人材(ヒューマン・リソース)分野へのテクノロジー適用の現状と未来を語るイベント「TechCrunch School #9:HR Tech最前線 presented by エン・ジャパン」が3月14日夜、TechCrunch Japanの主催で東京・外苑前にて開催された。HR Techサービスの提供者や人事・採用担当者を中心に100名以上の方に来場いただき、4人の登壇者の熱いトークもあって、活気あふれるイベントとなった。そのパネルディスカッションの様子をお伝えする。
まずは登壇いただいたスピーカーの4名から、各社のHR Techへの取り組み、トピックスについて紹介してもらった。モデレーターはTechCrunch Japan編集長の西村賢。
組織内の人材の見える化と最適配置を進められるプラットフォーム「CYDAS(サイダス)」を提供する松田氏からは、今後のサービス構想について踏み込んだ紹介があった。
「人材プロファイル管理のサービスをやっていて気づいたことがある。より使いやすくするためには、人の活動データや行動情報を集めなければならないということだ。そこでソーシャルアプリで得られたデータをAIに蓄積し、CYDAS HRへ反映する、という構成のサービスを6月にリリースする予定だ(下図)。外部アプリケーションも含め、いろいろなアプリとつなぐことで、いろんなことができると考えている」(松田氏)
無料で簡単に人材採用ホームページが作成できる「engage(エンゲージ)」を提供する、エン・ジャパンの寺田氏は、HR Techで実現したいこととして「入社後活躍」の推進を挙げている。
「採用された人が入社後、会社と合わずにすぐに転職すれば、採用サービス側からしたら儲かるが、それはやっちゃいけない。絶対やらない」という寺田氏は「海外も視野に入れながらHR Techを進めている。入社後活躍につながる取り組みとして、求職者側の情報収集先として最もニーズの高い“口コミ”“企業内の採用ページ”を、それぞれ口コミサイトの『カイシャの評判』とクラウド型の採用支援システム『engage』として提供している」と話す。engageの主な利用企業はスタートアップで、うち採用サイトを用意していなかったという企業が3割になるそうだ。
労務関連手続きを自動化するクラウドサービス「SmartHR」を提供するのがKUFUだ。SmartHRは労務書類の作成と電子申請を機能としてスタートしている。そのSmartHRの現況をKUFUの宮田氏が説明する。
SmartHRは現在は労務を広くカバー(下図)し、利用企業は3700社超、社員数1600名規模の企業でも導入されているという。「労務の時間が3分の1になり、担当者がリモートワーク導入など新制度の導入に時間を割けるようになったことで、社員6割の生産性が向上した例もある。現在は、SmartHR APIによって、給与計算や勤怠管理、チャットツールなど、各社の既存システムとのつなぎこみや他社ベンダーとの連携も進めている」(宮田氏)
そして今回、HR Techのユーザーサイドとして参加したメルカリの石黒氏。メルカリでは企業情報発信に力を入れていて「サイト『mercan(メルカン)』で毎日情報発信しているので、皆さんぜひ見てください」とのことだ。
「メルカリでは“新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る”をミッションに掲げ、『Go Bold』『All for One』『Be Professional』をバリューとしている。そこでHRグループとしては『当社にとって価値のある優秀なメンバーを集めること』『メンバーが思いきり働ける環境をつくること』『思い切りやったことに対して、適正に評価すること』をミッションとした」と石黒氏は言う。「ここ3四半期ほどは、入社社員の2〜3割はイングリッシュ・スピーカー。HR Techに関してはSmartHRなど、いろいろと取り入れている」ということだ。
HRツールの導入・運用コスト、どう考える?
HR領域の業務は求人・募集から入社後のタレントマネジメントまで幅広い。統合的にこれらを扱おうというパッケージもあれば、今回の登壇者企業が提供するような個々の業務に特化したサービスも存在する。HR領域の市場は、個別のサービスの長所を組み合わせた“ベスト・オブ・ブリード”モデルになるのか、それとも特定ブランド下に集約されるのだろうか?
