もし筆者が、文化の観点から、グローバルなテクノロジーシーンを1つにまとめているものを1つ選ぶとしたら、スタートアップの創業者に注がれる尊敬と畏敬の念を挙げる。
結局、我々の多くが自分の会社を作りたいという野心を抱いている。それは比類のない自由、後世に残る遺産、名声、富、そして善をなす能力をもたらしてくれる。ソーシャルメディアでも従来のメディアでも、創業者の偉業はその大小を問わず天賦の才のおかげだとして日常的に褒め称えられている。多くの起業家が粉骨砕身の努力と目を見張るような成功を披露するために必死に努力している。あらゆる創業者がその才能と労力の結果として夢見た人生を生きている、と部外者は思いがちだ。
もちろん、オンラインで投影されるほとんどの画像と同様、現実はまったく異なる。創業者であることの代償、つまりメンタルヘルスへの影響が語られることはほとんどない。
米国立精神衛生研究所による最近の研究(AP News記事)では、起業家の72%がメンタルヘルスの問題により直接的・間接的に影響を受けていることがわかった。一般人では48%だ。ダメージは愛する人にも及ぶ可能性がある。起業家の23%が、問題を抱える家族がいると報告している。これは非起業家より7%高い。
筆者は決してメンタルヘルスの専門家ではない。だが、筆者自身の経験と、一緒に仕事をした何十人もの事業主と話した内容の両方から筆者が学んだのは、創業者であるということは本質的に孤独な仕事だということだ。プレッシャーは大きく、すべての意思決定に不確実性がともなう。常に失敗への恐れが付きまとう。こうした問題は、対処しなければ深刻な事態に陥る可能性がある。
状況は悪化しているようにみえる、というのが受け入れがたい真実だ。Michael A. Freeman(マイケル・A・フリーマン)博士が2015年に実施した同様の調査(PDFファイル)では、創業者のメンタルヘルス問題の発生率は50%とより低い。異なる研究成果の比較は正確さを欠く。だが、世界的な不況により多くの企業がいかにダメージを受け、在宅勤務により孤立感がいかに深まったかをみれば、スタートアップを取り巻く環境が今年厳しくなったことがわかる。そうした要素に加わるのは、いかにソーシャルメディアがハッスルカルチャー(長時間のハードワークを称賛する文化)と創業神話への不健康なまでの崇拝を助長しているかということだ。
多くの創業者が筆者に語ったのは、24時間年中無休で働くことを祝福し、絶えず何かを売り、資金を調達し、何百万ドル(何億円)も稼ぐスタートアップの達人と比較すると、自分は不十分で罪悪感があると常に思っているということだ。彼らは、もっと一生懸命働き、もっとうまくやるべきだと感じている。ちょうど彼らが本で出会ったすべての人々と同じように。
では、どう対処すべきか。最初のステップは話すことだ。これは、すべてが常にうまくいくとは限らない、ということに向き合える環境を確保することを意味する。ビジネス上の懸念についてではなく、個人的な心配について創業者仲間と話すことにより、目からウロコが落ちることがある。筆者は我々のコミュニティーでそうしたことが起こるのを目の当たりにしてきた。それはいわば「裸の王様」を体験する瞬間だ。
批判を気にせず、天才で、不休で働く創業者という神話は、突然自分は一人ではないと気付くと、一吹きの煙とともに消えることもある。自分が感じた懸念、不安、不確実性がごく一般的なものだと気づくわけだ。
経験豊富な創業者は、スタートアップの世界に不慣れな人々に貴重な支援を提供できる。失敗と成功の両方の経験を共有し、対処方法を披露することができる。筆者が創業者に強くお勧めしたいのは、仲間と潜在的なメンターの両方に積極的に助言を求めることだ。ビジネス上のガイダンスを求めるのとまったく同じ方法だ。
次に、創業者にまつわる文化や神話にどう取り組むべきかについて答える必要がある。ビジネスオーナーが知っておくべきは、オンラインで称賛される並外れた「サクセスストーリー」の多くが、文字通り例外的だということだ。
同様に、すべての時間を労働に捧げることが成功する唯一の方法だという原則を掲げる人々は、せいぜい彼らにとって何がうまくいったのか話しているにすぎず、最悪の場合、注目を集めるために自らを演じている。彼らの投稿へどう反応すべきか慎重に考える必要がある。進んで支援することと、不健全または有害な行動や哲学を広めることの間には微妙な境界線がある。
