヘンなのかしら……

calvin at 3:38 PM

そう、9月だね!

僕が一番驚いたよ!

amanda at 3:39 PM

ヘンだとは思うけど、私たちの現実の生活に一番近いのかも

calvin at 3:40 PM

僕はこの本に自信を持ってるから、お世辞じゃないと良いなって思ってる

GMAのブッククラブに選ばれたり、ニューヨーカーにレビューが掲載されたり、反響が大きくて本当にびっくりだよ

amanda at 3:41 PM

驚くのも当然だわ、いえ、本当に良い本だとは思うけど……一般的な本とはちょっと違うわよね

calvin at 3:41 PM

人って自分が思っているよりもヘンなんだろ?きっと。それにみんなテキストやチャットやグループDMなんかには慣れっこだし

amanda at 3:41 PM

人は自分が思っているよりもヘン、って良いわね

calvin at 3:42 PM

だからちょっとぐらいヘンな本でも読者はOKなのかも

amanda at 3:42 PM

この本が普通の本と同じように書かれていたら、こんなに刺激的でおもしろいものにはならなかったでしょうね

calvin at 3:42 PM

読み方を学習しながら読めるようにしたんだ

ヘンなことをするときにはルールが必要だから

もうみんなオンラインに慣れてるから、Slackを使ってなくても読めるでしょ

amanda at 3:45 PM

この本で気に入っているのは、ワークライフバランスや自分の生活におけるテクノロジーの役割などにとてもまじめに考えさせられることと、もしSlackボットがミートボールサンドイッチを食べていたらどうしよう、という気持ちにさせてくれるところね

この本を書いたことで、Slackやインターネット、仕事との向き合い方は何か変わった?

calvin at 3:46 PM

笑。今はSlackは積極的には使ってない

通知が鳴らない方が仕事がはかどるっていうのと、自分がチャットの内容を収集してるって思われたくないから

amanda at 3:47 PM

とっても特殊な問題ね

私も、元上司だった友だちが妊娠したって教えてくれたんだけど、ツイートしないでって言われたわ。そのときはまだ妊娠を公表してなかったのよ、それに似てるわ

calvin at 3:47 PM

とてもよくある話だね

ツイートしないでとか、私が写ってる写真を投稿しないでとか、チャットの内容をシェアしないでとか

モラルを身につける前にやってしまいがちだけど

おもしろいメールのやり取りを投稿するときは相手の許可を得るとか、最低でも一般的なモラルは必要だね

amanda at 3:50 PM

フェイスブックが仮想空間でアバターをミーティングに参加させようとしていることについて考えたことはある?

calvin at 3:52 PM

もちろん!そんな形のVRを望んでいる人はいないと思うけど

直接会えない時はチャットするっていう方がまだ主流

amanda at 3:53 PM

テクノロジーをここまで生活に取り入れたいっていう境界線はあるのかしら?あるとしたらどこに?

calvin at 3:53 PM

直接会いたくない人には仮想空間でも会わない方が良いと思う。ゼロスーツ(訳注:ゲーム「メトロイドシリーズ」に登場するサムスの専用インナースーツ。パワードスーツを装着していない能力低下状態)のとき会いたくない人には特に

さて、きちんとした文章に戻って、タイムスタンプなしで書いてみよう(念のため、今は10月18日月曜日11時55分だ)。ここまでの会話についてくることのできた人なら「Several People Are Typing」も問題なく読めるはずだ。オーディオブックでも、Slackのチャットを複数のキャストが読み上げているので、自然に楽しむことができるだろう。この本は、現代のワークスタイルを批判しているが、それほど誇張されたものではない。確かに、複数の企業の専門家たちが頭を突き合わせて、ドッグフードブランドが誤って犬に毒を盛ってしまうという悪夢のようなPR(パブリック・リレーションズ、企業と企業を取り巻くパブリックとの有益な関係を築くための戦略的コミュニケーションプロセス)をどのように展開させるかを考える、というアイデアはかなり馬鹿げているが、実際現実で起こっていることだ。だからこそ、私たちは「Steak-umms」のような公式アカウントに、ソーシャルメディアのアテンションエコノミー(関心や注目の度合いが経済的価値を持つという概念)に関する優れたインサイトを見い出している。

ギミックに関していえば、2004年に出版された、テキストスピーク(メール略語)を多用したテキストメッセージ形式のヤングアダルト小説「ttyl(talk to you later、また後で)」は少しやり過ぎだったように思う。しかし、不条理は、それが現実かもしれないと感じられるときに最も効果的であり、それがこの本の成功につながっている。(この本の)摩訶不思議なシナリオは馴染みにくいかもしれないが、Slackのメッセージほど崇高な日常を感じさせてくれるコミュニケーション手段は他にはない。

画像クレジット:NOAA / Unsplash

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(文:Amanda Silberling、翻訳:Dragonfly)

初版から10年、その間何が起こったか?書評「垂直農場」10周年記念版

最初のメールを出してから初回のZoomチャットまで、ほぼ2時間が経過している。まさに日曜日である。ジムの後にシャワーを浴びたり、野球帽をかぶったりするのはやめておこう。いつ好機が再び訪れるかわからない。

20年以上にわたり世界中で垂直農法の利点を提唱してきたDickson Despommier(ディクソン・デポミエ)博士は、今でも筆者と同じように、このテーマについて熱心に語っているようだ。2020年末に「The Vertical Farm(垂直農場)」の10周年記念版が発売されたことも少なからず影響しているだろう。ほとんど不可逆的に記念日にこだわっているように見える文化の中にあって、この本のオケージョンは、主にその間の10年間に起こったあらゆる出来事を反映して得られたものだと感じられる。

「現時点では垂直農場の事例は存在しないが」とデポミエ氏は初版に記している。「私たちは進める方法を心得ている。複数階建ての建物に水耕栽培と空中栽培の農法を適用して、世界初の垂直農場を作ることが可能である」。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ(画像クレジット:Picador)

この本の最新版では「And Then What Happened?(それから何が起こったのか)」というタイトルの第10章の形式をとったコーダ(音楽用語で終結部をさす)が提供されている。その問いの答えは、筆者自身も垂直栽培の世界との関わりの中で見出していることだが、1つの章で扱えそうにないと思われるほど長く、さらにいえば、テクノロジー系ウェブサイト上の短い書評で対処できるものでもない。

「この本が最初に出版された2010年当時、垂直農場は存在していなかった」とデポミエ氏は新しい章の冒頭に記し、始まりは米国とアジアにおける緩やかな細流であったと説明する。「この記事を書いている時点では、非常に多くの垂直農場が見られるようになっており、実際にどれほどの数になるか正確なところはわからない」。

続く垂直農場のリストは4ページ半にも及ぶが、あまり網羅的ではない。日本については同国最大の垂直農法企業Spread(スプレッド)だけを掲載するなどスペースの面で多少の譲歩を示し、日本には少なくとも200の垂直農場があると説明している。一方、米国のリストでは、TechCrunch読者にはおなじみのAeroFarms(エアロファームズ)とBowery Farming(バワリー・ファーミング)から始まっている。

網羅的なリストがなくても、気候変動の危機的状況に対処する潜在的な方法として垂直農法の概念を採用する国や企業の数の多さは、多くの人にとって、適切な時期の適切なアイデアであることの驚くべき証となるだろう。作物を密に植え込み垂直方向に積み重ねて都市環境で栽培するという概念を、万能の解決策だと考える人は(もしいるにしても)少ないだろうが、そのパズルの重要なピースになるかもしれないという考えには十分なモメンタムがある。

2021年に「垂直農場」という本を手にした人の多くにとっては、人間が作り出した気候変動という点に説得力はさほど必要ないと思う。しかしデポミエ氏は、自身の提唱の中の懸念、特に人口増加や過剰農業への危惧に関連する精微な論及を、今も精力的に行っている。食肉生産を明確に(そしてしかるべき価値があると筆者は考えている)ターゲットとすること以上に、一般的な食品生産のインパクトに関して、おそらく依然として認識を高めていく必要があるのだろう。

これらの大きな課題が、垂直農法の概念を造成する触媒的な要素となった。この考え方の現代的な定義が生まれたのは、コロンビア大学でデポミエ氏が率いた1999年の授業での思考実験からである。類似したタイトルの書 「Vertical Farming(垂直農法)」が1915年に出版されているが、それは突き詰めると、私たちが理解しているこの用語の意味とほとんど一致しない(米国の地質学者 Gilbert Ellis Bailey[ギルバート・エリス・ベイリー]氏が執筆したこの本はオンラインで無料で入手可能。爆発物を使った農業についてのおもしろいアイデアなどが掲載されていて、1時間を楽しくつぶすことができる)。

デポミエ氏はアイビーリーグの名誉教授(現在81歳)というステータスにあるが、その著書「垂直農場」は非常にわかりやすい言葉で書かれている。この本は、同氏のクラスの初期の思考実験の続きとなるような、ブループリントやハウツーガイドには至っていない。これもまた、最初の出版時には主要な垂直農場がなかったという事実を考えれば理解できる。この本の本質は、著者のユートピア的理想主義の観念に通じるものがある。

Bowery FarmingのCEOであるIrving Fain(アービング・フェイン)氏は、2014年の会社立ち上げを前にデポミエ氏に会っているが、最近の筆者との会話の中で、その所感の一端をうまくまとめて語ってくれた。

どの業界でも、ある時点でノーススター(=北極星、正しい方向を知るための目印のような存在)が必要になると思います。私が思うに、ディクソン(・デポミエ氏)はこの産業界の並外れたノーススターであり、いくつかの点で、屋内農業に対する人々の意識が高まる以前からその役割を果たしていました。彼が思い描くことはすべて実現するでしょうか?必ずしもそうはならないかもしれませんが、それは実際のところ、ノーススターのゴールではないのです。

