食事の出前サービスが4000億円超で買収された韓国は一流スタートアップ拠点になるかもしれない

ソウル、そして韓国はまだ誰も話題にしていない秘密のスタートアップ拠点なのかもしれない。中国のスタートアップ市場の規模と範囲があまりにも大きいために近隣国の韓国は小さく見られてしまいがちだが、ここ数年の様子から察するに、韓国は一流のスタートアップ拠点になれる、というかなるだろう。

その好例として、韓国を代表する食事の出前アプリ「配達の民族」、略して配民(ペミン)は先週、ベルリンのDelivery Hero(デリバリー・ヒーロー)からの驚きの40億ドル(約4380億円)の買収提案を受けたことを発表した。実現すれば、韓国のスタートアップ史上で最大のイグジットとなる。

この買収は、独占禁止法の審査を通過した後に決定する。なぜなら、Delivery Heroは配民の最大のライバルYogiyo(ヨギヨ)を所有しており、規制当局の承認が必要になるからだ。Delivery Heroは2014年にYogiyoの株式の過半数を取得している。

関連記事:Delivery Heroが韓国の強力なライバルであるBaedaltongの過半数株式を取得(未訳)

しかし驚くべきは、過去10年の韓国のスタートアップ拠点としての成長の様子だ。5年前にTechCrunchのソウル駐在海外特派員を、8年前には韓国科学技術院の研究者を務めていた私は、その拠点としての成長を地元で観察し、ここ数年は遠くから注視してきた。

いまだ財閥系複合企業の支配が続いているものの(サムスンを超えられるものがない)、韓国経済にダイナミズムを与えているのはスタートアップと文化産業だ。また、国の年金基金から(国内外を問わず)スタートアップ界に資金が流れる仕組みのため、大企業での昇進経路という泥沼から脱却してスタートアップの道を探る起業家たちのチャンスはさらに広がっている。

配民のオリジナルのブランディングは、イラストに重点が置かれている。

5年前に配民は、かわいい系でクリエイティブなインターフェイスでフライドチキンを出前するひとつのアプリに過ぎなかった。その料金を巡っては、レンストラン・フランチャイズのオーナーから批判を受けた。しかし今では、配民のバイクはソウル中で見かけるようになり、たくさんのレストランには配民のスピーカーが設置され、キャッチーなサウンドとともに配民の名前を宣伝し、インターネットで配達の注文が入るごとにアナウンスを流している。

関連記事:出前料金問題の勃発から韓国で市場モデルの議論が始まった(未訳)

先週、ソウルにいた私は、あるレストランで、1分から3分おきぐらいに「配達の民族にご注文!」とのアナウンスが流れ、落ち着いて食べることができなかった。びっくりするような商品マーケティング戦略だが、米国の宅配スタートアップが真似しないことのほうが驚きだ。

エコシステムの強固さは、いつものとおりに維持されている。頭のいい大卒の労働人口が多く(韓国は世界で最も教育率が高い国のひとつだ)、加えて若者の失業率と不完全雇用率が高いことから、とうてい叶わない企業の役職にこだわるよりも、スタートアップを起業しようとする動きがますます加速している。

変わったのは、ベンチャー投資資金の流れだ。韓国がスタートアップの資金調達に苦労していたのは、そう昔のことではない。数年前、韓国政府は、自国の起業家を対象とするベンチャー投資企業の設立費用を引き受ける計画を開始した。単純に、スタートアップを軌道に乗せる資金がなかったという理由からだ。その当時、私が聞いたところでは、1000万円程度のシード投資金でスタートアップの過半数株式が買えてしまうのは珍しい話ではなかった。

現在、韓国は、ゴールドマン・サックスSequoia(セコイア)とおいった数多くの国際投資企業がスタートアップへの投資を狙う国になっている。さらに近年では、数々のブロックチェーン開発の中心地にもなり、資金の急激な上昇と下落を経験しつつも市場が維持されている。相対的に調達資金は増加し、いくつものユニコーン・スタートアップが生まれるまでになった。CrunchbaseのUnicorn Leaderboardには合計で7社が登録されている。

関連記事:Sequoiaは韓国版アマゾン“クーパン”に1億ドルを支援(未訳)

そうして韓国は動き出した。数多くの新進スタートアップが将来の大きな結果に向かって突進しようと身構えている。

そのため、この国の障壁を乗り越えて参入したい意欲を持つベンチャー投資家には、これからもユニークなチャンスがある。とはいえ、この国の過去と未来の成功を最大限に活用するには克服しなければならない課題がある。

おそらく最も難しいのは、この地で何が起きているかを深く理解することだろう。中国は、国家安全保障からスタートアップや経済まで、あれこれ取材したいという大勢の外国の特派員を引きつけるのに対して、韓国では海外の特派員はもっぱら北朝鮮の話か、たまに変わった文化の話を取材するぐらいなものだ。スタートアップを専門に追いかけているジャーナリストもいるにはいるが、残念なことに極めて希で、エコシステムの規模に比べて予算があまりにも少ない。

さらに、ニューヨーク市と同様に、広く交流することのない異種のエコシステムがいくつも混在している。韓国には、国内市場をターゲットにしたスタートアップ(それが今の大量のユニコーン企業を生み出した)と、半導体、ゲーム、音楽と娯楽といったさまざまな産業を牽引する大手企業がある。私の経験からすると、このような垂直市場はそれぞれが社会的のみならず地理的にも個別に存在していて、産業の壁を越えて才能や見識を集結させることが難しい。

だが最終的には、シリコンバレーやその他の重要なテクノロジーの拠点で評価が高まれば、最高のリターン特性をもたらすスタートアップの街の上の階層に進めるだろう。先週、早期に配民に投資した人たちは、おそらく出前のフライドチキンで祝杯をあげたことだろう。

画像クレジット:Maremagnum / Getty Images

[原文へ]

(翻訳:金井哲夫)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。