SmartHRの宮田氏は「ユーザー側に立ったら、理想は1ブランド集約だが、いざベンダー側に立つとHRの全領域をカバーするのは無理」と話す。「確かに米国のWorkdayのように規模が大きく、扱う業務の幅も大きなサービスもある。だが、個別業務に必要な機能に対して“とがって”ちゃんと価値を提供しなければ、と思うと、網羅的なサービスにはなかなかできない。SmartHRにしても、やればやるほど奥が深く、下手に他に手を出すとどの機能も中途半端になってしまう」(宮田氏)
宮田氏が言うには「今取れるべき戦略は“とがったものをつないで使いこなす”のがいいのかな」とのこと。「労務データの入力と電子申請書類の提出だけなら単純かと言えばそうでもなく、日本の法律に沿った運用をしていると複雑な条件分岐があって、これは地道に開発を進めるしかない。SmartHRでは機能追加などについては、5社以上の要望がなければ検討に入れない。ただ、アウトプットが役所への手続きということで最終的には同じなので、同じような要望が挙がりやすい」(宮田氏)
サイダスの松田氏も「CYDASも全面展開に見えて実はそうじゃない。既存のソーシャルアプリがあるなら、それとつないでください」と言う。「CYDASが大事にしているのは情報。顧客には大手企業が多く、たいていは既にERPが導入されている状態だが、やりたいことができない、APIが提供されていない、ということでCYDASを使いたい、と言ってもらっている。使いやすいもの同士をつなげて、ちゃんと活用していけばいいんじゃないかと思うので、1社で完結していいということはない」(松田氏)
では、HRツールの存在そのものの意義についてはどうか。社員10人規模の企業でツールを入れる理由はあるのか。Excelで管理していればよいのでは?という問いに対し、宮田氏は「SmartHRについては10人未満の企業でもニーズがあると思う。導入が楽で、チャットサポートぐらいで、セルフサービスで使い始められるので、経営者の労務関連の学習コストを下げるために使われている。そういう意味ではExcel、手書き、郵送、メールが競合ツール」と答える。
労務自動化によるコストメリットについて宮田氏は「顧客にとっては金銭的なコスト削減より、時間コストの削減の影響が大きい。また経営側から人事部門に、労務事務よりも採用や働きやすい環境作りに時間をかけて欲しいという要望がある」と話す。
一方、松田氏は「CYDASは、イニシャルコストを考えれば10人規模だと必要ない」と言う。「目的に応じてつないでいく使い方ならいいと思う」(松田氏)
社員マスターをExcelで管理する企業も、特に小規模では多いが、これについてはどうだろう。
顧客企業の社員マスターを見てきた経験を、宮田氏はこう話す。「マスターとして使われてきたExcelが担当者を渡り歩くうちに“秘伝のたれ”みたいになっていって、もうその人でなければ触れないみたいなことも(笑)。データが正規化されていない状態が多い。SmartHRのユーザー企業は50名〜1000名弱の規模が多いが、導入時に半分はExcel管理で、2割は何も管理していない。うちでも3人でスタートした時には人事マスターなんてなかった」(宮田氏)
メルカリの石黒氏も、2015年に60人規模だったメルカリにジョインした際には、ツールはなく、Excelが社員マスターだった、と振り返る。「当初はExcelを使い続けていたが、ツールは一人目から入れた方がいい。これは間違いない。でも後回しにしちゃうんだよね、移行ができないから。ただ最初にフォーマットがあれば、後の人はそれに倣ってくれるので、そろえるなら早いほうがいい」(石黒氏)
顧客に大手企業も多いサイダスの松田氏は「大手でも社員マスターはけっこうみんなムチャクチャで、データの整理に時間がかかる。ツールを入れていても、実はマスターがまだまだできていないこともある。半角カナなどの影響で、元々あったERPがいたずらしていることもある」と打ち明ける。「データクレンジング専門の人事データマネジメントという仕事が出てくるかも」(松田氏)
応募・採用のミスマッチはテクノロジーで防げるのか?