これは「垂直農場」のような本にアプローチする正しい方法だと思う。デポミエ氏は気候変動、過剰人口、過剰農業の脅威に関しては確かに現実主義者だが、その解決策を論じるときには理想主義者だ。ある意味、そうした実存的な課題に直面したときに多くの人が(理解できると思うが)はるかに暗い何かに傾きがちな時代に、新鮮な息吹を吹き込んでいるのである。

この力学の最も強力な例示となるのは、屋内で植物を育てる上で太陽からの直接のエネルギーの代わりとして必要になる、エネルギーとコストに関する重要な問いである。この本の新しい章では、その答えとして、透過性の高い太陽光発電窓、雨水集水、炭素隔離などのグリーンな解決策を示している。農場のオンライン化が進めば、そのような解決策が正味プラスであるかを判断する複雑な計算を割り出す機会が増えてくるであろう。よりスケールの大きい、より優れたテクノロジーが、私たちを目指すべきところへと近づけてくれることを願ってやまない。

一方、筆者はスタートアップについて記事にする中で、グリーンテクノロジーにおける利他的なモチベーションについて、シニカルとは言わないまでも少なからず懐疑的になった。私の中の現実主義者は、少なくとも米国では、資本主義的な推進力の制約をまず取り除く必要があると固く信じている。企業は、垂直農場が積極的に収益を生み出せることをしっかり検証する必要がある。そうすることで、希望的観測ではあるが、この考慮すべき事柄の持続可能性の面で真の進歩を見ることができるのではないか。

BoweryのCEOの言葉を借りれば、ノーススターとして、この仕事は非常に効果的である。10年前に農業革命的なデポミエ氏と「垂直農場」が触媒的な作用を果たしたことの他に、その例証を語る必要はないだろう。

「The Vertical Farm:Feeding the World in the 21st Century by Dr. Dickson Despommier(邦訳:垂直農場―明日の都市・環境・食料 / ディクソン・デポミエ著)」、Picador、2020年、368ページ

画像クレジット:JohnnyGreig / Getty Images

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(文:Brian Heater、翻訳:Dragonfly)

現在の気候問題における文化的な狂気、書評「The Great Derangement」

気候変動は、長年にわたり、人類が解くべき最も奥深く、最も困難な知的パズルだ。複数のシステムのさらにその上で複数のシステムが動いているため、直観的なアイデアを簡単に破滅的な行き詰まりに変えてしまうような創発的な性質がある。1つのアクションに対して複数のリアクションがあり、システムのある部分を改善すると、必ずと言っていいほど他の部分の弱点があぶり出される。

当然のことながら、この課題の及ぶ広さを考えると、地球を理解するために複雑性理論や「システム思考」が重要になってくる。システム思考は、技術者に人気のあるフレームワークでもあり、概してソフトウェアエンジニアリングやテクノロジー製品、そして社会全体にもよく当てはまる。それは、世界の小さな特徴や変化を1つ1つ個別に捉えるのではなく、それらすべての関係性を構築し、一般にはばらばらの現象にしか見えないところにつながりを見出すものだ。

インドの著名な小説家であるAmitav Ghosh(アミタヴ・ゴーシュ)氏は、深遠で魅力的な著書「The Great Derangement(グレート・ディレンジメント、未邦訳)」の中で、鋭い分析力と観察力を発揮し、訪れた各所で直感では理解しがたい人間と地球の相互関係を見抜き、書き綴っている。同氏が2015年にシカゴ大学で行った一連の講義を編集したこの本は、緊張感があり刺激的な思考に溢れ、筆者が近年読んだ本の中でも最高のものの1つだ。

アミタヴ・ゴーシュ著「The Great Derangement:Climate Change and the Unthinkable」/ The University of Chicago Press(シカゴ大学出版局)、2016年、176ページ(画像クレジット:The University of Chicago Press)

ゴーシュ氏の主な論点は、気候危機の状況を説明する上での文化、特に文学的な文化の役割にある。同氏は、それがまったく機能していないことに驚愕し、それがこの本のタイトルである「グレート・ディレンジメント(大いなる狂乱)」につながっている。気候変動は文化に付随して起きるものに他ならず、ストレスにさらされた地球の日常的な危機にますます怯える世界においては、正気の沙汰ではないということだ。実際「気候変動を扱った小説は、正統な文学誌ではほとんど相手にされないといってもいいだろう。テーマとして気候変動について触れているだけで、文学的な小説や短編がSFのジャンルに追いやられてしまうことが多い」と同氏は書いている。

同氏は、気候変動に関連して身に起きたことを語っている。若い頃、都市部を襲った猛烈なサイクロンで九死に一生を得たことがあったのだ。しかし、そのことを思い返しているうちに、同氏は、この死と隣り合わせの経験は、小説の題材には行かせないということに気づいた。あまりにも恣意的で、心の広い読者でさえ陳腐に思える三流ドラマ的なネタだ。同氏自身の生々しい体験、つまり本物のリアルな経験であっても、ほとんど起こりえないことのように思えるため、文芸作品としては書くことができない。

個人単位でみれば、気候変動に起因する大惨事が降りかかる確率は低いが、数多くのサイコロを振った結果の総数と同様に、災害の頻発は保証されているようなものだ。そのことがゴーシュ氏に確率の歴史について熟慮させるきっかけとなった。「確率と現代小説は実は双子のようなもので、ほぼ同じころに、同じ人々の間で、同じような経験を封じ込める器として働くことを運命づけられた同じ星の下に生まれた」と同氏は書いている。何千年にもわたって人類の特徴であった人生の不規則性は、産業時代の幕開けとともに規則化されてきた。人類は、世界の混沌をなんとか抑えた後、自分たちの環境と運命をコントロールし始めた。そのため、近代になると確率はあまり重要ではなくなった。

もちろん、まさにそのようなコントロール志向こそが、現在の気候の崩壊をもたらした。生活の水準を向上させる代わりに、人類に必要な自然の調和を犠牲にしたのだ。サンフランシスコのベイエリアで見られたのどかな自然は、今や干ばつや山火事など、相次ぐ気候の危機によって阻害されている。私たちが織り成すグローバルコミュニティは、現在、サプライチェーンの混乱、旅行のキャンセル、国境の閉鎖、政策の変更などで足元が定まらない。私たちの調和のシステムは、自らと戦うシステムになってしまっている。

ゴーシュ氏が問題だと考えていることの1つは、文化が、地球の力の前に為す術もなく打ち負かされている個人の物語を中心としたものになっていることだ。同氏は、John Updike(ジョン・アップダイク)氏の「individual moral adventure(個人のモラルをめぐる冒険)」という言葉を借りて、特に西洋で作られた現代文学について説明している。私たちはヒーロー、つまり主人公を求めている。直感的に共感でき、挑戦の旅に乗り出し、最終的にその克服に至るまでの苦難を理解できる人物だ。

しかし、気候はシステムであるため、実際のところ個人の行動では歯が立たない。Kim Stanley Robinson(キム・スタンリー・ロビンソン)の「The Ministry for the Future(ミニストリー・フォー・ザ・フューチャー、未邦訳)」のレビューで指摘したように、気候をめぐる変化の基礎となる官僚的な奮闘について読者の関心を引くのはほぼ不可能だ。自分たち全員を除いて悪役はいない。それは、読者や視聴者が小説に期待している筋書きではない。

さらに悪いことに「個人のモラルをめぐる冒険」という物語のニーズは、問題の本質が物語の中心でさえない世界へと私たちを引きずり込んでしまう。ゴーシュ氏は、このような状況を批判し、次のように書いている。「フィクションは目撃し、証言し、そして良心の軌跡を描くような形で、読者の心の中で再構成されるようになる。このようにして、政治においても文学においても、誠実さと信頼性が最大の美徳となる」。その結果、個人や集団の主体性が低下していく。「大統領選挙からオンライン嘆願書まで、あらゆるレベルで公的領域がますます行為遂行的になるにつれ、実際の権力行使に影響を与える能力はますます弱まっていく」と同氏は書いている。

システム思考というと、技術的あるいは科学的な関係だけで切り捨てられがちだが、ゴーシュ氏はその範囲を広げ、文化もその要素にうまく含めている(本書の3つの章は「物語」「歴史」「政治」と題されており、同氏の貢献の対象がうかがえる)。自然の生態系を調べ、中で何が起こっているかを見るだけでは不十分だ。そもそも人間がどのようにこのシステムを考え、結びつけているのかを理解しなければならない。同氏の分析は、すでに深い階層になっている問題に、新たな重要な層を加えるものだ。

では、この文化、権力、政治へ踏み込むには、どうすればよいのだろうか。最終的にゴッシュ氏は、伝統的な宗教指導者が気候変動問題の主導権を握ることが重要だと考えている。同氏は次のように書いている。

宗教的な世界観は、気候変動が既存の統治機関にとって大きな課題としているような制限を受けない。また、国民国家を超え、世代を超え、長期的な責任を認めている。そして、経済主義的な考え方に支配されていないため、現代の国民国家が広く共有する推察力ではおそらく不可能な方法で、直線的ではない変化、つまりカタストロフィーを想像することができる。

ゴーシュ氏は、このスリムな本の中で、他にも多くのテーマに触れているが、同氏の博識で、時に一般とは異なる考え方は、気候問題と未来のガバナンスをめぐる議論や参照すべきポイントの多くをうまく再構成している。優れたシステム思考と同様に、同氏の分析は、最終的には「難しい問題を理解するためのさまざまなレンズ」という総合的なものになる。私たちは幸運にも、この泥沼から抜け出す道を見つけられるかもしれない。

