頭脳を得たロボット、もたらすのは「産業の革新」か「脅威」か

編集部注:この原稿は経営共創基盤(IGPI) パートナー・マネージングディレクターでIGPIシンガポールCEOの塩野誠氏による寄稿だ。塩野氏はこれまで、ゴールドマン・サックス証券、ベイン&カンパニー、ライブドア、自身での起業を通じて、国内外の事業開発やM&Aアドバイザリー、資金調達、ベンチャー企業投資に従事。テクノロジーセクターを中心に企業への戦略アドバイスを実施してきた。そんな塩野氏に、遺伝子人工知能、ロボットをテーマにした近未来予測をしてもらった。第2回目の本稿では、国内でも様々な分野で話題の人工知能について解説してもらう。なお塩野氏は東京大学の松尾豊准教授と共著で「東大准教授に教わる『人工知能って、そんなことまでできるんですか?』」を出版している。

街路樹も色づき木の葉を落とす季節になってきた。人間なら落ち葉に何かを感じるかも知れないが、ロボットはそれをどう感じているのだろう?

80年代のロボット映画「ショートサーキット」では、ロボットがスープをこぼしたシミを見て、最初は「水、塩、グルタミン酸ナトリウム」とその成分について言うが、そのうちにシミが「植物のカエデの形に見える」と言いだした。ロボットが人間のように「気づき」を獲得したシーンだ。前回、人工知能は人間の「気づき」を模倣出来るかと書いたが、今回は「人工知能が物理的な出力を持った状態」ともいえるロボットについての話をしたい。

そもそロボットとは何か? ロボットの定義は難しく、人型から猫型、クモ型まで幅広いが、ここでは「人間の代替として自律的に動作を行う機械」と定義してみよう。最近ではソフトバンクのPepperが「会いに行けるロボット」として登場したことも記憶に新しい。

Pepperは人型ロボットだが、ロボットの形はヒューマノイド(人型)と決まっているわけではない、東京工業大学広瀬・福島研究室の開発した四足歩行ロボット「TITAN」は「ザトウグモ」を模して作られているし、米国で内視鏡手術の為につくられた「Da Vinci(ダ・ヴィンチ)」はまさに人間の手の代わりとなるロボットアームである。ダ・ヴィンチは動作倍率を縮小することが可能であり、操作する人間側は患部を拡大して確認しながら、ロボットアーム側では動作を縮小して作業を行うことが出来る。YouTubeではダ・ヴィンチを使って折り紙の鶴を折る様子を見ることができる。

ロボットアームは人間の手の延長だが、自律的な動作をするロボットの仕組みは、簡単に言えばセンサーで周辺環境を認識し、コンピュータでセンサーの情報を処理し、制御によって目的となる動作を出力するということになる。このコンピュータの部分は人間が動作を予め設計しておくプログラムと、人工知能によってアルゴリズムが自律的にフィードバックを行い、学習していく2つがある。Pepperには人工知能が搭載されているし、前回の記事でもあったように人工知能はディープラーニングの進展等によって新しい段階を迎えている。つまりロボットの頭脳に革新が起こっているのだ。

ロボットの頭脳の開発を進めている企業、つまりソフトウェア陣営からロボットにアプローチをしているのがシリコンバレーのいつもの顔、Googleだ。Googleは東大発のベンチャーでヒューマノイドロボットを開発したSCHAFTを買収し、MITとも関係の深い米国のロボット企業Redwood Robotics、DARPA(米国国防高等研究計画局)との協力による「BigDog」という4足歩行ロボットで有名なBoston Dynamics、ドローン(無人飛行機)開発のTitan Aerospaceも買収している。Titanは過去にFacebookが買収交渉しているとも報じられた企業だ。グーグルが約3200億円で買収したNest Labはサーモスタット(室内温度調節器)の会社だが、センサーで情報を集め、アルゴリズムで処理し、空調を制御しているという意味ではロボットと言えるだろう。