結局のところ、スタートアップシーンにおける成功はすべて相対的なものだ。ワークライフバランスが良く、まともな収入が得られる会社を持つことを目標とする人もいる。自分が望む方法で好きなことができれば良いという人もいる。億万長者となる人はごくわずかであり、次のFacebookを築くのは極めて少数だ。筆者が強調してもしきれない点は、創業者が自分の目的と野心に関する見通しは持ち続けながら、オンラインから聞こえてくる雑音を無視することがどれほど重要かということだ。
もっと広く言えば、メディアを含む業界が創業者をどのように見ており、また代表しているかについてより賢明になる必要がある。広まっている神話の中には、世界最大のテック企業がガレージから資金なしで始め、創業者の天才と冷酷な態度が大企業への成長に寄与したというものがある。
現実には、そうしたテック企業の大多数は、ほぼ初日から家族や関係者からかなりのシード資金を受けていた。また、そうした創業者らは周りに非常に才能のある人々がすぐに集まり、彼らが多くの重労働を行い、そして大きな声では言えないが、トラックに満載の幸運に恵まれた。要するに、業界で長く広まる超人的な創業者像は、ほぼすべての場合ナンセンスだ。
同様に、成功と失敗をどう捉えるかについても問題がある。
先に述べたように、成功はほとんどの場合、最も基本的な数値で表される。「ユニコーン」というレッテルはあまりによく使われるため、多くの人はそれが少数の投資家により会社に与えられた単なる評価であることに気づかない。それは、ビジネスが従来の意味で実際に成功したのかどうか、つまり金を稼いだのかどうかを反映しているわけではない。一般的にスタートアップの世界では、大きなイグジットや「ユニコーンステータス」を達成した創業者を祝福し、偶像化する。人を雇用し、新技術を開発して特許を取得し、きちんとした利益を上げ、税金を支払う何千もの中小企業についてはあまり語られない。
失敗とともに別の問題が発生する。スタートアップの世界では、失敗をゴルフコースでのパーくらいのものとして軽くみている。一見すると業界の優れた長所の1つだ。人々が恥を恐れず試みることを可能にする。ただし実際には、ほぼすべての創業者が現実に抱える恐怖を矮小化している。あなたが何年もの人生を捧げ、多額の資金を費やし、またあなたを頼るスタッフもいるなら、失敗を単に掃いて捨てることはできない。失敗を単にプロセスの一部として考えるだけでは、懸念の本当の原因にオープンな方法で対処し議論することはできない。「早く失敗しなさい」は、それに耐えられる人にのみ機能する。
個々に見れば、こうした問題はホワイトノイズにすぎないように思われるかもしれない。苦しんでいる創業者にとっての治療法は、単にソーシャルメディアから離れることかもしれない。残念ながらそれほど単純ではない。ソーシャルメディアや従来のメディアは、スタートアップの文化を創造するのではなく、誇張している。すべてのテック会議や交流会で同じ言い回しが使われる。それに合わせて、創業者に期待されているのは、恐れを知らず、天才的で、先見の明があることだ。そうした標準からの逸脱は、例えばメンタルヘルスに関する危うさを主張することなどは、おそらく失敗に終わる。
スタートアップの世界は、多様性に関しては欠点があるにもかかわらず、一般的に世界で最も進歩的、協調的でオープンな業界の1つだ。そうした長所は、メンタルヘルスについて話すことへの抵抗感に立ち向かい、人々が一人で苦しむことがないよう支援の輪を広げるには理想的だ。
それらを実現するには、創業者であることについての神話や聖人伝を排除し、経営の現実が実際に何をともなうのかについてもっと正直になる必要がある。
編集部注:筆者のJames Sutcliffe(ジェームズ・サトクリフ)氏は、高成長スタートアップの創業者のためのコラボレーションプラットフォームであるThe Founding Networkの創業者でCEO。
画像クレジット:Nomadsoul1 / Getty Images
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(翻訳:Mizoguchi)