あるいは、そうではないかもしれない。気候に関する議論は何十年も続いているが、私たちは根本的な問題を解決するために、実際のところまだほとんど何もしていないからだ。ゴーシュ氏は、1961年に初めてアジア出身の国連事務総長となった、第3代国連事務総長、U Thant(ウ・タント)氏の言葉を引用している。

夕方から夜にかけて、スモッグに覆われた、私たちが生まれ育った地球の汚染された海に沈んでいく太陽を見ながら、将来、他の惑星に住む宇宙歴史家に私たちのことをこう言われたいと思うかどうか、真剣に自問する必要がある。「天才的な才能と技術を持ってしても、彼らは先見性と空気と食料と水とアイデアを使い果たしてしまった」あるいは「彼らは世界が崩壊するまで策を弄し続けた」と。

その歴史は今まさに刻まれている。目の前に置かれたパズルは確かに厄介だが、理解できないわけでも、解決できないわけでもない。

画像クレジット:Juan Silva / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

環境保護主義のダークサイド、書評「The Ministry for the Future」

Kim Stanley Robinson(キム・スタンリー・ロビンソン)による小説「The Ministry for the Future」は、環境テロリストを称える話ではない。実際、全体にわたってこのテーマを上手く回避しているのだが「未来省」とそれを率いるリーダーシップの今後数十年にわたる活動を描いた本書の中心には、地球を平和で持続可能な未来へと移行させるための要となるダークサイドが描かれている。

飛行機への妨害工作や貨物船の沈没といった出来事が、ニュースの解説として、時には登場人物同士の会話の中で何気なく語られるという、プロットドリヴンの小説としては奇妙な設定である。余談話や噂話で登場する「Children of Kali」と呼ばれるグループは、富裕層の資本家階級に炭素排出量ゼロ世界に向けて屈服させるために、よりダークで暴力的な手法を用いている。

Kim Stanley Robinson / The Ministry for the Future。Hachette 2020年 576ページ(画像クレジット:Hachette Book Group, Inc.)

気候危機が深刻化するにつれ、環境テロリズムというトピックは近年作家からの注目を集め続けている。2019年のピューリッツァー賞フィクション部門を受賞した「The Overstory(オーバーストーリー)」の著者Richard Powers(リチャード・パワーズ)は、5人の異なるキャラクターが最終的に集結し、地球を救うために暴力行為を行い、その影響と向き合っていく様子を描いている。

9.11同時多発テロの後はタブーとなっていた暗いテーマである。とは言っても別に目新しいものではない。1997年に発売されて以来、Square(スクウェア)の主要製品であり続けているファイナルファンタジーVIIは、環境テロリスト集団が魔晄を搾取する神羅カンパニーの陰謀から地球を救おうとする物語である。

しかし、ロビンソンは暴力的な革命がもたらす倫理的問題や、理論的には地球と人間を愛しているにもかかわらず、それらの存在を殺すことが救いになると信じている人々の複雑な感情を描くことはしていない。その代わりに、炭素ゼロの未来に到達するための課題を探求し、途中暴力はそれとなく登場するものの、最終的には人類がそこに到達できることを発見するという広大で思慮に富んだ作品を書きあげている。

スペキュレイティブ・フィクションの作品として「The Ministry for the Future」にはまるで百科事典レベルの思索がふんだんに盛り込まれている。経済学で使われる基準貸付利率から、ブロックチェーン、氷河の動き、中央銀行にまつわる政治、官僚主義の科学、スイスの統治制度、地球のアルベドなど、あらゆることについての議論が展開されている。これはむしろ何十年にもわたる目まぐるしい構想に包まれた非常に包括的な政策メモであり、現実の政策メモよりもはるかに優れたナラティブと言っても言い過ぎではない。

しかしこの小説を読んでいると「仕事とはほとんどが退屈であり、その狭間に純然たる恐怖を経験するものである」という外交関係をはじめとする職業に関する古い格言を思い出す。忘れがたい未来の光景を、深い感情移入と熱意をもって描き出している同作品。冒頭のインドを襲った熱波のシーンは辛辣で痛ましく、いつまでも記憶に残り続ける。ロビンソンは自然のシーンの描写をすると真の腕前を発揮し、南極、スイスアルプス、飛行船からの眺めなどの描写は特に味わい深い。

しかしそれはこの本の4分の1程度に過ぎない。ロビンソンはパリ協定の実施を任務とするある機関の活動を、一般読者にとって魅力的なストーリーに押し上げて推進力のある物語にするという無謀な挑戦をしているのだ。この作品には起伏があり、また未来の超国家的な政府機関とその官僚主義的な動きを描いたMalka Older(マルカ・オールダー)のCentenal Cycleを彷彿とさせるシーンもちらほらと見られる。

オールダーのシリーズにはわかりやすい悪役がいたが、ロビンソンは悪役という存在を用いらないストーリーで挑んでいる。悪役は私たち全員であり、資本主義とシステムであり、惰性と無気力である。政治的官僚の惰性との戦いのカ所に興味を持てるかどうかは、読者が大学院で公共政策を学んだか否かに大きく左右されるだろう。私は学んだ立場だが、それでも全体を掴むのは非常に難しかった。

しかし、気候変動のメカニズムや経済に関する600ページ近い談話があっても、この本に書かれていないことがロビンソンの作品の最も興味深い要素なのである。時には1ページという短い時間で国全体の政治が変わってしまう。ダボス会議に参加し、おそらくChildren of Kaliたちに強制的に監禁されて地球の死と前向きな道筋に関するビデオを見させられた資本家たちが、突然心変わりする。もちろん同作品はスペキュレイティブ・フィクションなのだが「もしもこれが起こったら」という要素が極端に強いのである。もしも中国が突然、開放的で民主化された公平な国になったら?もしもインドが現代のヒンズー教を否定して再生可能な有機農法の社会に戻っていたら?もしも資本家らがすべてを手放したら?

この本には、基本的には人間の行動や特に復讐心についてのストーリーが描かれていない。確かに環境テロリスト集団はドローンを使って公海に散らばる貨物船を沈め、炭素を排出する飛行機を空から撃ち落とすことに成功し、世界中の銀行をハッキングして石油マネーを破壊している。しかし被害を受けた人たちは誰かそれに反応しただろうか?皮肉なことに、Children of Kaliはインドでの熱波の後に結成されたのだから、復讐という言葉は確かに著者の頭の中にあるはずだ。

ロビンソンは良からぬ可能性を明確にし、読者に別の道を示そうと考えているのだろう。しかし当然、その可能性の実現というのはいつだって文字通り実行可能なのである。実行しようと考える人間に打ち勝つことは通常非常に難しいため、問題は実際にその道をどのように打ち破るのかということである。このように、この小説はスペキュレイティブ・フィクションというよりもファンタジーであり、特にジュネーブに集まる政治家がいつか何かを変えてくれるのではと願う世界情勢に敏感な観察者にとっては、一種の現実逃避なのである。

人間の行動に関する洞察がない分、ストーリーはあっという間に迷走する。2020年に出版された「The Ministry for the Future」はこれからの数十年をテーマにしており、中国がこれからの気候変動の議論を変えていくための要になるということが1つのポイントになっている。その過程で、香港が自由と民主主義の砦のような存在になっていく。

小説の終盤ではどのようにして自由を勝ち取ったのかという分析がなされている。「私たち香港人は法の支配のために戦ってきた。1997年から2047年までの間、私たちはずっと戦ってきたのである」。どう戦ってきたのか。「何年もかけて何が有効かを見極め、方法を磨き上げてきた。暴力が成功に導いたことはなく、数字こそが有効だったのだ。私たちが長年そうしてきたのと同様に、帝国主義に対抗するための秘訣を探している方のためにお教えしたい。全人口、あるいはできるだけ多くの人口による非暴力の抵抗。これが有効なのである」。

この本が出版されるのと同時に(編集や出版には通常時間がかかる)、香港の抵抗運動は完全に崩壊した。過去数年間に行われたさまざまな運動抗議には何十万人もの人々が参加したが、信じられないほど短期間で本土政府に完全に取り込まれてしまった。新聞は閉鎖されウェブサイトはブロックされ博物館大学文化施設は奪われてしまった。数字では解決されなかったのだ。非暴力による抵抗は香港中の主催者らによって次々と実行されたが、それでも彼らは完全に敗退したのである。

この本の中核ともいえる不可思議な世界に話を戻そう。私たちは期待すべきポジティブな変化を求めているにも関わらず、この未来の歴史は世界を導くために暴力を厭わない過激なグループに依存しているのである。ロビンソンはユートピアを求めており、またごく自然なユートピアは私たちの手の届くところにあると感じているものの、本文ではそこへの道のりを見つけられていない。「政権は銃口から生まれる」とは有名な言葉だが、これは香港が最近学び直した概念であり、環境問題の議論ではますます一般的になっている。未来省は過去の世界の省庁が使ってきた方策を再利用しているだけであり、それは誰も望んでいない荒廃なのである。

画像クレジット:Michael Endler / EyeEm / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

中国との関係は競争ではない、戦争だ。書評「The Wires of War: Technology and the Global Struggle for Power」

ここしばらく、自由市場経済に取り組んでいるように見えた中国だったが、2021年、その幻想は完全に打ち砕かれた。3年前、憲法から自らの任期の制限を撤廃した習近平(シュウ・キンペイ)国家主席は、自国のハイテク企業の権限を突然奪い、今までよりも厳しいメディア検閲を行うように指示した(任期制限の撤廃については、当時NPR[旧称ナショナル・パブリック・ラジオ]が指摘したように、中国はいずれにせよ「何千年もの間、絶対君主によって支配されてきた」国であり、任期制限は1980年代に初めて導入されたものも、短期間の実験的なものであった)。