家庭に入ってくるロボットは人型とは限らない。マーケットでは高値買いの声も聞かれるが、約6兆円の現金を持つグーグルであればこの領域にベットしておくことは高くはないのかも知れない。

グーグルは人工知能の研究開発を行っているDeepMind Technologiesを買収
しているが、こうした動きに関わらず、人工知能とロボットの融合は進むだろう。人工知能の行く末は「人間らしさの追求」というよりは、「人間には理由が理解できないが、その人工知能が下す予測がいつも正しい」といった姿だ。

一方、人間と同じ形をしていなくても旧来からのFA(ファクトリーオートメーション)の現場で溶接や塗装などをしていた産業用ロボットが活躍している。こうしたロボットはプログラムされた単純作業だけでなく、複数の作業に対応したものへと進化している。この分野では日本は非常に進んでおり、ソフトウェアやアルゴリズムで完結する世界から、熱と摩擦の発生する物理的なロボットの世界になれば日本に一日の長がある。日本は産業用ロボットの稼働率において世界一であり、自動車・電機といった産業向け開発で磨かれてきた技術はセンサーやサーボモータといった周辺技術の充実もあり、未だに競争力のある分野である。人工知能の研究者達がシリコンバレー企業にAcqui-hiring(人材獲得のための買収)されているが、人工知能とロボットの融合の過程で日本の産業界にも事業機会が起こり得るだろう。

日本の産業界の動きを期待する一方で、前出のベンチャー企業SHAFTはDARPAと共同開発を行い資金支援も受けていた。そして日系企業から資金提供の無いままグーグルに買収された。DARPAは米国国防総省の機関であり、最先端技術の軍事転用の為の研究開発に積極的に投資を行っている。ロボット開発に対し短期的な収益目的ではなく、長期的な研究開発環境を提供するのは企業にとって株主への説明責任等のハードルもあり、なかなか経営判断も難しい。

また、日本のハイテク企業の経営者達が人工知能搭載のロボットに積極的でない理由に、政府も数百億円規模で支援した1980年代の人工知能ブームの後に産業化しなかったという記憶があるためだ。そして事業計画上、人工知能ロボット開発が短期的に収益化するという説明も難しい。グーグルであれば、人工知能開発への積極投資は「広告の最適化」で説明可能なのだ。日系企業が手をこまねいている間に人工知能、ロボットの技術が米国に買われていく、そうであれば日本は公的な資金提供者が産業政策に鑑みて投資機会を精査していくべきだ。ゲノム、ソフトウェア、金融テクノロジーで日本が経験した競争環境のデジャブが現在のロボットビジネスだ。

またロボット開発においては国際的なルール作りを巡る議論が活発化するだろう。Amazonがドローン(無人飛行機)での配送サービスを計画して話題となっていたが、軍用ドローンではすでに自動的に標的を選ぶという機能が搭載されている。軍用、特に戦闘用ドローンの実戦配備は今後も進んでいくと考えられるが、現在はハーグ陸戦条約におけるマルテンス条項(編集部注:ざっくりした説明になるが、ハーグ陸戦条約では、おもに戦争や戦闘の定義やその規制を定めている。その中でも人道や公共の良心といった観点で新兵器の使用を制限しているのがマルテンス条項だ)に自律型ロボット兵器は抵触しているとされながら、ロボット兵器の国家間での具体的な規制が未整備だ。日本政府もロボットに関するルールメイカーとしての主導的なポジショニングを視野に入れるべきだ。

これまでに取り上げたバイオインフォマティクス、人工知能、そして今回のロボットに関する先端技術はインパクトの大きい領域であるだけに、それらがネガティブな利用をされた時のインパクトも計り知れない。そしてこれらの技術は相互に関係する。人工知能搭載の自律型ロボット兵器やバイオインフォマティクスでつくられた新しいウイルスに人類が脅かされるべきではない。今は人間の理性と倫理観が試されている。読者の皆様がそんなことを少しでも考えていただければ幸いである。

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pasukaru76


投稿者:

TechCrunch Japan

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