3月13日、14日の週末に、東京・渋谷にあるイベントスペース「dots.」で三菱東京UFJ銀行(MUFG)がハッカソン「Fintech Challenge 2016 – Bring Your Own Bank!」を開催。最終日の14日には全12チームがこのハッカソンのために公開された銀行APIを活かしたアプリ・サービスのデモを披露した。
ぼくはTechCrunch Japan編集長として審査員の1人を務めさせていただいたのだけど、「もし銀行がAPIを公開したら」、しかも「手数料が無料だと仮定できるのだとしたら」という前提で作られたアプリのアイデアは思った以上に多様で、むしろBitcoinを始めとする暗号通貨の可能性の大きさ銀行APIが開放されたときに生まれるであろうFintechエコシステムの可能性を思わずにいられなかった。ちなみに、第1回のFintech Challengeで優勝した1社はクラウド会計のfreeeで、後にMUFGとfreeeは与信サービスでの協業を発表したりもしている。
今回、ハッカソンのために用意された銀行APIは、リテール向けでは「認証、残高照会、入出金明細、振込(都度、マイパターン)、来店予約、支店待ち時間情報取得」など。法人向けでは、このほかに為替レート取得などもある。
優勝は法人向け小口現金関連サービスの「Petty Pay」
今回のFintech Challengeで優勝したのは中小規模の法人向けに小口現金にまつわる問題をスマホで解決する「Petty Pay」だ。
TechCrunch Japanを読んでいるスタートアップの経営者や経理担当、小さな事務所のオーナーであれば分かると思うのだけど、企業活動の中で発生する小口の決済は頭の痛い問題だ。支払い建て替えをする社員も含めて、レシートや領収書の精算は面倒だし、振り込みでATMの行列に並ぶこともあるだろう。きちんと収支管理をしていないと使途不明の使い込みのリスクもあるだろうし、部署間のアンバランスが可視化されていない問題も出てくるかもしれない。小さな金庫に常に現金を入れることが多いだろうが、持ち逃げの問題もある。
Petty Payは、例えば運送業者への支払いなど小口現金を電子化するのを狙う。ハッカソンのデモではiBeaconによる端末間トランザクションで、支払いをする人と業者の間で決済を行う様子を披露していた。同一法人アカウントを複数社員で使うことを想定していて、組織内の承認フローもアプリも組み込んである。事前承認がなくても個人口座で決済しておいて、後から承認ノーティフィケーションに上司が気付いてボタンを押したタイミングで払い戻しが行われる、いわゆる普通の経費精算同様のこともできる。
法人単位で利用者を囲い込みたい運送業者や飲食デリバリー、旅行代理店など、法人側にはPetty Payに対応するインセンティブがある。支払いをする社員にとっても面倒な経費精算から開放されるメリットがある。LINE Payと違ってサービス提供企業を友だちにしなくていい。そして経営者や経理担当には、もちろんメリットがある。特に法人カードが作れないような小規模なところには朗報だろう。そんな「三方良し」で、実際にサービスが立ち上がりそうなイメージが湧くというのが審査員全員が高得点を付けた理由だった。振り込み手数料についても、ある程度の単位で決済を束ねる、いわゆるネッティングをすることで低減できるのではないかと思う。
ちなみに、優勝したPetty Payのチームに贈られた賞金は日本のハッカソンとしては大きめの100万円だ。
残高の端数を手軽に募金する「Chocobo」
優勝に続く、優秀賞(賞金10万円)には2チームが選ばれた。
1つは残高が「2,483,183円」となっているときに端数の「183円」を任意の団体に募金できるアプリ「Chocobo」を作ったチームだ。UIUXが滑らかで、端数がなくなるすっきり感を示すアニメーションが楽しげなアプリだった。同一銀行内に募金団体のアカウントがあれば手数料も低く抑えられるので、銀行のCSRの一貫として既存の銀行アプリにあって良いのかもしれない。
優秀賞のもう1チームはワリカンやプレゼント代替購入時などに使える個人間決済サービス「Check」を作ったチーム。銀行API開放で真っ先に思いつくサービスではあるが、実装レベルが高かったことと、ひいき客を増やしたい店舗がクーポンを発行できるなど工夫があったことが評価された形だ。
このほか、貯蓄や資産運用をゲーミフィケーションするアプリや、店舗でのレジ決済をスマホ決済で置き換えてレジ行列問題を解決するアプリ、小切手画像を生成してSMS経由で小口決済を行うアプリ、SNS上のグラフデータを与信の一助とすることでソーシャルレンディングをするプラットフォーム、メガバンクのWebサイト上のイケてないATM設置情報(住所のみ表示!)を混雑状況とともに地図にマッピングするアプリなどがあった。
銀行のAPI公開は進むのか?
