TechCrunch Japanは大阪市との共催で4月12日、13日の2日間にわたって大阪でハッカソンを開催した。イベントには約50人の開発者やデザイナが集まり、12チームに分かれてプロダクト作りを行ったのだが、これが結構「大阪な感じ」だった。
どう大阪だったのかと言えば、プロダクト発表のデモで、いきなりボケ満載の寸劇が始まるのは当然として、例えばステージに登壇した新生チームに「このチームのプロダクトリーダーは誰ですか?」と問えば、「はーい!」と5人が一斉に手を挙げてしまうだとか、チームビルディングがなかなか終わらないなと思って話を聞けば、「オレはこれが作りたい」「オレのアイデアはこれだ」というのが噛み合わず、「だったらキミはキミの道を行けばええやんか、オレはオレがやりたいことをやる」という感じでまとまらなかったりしたといった具合。
全国各地でハッカソン主催の経験があり、今回の運営にも協力して頂いていたMashup Award実行委員会の伴野智樹氏によれば、「やっぱり大阪は違いますね……。東京だったらさっさと譲り合うところです」と苦笑いしていた。形式そのものに対する慣れがなかったということもあったかもしれないが、大阪人のDNAというようなものを感じたハッカソンではあった。リーダーシップの欠如が日本社会の宿痾のように言われる昨今、頼もしい話ではないか。
さて、今回のハッカソンは多くのデバイスメーカーやサービス提供企業の協力を得て「IoTの可能性を探る」というテーマで行った。開催告知記事に書いたように裏のテーマは「MVP」。結果としては、12チームとも明確な課題意識と、ぼんやりした可能性を広げすぎずにシャープなフォーカスを持ったプロトタイプ実装を行ったという意味で興味深いイベントになったと思う。
ポスターや展示用ディスプレイを「見た人」の数をグラフ化
審査の結果、最優秀賞は福本晋也氏(エンジニア)と安川達朗(エンジニア)による作品「ポスタライズ」とさせていただいた。
ポスタライズは、ポスターなどの印刷物が、実際にどれだけ見られたかを計測・解析するプロダクトだ。ネット系のサービスでは、利用者が何をどれぐらい見ているか、どう行動したのかというのは数値化して計測できる。オフラインのポスターなどはそうではないので効果測定が難しい。これを解決するために、ポスターに対して額縁のような形でデバイスを付加して顔認識を行う、というのがポスタライズのアイデアだ。顔の角度認識の技術を使って「見た」ことを特定する。収集したデータは時系列のデータとしてデータベースに保存してグラフ化する。利用したのは、オムロンが最近評価用モジュールとして提供している人認識モジュールの「HVC」というデバイスだ。
実際のデモでは、チラッとポスターに視線をやるとブラウザ上に実装された集計用の折れ線グラフにピコンと「1ビュー」のぶんだけ山型に表示されるという素朴なものだったのだが、これは2つの意味でIoTの未来を感じさせてくれるデモだった、というのがぼくを含めた審査員たちの意見だ。
審査員の1人で、みやこキャピタル ベンチャーパートナーの藤原健真氏はポスタライズがデジタルサイネージでないところに可能性を感じると指摘した。実は藤原氏自身、最初の起業が街中に設置する大きなデジタルサイネージ事業だったそうだ(後に売却)。非常に高価なデジタルサイネージのソリューションは、すでに世に出ている製品も少なくないし、性別や年齢を推定して推薦ドリンクを切り替える自動販売機なんていうものもある。しかし、ポスタライズは、小さく、既存の紙ベースのポスターや展示物にアタッチするデバイスでしかない。
オムロンは、元々こうしたソリューションで使われるエンジンを企業向けに提供している。HVCは、それをモジュール化したところがミソで、まだ3月に発表したばかり。ハッカソンで使った評価用ボードは約7万円とお高いが、量産すれば数千円の前半になるという(もちろん出荷数次第)。とすれば、BLEモジュールをくっつけてショーウィンドウの食品サンプルに埋め込むという未来も薄っすら想像できる。カフェであれば、どのスイーツに目を留めて顧客は入店しているのか、というようなことが計測可能になるかもしれない……、という会話がその場で生まれて来たのは、まさに今回のハッカソンの趣旨である「IoTの未来を探るためのMVP実装」だったと思う。
ちなみにオムロンのHVCは、今回のハッカソンでは大人気のデバイスだった。手のひらに乗る小さなモジュールながらカメラ付きで10種類のアルゴリズムが使える。3月20日に発売したばかりで、今のところ企業向けにしか売っていないのが惜しい。人間や顔を認識し、「どちらを向いてるか / 誰なのか / 視線の方向 / 年齢・性別推定 / 手検出 / 表情(5種類、信頼度あり)」などを数値で取り出せる。
アルコールセンサーをiPhoneに繋げて遊ぶ「DrunkenMaster」
