AI(人工知能)は人間の仕事を奪うのか、それとも人間をより楽にしてくれるのか──そんな問題意識を語り合うパネル・ディスカッション「AIは人間の仕事を奪うのか、ラクにしてくれるのか?」が、TechCrunch Tokyo 2015の1日目、2015年11月17日に開催された。
パネリストは機械学習スタートアップである米DataRobot社のRazi Raziuddin氏(VP Marketing and Business Development)、リクルートのAI研究所 Recruit Institute of Technology(RIT)の創設者である石山洸氏(RIT推進室室長)、そして現役プロ棋士に勝った将棋AI「Ponanza」開発者の山本一成氏(HEROZ)の3氏。司会はTechCrunch Japan編集長の西村賢である。
機械学習プラットフォームのDataRobotがリクルートと組む
Raziuddin氏は、米DataRobot社についてプレゼンテーションを行った。同社は米ボストンに本社があり、100人以上の従業員が働いている。同社のビジネスは「高度な教育を受けたデータサイエンティストが不足している」という課題を機械学習プラットフォームにより解決するというものだ。DataRobotのプラットフォームには、約4000万種類の予測モデル/アルゴリズムがすでに搭載済みとのこと。データサイエンティストだけでなく、ビジネスアナリストも同社のプラットフォームを駆使してデータから価値を引き出すことが可能としている。もともとDataRobotはデータサイエンスの競技プラットフォームであるKaggleのトップランカーが作った会社で、Kaggleで作られた多くのアルゴリズムがDataRobotに取り入れられている。
石山氏は、米国でリクルートのAI研究所であるRITの立ち上げを担当し一時は責任者を務めた。その後、RITのトップとしてGoogle Research出身のAlon Halevyが就任したことから、石山氏は同研究所の推進室室長として活動している。
石山氏は研究メンバーを増員するため、この4月から100人以上を面接してきたが、「採用できたのはトップのAlonさんを含めて4人だけ」だと明かす。TOEIC900点以上の英語力、機械学習の博士号(Ph.D.)を持っていること、企業でのデータサイエンス経験があること、コードが書けること、アントレプレナーシップを持っていること、といったように非常に高い基準を設定しているからだ。
こうしたデータサイエンス分野、AI分野の人材難の解決策として「オープンイノベーションが重要」だと石山氏は言う。その施策の一環として、ちょうどこのパネルが開催された11月17日にリクルートがDataRobotに出資してRITと事業提携するとの発表があった。リクルートはDataRobotの機械学習プラットフォームを活用し、データサイエンティストの業務効率改善や、非データサイエンティストによるデータ活用を支援する。リクルートグループへの導入や国内での普及も視野に入れている。
将棋AIの実力はトップ棋士に「けっこう勝っちゃう」レベル
将棋AI「Ponanza」開発者の山本氏に、西村編集長は「将棋AIは日本のチャンピオン、つまり世界チャンピオンだと思いますが、羽生(善治)さんに勝てるところまで来ているんですか?」と質問を投げかけた。Ponanzaは11月21日〜23日に行われた第3回将棋電王戦トーナメントでも優勝するなど、コンピューター将棋の中では文句なく最強クラスだ。
山本氏は「けっこう勝っちゃうんじゃないかと思ってます」と答える。ただし、そのような対戦が設定されるかどうかは分からないそうだ。
「強さの性質で人間とAIに違いはありますか?」との質問には「ものすごくありますね。真っ向勝負の『殴り合い』してしまうと人間は勝てない。でもちょっとズルい『寝技』みたいな戦い方だとコンピュータは混乱する」。チェスの世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフは、コンピュータDeep Blueとの対戦で寝技を仕掛けたという話があるとのことだ。
コンピュータが「混乱する」とはどういうことか? 人間が仕掛けた罠にはまると、強いコンピュータなのに「目的を失ってどうしたらよいか分からないような」挙動をする。それが人間から見て「混乱している」ように見えるそうだ。
