農業食品 ―― 価値ある8兆ドル産業

大麻入りの飲み物。研究室で育成されたハンバーガー。瓶入りの完全な食事 。消費者、小売業者、そして農家たちは、次世代の食品に飢えており、投資家もその味を試しつつある。農業食品テクノロジーのスタートアップに対する初期ステージ投資は2017年には101億ドルに達した。これは前年に比べて29%の増加である。

農業食品(Agrifood)という言葉は2つの部分に分けることができる。「農業技術」(Agritech)の部分は農家を対象とした技術を指す。対照的に「食品技術」(Foodtech)の部分は、加工業者、小売業者、レストラン、そして消費者をターゲットとしている。共同で両者は、農場から食卓に至る生産ラインのすべての部分に、幅広い影響力を与える。

最近の食品技術投資は、Delivery HeroのIPOを筆頭にして、ele.meInstacartの数百万ドルに及ぶラウンドで 活況を呈している。とはいえ、農業技術の投資も負けずに追い付こうとしている。Indigo AgricultureとGinkgo Bioworksはそれぞれ、2億300万ドル2億7500万ドルを調達した。

また、この分野での買収活動も増えている。最近のニュースでは、UberとAmazonの両社が、Deliverooと買収に関する話し合いをしたことが示唆されている。その一方で、John Deereはロボット会社Blue River Technologyのテーブルに3億500万ドルを積み、DuPontは農業管理ソフトウェアのGranularを3億ドルで買収した。

なぜ農業食品への関心が高まっているのだろうか?

食品は巨大な市場であり、急速に変化している

1958年には、地球上に30億人の人間がいた。現在では、人口は76億人に達しており、2100年には112億人を突破する予定だ。食料を供給しなければならない口の数は多い。

しかし、食品市場の魅力は量的なものだけではない。実際、ベネットの法則に従えば、人々の収入が増えるにつれて、食の嗜好はより多様化する。多様性を追求するこの経済的な強制は、倫理的プロダクトを好む消費者の増加によって補完されている。多くの人々が、食品と生態系、健康、そして動物の福祉との関係を意識している。米国のビーガンの数は過去3年間で6倍になり、英国では過去10年間で3倍以上に増加している。

これらの2つの流れが、スーパーマーケットの棚やレストランのメニューを急速に進化させることにつながった。消費者たちは新しい健康「スーパーフード」を発見するのに熱心だ。例えば昆虫
GrubCricke)や、Huelのような代替食品オプションからallplantsのようなビーガンミールボックスまでを含む新しい消費形態などが挙げられる。

農業技術に目を向けてみると、消費者の好みに応えるための代替生産モデルも生まれている。例えばGrowUpLettUs Growといった総合農場では、農業の環境への影響を劇的に減らすことができた。

人口の増加と食事の多様化という上記の2つの要素を組み合わせることで、投資家の食欲をそそる料理が生み出される。世界の農業ならびに食品産業は、少なくとも8兆ドルの価値があると見積もられている。

新しい技術が大きなチャンスを生み出す

食品と農業のバリューチェーンはボトルネックと非効率性で溢れている。それらのうちのいくつかは、よく知られている技術を用いたインテリジェントなアプリケーションで解決することができる。

例えば、慎ましいオンライン市場がある。YagroHectare Agritech、そしてFarm-rなどを含む市場では、農家が機械や商品を取引し、WeFarmのようなピアツーピアプラットフォームでは知識共有が可能になる。COLLECTIVfoodPesky Fish、そしてCOGZなどの食品調達市場や、FarmdropOddboxのような消費者直販サービスも出現している。

はるかに複雑な技術ソリューションもある。

その中の1つである遺伝工学は、たくさんの「考えることを強いる食品」を提供している。実際国連は、世界の増加する人口に対して食糧を供給するためには、2050年までに食糧生産量を70%増やさなければならないことを示唆している。遺伝子工学は世界の作物収量を22%増やすことができるだけでなく、収穫前損失の回避にも役立つ。

この目的のために、CRISPRが作物の栽培に革命を起こしている。CRISPR技術は、作物が光合成とビタミン含量を最適化することを助ける。2013年にタバコに対して最初に試験されて以来、CRISPRは、コムギや米からオレンジ、トマトなどの多くの作物に使用されて来た。作物の害虫への耐性向上から、栄養成分の改良まで様々な応用が行われている。CRISPRは家畜にも適用されている。スコットランドのロズリン研究所では、研究者たちはCRISPRを使って、ウイルス耐性ブタをの開発に成功している。

同じように、 セルラー(細胞)農業は大きな進歩を遂げている。セルラー農業とは、バイオテクノロジーを食品ならびに組織工学と組み合わせて、実験室の中で培養された細胞から、肉や皮革などの農業製品を生産する手法である。

