動画業界に新たなエコシステムを、ワンメディアが4.2億円を調達して新事業を本格始動

ワンメディアのメンバー。中央が代表取締役の明石ガクト氏

「分散型動画メディアはこの1〜2年でひとつの区切りを迎えた」

そう話すのはミレニアル世代やZ世代向けに様々なジャンルの動画コンテンツを制作・配信してきたワンメディア代表取締役の明石ガクト氏だ。

2014年創業の同社は早い段階から「ONE MEDIA」ブランドの下、FacebookやTwitter、Instagramなど各SNS上で独自路線の動画コンテンツを展開。まさに分散型メディア領域で存在感を発揮してきた。

そのワンメディアが資金調達を機にこれまでのスタイルを変え、新たなフェーズへと大きく舵を切るようだ。

同社は7月16日、LINE Venturesなど複数社を引受先とした第三者割当増資により総額約4.2億円を調達したことを明らかにした。

ワンメディアにとっては2018年1月に3.5億円を調達して以来、約1年半ぶりの資金調達。今回は以下のVC・事業会社が投資家として参画している。

  • LINE Ventures(LINE Ventures Japan有限責任事業組合)
  • グローバル・ブレイン(KDDI新規事業育成3号投資事業有限責任組合)
  • オー・エル・エム・ベンチャーズ(OLM1号投資事業有限責任組合)
  • ABCドリームベンチャーズ(ABCドリームファンド2号投資事業有限責任組合)
  • みずほキャピタル(みずほ成長支援第3号投資事業有限責任組合)
  • セプテーニ・ホールディングス

この資金調達は、半年間ステルスで仕込んできたという新事業「クリエイターネットワーク事業」への投資が目的。同事業を通じて映画や広告、テレビなど多様なバックグラウンドを持つクリエイターとタッグを組み、彼ら彼女らが各SNSを含むデジタルスクリーン上で自作のコンテンツを配信できる機会を広げていきたいという。

ワンメディアとしてはONE MEDIAブランドで複数チャネル上に動画を配信する一般的な“分散型メディア”形式から、各クリエイターを主語に“個人の名前で”動画を届ける方法へと転換。自らが動画制作のプロフェッショナルとしてコンテンツレイヤーで戦い続けるのではなく、プラットフォーマーとして個々のクリエイターの活躍を支える役割へと少しずつシフトしていく構想のようだ。

すでに第一弾プロジェクトとしてクリエイターをネットワークし、企画から制作・配信までを同社が総合的にプロデュースする「ONE BY ONE」の取り組みもスタート済み。明石氏いわく「ONE MEDIAブランドの殻を破るための挑戦」でもあるという新事業について、その背景や概要を聞いた。

今のままでは「視聴者の変化」に対応できない

冒頭でも触れた通り、ワンメディアはカルチャーやニュース、エンターテインメントなど多様なジャンルの動画を複数のチャネルで広く配信してきた。

2018年11月時点でONE MEDIAの総月間リーチ数は2800万、総月間いいね数は5万に達し、合計で22万フォロワーを抱えるメディアに成長。複数の番組を制作するとともに、トヨタや本田技研、パナソニックなど大手企業をスポンサーとしたタイアップ動画も次々と手がけている。

特に2018年1月の資金調達以降は「面の理解を重視して取り組んできた」と明石氏が話す通り、新しいメディアやスクリーンに対応した試みにも力を入れた。InstagramのIGTVに特化した番組制作や、山手線まど上チャンネル・駅ナカOOHなどマルチスクリーン向けのコンテンツがまさにそうだ。

その一方で明石氏は動画業界を取り巻くトレンドや視聴者の変化から、より適した形へと事業をアップデートする必要性も感じていたという。特に同氏が近年の大きな変化に挙げるのが「視聴者から求められるコンテンツの変化」だ。