ブルッキングス研究所の中国戦略イニシアチブ共同議長であり、スタンフォード大学サイバーポリシーセンターの元シニアアドバイザー、Google(グーグル)の元ニュースポリシーリード、さらには米国大統領選挙運動中に米国運輸長官のPete Buttigieg(ピート・ブティジェッジ)氏の顧問を務めたJacob Helberg(ジェイコブ・ヘルバーグ)氏は、米国、特にシリコンバレーは、習近平国家主席の権力の強化にもっと注意を払う必要があると指摘している。ヘルバーグ氏は「The Wires of War:Technology and the Global Struggle for Power(戦争への引き金:テクノロジーと世界的権力闘争)」と題された新著の中で、中国の「テクノ全体主義」体制が中国国民(本の中では「最初の犠牲者(first victims)」と表現されている)に与える影響、そしてインターネットのソフトウェア / ハードウェアをさらにコントロールしようとしている中国の取り組みが、なぜ米国やその他の民主主義諸国にとって、確かに現存し、急速に拡大する危機なのかを説明している。

ヘルバーグ氏は、米国の民間企業と米国政府が一体となって抜本的な対策を講じなければ、2020年中国政府からサイバー攻撃という脅しを受けたと推測され、2000万人規模の都市で停電が発生したインドと同じことが米国でも起こると話す。現地時間10月13日、TechCrunchはヘルバーグ氏にチャットによる取材を申し込んだ。以下は要約であるが、興味があれば詳細をこちらで確認して欲しい。

TC(TechCrunch):あなたは、2016年の米国大統領選挙の直前に、Googleでグローバルなニュースポリシーを扱う職に就いていますね。当時、ロシアとその疑惑のキャンペーンに注目が集まっていたことを考えると、米露関係についての本ではなかったことに驚きました。

JH(ジェイコブ・ヘルバーグ):この「グレー」の戦争には、実際には2つの戦線があります。まず、人々が見るものをコントロールするというフロントエンドのソフトウェアの戦線です。ここにはさまざまなプレイヤーが存在しますが、ロシアは他国への干渉という領域で最初に動きを見せた国の1つです。そして、物理的なインターネットとその物理的なインフラに焦点を当てたバックエンドのハードウェアの戦線があります。本書が主に中国に焦点を当てることになった理由の1つは、この戦争で最も決定的な要素は、物理的なインターネットインフラをコントロールすることにあるからです。インターネットのインフラを支配すれば、その上で動くあらゆるものをコントロールしたり、危害を加えたりすることができます。バックエンドをコントロールすれば、フロントエンドも併せてコントロールすることが可能です。だからこそ、私たちはバックエンドにもっと注意を払うべきなのです。

バックエンドとは、携帯電話、衛星、光ファイバーケーブル、5Gネットワーク、人工知能などですね?

人工知能もソフトウェアとハードウェアの組み合わせなので興味深いところですが、基本的には光ファイバーケーブル、5G衛星、低軌道衛星などです。

この本では、中国が2020年インドをサイバー攻撃したとされる事件が早速取り上げられています。この事件では、列車や株式市場が停止し、病院は非常用発電機に頼らざるを得なくなりました。米国にも、私たちが中国による攻撃だとは気づかなかったサイバー攻撃があったのでしょうか?

グレーゾーン戦争の特徴、つまり米国政府がこれほどまでに新たなグレーゾーン戦術に力を注いでいる理由の1つは、(攻撃者の)帰属(アトリビューション)を明らかにすることが非常に難しいという点にあります。米国では民間企業がインターネットの多くを運営しています。中国とは異なり、米国の民間企業は政府から完全に分離されています。このような民営化されたシステムにより、民間企業には、市場的にも法的にも、サイバーセキュリティ侵害を過少に報告する一定の動機が存在します。サイバーセキュリティ侵害を受けた企業は、被害者であると同時に、場合によっては過失と見做され責任を問われる可能性もあります。そのため、企業はサイバーセキュリティ侵害の報告に非常に慎重になることがあります。

また、(攻撃者の)帰属を明らかにすることが非常に難しい場合もあります。米国でもインドと同様のサイバー攻撃が行われた可能性がないわけではありません。米国もかなりの規模のサイバー攻撃を受けていることは事実であり、多くの情報機関が米国のエネルギーグリッドが無傷でいられるかどうかを懸念しています。人事管理局がハッキングされたことは明白ですが、これも重要な問題です。というのも、中国は現在、極秘情報にアクセスできる多くの政府職員のリストを持っているということになるからです。サイバー攻撃は数え上げるときりがありません。

あなたはインドのハッキングは米国への警告だったと考えていますね?

インドへのハッキングが歴史的に重要な意味をもつのは、もしこのグレーゾーン戦争が激化すれば、独立戦争以来初めて、米国が他国の攻撃者によって物理的に破壊されるような戦争になる可能性がある、という最初のシグナル(危険信号)だったからです。内戦だった南北戦争や9.11を除けば、外国勢力が実際に米国に上陸して大量破壊を行ったことはありませんでした。しかしながら、今回のインドへのサイバー攻撃を考えると、中国との関係が悪化した場合には(米国内の)原子力発電所の安全性を確認しなければならない、というシナリオも考えられますね。

こういった脅威に私たちはどのように対応すべきですか?米国政府は、米国内にインフラを構築しようとしているHuawei(ファーウェイ)に対し、非常に強い姿勢で臨んでいます。あなたは、Zoom(ズーム)のような企業には多くの中国人従業員が在籍し、中国の諜報機関に(米国の情報が)さらされる可能性があると指摘していますね。どこで線引きをすべきですか?(これらの問題に対応しながら)企業の権利を保護するには、政府はどうすれば良いでしょうか?

特に中国が台湾に侵攻するリスクが迫る中、これは私たちが現在直面している危機的局面における非常に重要な問題です。私は米国政府が対米外国投資委員会(CFIUS)の枠組みを構築することを強く支持しています。現在、米国政府には国家安全保障を理由として外国からのインバウンド投資を審査し、(危機を)阻止することができる枠組みがあります。この考え方の基本に則り、アウトバウンド投資にも同じ枠組みを適用すると良いでしょう。米国政府が国家安全保障に基づき、米国から米国外への投資、特に中国への投資を審査する手段をもつ、ということです。ここまでの話からもわかるように、米国企業が中国に何十億、何千億ドル(日本円では何千億円、何十兆円)もの資金を投入すれば、時として深刻な問題を引き起こす可能性があります。

中国に進出し続ける企業がもつ経済的なインセンティブ(動機)を考慮すると、アウトバウンド投資への枠組みはどの程度現実的だと思われますか?

私の提案に類似した、アウトバウンド投資への枠組みを目指す法案がすでに議会で検討されています。ですから、このアイデアが実現する日もそう遠くはないと思います。この問題が差し迫ったものになり、議会で優先的に審議され、大統領に署名してもらうために必要な支持を得られるのはいつなのか、という点については、実際の危機というきっかけが必要なのかもしれません。(私たちがこれまで観てきたように)残念ながら、ワシントンでは実際に危機が起こって初めて多くのことが決定されるからです。

米国の銃規制のように、イエスでもありノーでもある、ということですね。あなたが、米国vs中国の競争であるというアイデアを捨て、この問題を(戦争として)提起したことは興味深いと思います。(米国、中国間には)これまでルールがあったかのように見えたとしても、実際には相互で守るべきルールが存在しない、ということですね?

競争には負けても良いという意味が内包されます。競争には、勝つか負けるかという余裕があるからです。商業的にはドイツや日本と常に競争していますが、トヨタがゼネラルモーターズよりも多くの車を販売していても、実際にはそれほど大きな問題ではありません。それが市場であり、お互いが守るべきルールに基づいて、同じ土俵で活動しているからです。一方、現在の中国との関係において「戦争」という言葉がはるかに正確で適切な表現である理由は、これが政治的闘争であり、その結果が私たちの社会システムの政治的な存続に関わるからです。また、これは「戦争」なので、これに打ち勝つために優先順位を上げ、十分な決意と緊急性をもって対処する必要がある、ということが理解しやすくなるというのもその理由です。

もう1つの理由は、戦争であれば、結果を出すために短期的なコストを負担することもできるという点にあります。第二次世界大戦では、ゼネラルモーターズが戦車や飛行機を製造し、国中が動員されました。Apple(アップル)に空母を作れとは言いませんが、私たちはサプライチェーンを中国から中国国外に移動する際にかかる短期的コストを真剣に考え始める必要があります。多額の費用がかかり、手間もかかる難しい問題ですが、サプライチェーンが利用できなくなることで生じる潜在的なコストは莫大です。手遅れになる前に労力やエネルギー、時間を費やして移動を実現する価値があります。その方がコストもかかりません。

あなたは本の中で、このように国家安全保障を目的として経済外交を中断すれば、冷戦時代に戻ると指摘したうえで、アウトバウンド投資へのCFIUSプログラムの適用と、すべてのサプライチェーンを中国国外に移すことを提案しています。民間企業が中国を切り捨てるために、あるいは巨大な市場機会としての中国への関心を減らすために、他にどのようなインセンティブが必要だとお考えですか?

