Brexit + fintech―英国のEU離脱でフィンテックはどうなるのか?

LONDON, UNITED KINGDOM - MARCH 17:  In this photo illustration, the European Union and the Union flag are pictured on a pin badge on March 17, 2016 in London, United Kingdom. The United Kingdom will hold a referendum on June 23, 2016 to decide whether or not to remain a member of the European Union (EU), an economic and political partnership involving 28 European countries which allows members to trade together in a single market and free movement across its borders for citizens.  (Photo by Dan Kitwood/Getty Images)

この記事の筆者はCrunch Networkのメンバー、Shefali Roy。彼女はStripeの前ヨーロッパ担当コンプライアンス、マネーロンダリング監視責任者。Stripe以前はAppleで同様の職にあり、Christie’s Worldwideで最高コンプライアンス・倫理責任者を務めた。Goldman Sachsでも同様の役割を果たした。RMIT〔メルボルン工科大学〕、オックスフォード大学、LSE〔ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス〕で学び、学位を取得。現在はオックスフォードのサイード・ビジネス・スクールのEMBA〔エグゼクティブMBA〕課程で学んでいる。

最近、英国の有権者はEUからの離脱に賛成した。それが賢明な判断であったか否かは将来の歴史に待たねばならない。当面の問題は、これによって次になにが起きるのかだ。

この離脱にともなって多数の条約が白紙化され、さまざまな影響が生じる。金融およびテクノロジーのビジネス関係者はその詳細を把握する必要がある。最終的な結果を予測する前に、まずは当面何が起きるのかを知らねばならない。

英国.は離脱にあたって、 50条を発動することになる。EUの基本条約の修正条約であるリスボン条約の50条は過去に一度しか適用されたことがない。それはEUの前身であるEEAが加盟国の脱退の手続きを定めたもので、過去には1985年にグリーンランドが〔デンマークの自治州に昇格したのを機に〕脱退した際に一度適用されたのみだ。デビッド・キャメロン首相は、辞意を表明した演説中で10月に保守党大会で選出される次期首相がEUに対して50条に基づく通告を行うことになるだろうと述べている。

しかしEU官僚は英国が50条を発動すのはそれより早くなると観測しているという報道があった。欧州議会議長のマルティン・シュルツは6月28日までに50条通告が欲しいと述べた。欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケルは離脱交渉はただちに始められるべきだと語った。50条の通告がなされると英国は2年以内にEU離脱手続きを完了しなければならない。

2年というのは長い時間に思われるかもしれないが、金融ビジネス関係者はEU指令(EU directives)がいかに長期間かけて準備されているかを知っている。通常の場合それは2年よりはるかに長い。たった2年で一国が(それも英国はEU経済で2番目に大きい)まるごとEUを脱退できるとは考えられない。

しかしEUが英国に対して即刻行動に移るよう要求するのには根拠がある。さまざまな不安定さが生じて市場が混乱することを最小限に止めるためには離脱プロセスを素早く、スムーズに実行する必要がある。

50条の通告後、離脱交渉が開始される。英国は離脱後も現在保持している特権を最大限維持したいと考えるはずだ。EUという単一市場に対するアクセス、労働力の自由な移動、金融サービス規制、輸出入規則、さらにはEU政策の決定に対する発言権などだ。英国の今後の地位に関しては3つのモデルが考えられる。

  • Tノルウェイ・モデル: 英国は貿易とEU単一市場に関してメンバーと同様の特権を保持する。ノルウェイはEUには参加していないがEFTA〔European Free Trade Agreement=欧州自由貿易連合〕のメンバーだ。英国はEUのさまざまな規則を順守する代わりにEU市場へのメンバーなみアクセスの権利を保持する。ただしEUがどのような政策を採用するかについては発言権がない。
  • スイス・モデル: スイスと同様、英国はEUの事実上のメンバーという地位にはとどまらない。英国はスイスのように独自の金融サービスの規則を制定し、実行する。EU諸国とは個別に二国間協定を結ぶ。
  • 非EU諸国モデル: 英国はEUに参加していない世界中の諸国と同様の地位となる。EU市場への参入に関してはゼロからの交渉となる。簡単にいえば、英国の地位はシンガポールやペルーと変わりなくなる。