かつてテレビが主流だった時代にはニッチな層にだけウケるものよりも、メジャーなものが好まれた。ただ各個人がスマホを含む視聴用のデバイスを手に入れ、複数のチャネル上で自身の趣味嗜好に合ったコンテンツを楽しめる時代に変わると、必要とされるコンテンツも変わってきた。ニッチでも熱量の高いものの価値が一気に高まったのだ。

結果としてクリエイターに求められるコンテンツの種類と量は大幅に増加することになる。

スマホやSNSの台頭は、視聴者だけではなく作り手の概念も変えた。個人が簡単に作り手となり、1つのメディアとして大きな力を手にするようになった。インフルエンサーという言葉も今では当たり前のように使われている。

「この時代に強いのはUUUMさんのようにクリエイターをたくさん抱えていて、熱量の高いコミュニティをいくつも持っているような会社。視聴者が特定のブランド単位ではなく、信頼できる人やコミュニティをベースに情報を取得するようになってきた今、ONE MEDIAを主語にしたコンテンツを分散型で複数のメディアに出していても対応できない。複数の個人が主語となっていかないと細分化されたニーズを満たせないと考えた」(明石氏)

冒頭で触れた明石氏の「分散型メディアがひとつの区切りを迎えた」という考えも、そのような背景から来たものだ。

日本国内でもレシピ動画を筆頭に分散型メディアが一時期盛り上がったが、視聴者の変化だけでなくFacebookなどプラットフォーム側のアルゴリズム変更の影響などもあり、そこに大きく依存していたプレイヤーは方向転換を迫られた。

一方でチャネルを問わず訴求力のあるコンテンツを制作できるプレイヤーも、さらなる可能性を模索した動きを見せているという。先日発表された朝日新聞社が動画メディア「bouncy」を事業譲受したというニュースはその代表的な事例だと言えるだろう。

「メンズノンノ」から「少年ジャンプ」へ

このようなメディアを取り巻く時代の変化に対応するべく、ワンメディアが密かに進めてきたのが今回発表されたクリエイターネットワーク事業だ。

このネットワークでは「媒体ごとに違う指標で評価され、横の人材移動も全然ない“分断”された業界」(明石氏)だった動画・映像業界の垣根を超えて、映画監督やTVディレクター、CMプランナーといったバラエティ豊かなクリエイターを集める。デジタルスクリーン上で活躍の機会を提供することに加え、評価軸を統一することも狙いだ。

「細かいニーズに応えるためには、動画の表現方法自体もどんどん更新されていく必要がある。ワンメディアが自社で抱える数十人単位の個人だけでなく、業界に携わるフリーのクリエイターや制作会社で映像を作っている人も巻き込み、みんなで取り組むべき大きなイシューだ。そうであるなら、みんなの拠り所になるような場所・仕組みを作ろう。そんな気持ちで始めた」(明石氏)

現段階の構想はデジタルスクリーンをジャックすること。スマホを筆頭に、タクシーや山手線の中、スマートディスプレイなどネット通信を介したデジタルメディアに特化してコンテンツを手がけていく。

「電波というメディアの上で、テレビ局がいろいろなコンテンツを手がける。印刷物というメディアにおいて、出版社がプラットフォームとなりコンテンツを生み出す。ワンメディアはデジタルスクリーンにおける同じような存在を目指したい」(明石氏)

これまでワンメディアは自社で制作スタッフを抱え一通りのコンテンツを内製してきた。いわば「コンテンツレイヤー」のチームだったわけだけれど、今後はその機能を保持しつつも会社としてはコンテンツを作るクリエイターを束ねた「プラットフォーム」としての役割を強化する。

明石氏は「同じ集英社の雑誌でも編集部が一丸となって1つの作品を作るメンズノンノはコンテンツレイヤーに近く、編集者が個別の連載作品を独り立ちさせるようなマインドで育てあげ、そうした作品が集まってできた少年ジャンプはプラットフォームに近い」ことを例に説明してくれたけれど、これに当てはめるとワンメディアはメンズノンノから少年ジャンプへと移行する形だ。

