VRとARはいずれ統合してMRに──オピニオンリーダーが語るVRの今と未来

17_a_477

11月17日、18日に、渋谷で開催したTechCrunch Tokyo 2016。17日のTech Trendセッションには、VR界のオピニオンリーダーで、VR関連スタートアップへの投資を行う米VCのThe Venture Reality Fund(以下VR Fund)ジェネラル・パートナーのTipatat Chennavasin(ティパタット・チェーンナワーシン)氏が登壇した。ティパタット氏は、これまでに1500以上のVR/ARスタートアップを見てきており、14のVR/ARスタートアップに投資、世界中のVRインキュベーターやアクセラレーターでメンターとして支援を行う、VRのエキスパートだ。

『THE BRAVE NEW VIRTUAL WORLD〜Investing in the future of reality(すばらしき‘バーチャル’新世界〜リアリティの未来への投資)』と題されたセッションで、ティパタット氏は、VR/AR業界で起こっている近年の変化と現況、そして近い将来予想される動きについて語ってくれた。

VRとは何か──まずは体験してみてほしい

ティパタット氏は「VRで体験できていることが、ARでも実現できるようになり、VRとARはいずれ統合されて、MR(Mixed Reality)となる。VRとARが私たちの生活を永遠に変えてしまうだろう」と話し始めた。

TechCrunch Tokyo 2016では、最先端のVRが体験できる「VRゾーン」で7社による展示も行われていた。出展内容のほとんどを知っていた、というティパタット氏は、映画『マトリックス』の登場人物・モーフィアスのセリフになぞらえて、「バーチャルリアリティとは何かを知るには、VRを体験することだ。この機会にぜひ、まずは体験していってほしい」と会場に呼びかけた。

ティパタット氏は「身の回り全体にスクリーンが常にある世界がいずれ来る」と言う。「完璧なVR体験とは何か。より多くの感覚を回りの環境に浸透させることだ。視覚、聴覚、自分の動きの感覚があれば“そこにいる感じ”は実現できる。それを実現するハードウェアとして、ディスプレイとスピーカーとセンサーがあり、3次元移動×回転のジェスチャー・コントローラーがある」(ティパタット氏)

VRを説明する分かりやすい例として、ティパタット氏は2Dと3D、そしてVRを比較。「2Dディスプレイと比べれば、3Dシネマの技術では立体感のある映像は見られるが、まだ完全な3Dとは言いがたい。周りの環境全体がディスプレイ化して、からだを取り囲んでいるような体験が得られるのがVRだ」(ティパタット氏)

17_a_475

ではなぜ今、VRなのか

“VRブーム”の要因をティパタット氏はこう説明する。「ひとつはハードウェアの価格が下がったこと。スマートフォンの普及で身の回り中にスクリーンとセンサーがある状況が生まれた。次に、インタラクティブ・コンテンツの充実。3Dゲームが主流となって、制作ツールの機能が向上し、アーティストや開発者も増えている。それからメディア・コンテンツの発展。Go Proなどの撮影機材の普及でジャーナリストやハリウッド・メディアがコンテンツ制作に参入し、エコシステムができあがった」(ティパタット氏)

またティパタット氏は、VRにつきものだった“シミュレーター酔い”の課題がほぼ解消されたことも、VRの浸透に貢献していると言う。「VRヘッドセットの進化により、技術的な問題は解消している。かつて『ポケモン』のアニメ放映で、激しく点滅するフラッシュ光によって体調を悪くする人が出て問題になったが、原因が分かって、あのようなコンテンツを作る者はいなくなった。それと同じで、VRコンテンツによる酔いは、作り手によって意図されたものでもなければ、VRの前提(としてどうしても外せないもの)でもない。ただし、ヘッドセットのデザインの問題はまだ残っている」(ティパタット氏)

VR業界の現況

それでは、普及へのお膳立てが整ったVR業界は、現在どのような状況なのだろうか。まずはハードウェアでの参入企業をティパタット氏に紹介してもらった。Facebook率いるOculusGear VRのSamsung、PSVRのソニー、Viveを提供するHTCといった、VRヘッドセットのメーカーをはじめ、Google、Microsoft、Appleといった巨大IT企業、そしてPCやスマホ、CPU、GPUメーカーなど、そうそうたる顔ぶれがそろう。

さらに最近はNew York Times、ABC News、Huffington Post、LIFE、Disneyなどのメディア企業の参入も進む。ティパタット氏によれば「メディアのVR業界参入は、将来のコンテンツへの投資として考えられている」という。

VR市場も年々拡大している。「2020年のワールドワイドでのVR市場規模は、404億ドルになると予測されている」というティパタット氏。米国では過去2年で40億ドルが投資されており、VR Fundも参加するVirtual Reality Venture Capital Alliance(VRVCA)で120億ドルの投資が確定。ほかOculusが5億ドル、IMAXが5000万ドルをコンテンツへ投資しており、2020年に最小でも146億ドルの市場規模となると推定されるそうだ。

VRコンテンツや関連商品・サービスは実際に、どのように提供されているのだろうか。ティパタット氏はまず、オンラインゲーム・プラットフォームのSteamの例を紹介。Steamに関する情報を提供するSteam Spyのデータによれば、Steam Storeでは、13万2000点のVive関連商品が扱われている。これは中国を除いた数字だ。Steamでは、VRのみのタイトルで2400万ドルの収入があり、インストール件数は500万。VRコンテンツのトップタイトルには、ゲームだけでなくユーティリティーアプリやIKEAのシミュレーターなども含まれている。