セルラー農業やそれらを応用する企業たち(例えばMeatableHigher Steaksなど)が、どれほど劇的に農業と食糧生産を変えているのかは簡単にわかる。

したがって投資家たちは、「クリーンミート」業界を一口味わってみる誘惑に駆られがちだ。ヨーロッパでは、Mosa Meatが880万ドルを調達したばかりだし、米国のMemphis Meatsは2017年に1700万ドルを調達した

そうした製品はまだ店の棚に並んではいないが、その魅力は明らかだ。食肉市場は2025年までに7.3兆ドルに成長し、2050年までには需要が73%増加すると予想されている。そして、クリーンミート技術は、肉の生産を実質的に無限に拡大することを可能にする。わずか2ヶ月で、10匹の豚から得たスターター細胞を使って、1培養基あたり5万トンの豚細胞を培養することができる。これは、肉の生産コストとその環境コストを劇的に下げることができる。「伝統的な」肉と比較して、クリーンミート1ポンドあたり、必要な水は6分の1、排出される温室効果ガスは4分の1となる。

人工知能と機械学習もまた農業に影響を与えている。そのなかでも主要なチャンスの1つが、精密農業である。

画像認識、センサー、ロボット工学、そしてもちろん機械学習の進歩によって、農家は作物の状態に関する、より良い情報を受け取るようになった。Hummingbird TechnologiesKisan Hubなどのスタートアップは、人間による「作物の見回り」を上回るソリューションを開発した。同様に、Observe Technologiesは、魚の養殖業者に対して、給餌を最適化するための、AIによる情報を提供する。

屋内に目を向けると、Xihelm(情報開示:Oxford Capitalが投資家である)は、ロボット化された室内収穫を可能にするマシンビジョンアルゴリズムを開発している。このような技術は、農業における労働力不足を解決するのに役立つ。労働力不足によって2017年には英国での労働コストは9〜12%上昇しているのだ。

食品が農場から小売業に移動するとき、サプライチェーンは扱いにくく、管理が難しい場合が多い。その結果、食品には400億ドル規模の不正の問題がつきまとう。この問題を解決するために、Provenanceなどの企業が提供するブロックチェーン技術が適用されている。Walmartは最近、葉物野菜のサプライヤーたちに対して、そのデータをブロックチェーンにアップロードすることを要求することを発表した。このことで食品をその生産者まで(1週間ではなく)2.2秒で遡ることができるようになる。

農業食品テクノロジーへの馴染みはまだ薄い

農業食品市場は巨大で投資の機会も多いものの、依然としてハイテク投資家の好きな料理ではない。もちろん、2017年には投資額は101億ドルに増加している。しかし同じ年にはフィンテックは394億ドルに達しているのだ。

これにはいくつかの理由がある。デジタル化は進んでいるものの、その速度は遅い。農家は当然ながらリスク回避的だ。彼らの回避傾向は、活動の季節変動性と失敗可能性によって強化される。ほとんどの作物は年に一度だけ生産されるので、収穫に失敗するとその影響は劇的かつ長期に及ぶ。大規模な技術的ソリューションを実装することにはリスクを伴う。したがって現状から離れる決定は気軽に下すことはできない。

規制はセクターにとって大きな考慮事項だ。欧州司法裁判所は最近、CRISPRで作られた作物に関しても、遺伝子組み換え作物と同じ期間の承認期間を経なければならないという裁定を下した。2018年にはフランスで、ベジタリアンおよびビーガン向けの完全植物性製品に対して「肉」や「乳製品」といった用語の使用が禁止された(これまでは完全に植物性でも「ソーセージ」「ステーキ」といった名称が使われていた)。とはいうものの、この法律が将来「培養」肉に対してどのように適用されるかは明らかではない。消費者に受け入れてもらうために、クリーンミートスタートアップたちはこの用語を巡る戦いには勝利したいと願っている。

消費者による受容は、農業食品の経済的、環境的、倫理的な影響によって形作られる可能性も高い。農業は世界の労働人口の4分の1を雇用しているが、その労働力の多くが女性であることを忘れてはならない。

食の未来には、農業における失業問題、家畜や原材料生産の大幅な変化、土地管理手法の大幅な変更などが予想されている。さらに、遺伝子編集は、個別の農家ではなく、大企業に利益をもたらす可能性が高い。このことによって通常の農家は危機に晒される可能性がある。

これは単にケーキを手に入れて食べるという話ではない。必要な要素は、とても慎重に選択する必要がある。そうでなければ「食の未来」には苦い味がリスクとして残されることになるだろう。

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(翻訳:sako)

投稿者:

TechCrunch Japan

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