キャストとクリエイターの化学反応をプロデュース

第一弾プロジェクトとしてスタートした「ONE BY ONE」はこの方針を具体化したもの。各動画の細かい演出はクリエイターが考え、ワンメディアは動画の企画から制作、配信までの工程を総合的にプロデュースする役割を担う。

ONE BY ONEの取り組みとして6月からLINE VISION内で「すがもとゆうこす日記」「ONE RAP, ONE CAM」「カレーに恋する女の子」の3番組がスタートした。それぞれキャストとクリエイターがコラボする形になっているが、ワンメディアは進行管理やキャスティング、流通先の確保などコンテンツ制作に必要なサポートに徹する。

「『ジャンル』と『キャスト』と『クリエイター』の掛け合わせ。特に既存の仕組みで足りていないのがクリエイターのパートだと考えている。個人(キャスト)がメディア化する中で、そのコンテンツの魅力を最大限に引き出すにはクリエイターの目線や編集が不可欠。そこをしっかりサポートしながら、個と個だけでなくワンメディアも掛け合わせることで、新しい動画の可能性を追求したい」(明石氏)

2020年5月までに参加するクリエイターの数を1000人まで拡大することを目標とするほか、出口となるコンテンツの配信先も今後拡充する計画。TwitterやYouTubeなど各種SNSや各デジタルサイネージ端末に加えて、NetflixなどSVOD(定額制の動画配信プラットフォーム)も見据えているという。

ONE MEDIAブランドの殻を破り、新たなフェーズへ

少し余談になるけれど、明石氏も言及していたUUUMが7月12日に「note」を運営するピースオブケイクとの資本業務提携を発表した。UUUMは昨年にもインスタグラマーを支援するレモネードを買収するなど、YouTube上でコンテンツを発信する動画クリエイターに限らず、個人クリエイターへのサポートの幅を広げている。

個人が1つのメディアとして大きな力を得るようになった社会では、そのような個人とうまくタッグを組みながら強固なネットワークを築いた企業が一層力をつけていくのかもしれない。

動画に関して言えば、配信先となるデジタルスクリーンは今後も増えていくであろうし、5G時代が到来すればニーズも一層高まるだろう。「動画コンテンツが求められるシーンが増えても、クリエイターネットワークなら対応できる」というのが明石氏の考えだ。

事業の拡大とともに動画制作の依頼も増えたが、それに伴って「これまで自分たちがやらなかったような動画の相談や、ONE MEDIAの枠組みではあまり成果を出せないかもという相談」も増えた。自社で蓄積してきたナレッジと、ネットワークに参加する各クリエイターの表現や興味を組み合わせれば、今後はそういった案件もカバーできる可能性があるという。

またクリエイターとワンメディアで役割分担をすることで、純粋に制作できるプロジェクトの数を増やすことも期待できる。明石氏によるとVISION内でスタートした3つの番組はあるプロデューサーが1人で担当しているそう。従来のように全てをワンメディアで担った場合、1つの番組につき4人がかりでやっていたような作業量とのことだ。

労働集約型の色が強かった動画・映像業界においては、その課題に対するアプローチとしてAIやクラウドソーシングの仕組みが用いられていたりもするが、ワンメディアではそのどちらでもない「クリエイターのネットワーク」を通じて、クリエイターの個性を活かしながら育成と活躍を支援する体制を整えていきたいという。

今後ワンメディアではONE BY ONEの他にもクリエイターネットワーク事業に関連するプロジェクトをいくつか立ち上げる予定。これらの取り組みを通じて動画・映像業界における新たなエコシステムを構築することを目指す。

「これまでONE MEDIAに対して持たれていたイメージの殻をぶち破り、新しいONE MEDIAの形を作って段階になる。『新しい動画産業をつくる』というミッション達成に向けて、多様なクリエイターやプロデューサーと一緒に挑戦を続けていきたい」(明石氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。