過去に成功したプログラムの多くは、要は「アメとムチ」です。私は中国への機密性の高い投資を行う投資家や企業に一定の罰則を適用する一方で、米国や民主主義にリスクを及ぼさない他国との取引などの行動にインセンティブを与えるという組み合わせであれば、おそらく成功し、経済界の共感を得ることができると思います。

米国が戦争をしているのは権威主義的な中国政府であって、中国の人々ではないという違いを指摘していますね。大変残念なことに、この指摘が伝わっていない人もいるようです。

「グレーゾーン戦争」について語るとき、さらに中国との問題について国家的な議論をするときには「これは中国国民や中国文化に対するものではなく、中国の政治体制や中国共産党に対するものだ」と繰り返す価値はあると思います。

中国との関係において、私たちが正しいことをしているとする理由の1つは、最初の犠牲者、つまり中国共産党によって最も苦しんでいる人々が中国国民であるという事実です。三等国民として扱われているウイグル人やチベット人、政治的反体制派の人々も中国国民であることを忘れてはいけません。また、中国国営のニュースメディアは「中国に対して強硬な態度をとることは中国に対する人種差別である」というストーリーを流布しようとすることが多々あります。これも覚えておく必要があります。

画像クレジット:Simon & Schuster

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(文:Connie Loizos、翻訳:Dragonfly)

今後、あらゆるものが指数関数的に変化する時代になる。書評「The Exponential Age」

危険ですので、シートベルトをお締めください!

生物、医学、宇宙船、製造業、ソフトウェアといった分野の進歩は、社会、経済、政治の根本を変えつつある。この流れを見るに、ここ数十年に渡る変化の速度が、今後は加速していく一方だと思われる。TechCrunchでは、こうしたイノベーションを日々取り上げてお伝えしているが、資金調達の発表やスタートアップの製品発売といった華々しい話題から少し離れて、これらの変化が結局何に繋がるのかを落ち着いて考えてみる機会はめったにない。

幸いなことに、ロンドンを拠点に活動するライター兼起業家のAzeem Azhar(アズーム・アズハー)氏はこの変化ついて一家言を持っている。彼は最近 「The Exponential Age: How Accelerating Technology is Transforming Business, Politics and Society(指数関数的時代:加速するテクノロジーがどのようにビジネス、政治、社会を変革しているか)」という本を発表し、また長期にわたってニュースレター Exponential Viewやポッドキャストで意見を述べてきた。私は最近、アズハー氏をライブディスカッションにお招きして彼の著作やTwitter Space世界の意味するところについて、遺伝子工学から、データプライバシー法、グローバル経済の再局在化まで、様々な観点を織り交ぜて語りあった。1時間に及ぶ私たちの会話のハイライトを以下にまとめた。

このインタビューは編集、要約されている。

Danny Crichton:ニュースレター、Exponential Viewを書き始めたきっかけはなんだったのですか?

Azeem Azhar:6年前に私の会社が買収されたのを機にこのニュースレターを始めました。Twitter Spaceには多くの創設者がいて、中には買収のプロセスを経験した人もいることと思いますが、買収というのは、他人の服を着た自分を見るというような違和感のある経験でした。慣れ親しんだ感じはするけれども、実際にはそうではないし、それは自分自身というわけではありません。そこで、その気持ちを伝えようと数人の友人に向けてニュースレターを書き始めたのです。1996年からインターネット上でニュースレターを書いてきましたから、そういった形で意見を発信するのは、私にとってしっくりくる方法だったのです。

画像クレジット: Diversion Books

当時、驚くべきテクノロジーがある一方、何かが期待どおりに機能していないという奇妙な感覚がありました。こうした背景があって、多くの創設者が感じたように、ニュースレターは人々の求めていたものと合致したのだと思います。ニュースレターを書き始めてみると、それは私の生活の大きな部分を占めるようになりました。私は多くの時間を割いてテクノロジーについてや、テクノロジーと私たちの社会を取り巻く政治理論や経済理論についても読むようになりました。そして、その結果、私たちは今、多くのチャンスに溢れてはいるもののそれと同時に多くの危険も内在する、歴史の本当に特別な時代に差し掛かっていると考えるに至りました。これが結実したのが、拙書「The Exponential Age(指数関数的時代)」です。

あなたは、シリコン、ゲノミクス、バッテリー、カスタム製造の台頭について語っていますが、人類の歴史から考えると、これらはすべて比較的新しい部類のテクノロジーだと思います。どうして「指数関数的時代」が今始まったのだと思いますか?

これらのテクノロジーが世に出始める時点では、これらはとても高価です。これらは凄い勢いで向上していますが、それでも依然として高価であり、もっと廉価になり広く普及するには時間がかかります。一度これらが補完的産業すべてに普及し始めると、今度はその経済圏や社会に暮らす残りの人々のためにもより広くこれらのテクノロジーを現実のものとする必要が出てきます。

1960年代後半にチップが登場しましたが、何十億という人々がコンピューターにアクセスできるようになったのは、iPhoneが出荷され、スマートフォンが登場して以降のことでした。これは再生可能エネルギーが従来の化石燃料と競合するようになった時期とほぼ重なります。

私はこれを利子を計算する際の複利法的な現象と考えています。指数関数的なテクノロジーの向上により、物事はとても地味なスタートから始まって、翌年の増分が本当に意味のあるものになるまで、数年分、あるいは数十年分の利益を積み上げる必要があります。

指数関数的時代に突入したと言えるのは、2013年から2016年あたりだと言えると思います。2012年時点においては、世界の大企業の多くは、自動車メーカー、石油会社、電力会社など、前時代の企業でした。しかし2016年になると、世界最大の企業といえば、TencentsやApplesになりました。2012年にリアルタイムでスーパーコンピューターにアクセスしていたのは、どれだけの人がスマートフォンを持っているかで考えると、世界人口の半数以下でした。しかし2016年にはこの割合が逆転しています。

私たちがこうした新しいテクノロジーを手に入れた一方、テクノロジーを通して実現可能なことと、社会が対処する準備ができているものとの間に、あなたが言うところの「指数関数的ギャップ」があるようにも思います。その点についてはいかがですか?

テクノロジーがすばらしい可能性を提供し、そしてそれなしでは私たちの現在はない、というのがここでの課題です。しかし、テクノロジーと社会的規範は互いに密接に関連しています。

テクノロジーの変化速度が法律や規制当局といった社会制度の変化速度の範囲内にある時は、それで問題はありません。しかし、テクノロジーがその範囲を超えるポイントに到達した時、実は私はここ2,3年でそのような状態になったと考えているのですが、テクノロジーの変化速度は大変なものになります。幼稚園や小学校でやったことがあるかもしれませんが、これは二人三脚のレースにちょっと似ているかもしれません。あなたと組んだ相手があなたよりずっと早く走るので、あなたはおいていかれるような感覚を覚えるのです。

テクノロジーは信じられない速度で適応し発展していますが、社会制度はもともと非常にゆっくりと変化する性質のものです。社会制度が非常に速く変化したとしたら、それは制度ではなく、一時的な流行といったものに過ぎないでしょう。問題は、私たちのほとんどにとって、毎日の生活が、好むと好まざるとに関わらず、こうした日々の習慣や習わし、そして正式な規制や制度上の規則や法律に縛られているということなのです。

ここでは、テクノロジーそのものはそれほど問題ではありません。問題は指数関数的キャップがあることであり、もしそれがきちんと対処されなければ、社会のある種の快適な機能を侵食し始めるでしょう。

あなたはご自身の本の中で、フランス人歴史家、Fernand Braudel(フェルナン・ブローデル)氏に言及されています。ブローデル氏は、様々なことを書いていますが、いくつかの著書の中で、中世の生活の驚くべき規則性を示しています。この時代に生まれた人々は、60~70年の人生を生きる中で、社会的にも文化的にも、政治的にも経済的にも特に変化らしい変化を経験しません。この世に生まれ、農場で働き、そこで働き続け、引退するわけですが、一生を通しなんら変わるものはないのです。

指数関数的時代においては、すべてが常に変化してしているわけですが、人はどのように認知的負荷に対処すべきか、私はそこに興味があります。

この負荷はとても大きいです。

TechCrunchは、ここで起こっていることをある意味確認できる存在です。例を挙げましょう。この本を書いている間に、私はUiPathと呼ばれるルーマニアの自動化ソフトウェア関連の会社について言及しました。最初に下書き原稿を書いた時点でのUiPathの評価額は10億ドルで、同社がそこへ至るスピードは大変早いものがありました。数週間後、私はその最初の原稿にコメントをもらったのですが、その時までにUiPathの評価額は70億ドルに達していました。さらに最終原稿を編集者に渡した時には評価額が100ドルになっていたので、文章中の数字を直さなくてはなりませんでした。そして、その原稿が出版される直前には、私は編集者にいそぎ電話をして「UiPathがNasdaqで350億ドルの評価額で上場されたので、今すぐ数字を直さなくてはなりません」と伝えなければなりませんでした。これが、私の言う認知的負荷をよく言い表している例です。

現在はこうした指数関数的変化に対応するだけの心や脳の構えがないため、私自身この負荷と格闘していますし、世間の多くの人々も、認知的負荷を背負っています。私たちは今までUiPathsやUbers、DoorDashesといった信じられない速さで急成長する企業に出会うことがありませんでした。ブローデル氏が指摘しているように、私たちが見てきた変化は非常に直線的で多くが周期的な理解可能なものでした。ですから、私たちは、自らがここ30年から40年かけて生み出してきた技術的環境によく順応できていないのです。

あなたは、指数関数的な技術の向上について多く語っておられますが、裏を返すと、急激に向上すると考えられたテクノロジーで実際には向上しなかったものもたくさんあります。テクノロジーの成長の限界について、あなたがどう考えておられるのか、またそれがあなたの理論にどういった意味をもたらしているのか教えて下さい。

問題は、基本的な学習率に役立つ組み合わせ可能なコアテクノロジーがどこにあるかということだと思います。 つまり、そうしたテクノロジーは、他のテクノロジーと組み合わせて統合できるため、非常に強力なものになる傾向があるのです。モジュール化でき分散化可能なテクノロジーは、学習効果が非常に顕著なテクノロジーである傾向があります。

例えて言うなら、私たちは水力発電ダムや大型航空機がそうした効果を発揮するとは期待しないでしょう。なぜならそれらが非常に複雑に絡まりあったもので成り立っているためです。

私が関心を持っていることの一つは、これらの基本的なテクノロジーの価格がゼロ向かって下がり始めると、どういったことが起こるかです。私たちは新しいMacBook Proを手にするのに2000ドル(約23万円)払うわけですから、こういうと変に聞こえるかもしれませんが、私たちが生まれた頃と比較すると、コンピューターの現在の価格は実質ゼロのようなものです。 そしてこれにより、私たちは、それを巡ってあらゆる可能性が生み出されているのを目にすることができます。再生可能エネルギーからエネルギーを作り出す能力、タンパク質工学または遺伝子工学を通して生物圏を操作する能力、3Dプリンティングテクノロジーでものを作り出す能力…こういったもののコストがゼロになった時、どんな事が起こるでしょうか?