優秀賞は「DrunkenMaster」(ドランケンマスター)を作ったチーム、Drunker5に贈らせて頂いた。DrunkenMasterは、呼気中のアルコール濃度を検出するセンサーをiPhoneにアタッチした酔っぱらい向けのゲームだ。ポイントは2つある。1つはアルコールセンサーのようなデバイスを、極めて容易にiPhoneに付ける仕組みを提供する「PocketDuino」(このデバイスも大阪発だ)の可能性が垣間見れたこと、もう1つは、遊び心からビジネスのタネが生まれて来そうと思えたことだ。
正直に書くと、Drunken5のチームが初日に「お酒とSNS」とホワイトボードに書いているのを見て、ぼくは「あちゃー」と思っていた。なんか面白そうだからという理由で作ってみて、結局なんだかよく分からないプロダクトができてくる、というのは良くあること。ところが実際に出てきたものは、ドラクエ風の画面を備えたシンプルながらも完成度の高いゲームだった。
DrunkenMasterは一定量以上のアルコールを摂取していないと、そもそもログインができない。そして、ゲーム内容といえば酔うほどに難易度の上がりそうな認知能力テスト系。スライムの絵のあるカードに書かれた色の名前を即座に答える(タッチする)というだけのことだが、「青」とか「赤」と書かれた色の名前と実際のカードの色が一致しない。酔うほどに成績が落ちるわけだが、この路線には確かにお酒の場を盛り上げそうな何かがあるという予感を感じさせるのに十分なデモだった。若者のアルコール離れや、年々落ち込むビールの売上といった課題を抱える酒造メーカーや飲食チェーンが導入して、ネットワーク越しに参加型のキャンペーンを展開するなどアイデアは広がりそうだ。
「iPhone+センサー」のプロトタイピングのハードルを下げる「PocketDuino」
DrunkenMasterはモバイルゲームとして画面デザインがよく出来ていた。デザイナーのセンスということもモチロンあると思うが、限られた開発時間の中でアプリの作り込みに時間をかけられたことも大きかったのではないかと思う。これはセンサーをiPhoneにアタッチして計測値を取得するという部分を、PocketDuinoに任せられたからではないかと思う。
PocketDuinoは4月10日にIndiegogoでクラウドファンディングのキャンペーンを開始したばかりの大阪発の開発者向けボードだ。簡単にいうとAndroidのUSB端子に直接挿すことのできるArduinoだ。USB端子形状はmicro-B。Arduino Pro Miniとピン互換なので既存の多くのデバイスが利用できる。開発しているのはソフト・ハードウェアのエンジニア2名、Webエンジニア1名からなる大阪発のPhysicaloidプロジェクトチームだ。
Arduinoという開発ボードが、IoTやMakerムーブメントにおいて重要な役割を果たしているのはご存じの通りだが、Arduino自身はインプットを受け取ってアウトプットをするだけの素のコンピュータのようなところがある。組み込みデバイスで使うぶんにはこれで良くて、そこにLEDのような表示デバイスをつけたり、センサーからの入力を繋げたりしてデバイスのプロトタイプを作っていく。一方、PocketDuinoはスマフォを前提とすることで、開発のハードルを大きく引き下げたのがポイント。スマフォにはディスプレイもユーザーインターフェースもネットワークも全部ある。まさに今回のハッカソンででてきたDrunkenMasterのようなプロトタイプの開発とフィールドテストのサイクルを速く回すのに好都合だというのが、PocketDuinoの開発をリードする鈴木圭佑氏の説明だ。Pysicaloidプロジェクトでは、PocketDuinoというミニボードを提供するだけでなく、Androidアプリ開発者向けにJavaで書かれたライブラリもオープンソースで提供する。これまでArduinoで必須だったC言語による開発でなく、Android開発者が使い慣れたJavaで対応センサーを使った開発ができるのがポイントで、例えばアルコールセンサーや距離センサー、温度・湿度センサー、火炎センサー、心拍センサーといったデバイスから値を読み出すのが、3行ほどのコードで書ける。もう少し具体的に言うと、センサーごとに用意されているデバイスのクラスをインスタンス化して使うというオブジェクト指向っぽい開発ができるということだ。ハンダごてもブレッドボードもC言語もなしに、Android開発者なら手軽にIoTを試せる。ちなみにセンサー類は数百円程度だそうだ。
PocketDuinoの値段はボード1個にユニバーサル基板がついて39ドル、ユニバーサル基板5枚とアルコールセンサー基板1個が付くもので55ドル。PocketDuinoのコンセプトは「自分の作ったIoTプロトタイプを気軽に持ち歩いてカフェや飲み屋の席で見せて楽しむこと」だそうで、今回のハッカソンで出てきたDrunkenMasterはまさに狙い通りの応用だったと思う。
ちょっと記事が長くなってきたので、ほかの10チームの作品については別記事で。