続いての話題は、応募・採用について。求職者が企業の情報を検索して調べられる時代、企業はどのように情報を発信していけばよいのか。
エン・ジャパンの寺田氏は、応募と採用のミスマッチが起こる原因について「ミスマッチが起こる理由はさまざま。どう防ぐのかはアメリカでも研究が進んでいるが、採用側の企業は応募者の情報を確認することができるのに対し、求職者は意思決定するための情報を得られないという非対称がある」と話す。「企業の考え方にもよるが、engageを利用するスタートアップや中堅企業の場合、情報を出したくても出せなかったり、何を出せばいいのか分からないというケースが多い」(寺田氏)
ソーシャルリクルーティングにしてもリアルではない、と寺田氏は言う。「人事が“ココを(発信する情報として)使う”と決めて出されている採用情報は多い。ソーシャルでも自社の情報をどれだけ出せるか、どれだけ発信していくかが大事」(寺田氏)
メルカリの石黒氏は「キラキラした写真ばかりが出ている会社が多く、リアリティがない。いい社員のいいエピソードと写真を出した方が求職者も多く来るのは事実なんだけど」とミスマッチの理由について話す。「メルカリでは自社メディアmercanをつくって、10カ月運用してきた。執行役員の経歴のようなしっかりした記事もあれば、毎日のお茶目な日常の記事もあって、ありのままを伝える努力をしている。将来的にはHRソーシャル運用者を採用したい。グローバル採用が進む中で、口コミなどでイヤな体験もいい体験も表に出やすくなっているので、それをマネジメントする担当者がいればと思っている」(石黒氏)
口コミについては、寺田氏がこう話している。「口コミはどうしても評価が偏っていく。そんな中で、発信する情報全部がカッコいい必要はない。企業で、その人たちがいいと思っていることを発信すればいい。思ってもいないことを出すから合わない人が来る。自分たちの言葉で自分たちの情報を出すのが大事。ジョブディスクリプションの出し方については、海外だとglassdoorとかも参考になるかも」(寺田氏)
HR Techという観点からは、採用時に集めたデータの活用で、採用失敗の予測ができるのか、といったところも気になるところだ。API連携によって、採用後の予測ができる未来は来るのだろうか?
「入社前のデータと労務データが一緒になることで、どのメディアを経由して来た人が長続きしているかは一気通貫で見ることができるだろう」と言う宮田氏に、松田氏は「SmartHRのデータと採用適性検査などで、予測ができるようになっていくかもしれない」と期待を膨らませる。「海外ではAIと連携して分析するサービスも出ているので、そういう時代になると思う」(松田氏)
石黒氏からはHR担当の目線から「メルカリでは全員に履歴書情報があるわけではない。担当者目線では、エントリーシートの項目を増やして書かせることで情報はたまるが、書かせるATS(応募者管理ツール)は応募のハードルを上げてしまう。OCRを使った履歴書解析ツールとかがあるといいかもしれない」との希望が。
また、寺田氏は「エン・ジャパンには、知能テスト、性格価値観テストを受けた90万人のデータがあるが、テストはテスト。SmartHRなどとデータを連携して、入社後のパフォーマンスが出せれば」と話す。履歴書データと知能検査のデータを並べて管理することに関する倫理的な課題については「求職者の側にも結果の情報を提供していくのがよいと思っている。不採用の理由が性格の傾向や価値観のところで分かることは、求職者にとっても役に立つと思う。双方向に情報が見られるならフェアだし、お互いの不幸が減る」と寺田氏は言う。
採用後の人材活用とツールの使いこなし方、人事評価について
採用後の人材活用についても話を聞いてみた。ありがちなのは、採用担当と労務担当が別々で、システムも分断されているケースだ。
「確かにメルカリでも、SmartHRと採用管理システムの『Talentio』とのAPI連携は利用しているが、採用と労務とで人・システムとも現状では連携していない」と石黒氏は言う。「システム連携については、Facebookログイン機能みたいに、人事労務管理に関するキーとなるIDを扱うプレイヤーが勝てるのではないか。根っこのIDを取れば認証ができて、(役割やシステムの)分断を意識せずにやれればよいのだが」(石黒氏)