あなたはご自身の本の中で、産業社会の中でグロバリゼーションが起きたけれども、指数関数的時代には、新型コロナウイルスの関係もあって「再局在化」が起きている、ということを論じておられます。生産の世界でこのような動きが起きているのはなぜなのか、興味があります。

私たちが話題にしているテクノロジーの多くは、巨大なサプライチェーンに依存しないタイプのテクノロジーです。風力発電、分散型屋上太陽光発電、電気自動車内のバッテリーをネットワーク化することによって生み出された仮想グリッドスケールバッテリーなどは、地球を半周するほどの距離を輸送して数百万バレルの石油を持ってこなくても生産することができます。

こうした動きは、南オーストラリアなどで起きています。そこでは分散型太陽光エネルギーにより石炭が使われなくなりつつあります。また、Bowery Farmingに代表される高集約型の垂直型都市農業のようなテクノロジーもあります。これは、都市や街のど真ん中の高い建物に区切られた畑を高く積み上げて農作物を生産し近隣に提供するもので、農作物をサプライチェーンに合わせて最適化する必要がありません。地元で再生可能エネルギーを使って農作物を育てるのです。

人工の肉を供給する細胞農業もあります。これも牛を育てるための土地を必要としませんし、地元型の農業になり得ます。3Dプリンティングも同じで、何キロも離れた工場は不要であり、その場でものを作ることができます。これらにより、グローバルチェーンへの依存度を減らしつつ、地元でより多くのことを行うポテンシャルが生み出されます。

これが局在化にはずみをつける推進力の1つですが、もう1つ第二の推進力があります。それは国家間のデジタル空間における競争です。私がこの本を書いて以降、Cyberspace Administration of China (CAC、中国サイバースペース管理局) は、強力な措置を講じて国内のインターネット業界を管理していますし、また、ヨーロッパのGDPRよりずっと厳格なデータプライバシー法を新たに導入したのも興味深い動きです。中国のデータプライバシー法の背後にある重要なレンズの一つは、テクノロジーの統治権です。

ですから、テクノロジーに関しては、グルーバルサプライチェーンにそれほど依存せず局所的な生産や消費を可能にするテクノロジーと、テクノロジーの主権を確保するための動きという二つの対になった動きがあり、これがグロバリゼーションに向けた政治家の論理を巻き戻し、地域でもっと多くの物事を行うという論理を生み出し始めているのです。

画像クレジット:Pramote Polyamate / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

役員が自社を批判する?マーク・ザッカーバーグはピーター・ティールを恐れるべきか?書評「The Contrarian」

億万長者の投資家、Peter Thiel(ピーター・ティール)氏について書かれた「The Contrarian(逆張り投資家)」。Bloomberg Businessweekの特集編集者で、技術系の記者でもあるMax Chafkin(マックス・チャフキン)氏が著し、9月に発売されたばかりのこの新書に関するレビューや議論を目にした人も多いだろう。

それも当然のことだ。ピーター・ティール氏は米国でますます存在感を増し、チャフキン氏は魅力的なストーリーテラーである。謝辞には、15年間の取材を元にこの書籍をまとめ「何百もの情報源」から情報を集めた、と書かれている。

詳細を知るために、TechCrunchは先に、チャフキン氏に取材を申し込んだ。取材では、ティール氏(チャフキン氏はティール氏とオフレコで話をしている)が私生活をどの程度明かしているか、チャフキン氏が「トランプという人物が過小評価されていた、つまりイデオロギー的な部分もあるが、商売上手でもあった」とする理由、チャフキン氏のレポートがティール氏の信念を「極めて矛盾している」とするのはなぜか、など、活発な議論が行われた。また、ティール氏とMark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)氏との関係(Facebookの最初の投資家はティール氏であり、それ以来、良くも悪くもティール氏との関係を維持している)についても議論があった。

興味があれば、約30分のインタビュー(抜粋)を観て欲しい。TechCrunchは、Facebookがアメリカ社会や人類に与えた影響を鑑みるに、ザッカーバーグ氏とティール氏の関係は非常に興味深く、重要であると考えている。ここでは、ザッカーバーグ氏について語られたパートを抜粋、編集の上紹介したい。

TC(TechCrunch):ティール氏の最大かつ最も重要な賭けはFacebookだったということですが、本の中で、ティール氏は2005年から取締役としての立場を利用して、ザッカーバーグ氏に誤報も含めて何でもありの姿勢をとるように説得したと示唆していますね。また、ティール氏とザッカーバーグ氏の間には以前から摩擦があり、特にティール氏がトランプ主義を取るようになってからは、そのような状況が続いているとも指摘しています。ティール氏は今後もFacebookの役員を続けていくと思いますか?それとも彼は一歩下がった立場にあるのでしょうか?

MC(マックス・チャフキン):この本には、Facebookにまつわる話が出てきます。Facebookが上場したとき、株価が暴落し、ティールはすぐに株を売却しましたが取締役にとどまりました。本の中で、Facebookの社内で行われた、社員を活気づけるためのミーティングのことを書いています。自分が働いている会社の株価が下がるということは、(その人にとって)世界で最も憂鬱なことなのですから。当時は誰もが毎日損をしていました。マスコミにも叩かれる。消防士や教師からも訴えられる。とにかく悪いニュースのオンパレードでした。そこで、皆を励まそうと講演者を呼び、ピーター・ティールが講演を行いました。講演の中で、ティールは「空飛ぶ車が実現するはずだったのに、Facebookしか実現しなかった」と話しました。彼はいつも「空飛ぶ車が実現するはずだったのに、140文字しか手に入らなかった」と言ってTwitter(ツイッター)を攻撃しています。聴衆も、ザッカーバーグも「最も長く役員を務め、メンターであり、私のビジネス哲学を導いてくれた人にお前は最低だと言われた」ようなものです。

ザッカーバーグは実はティールのそういうところを尊敬しているのではないかと思っています。ザッカーバーグの立場にあれば、正直なフィードバックを得ることは非常に難しい。ティール以外に「あんたは最低だよ」という人はいないでしょう。あなたがいうように、ティールはここ数年、何度も、慎重に、このようなことをしています。

ティールは技術の独占や技術力について、Google(グーグル)を攻撃することがよくあります。Facebookはそれで安心するかもしれませんが、たいして役には立たないでしょう。なぜなら、FacebookとGoogleは非常によく似た企業であり、一方を規制するならば、もう一方も規制されることになるからです。ザッカーバーグがそのことを喜んでいるとは思えません。

ティールは、シリコンバレーの右翼活動家たちのプロジェクトをさまざまな場面で支援してきました。保守活動家のJames O’Keefe(ジェームズ・オキーフ)などは、FacebookやGoogle、Apple(アップル)などの超大手ハイテク企業の偽善を暴こうとしていますが、ティールはそうした活動を陰でサポートしてきました。

しかし、ティールは公の場で右翼活動家たちを支援することも多くなっています。今、彼は米国上院議員選挙で2人の候補者を支援しています。アリゾナ州のBlake Masters(ブレイク・マスターズ)とオハイオ州のJD Vance(JD・ヴァンス)はどちらも共和党の予備選に出馬していますが、ティールはそれぞれの候補者を支援する特別政治行動委員会(super PAC)に1000万ドル(約11億1000万円)の寄付を行っています。彼らは常にFacebookを攻撃しています。知性的な攻撃や疑問の提起だけではありません。ザッカーバーグを個人的に攻撃しているのです。(ティールが資金提供した)JD ヴァンスの広告には、暗い色調で「この国には手に負えないエリート層がいる」とあり、そこにはマーク・ザッカーバーグの顔が載っています。もし私がザッカーバーグだったら、これは間違いなく頭痛の種ですね。

一例を挙げると、(2017年に)ザッカーバーグはティールの辞任について話し合っています。ティールは辞任せず、ザッカーバーグも彼を解雇しませんでしたが、少なくとも多少の緊張感はあったのでしょう。ティールの価値が下がったか?というのは実に鋭い質問です。Biden(バイデン)が大統領となり、民主党が大統領と両院を支配している状況では、ティールがもつ右派とのつながりの価値は下がっています。とはいえ、2022年に共和党が上院を奪還する可能性は非常に高く、その上院議員の中にティールと非常に近い人物が存在することになる可能性があります。そうなればティールの価値は飛躍的に高まるでしょう。

TC:本の中で、ティール氏と親しく、彼を尊敬している人たちの多くが、彼を恐れていると書いていますね。マーク・ザッカーバーグ氏はおそらく世界で最もパワフルな人物であるにもかかわらず、あなたの感覚では「ティール氏を恐れている」ということでしょうか?