人間はコンピュータにはない創造性、クリエイティビティを持っている、といった言い方を聞くことがある。だが山本氏はこう話す。「将棋に限っては、クリエイティビティはコンピュータの方が優れていると思う。人間は今までの形から類推して指すが、コンピュータはフラット。今までになかった手を指すこともある」。
コンピュータはすべての手をブルートフォース(総当たり)で探索する。そこで人間の感覚では無意識のうちに避けてしまうような手を提案することもある。将棋の最前線では、コンピュータが発見した手を人間が指す例も出ているらしい、と山本氏は明かしてくれた。
人工知能と人間の共進化に期待
AIが人間の仕事を奪うのか、という問いかけについては、山本氏は次の話を紹介した。「Advanced Chessという競技があって、『強いコンピュータ』対『人間+ちょっと弱いコンピュータ』のチームで対戦する。するとけっこう、人間が勝つんですよ」。
「駒の取り合い」のような細かい戦術レベルでは計算力に優れるコンピュータに人間は勝てないが、より上の戦略的なレベルでは人間がフォローできる部分がまだまだあるそうだ。「人間って、コンピュータが間違えそうな手が分かるんですよ。それに最初の方針を決めてあげるとか」。このように、人間がコンピュータを助けることで、人間と弱いコンピュータの連合チームが、強いコンピュータに対して勝てるようになる。もっとも、これは一時的な現象で、長期的には人間が協力するよりもコンピュータだけで考えた方が強くなるだろうと山本氏は考えている。
RITの石山氏は、コンピュータと対戦することで人間も将棋が強くなっている、と指摘し、データサイエンスのアルゴリズムを搭載したDataRobotを活用することで、人間の側もデータサイエンスの能力が上がっていくだろうと語った。石山氏はこのような「人工知能(AI)と人間の共進化」を期待しているという。
AIは仕事を奪うのか、楽にするのか
パネルの最後に、司会から「AIは人間の仕事を奪うのか、それとも楽にするのか」との問いが投げかけられた。
Ponanza開発者の山本氏は、「AIが強くなって人間の仕事がなくなっていくことは間違いない」と話す。だが「やることがなくなるだけで、食えなくなることはないんじゃないか」とも言う。技術の進化で職業の定義が変わることにネガティブな考え方を持つ人もいるかもしれないが、病気や障害を技術の力で克服できて幸せになる人もいる。そのようなポジティブな面を考えていきたい、と山本氏は話す。
「仕事はアイデンティティと結びついている。仕事がなくなっても、やるべきことを見つけるのが、今世紀の課題。例えば『将棋をやっていれば楽しい』というのは一つの答」と山本氏は話す。
RITの石山氏は「ムーアの法則に引き寄せられるように、職業はどんどん“創発”されている」と主張する。ビジネス領域でITの適用範囲が広がるにつれてエンジニアが必要になり、デザイナが必要になり、グロースハッカーが必要になり、データサイエンティストが必要になる。そしてDataRobotのようなプラットフォームができることで、データサイエンティストの定義も変わる。技術が進化するほど、人間がするべき仕事も増えるという主張だ。
機械学習は既存の専門家を使うデータ分析という仕事に対して「破壊的(ディスラプティブ)な作用を及ぼす」とDataRobot社のRaziuddin氏は言う。データサイエンティストでもプログラマでもない、異なるタイプの人々が機械学習プラットフォームを活用したデータ解析に取り組めるようになり、破壊と民主化が起こる──TechCrunch Tokyoという場を意識してか、Raziuddin氏はこのように話を締めくくった。
チェスの分野では人間とコンピュータの連合チームは強い。機械学習プラットフォームのDataRobotがデータサイエンティストの仕事を支援したり、非データサイエンティストでもデータ分析を可能にしつつあるように、AI関連技術の進化は古い仕事を破壊して再定義し、新しい職業、新しいビジネスを作り出す。その破壊と民主化の波に飲み込まれるのか、それとも波に乗って前に進むのか──そんな問いかけを参加者に投げかけるようなパネル・ディスカッションだった。