現時点ではどれが英国にとってもっとも有利な選択であるかについては議論の余地がある。また交渉者の能力による部分も大きい。ボリス・ジョンソン(あるいはマイケル・ゴーヴ)、ナイジェル・ファラージ、ジェレミー・コービンのいずれかが交渉に当たるのが英国にとって有利だろうか? コンセンサスはノーのようだ。英国のテレビは明らかにノルウェイ・モデルが英国にとって有利だとしている。しかし離脱交渉の当事者からはこのオプションは選択肢に入っていないという情報が聞こえてくる。

それが賢明な判断であったか否かは将来の歴史に待たねばならない

そういった前提はあるものの、金融、フィンテックの関係者はおおまなかにいって以下のような側面を考え、対策を練る必要がある。ちなみにこの記事でいうフィンテックとはEUの定めた電子マネー機関(EMI、eMoney Institutions)や決済サービス機関(Payment Institution、PI) に属するとしてイギリスの金融行動監視機構( Financial Conduct Authority、FAC)の規制下にあるような組織を言う。具体的なビジネス内容としては決済手続き、ピア・ツー・ピア決済、電子マネーの発行、オンライン・ウォレット、クラウドファンディング、オンライン貸付、一般的送金、FX決済、等々だ(このリストは一例にすぎない)。

人材: ロンドンは金融サービスに関してEU中の優秀な人材を集めていることで知られている。EUが単一市場であり、人の移動も自由であることから、EU諸国の人材は誰であろうと最小限の雇用上の規則さえクリアすればロンドンで働くことができる。フィンテックの急成長に伴い。金融サービスの消長を決定するのは人材の質となった。もし英国が非EU諸国モデルを採用するなら、金融分野はEUとの競争上の不利益を被るおそれがある。英国金融機関の中には業務の一部を海外に移す動きが始まっている。当然、その業務に従事する人間も移ることになる。

スキル:フィンテック・ビジネスは エンジニア、デベロッパー、サイバーセキュリティー専門家、優れたソフトウェア・ビジョナリストを奪い合い、激しく競争している。. EU離脱は、英国が5億人に近い労働力の供給源から切り離され、これにより競争力を維持し、もっと重要なことだが、最新の状態を保つことが困難になる。

投資: 投資、ことにベンチャーキャピタリストのフィンテック・スタートアップへのアクセスが著しく阻害される。これに加えて、スタートアップのプレゼンや投資を受ける機会に税制の変化がもたらす悪影響が及ぶ。スタートアップは自らのベンチャーキャピタリストよりアメリカや中国のベンチャーキャピタリストから投資を受ける方が有利になるかもしれない。

単一市場とデジタル市場へのアクセス: これも離脱交渉のテーマだが、ノルウェイ・モデルないしスイス・モデルが採用されるのでないと、英国はEU市場へ従来のような自由なアクセスを失い、イノベーションを起こすような未来志向のデジタル市場へのアクセスにも悪影響が及ぶ。たとえばインターネットを通じた支払のセキュリティー・システムであるe-KYC、また住宅に関するe-residencyや企業に関するe-corporationsなどのプログラムといった市場へのアクセスだ。

プライバシー/データ保護/セキュリティー: EUで活動するアメリカ企業にとってEUからアメリカへ大西洋を移転するデータの保護のあり方を定めたセーフハーバー協定が2015年10月に欧州司法裁判所によって無効とされたのは大きな打撃だった。新たに合意されたプライバシー・シールド(EU-U.S.
Privacy Shield)はともかく正しい方向への一歩だった。しかし新たな協定は欧州人のデータ、セキュリティー、プライバシーを十分に守れるものとなっていないとする批判がEU内に強くあった。英国は個人データとプライバシーの保護に関して新たにEUと協定を結ぶ必要があるだけでなく、アメリカとも合意しなければならない。EUで活動しようとする英国企業はEU向けのデータ保護規則に従う必要が出てくるが、同時にアメリカで活動することを望むjならアメリカ独自の規則にも従わねばならない。