MC:ザッカーバーグは(そうしたければ)ティールを解雇することができると思います。ザッカーバーグは手強く、大金を持っています。ザッカーバーグはティールと争う資金もありますし、反発する余裕もあるでしょう。しかし、彼がそうしたいかどうかは疑問です。というのも、現在もティールが役員であり、公然と批判を行うことができる理由は、ザッカーバーグが彼を解雇した場合、巨額の代償を払うことになるという事実に関係しているからです。おかしな話ですが。

ティールは、トランプ大統領時代、ザッカーバーグの重要なサポーターでした。保守層では、次のようなミーム(ネタ)が流行っていました。「Facebookはドナルド・トランプを憎むリベラルな従業員によって運営されているリベラルな企業で、組織的に右翼的な視点を差別している、社内では左翼の利益を促進している……」というものです。しかし、ザッカーバーグにはそれに対するすばらしい回答がありました。「うちの役員にはティールがいる。ただの共和党員じゃない、George Bush(ジョージ・ブッシュ)みたいな中道の保守派でもない。うちにいるのはピーター・ティールだ。根っからのトランプ主義者、Steve Bannon(スティーブ・バノン、トランプ政権時の元首席戦略官)も真っ青なクレイジーなやつだ」。Facebookが使える、まさしく強力な主張です。

ピーター・ティールが資金援助しているJosh Hawley(ジョシュ・ホーリー、共和党上院議員)や、Ted Cruz(テッド・クルーズ、同じく共和党上院議員)のような人物が現れて、Facebookを攻撃するとしたら?もし(ティールが)辞めてしまったら、もし彼が解雇されてしまったら、そしてそれが記事になってしまったら?Facebookは厳しい批判にさらされるでしょう。

ザッカーバーグにとって存亡に関わるような問題ではないとは思います。しかし、Facebookの価値について埋められない意見の相違があったとしても、友人であり、役員でもあるピーター・ティールを残しておいたほうが、ザッカーバーグにとっては快適なのだと思います。

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(文:Connie Loizos、翻訳:Dragonfly)

LinkedIn共同創業者リード・ホフマン氏の新著は起業家精神を見直す10の方法を教えてくれる

激励の言葉が欲しい気分のとき、いつも味方でいてくれる人脈の広い楽観的なメンターほど適切な人物はいない。頼りがいのあるその肩こそ書籍「Masters of Scale(スケールの達人)」が演じようとしている役どころだ。

LinkedIn(リンクトイン)の共同ファウンダーにしてGreylock(グレイロック)のパートナー、Reid Hoffman(リード・ホフマン)氏の人気ポッドキャストから生まれ、ホフマン氏が彼のポッドキャストの総括責任者であるJune Cohen(ジュン・コーエン)氏、Deron Triff(デロン・トリフ)氏の2人と共同執筆した新著が今週出版された。さまざまなエピソードとすぐに使えるヒントが散りばめられた本書の強みは、登場する起業家たちが実に多様であることだ。テック界のリーダーにとどまらず、本書はSpanx(スパンクス)のファウンダー、Sara Blakely(サラ・ブレイクリー)氏、Starbucks(スターバックス)のファンダー、Howard Schultz(ハワード・シュルツ)氏、およびUnion Square Hospital Group(ユニオンスクエア病院グループ)のCEO、Daniel Meyer(ダニエル・マイヤー)氏からも教訓を学ぶ。どのすぐれたメンターとも同じく、本書は現実的だ。著者はあなたがまだ、Bumble(バンブル)のWhitney Wolfe(ホイットニー・ウルフ)やAirbnb(エアビーアンドビー)のBrian Chesky(ブライアン・チェスキー)でないとわかっている。それでも、リーダーたちから広く適用できる教訓を引き出し、読者が共感を得られるようにすることができる。

メディアはこの本の主題ではないが、「Master of Scale」は、私がファンダーをインタビューする際の視点をすでに変えている。Tristan Walker(トリスタン・ウォーカー)氏は、私がファウンダーに質問する時、新しいラウンドで調達した資金の使い道よりも、彼ら自身のことや、彼らの最も物議を醸す信念について聞きたくなるように仕向けた。地理学者のAndrés Ruzo(アンドレス・ルゾ)氏の言葉からは、理に適ったスタートアップには読みやすい話にはなるかもしれないが、世界を破壊する大ヒットにはならないかもしれないことを気づかせてくれる。つまり、一見ばかばかしい野望ばかりのスタートアップを追いかけろ、ということだ。なぜなら最高の一歩や物語はそこで起きるから。そして私は、ファウンダーを見分ける最高のリトマス試験紙は、目の前にある苦難について彼らが誠実かつ謙虚に話そうとするかどうかである、という信念を本書で確認した。

心地よい物語を読むたびに、私はパンデミックへの言及を待った。パンデミックがスターアップに与える影響についてのアドバイスは、ピボットの技法に関する一章にほぼまとめられている。パンデミックへの対処方法のアドバイスを、ベンチャーキャピタル、資金調達、市場などさまざまな分野にちりばめる代わりに、本書はこの激変への言及を最小限に絞った。この選択によって、アドバイスの新鮮さは維持されるだろう。とはいえ、スタートアップ世界の醜い部分についてあまり語らない本書の選択には、一種のアンバランスさを感じた。もっと対立問題、たとえばWeWork(ウィワーク)のAdam Neumann(アダム・ニューマン)氏がビジョナリー・ファウンダーに対する我々の見方をどう変えたのか、あるいはBrian Armstrong(ブライアン・アームストロング)氏のCoinbase(コインベース)メモとスタートアップカルチャーに与える影響、さらには現在のテック出版の役割などについて直接的に書いてくれていれば、さらに得るものがあっただろう。ただしこの本は、自らジャーナリズム性を謳ったことはなく、演じようとしたのはチアリーディングするメンターであって皮肉なメンターではないということもしれない。

人気ポッドキャストに基づいて本を書くことは、簡単であるとは限らない。オーディオは文字とはまったく異なるメディアであり、音声による会話の強い個性や謙虚さを文字に変換するにはそれなりの手腕が必要だ。実際ホフマン氏と共著者の輝き具合は話によってまちまちで、繰り返し、しかし効果的に使われている物語のアーク(横糸)に強く依存している。問題を紹介し、なるほど!の瞬間を見せ、ソリューションを示して普遍的教訓を伝える、というやり方だ。

私はこの本を週末に読んだ。1冊手に取ろうとしている起業家志願者、技術者、ジャーナリストにも同じやり方をお勧めする。ホフマン氏と共著者が70人以上の起業家の話を見事にまとめた仕事はすばらしい。共鳴したファウンダーを検索するのか、自分のインタビュー・スタイルを変えるのか、はたまた、いつの日かブリッツスケーリングできるアイデアを実現し始めるのか。真のマジックは、読者が物語の合間にひと息ついたときに起きる。

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画像クレジット:Kelly Sullivan/Getty Images for LinkedIn

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(文:Natasha Mascarenhas、翻訳:Nob Takahashi / facebook

気候変動で米国は安全保障のあり方が再定義される、書評「All Hell Breaking Loose」

今日の気候変動のポリティクスにおける亀裂の中で最も不幸な分断の1つが環境活動家と国家安全保障に関わる人々との連携の欠如だ。左翼系の環境活動家は右よりの軍事戦略家と付き合わず、前者は後者を破壊的で反エコロジカルな略奪者とみなしているし、後者は人々の安全保障よりも木やイルカを優先する非現実的な厄介者とみなしていることが少なくない。

しかし、気候変動により、両者はこれまで以上に緊密に連携することを余儀なくされている。

名誉教授で数多くの著作を持つMichael T. Klare(マイケル・T・クレア)氏は、自著「All Hell Breaking Loose(大混乱:気候変動に対するペンタゴンの視点)」の中で、過去20年間で気候変動がどのように米国の安全保障環境を形作ってきたかについて、ペンダゴンの戦略アセスメントに対するメタアセスメントを行っている。本書は、謹直で繰り返しが多いがいかめしいわけではない。そして防衛に携わる人々が今日最も厄介な世界的課題にどのように対処しているかについて、目を見張るような見方を提供してくれる。

気候変動は、国防の専門家でなければ気が付かないようなかたちで、実質的にあらゆる分野で安全保障環境を弱体化させている。米海軍の場合、沿岸から工廠や港へアクセスするわけだが、海面の上昇は任務遂行力を減退させたり時には破壊する脅威である。そのよい例がハリケーンが米海軍施設の最大の中心地の1つであるバージニアを襲った時であった。

画像クレジット:Metropolitan Books/Macmillan

米国の軍隊は、米国内のみならず世界中に何百もの基地を持っている。その意味で、戦闘部隊であると同時に大家のようなものでもある。これは当たり前のことだが繰り返していう価値がある。こうした施設のほとんどが、任務の遂行に影響を及ぼしかねない気候変動による問題に直面しており、施設の強化にかかる費用は数百億ドル(数兆円)、あるいはそれ以上に達する可能性がある。

これに加えて、エネルギーの問題もある。ペンタゴンは世界でも有数のエネルギー消費者であり、基地向けの電気や飛行機の燃料、船舶用のエネルギーを世界規模で必要としている。これらを調達する任にあたっている担当官にとって気がかりなのは、その費用もさることながら、それが入手できるのか、という点だろう。彼らは最も混乱した状況であっても信用できる燃料オプションを確保する必要があるのだ。石油の輸送オプションがさまざまな混乱にみまわれる可能性があるなか(暴風雨からスエズ運河での船舶の座礁まで)、優先順位を記したリストは気候変動のために曖昧になりつつある。

