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口先だけのリップサービス
Google(グーグル)が2014年、業界初のダイバーシティレポートを発表したとき、テック業界におけるダイバーシティ・インクルージョン戦略が勢いよく始まったが、それが実践をともなって定着することはなかった。現在、多くの人が、あの現象はリップサービスだったと考えている。話しはするが実行がともなわないからだ。
2014年のグーグルのレポートでは、同社の従業員に占める白人の割合は61.3%、男性は69.4%だった。記事執筆現在の割合は、白人54.4%、男性68.4%だ。数年たっても数字はほとんど変わっていない。FAANG(Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)、Apple(アップル)、Netflix(ネットフリックス)、Google(グーグル))とA-PLUS(Airbnb(エアービーアンドビー)、Pinterest(ピンタレスト)、Lyft(リフト)、Uber(ウーバー)、Slack(スラック))の各社でも、テック系社員は依然として白人とアジア系が圧倒的多数を占めている。
フェイスブック全体の社員構成を見ると、少数派人種が占める割合はほとんど変わっていない。これに対し、フェイスブックのCDO(チーフ・ダイバーシティ・オフィサー)Maxine Williams(マクシン・ウィリアムズ)氏は、個々のグループ内では大きな変化があったと指摘する。例えば、この5年間で、黒人女性の数は25倍、黒人男性の数は10倍になっていると同氏はいう。
「大きな変化があった。ただ、望みどおりの十分な変化だったかといえば、決してそうではない。当社はD&Iの問題に本格的に取り組み始めた時期が遅く、慎重になりすぎて取り組みのスピードも遅かったことは私も認識している。当社は当時すでに創業9年で、数千人の社員が働いていた。この経験から学んだ最大の教訓は、取り組みを始めるのが遅くなるほど実行が難しくなるということだ」とウィリアムズ氏はいう。
これはテック業界全体に当てはまる。前述のテック企業の社員構成は多少改善されてきているものの、十分というにはほど遠い。
「ダイバーシティレポートがあることでテック企業がある程度の説明責任を意識するようになっていると思う。前回のレポートから後退すれば会社のイメージダウンになるからだ。それを避けるために、テック企業はダイバーシティに関する数字を社内で検討するようになる。その意味で、レポートは重要な役割を果たしている。しかし残念なのは、社内に目を向けるのではなく、マスコミの反応に目を向けて自社の戦略や課題吟味のかじ取りをしている点だ」とパオ氏は指摘する。
パオ氏によると、米国の人種構成を考えると、テック企業の人種構成は本来、黒人社員が13%、ラテン系社員が17%になるべきだという。
パオ氏は、プロジェクト・インクルードでスタートアップを支援する際には「10-10-5-45」という構成を目標にするようアドバイスするという。最初の2つの数字は、黒人社員10%、ラテン系社員10%を目指すという意味だ。それを達成した後、最終的に黒人社員13%、ラテン系社員17%を目標とする。
「この目標に近い数字を達成している企業は存在しない。つまり、あるべき姿を実現しているスタートアップは存在せず、すべてのスタートアップはダイバーシティの問題を抱えているということだ」とパオ氏は指摘する。
アップルとアマゾンの数字は、小売店舗と倉庫の社員数も含まれているため実際より多くカウントされており、割り引いて考える必要がある(この点について両社にコメントを求めたが回答はなかった)。そうなると、黒人社員とラテン系社員の構成割合の最終目標に最も近いのはリフトだ。リフトのダイバーシティレポート2018年版によると、ラテン系社員が9%、黒人社員が10.2%となっている。
性別は男女どちらかの二択ではないので、少なくとも全社員の5%がノンバイナリーで、残りの45%を女性としてカウントする必要がある、とパオ氏はいう。
ダイバーシティに関するスキャンダルが次々に発覚しているという事実は、いくつかのことを証明している。1つは、レプリゼンテーション(自分が社会の構成員として認識されている状態や感覚)が依然として十分に得られていないということ。2つ目は、構造的な問題が残っており、そのためにインクルーシブではない職場環境が構築され、それがインポスター症候群を増やす原因となっているという点だ。このような構造的な問題の結果として、一貫性のない業績評価プロセス、不明確で恣意的な昇進、不正行為を報告するための不明瞭なプロセス、バックチャネリングとして知られる秘密の会話などが生じている。こうしたプライベートなバックチャネルによって排他的な環境が作られ、オープンで生産的な会話が阻害される。
このような状況で役に立つのがインクルージョンの取り組みだ。CEOの支持を得て行うのが理想的である。本当の意味でインクルージョンが実現されていなければ、ダイバーシティを目指すどんな取り組みも長続きしない。