HR Techでは米国に対し、数年は遅れを取っているといわれる日本。ビッグデータを活用した組織や人材の最適化、AIの活用は今後進むのだろうか。
サイダスの松田氏は「AIを使う時代は来る。でも、人が見て何か判断しなければいけないので、システムからの通知が重要だ」と言う。「CYDASのデータとAIを重ねると、適材適所の配置とかいろいろ見えてくるものがある。でも(その配置を)決めるのは誰か。ツールを使いこなせる人だろう。自分自身は分析が好きでシステムを使い倒していると思うが、お客さんは違う。なので(お客さんがツールを使いこなしやすいように)システムを作り直している」(松田氏)
エン・ジャパンの寺田氏は「仕事は、どの会社でも異なるタスクの集合体になっていて、タスクとタスクは重なり合っている。人間の仕事をAIに置き換えられるとはいっても、実は兼任などの重複カバーを考えると置き換えは難しい」と採用の観点から、業務の切り分けの難しさとテクノロジーによる人材活用との関係について話す。「人材を活用するためには、タスクの可視化を、それぞれの企業や人事担当が分かっていなければならない。日本では難しいとされるジョブディスクリプションが発展していくと、AIの導入もしやすいかも」(寺田氏)
HR Techの遅れを取り戻すにしても、北米発祥のグローバル企業のツールは、日本企業の風土に合うのだろうか。
メルカリの石黒氏はこの点について「複雑な問題だ。日本企業の人事担当者に英語が得意な人がいないとか、『このボタンは右にあった方がいい』といったカスタマイズを要求する(がベンダーはカスタマイズを入れたがらない)とか、そういう課題もあるし、日本独特の労働法の問題もある」とした上で「だが、使えるものも多い。使わずにあれこれ言うのはいけないと思う」と話す。
また、ツールそのものをHR部門で使いこなすことにも課題がある。たとえば目標管理ツールの導入で、方法論まで一緒にインストールすることはできるのだろうか?
石黒氏は「ツールが使いやすければいいが、評価のためだけに四半期に1回しか使わないツールはいつまでも使いこなせないと思う。書かないと給料がもらえない、とか能動的でない理由で使っているのでは、結局“Excelが最強”ということになってしまう」と話す。また人事管理ツールでは、しばしば権限設定の複雑さに問題が出ると石黒氏は言う。「性善説に立って、評価される方が権限を設計できるようにしちゃえばいい。人事部がやろうとして複雑すぎるから“やめた”ということになる。もっとみんなが積極的に使いたくなるツールになればいい」(石黒氏)
松田氏も同様に「目標管理ツールは、毎日、毎週ログインするものと連携して、使える形の方がいい」と話す。「ただ、そうなってくると会社の(評価)制度の問題になってくる」(松田氏)
ツールの使いこなしについては、会場からも質問があったのだが、石黒氏は「ツールを使うのが好きであること、目的を見失わないことが大事。人事に携わって、いろいろないい経験やイヤな思いを持っている人が、システムのデザインをやるといい」と答えている。また宮田氏は「ツールの使い方で言えば、技術的な知識はいらないと思っている。API連携も簡単になっていく」と話していた。
日本のHR Techの未来を一緒につくりたい
ディスカッションの最後に、日本のHR Techの未来について、スピーカーから一言ずつコメントいただいたので紹介する。
「今後労働人口が半分になり、採用が激化して、人事の仕事のステータスは上がるだろう。そうした中で、なるべく業務を効率化し、付加価値の高い人事制度の設計や、採用設計に時間を使って欲しい」(SmartHR 宮田氏)
「HRのSNS運用や、HRデータサイエンティストの分野にはお金がまだ流れていない。ここにチャンスがある。人がまだやっていない逆説的なキャリアを歩むのもよいのではないかと思う」(メルカリ 石黒氏)
「中堅企業の採用が変われば日本は変わる。オフィシャルな情報をもっとオープンにしていってもらいたい。HR Techは人事本来の業務に集中できるのが利点。一緒に活用法をつくらせてもらえればと思う」(エン・ジャパン 寺田氏)
「一番大切なのは、システムって使う人も楽しくなければ、ということ。人事の人がいかに楽しく仕事ができるのか、ということを一緒に進めていければと思う」(サイダス 松田氏)