MUFGの公式な立場としては、今回のハッカソンで提供したAPI群はあくまでも「デモAPI」で、今後これを公開するともしないとも言っていない。ただ、開発者からのフィードバックを収集するというのが今回のハッカソン開催の目的の1つでもあったというし、企画担当者レベルとの雑談では、MUFGがAPIを公開するのに半年とか1年かかかるようなことはない(もっと早い)という話でもあったので大いに期待したいところだ。銀行といっても当然一枚岩ではなくネット対応の見解についても「中の人」によっても、だいぶ温度差がある。ハッカソンを企画する現場レベルでいうと、銀行はセキュリティーレベルの要件について既存システムとネット向けアプリで2つの基準を使い分けるべきだ、という意見もあった。これは全くその通りで、一律に既存金融システムと同じ作り方をするのは無理がある。
すでにPFM(個人向け家計・資産管理:Personal Finance Management)関連サービスでは、外部サーバーから銀行のWebサイトをスクレイピングして無理やり口座情報を引っ張りだすなど、APIが存在しないがために力技に頼るようなことが行われている。このとき、利用者は銀行サイトのID・パスワードを第三者に預けていることが多い。これはセキュリティー上は決して好ましい状態ではなく、「セキュリティーや安定性を担保できないのでおいそれとAPI公開に踏み切れない」という金融関係者の懸念があるとしたら、それはむしろ現状認識としては逆だと指摘しておきたい。利用者は、便利なアプリやサービスを使いたいのだ。ビジネスの規模として小さく、リスクがあるからといって見過ごしていて良いレベルはとっくに超えていると思う。
2015年10月には、みずほ銀行がLINEと提携して残高確認ができる「LINEかんたん残高証明」を始めたり、マネーフォワードがNTTデータと共同で「Open Bank API」を推進すると発表するなど銀行API開放の機運は高まっている。2016年2月には「みずほダイレクトアプリ」がMoneytreeの口座情報を読み込む技術を採用、IBMも2月に「Fintech共通API」の提供を始めるとアナウンスしている。銀行APIが開放されて、便利なサービスが増えると消費者としては嬉しい限り。一方で少し皮肉なことを言うと、銀行の既存サービスを少し便利にする程度のものをいくら作っても、PayPalがやったような本質的なFintechイノベーションは出てこないのだろうな、ということも感じたハッカソンだった。FintechだモバイルECだといったところで金融のトランザクションは全銀システムや各行が持つメインフレーム上で起こっている。
Fintechのトレンドとして特定の銀行業務に特化したサービスが独自に立ち上がる「アンバンドリング」がいま起こりつつあることだとしたら、その次に来るのは「リバンドリング」だという意見がある。消費者個人個人が、それぞれの目的ごとにベストなサービスを自分で選ぶ「ベストオブブリード」という古きよきインターネット的なサービス利用モデルよりも、統一されたブランドの元に各サービスが統合されている未来のほうが、確かにありそうに思える。そのとき「お金のブランド」として人々が思い浮かべる名前はなんだろうか? みずほやUFJなのか、それともGoogleやAmazon、あるいは楽天やマネーフォワードなのか? それは今のところ分からない。ただ、そのブランドというのはAPIが上手に使えてエコシステムを醸成できるプレイヤーなのではないかと思う。