次にティパタット氏が紹介してくれたのは、360度動画の台頭だ。360度動画はYouTubeでもFacebookでも急激にユーザー数を伸ばし、YouTubeで10億ユーザー、Facebookでは17億ユーザーが閲覧しているという。全画面動画は、再生ディスプレイがデスクトップ、スマホのティルト、そしてGear VRなどのモバイルVR機器へと広がったことで、多くの閲覧者を獲得した。

そして、ロケーション・ベースド・エンターテインメントの流行である。ロケーション・ベースド・エンターテインメントとは、装置や設備が備わっていて場所が固定された、VR体験ができるエンターテイメント施設。ティパタット氏によると、日本でも見かけるようになったVRカフェは、中国では既に2000軒あるそうだ。VRゲームセンターも世界各地で開設されている。またIMAXは、6カ所でVRシアターの開設を予定。さまざまなジェットコースターが楽しめる米国のテーマパーク、Six FlagsとCedar Pointでは、VRローラーコースターが導入されている。

これらのVR業界の動向を、最後にティパタット氏作成の全体図で確認。3Dデータ入力のインフラ部分を担うプレイヤーから、ヘッドセットメーカー、コンテンツ制作のためのカメラ、ツール、プラットフォームの提供者、そしてコンテンツ提供者までが俯瞰して紹介された。
vr_industry_aug2016

さまざまなVRコンテンツとVRアプリ

ここからは、VRコンテンツのさまざまなカテゴリを少し詳細に、ティパタット氏が紹介してくれた。まずはゲームから。「PSVRでの人気ゲームはシューティングやアクションもあるが、実はジョブシミュレーションなども強い。それから、ナラティブ(物語)エンターテインメントも人気がある」(ティパタット氏)

「コンテンツとしては、先ほども紹介した、テーマパーク、ゲームセンター、カフェといった場所固定のVRエンターテイメント施設、そしてスポーツの分野もある。スポーツでは観戦や、エクストリーム・スポーツを体験するものが人気だ。中国では、スポーツ観戦会場に人が入りきれないような試合もあって、こうしたVRコンテンツのニーズは高い。コンサート、ライブのコンテンツもよく利用されている」(ティパタット氏)

ティパタット氏がこれから特に注目しているコンテンツカテゴリは、教育とのこと。「それから旅行コンテンツも面白いね。旅行したい街をゴジラの視点で歩き回ることもできるだろう。そして報道コンテンツも。シリアなどの危険な戦地をVRで体感すれば、ものの感じ方が変わると思う。New York Timesの360度動画コンテンツは毎日更新されているね」(ティパタット氏)

コンテンツに続いて、各種VRアプリが紹介された。「企業向けアプリでは、デザイン、3Dデータ体感ができるシミュレーターのほか、トレーニング用アプリも出ていて、採掘や重機操作など、すぐに実体験するのが難しい業務で使われている。MicrosoftがVRに投資するのは、こうした動きがあるからだ」(ティパタット氏)

医療分野のアプリは、手術のトレーニングなどに使われるほか、高所・閉所恐怖症などの治療にも利用されているという。「私は、自分の高所恐怖症をVRの治療アプリで克服したんだ。片目だけの視力が弱い患者が、9カ月のトレーニングで症状を改善したという例もある」(ティパタット氏)

「ソーシャル分野のアプリでは、リアルタイムで遠隔地とのコミュニケーションができることに可能性がある。Facebookのマーク・ザッカーバーグも、VRによるソーシャル体験についてコメントしているし、この分野は伸びるだろう」(ティパタット氏)

そして、VRコンテンツも含めた3Dコンテンツを制作するのに必要なのが、クリエイティブアプリだ。ティパタット氏は「(VRによる)完璧な3D環境があれば、インプットをVRで行うことが可能だ。これはコンテンツ制作に応用できる。Mindshowなどはその例だ」と言う。「VRを使えば、3Dコンテンツはより短期間で、より少額で制作できるようになるだろう」(ティパタット氏)

VR業界のこれから

このように、いま盛り上がるVR/AR業界で、今後のチャンスはどういったところにあるのか。

「現在のVRデバイスは、かつてのモトローラ製のブロックのように大きな携帯電話のようなもの。電話がiPhoneへと変わっていったように、VRデバイスも変わっていかなければならない」とティパタット氏は言う。「そのために必要なものは何か。早いスピードと大きなデータ容量を支える回線などのインフラ技術、VRネイティブなメディアや、毎日触れる機会があるVRアプリ、そしてコンテンツ制作の敷居を下げること。さらに、テクノロジー分野でもコンテンツ分野でも新しい投資家が必要だ」(ティパタット氏)

「今後、物質世界の体験とVRでの体験は重なっていく。ARはVRに比べて3年遅れで、開発キットがこれから登場する、といったところ。だが、VRでの開発の知見が生きるだろう」と今後のVR/AR界の展望についてティパタット氏は語る。「だから、VR/ARにどんどん投資しようではないか。そして一緒にVR/ARの未来を作りましょう!」(ティパタット氏)

17_a_479

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。