ペンタゴンの使命と環境活動家の利益が、完璧ではないにしても、強く一致するのはこの点である。クレア氏はペンタゴンが、戦闘部隊の任務遂行力を確保するためにバイオ燃料、分散型グリッドテクノロジー、バッテリーなどの分野に投資している様子を例として示している。ペンタゴンの予算を見て批評家は嘲笑うかもしれないが、ペンタゴンは、より信頼できるエネルギーを確保するため、いわゆる「グリーンプレミアム」を支払っている。これは他の機関では現実的には支払いが難しいような額であり、ペンタゴンは特殊な立場にあると言える。

両者の政治的な協調は、それぞれの理由は大きく異なるものの、人道的対応ということでも続いている。ペンタゴンの責任者が地球温暖化で懸念していることの1つは、この機関が中国、ロシア、イラン、その他の長年の敵対者からの保護といった最優先の任務ではなく人道的危機への対応へとますます足を取られて行くことである。ペンタゴンは、災害の起こった地域に何千という人数を派遣できる設備と後方支援のノウハウを持っている唯一の米国の機関として頼りにされている。ペンタゴンにとって難しいのは、軍隊は人道支援の訓練ではなく戦闘訓練を受けた存在であることだ。ISIS-Kを攻撃するスキルと、気候変動で難民となった人々のキャンプを管理するスキルとはまったく異なるのである。

気候変動活動家は、気候変動により何百万という人々が飢饉と灼熱から逃れるために難民となることがないよう、安定した公平な世界のために戦っている。ペンタゴンも同様にその中核的任務以外の任務に足を取られることのないよう、不安定な国家にテコ入れしたいと考えている。両者は異なる言語を話し、異なる動機を持っているものの、目指すところはほぼ同じなのである。

気候変動と国家安全保障との関係で最も興味深いのは、世界の戦略地図がどのように変化するかである。氷がとけ、北極海航路がほぼ1年を通して航行できるようになった今( そしてまもなく1年中航行できるようになる)、主な勝者はロシアであるが、クレア氏はペンタゴンが北極圏をどのように安定させるかについて的確な説明をしている。米国は、戦闘部隊に対し北極圏での任務の遂行と、この領域での不測の事態に備えるための訓練を初めて実施した。

クレア氏の本は読みやすく、そのテーマは大変興味深いが、どう想像力を膨らませても、見事に書かれた文章とは言えない。同書はまさにドラマ「Eリング」に出てくる防衛計画専門家チームによって書かれたかのようであり、筆者はそれをメタアセスメントと呼んでいる。これはシンクタンクがまとめた数百ページにおよぶ論文であり、これを読了するには、スタミナが必要である。

厳しい見方をすると、本書のリサーチと主な引用はペンタゴンのアセスメントレポート、議会証言、および新聞などの二次的レポートを中心になされており、当事者による直接的なインタビューはわずかであるかまったくないのであって、これは現代の米国の言説における気候変動の政治的な性質を考えると、大きな問題である。クレア氏は確かに政治を注意深く観察しているだろう。しかし将軍や国防長官が政府の報告書として公的にサインをする必要がない場合に、彼らがどのような発言をするかを私たちは知ることができない。これは大きな隔たりであり、本書を読むことで読者がどれほどペンタゴンの真意をつかめるのかは疑問である。

そうはいっても、本書は重要な位置付けを持つ本であり、国家安全保障に関わるコミュニティもまた、その利益を保護しつつではあるが、気候変動における変化を導く重要な先駆者でありうる、ということを思い出させてくれる。活動家と軍事戦略家は敵意を捨ててもう少し頻繁に話し合うべきである。同盟を結ぶ意義はあるのだから。

2021年夏に発表された気候変動に関する本

画像クレジット:Sergei Malgavko / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)

解決策ではなく方向性を示すビル・ゲイツ、書評「地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる」

Bill Gates(ビル・ゲイツ)氏は、ビジネスでの人生において多くの問題を解決してきたが、ここ数十年は、世界の貧困層の窮状と特にその健康問題に献身的に取り組んできた。財団の活動や慈善事業を通じて、同氏はマラリアや対策が進まない熱帯病、妊産婦の健康などの問題を解決するために世界を巡っているが、常に斬新で、多くの場合安価な解決策に目を向けている。

その工学的な頭脳と思考法を気候変動に注いだ著書が「How to Avoid a Climate Disaster:The Solutions We Have and the Breakthroughs We Need(日本語版:地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる)」だ(原書表紙に斜体で書かれているように、本当に必要『We Need』なのだ)。ゲイツ氏はこの本で、ソフトウェアの巨星からグローバルヘルスの魔術師、そして気候変動に関心を持つ市民へと進化していく過程について触れている。対策が進まない熱帯病などの課題に注目すると、気候変動は蚊などの感染媒介生物の蔓延に大きく影響していることがわかる。発展途上国の食糧安全保障を考える上で、気候変動問題を無視することはできない。

画像クレジット:Alfred A. Knopf/Penguin Random House

ゲイツ氏は、このような書き出しで、気候変動の懐疑論者らとのつながりを持とうとしているのではないだろう(どちらにしても、気候のよい時に彼らとつながりを持つのは難しい)。しかし同氏は代わりに、懐疑的だが再考の可能性のある人たちとの橋渡しをしようとしている。ゲイツ氏は、気候変動の影響を目の当たりにするまでは、この問題についてあまり考えていなかったことを認めており、同様に知的な旅をする準備ができている幾人かの読者を迎え入れたいと考えている。

その上でゲイツ氏は、温室効果ガスの主な構成要素と、年間510億トンのCO2換算排出量を削減して実質ゼロを達成する方法について、極めて冷静な(ドライともいえる)分析を行っている。その内訳は、エネルギー生産(27%)、製造業(31%)、農業(19%)、輸送(16%)、空調(7%)の順になっている。

ゲイツ氏はエンジニアであり、それが表れているところがすばらしい。同氏はこの本の中で、規模を理解すること、そして報道で耳にする数字や単位を常に解きほぐし、あるイノベーションが何か変化を生み出せるかどうかを実際に理解することを非常に重視している。ゲイツ氏は、航空プログラムで「1700万トン」のCO2を削減するという例を挙げているが、同時にこの数字は世界の排出量の0.03%にすぎず、今以上に規模が拡大するとはいえないと指摘する。これは、生活の質において、最小のコストで最大の検証可能な向上をもたらすプロジェクトに慈善資金を投入すべきという効果的な利他主義の考え方を取り入れたものだ。

もちろん、ゲイツ氏は資本主義者であり、同氏の判断の枠組みは、考え得る各解決策の適用に要する「グリーンプレミアム」を計算することにある。例えば、カーボンフリーのセメント製造プロセスは、カーボンを排出する通常のプロセスの2倍のコストがかかるとしよう。これらの追加コストと、その代替策が実際に削減する温室効果ガスの排出量を比較すれば、気候変動を解決するための最も効率的な方法がすぐにわかるのだ。

同氏が導き出す答えは、最終的に非常に応用性の高いものになる傾向がある。すべてを電化し、発電を脱炭素化し、残留物から炭素回収し、より効率的にする。難しいと思うかもしれないが、実際その通りだ。ゲイツ氏は「This Will Be Hard(道は険しい)」という的を射た名の章でその課題を指摘し、その章は「この章のタイトルでがっかりしないでください」という一文で始まる。それを理解するためにこの本を買うまでもないだろう。

ゲイツ氏は結局、この本の中では終始、保守的な姿勢を通している。それは、単に現状を維持するという同氏の一般的なアプローチではない。それは、本質的に私たちの生活様式に対する代替可能な微調整であり解決策の中に明らかに潜んでいる。メッセンジャーであるとすれば驚くべきことではない。また、これらの問題を解決するためのテクノロジーの力に対する同氏の見解も、驚くほど保守的だ。クリーンエネルギーをはじめとする環境保全技術に文字通り何十億もの投資をしてきた人物にしては、ゲイツ氏が提案する魔法は驚くほど少ない。現実的ではあるだろうが、同氏の実績を考えると悲観的にも感じられる。

この気候変動に関する考察を記したいくつかの本と合わせて読むと、ゲイツ氏にはある種の計算されたナイーブさを感じずにはいられない。つまり、もう少しカードを出し続けて、ギリギリまでロイヤルフラッシュが出るかどうかを見るべきだという感覚だ。解決策の兆しはあるものの、その多くは実用的な規模には至っていない。すでに利用可能な技術もあるが、実際に排出量に対する効果を発揮するには、自動車や家庭、企業などを改修するために莫大な費用が必要になる。また、欧米以外の国々には、近代的な設備を利用する資格がある。簡単なことではあるが、手が届かないのだ。

この本の長所であり、同時に短所でもあるのは、政治色がなく、事実に基づいて書かれているため、熱狂的な気候変動懐疑論者を除くすべての人を対象としていることだ。しかし、この本は一種のゲートウェイドラッグのような役割も果たしている。問題の規模、解決策の範囲、グリーンプレミアムや政策実施の課題を理解すると「いずれにしても今後数年でできるはずがない。だから何がいいたいのか」という気持ちになる。

ゲイツ氏はこの本を「私たちは、2050年までに温室効果ガスをなくす道筋をつけるためのテクノロジー、政策、市場構造へ注力することに、今後10年間を費やすべきだ」と締めくくっている。同氏のいっていることは間違ってはいないが、これはエバーグリーンが長く続かないであろう世界で発したエバーグリーンなコメントでもある。

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画像クレジット:Michael Cohen / Getty Images

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(文:Danny Crichton、翻訳:Dragonfly)