規制: 現在多数のEU指令案がEU諸国間で協議されている。こうした案は諸国レベルで合意を見たうえで、EU指令として採択され、各国を拘束する。EU各国はこの指令に応じた国内法を整備して強制力を持たせることになる。これらのEU指令には、PSD2〔改訂版支払サービス指令〕、2EMD〔改訂版電子通貨指令〕、 MLD4〔第4版マネー・ローンダリング指令〕などの重要な指令が含まれ、インターネットを通じた支払と電子通貨の処理の基本を定める根本的な規則となっている。英国の離脱に伴い、指令案に関する各国の協議は今後の新しい方向が定まるまで事実上棚上げされる可能性がある。

英国のフィンテックにとって非常に重要となるのは各種サービスを「パスポート」する地位を失うという問題だ〔EU加盟国内に営業拠点を持つ企業は他のEU諸国内に営業拠点をもたなくてもEU企業として扱われ、全域で活動できる。現在ロンドンがEU域外の多数の金融サービスに「パスポート」を提供している〕。「パスポート」の失効はEU全域に活動の場を広げようとする英国フィンテック企業にとって破壊的影響をもたらす可能性がある。そこで問題は最初にもどってどの国からライセンスを得ればいいのかが重要となる。

英国のフィンテック企業は従来、金融行動監視機構〔Financial Conduct Authorit=FAC〕の規制を受けてきた。FACは先進的かつイノベーション志向であり、ビジネスに理解のある規制者だった。断固とした姿勢であると同時に現実的でもあり、EU全域に影響を与える金融上の規制の方向を決める他の国家的規制組織に対して十分な影響力があった。#Brexit後はFCAのこうしたEU全域へ権威は失われる。英国のフィンテックにとって、当面もっとも重要となるのは、EUという単一市場で活動を続けるためにはいったいどの国の規則当局の監督に服せばよいのかを決めることだ。

英国の一部のフィンテック・スタートアップはスペイン、イタリー、アイルランド、オランダからライセンスを得ようと動いている。フィンテックがすでにこれらの国で活動している、その国の法制を熟知している、などによりライセンス取得のコストが低いことがそうした国を選ぶという「倍賭け」の理由になっている。しかし他の国にも有能な規則制定者は多い。以下に述べるようないくつかの理由により、はドイツという選択がもっとも常識にかなう。

  • ドイツのBaFin〔Bundesanstalt für Finanzdienstleistungsaufsicht、英語名はFederal Financial Supervisory Authority=連邦金融監督庁〕は未来志向であり、効率的かつ強力な規制機関だ。
  • BaFinは昨年、フィンテックに関する多数のレポートを公刊している。Bitcoin、支払、インターネット送金手法、クラウドファンディング、フィンテックの現状などが分析されている。
  • 優秀かつ効率的な規制当局の管轄下に入ることはスタートアップにとって長期的に大きな利益となる。つまりビジネスに理解がなく有能でもない監督機関の下にあるライバルに比べて大きな競争上の優位を得られる。またユーザーは信頼できる規制機関の下にあるサービスを好む。そうした要素を考え合わせるとBaFinという選択はますます動かないものになる。
  • EU各国の規制機関はEuropean Banking Authority〔欧州銀行監督庁〕を通じてEU全域の規制を形作ることを助ける。ここでもBaFinは強力な存在だ。BaFinはEU指令にもとづいて国内法を整備する際にも諸国のリーダーとなる。この点も英国のフィンテック・スタートアップにとって有利に働く。フィンテックはBaFinの制定した規制に従うことで〔他国も同様の国内法を整備する可能性が高いので〕迅速かつ低コストの運営が可能になるだろう。
  • またこれと並行して、ドイツはテクノロジーとしても先進的な成長中かつ強力なフィンテック・ビジネスを持っている。このコミュニティは英国のフィンテック・スタートアップの参加に対して友好的だ。

EU離脱には英国にとって破滅的な悪影響をもたらす可能性のある上記のような要素が多数あるが、最終的にそれらがどういう結果をもたらすかについてはまだ多くの不明点がある。圧倒的なコンセンサスは「まだ誰にも分からない」だ。さて、何が起きるのか?

本稿で示された見解は筆者個人のものであり、筆者の所属する組織、企業の立場を反映するものではない。本稿に述べられた意見、方針等を実際の行動にあたっては採用しようとするなら、事前に専門的な法律的、税制的な助言を受けることを強く勧める。

画像: Dan Kitwood/Getty Images

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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+

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TechCrunch Japan

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