京都府京都市に本社を置く大手電機メーカーのオムロンが、7月1日付で投資子会社のオムロンベンチャーズを設立。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として、2016年までの3年間で30億円規模のベンチャー投資を実施することを明らかにしている。
オムロンと言えば、コンシューマ向けの健康医療機器から制御機器や電子部品、車載電装部品などさまざまな事業を展開している。時価総額ベースで1兆円近い大企業がこのタイミングでベンチャーと組むことを決めた理由はどこにあるのか。
実は日本最古の民間VC設立にも関わったオムロン
実はオムロンは、日本最古の民間VCの設立にも関わっているそうだ。オムロン創業者で当時の代表だった故・立石一真氏が、京都経済同友会のメンバーとともに1972年に立ち上げた「京都エンタープライズディベロップメント(KED)」がそれだ。同社は日本電産などへの投資を行い、1979年に解散している。ちなみにKEDの設立から約2週間後、東京ではトヨタ自動車などが出資する日本エンタープライズ・デベロップメント(NED)が設立されているそうだ。
最近では通信キャリアだってテレビ局だってCVCを立ち上げているが、オムロンもそんな流れを受けているのだろうか。オムロンベンチャーズ代表取締役社長で博士の小澤尚志氏に率直に聞いたところ、「(オムロンベンチャーズを)立ち上げる中で知ったのだが、案外世の中ではやっていたとは知らなかった」と語る。
オムロンでは、2011年から10年間の長期経営計画「VG2020」を掲げており、その中でも2014年以降では「地球に対する『新たな価値創出』へつながる新規事業づくりに取り組む」としている。この経営計画の中で、ベンチャー投資の可能性を模索していたのだそうだ。
「オムロンは『ソーシャルニーズの創造』を掲げてきた会社。世の中で解決しないといけない課題を技術というよりはコアバリューとして提供してきた。例えばオムロンが世界で初めて提供した自動血圧計。これによって、これまで病院に行って看護師を必要としていた血圧測定が、家庭にいながら実現できるようになった。これは健康状態を手軽に見られる、より長く健康に生きたいという課題を解決しようとしたもの」(小澤氏)
オムロンは「課題解決のための会社」と語る小澤氏。もちろん自社に技術があればそれは活用するが、技術がなければ世の中の別の場所から獲得してくることもいとわないという考えだという。「本質的には、持っている要素技術でどんな課題を解決できるかを考えるのではなく、まず先に課題とその解決方法を考えている」(小澤氏)
しかしそうは言っても大企業の中でイノベーションを起こすのは難しいのは小澤氏も認めるところで、「いいモノを安く作るのは得意だが、新しいモノを作るのはなかなか大変」と語る。そこでオムロンベンチャーズを立ち上げ、速いスピードで投資し、協業できる体制を作る狙いがあるという。
オムロンベンチャーズは、ファンドを組成せず、オムロングループの資本をもとに投資を行う。対象とするのは「安全・安心センシング」「ライフサイエンス」「ヘルスケア」「ウェアラブルデバイス」「IoT」「環境・エネルギー」「農業関連」といった分野。オムロンベンチャーズがオムロングループ各社の新規事業のニーズをヒアリングし、協業の可能性のあるスタートアップを中心に、数千万円から数億円程度の出資を行う予定だ。すでにセンシングや農業関連の分野では具体的な話が進んでいるとのことで、第1号案件については、早ければ9月にも決定する予定だ。
モノづくりのノウハウをスタートアップに開放
小澤氏によると、今後は加工機や成形機など、自社グループの設備に関しても投資先に開放することを検討しているそうだ。「例えばfoxconnのようなEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の受託生産サービス)がハードウェアベンチャーを助けているところがある。我々もハードウェアを安く製造できるノウハウや検品のノウハウなど、一通りの『モノづくり力』を持っている。そしてグローバルなネットワークもある。逆にベンチャーマインドやそのスピード感、テクノロジーは弱い。ならば我々がやるべきなのは、自分たちの能力やアセットをシェアすることだ」(小澤氏)
例えばスマートフォンアプリであれば、ここ数年のクラウドの普及によってスケールのための課題はある程度解決されたかも知れない。だがモノづくりとなるとQCD(Quality:品質、Cost:コスト、Delivery:納期)が求められる。その課題を解決するパートナーとしては最適だと小澤氏は語る。
ハードウェアのQCDまでケアできる連携体制と聞けば、ハードウェアスタートアップにとっては期待が高まるかも知れない。実際、ハードウェアスタートアップ関係者から、部品の調達や組み立てに苦労したという話を聞くことは多い。
しかしこの取り組み、M&A先の発掘のための施策にも見えなくもない。小澤氏も「本音を言うとそれがないわけではない」と可能性については否定しないが、あくまでM&Aありきという話ではないと続ける。「M&Aは場合によりけりだと思っている。パートナーという距離のままのほうがいいケースとよくないケースがあると思っている。グループに入った瞬間、大企業のしがらみだってあるはずだ」(小澤氏)
「活動量計もどき」のウェラブルデバイスはいらない
さて、オムロンベンチャーズの投資領域には「ウェラブル」とあるが、オムロンと言えばこれまでにも歩数計や活動量計など、(今時のウェアラブルデバイスとは方向が異なるが)ヘルスケア関連のウェアラブルデバイスを提供してきたメーカーだ。どういうスタートアップと連携する可能性があるのか、改めて聞いてみたところ、小澤氏は以下のように語った。
「血圧、活動量、睡眠時間については、(デバイスを)持っているのでもういいんじゃないかなと思っている。だがこれらのデータを使ってアプリを開発してもらう、さらには身体的な情報だけではなくて、意思やメンタルに関する情報までを取得しないと総合的な健康というのは見ることができないと思っている。活動量計もどきのウェラブルには正直興味がなくて、もっと先を一緒に考えたい」