「ダイバーシティを目指して多様な人材を採用したとしても、インクルージョンと文化の問題を是正しなければ何の進歩も遂げることはできない」とケイパー・クライン氏はいう。
一部の企業では無意識の偏見をなくすトレーニングを実施しているが、こうした活動だけで、偏見や不公正の発生率の減少や定着率の増加などの点で統計的に顕著な改善を実現することはできないとケイパー・クライン氏はいう。
(ミネソタ州デトロイト-5月5日:2015年5月5日にミシガン州デトロイトの Max Fischer Music Centerで開催された第17回Annual Ford Freedom Awardsでスピーチする、Lotus 1-2-3の開発者で受賞者のMitchell Kapor(ミッチェル・ケイパー)氏と、同氏の妻でCenter for Social Impact(センター・フォー・ソーシャル・インパクト)の創業者およびKapor Capital(ケイパー・キャピタル)のパートナーでもあるFreada Kapor Klein(フリーダ・ケイパー・クライン)氏。(画像クレジット: Monica Morgan/WireImage))
「最近増えてきた本格的な研究では、無意識の偏見をなくすトレーニング、とりわけ1回限りのトレーニングは、効果がないだけでなく、逆効果であることが指摘されている。そのようなトレーニングを受講した人は『トレーニング内容は理解した。無意識の偏見をなくす1時間のトレーニングを修了したから、これまで29年間毎日見聞きしてきた偏見を自分の中から取り除くことができたはずだ』と考える。何が非効果的かという点だけでなく、どんな反動が生じたり、何が逆効果になったりするのか、といった点も考慮する必要があると思う」とケイパー・クライン氏は語る。
理論上はここでダイバーシティとインクルージョン(D&I)責任者が登場する。しかし、このような役職がうまく機能できるような環境が組織内で必ずしも整えられているわけではなく、企業のリップサービスのための手段に終わることもある。
「D&I責任者としてCEO直下に配置され、他の幹部がダイバーシティとインクルージョンに関してひどい決定を下すのを阻止する権限を与えられて、本当に影響力のあるやり方でD&I責任者の職を全うできた人の話を聞いたことがない。D&I責任者は人事部または法務部の直属となることが多い。D&I責任者には強い権限はなく、チームも決裁権も与えられない。また、D&Iに取り組むよう社員を促したり、社員に説明責任を負わせたりするための基準もない。D&I責任者と呼ばれるこの奇妙な役職の大半はお飾りにすぎない」とパオ氏は指摘する。
例えばグーグルでは、今のダイバーシティ責任者は2016年から数えて3人目になるが、グーグルの文化にうんざりして率直にモノをいう社員が増えている。
ツイッター、グーグル、アップルで技術管理者を務めたことがあるLeslie Miley(レスリー・マイリー)氏は「ズバリ言おう。グーグルでD&I責任者を長く続けることは不可能だ」とTechCrunchに語った。
2019年4月にグーグルのチーフ・ダイバーシティ・オフィサーDanielle Brown(ダニエル・ブラウン)氏が辞職し、給与・福利厚生スタートアップのGusto(ガスト)に移った。グーグルは、2016年に辞職したNancy Lee(ナンシー・リー)氏の後任者としてブラウン氏を迎え入れた。当時、リー氏は退職するものと思われていたが、その後、電気スクータースタートアップLime(ライム)に最高人事責任者として入社した。「当時、本当に退職するかどうかは自分でも決めていなかった」とリー氏は話している。
「割に合わない仕事だよ。どの会社でもそうだと思う。ダニエル・ブラウン氏が良い例だ。十分に取り組んでいないと非難されたかと思うと、今度はやり過ぎだと非難される。人事と説明責任をめぐる争いに常にさらされる。性別、民族性、性的指向のぶつかる場所にいると、ほとんどの人は心底、不快な気分になる。精神的に消耗していく仕事なんだ」とマイリー氏は語る。
D&I責任者のもう1つの問題は、CEOの直属ではなく、人事部直属になることが多い点だ。人事部は、会社が負う法的責任を制限することがD&I責任者の役目だと考えている、とマイリー氏はいう。D&I責任者がそのような部門の直下で働くのであれば、社員の利益に資するような変化をもたらすのは困難だ。
現在、人事部で働くリー氏は、「人事部直属のダイバーシティ責任者が効果的に機能するかどうかは、人事部と他の経営陣との関係によって決まる」という。
「ただし、ダイバーシティが大きく欠如している会社では、CEO直属のD&I責任者が必要になるだろう」とリー氏は付け加える。
リフトのダイバーシティ・インクルージョン責任者に新しく任命されたMonica Poindexter(モニカ・ポインデクスター)氏は、人材・インクルージョン担当副社長の直属だが、リフトの共同創業者John Zimmer(ジョン・ジマー)氏とLogan Green(ローガン・グリーン)氏からも全面的なサポートが得られているという。ポインデクスター氏は、リフトや他のいくつかの企業によるダイバーシティとインクルージョン問題への取り組み方は正しいものだと確信してるが、各社がさまざまな異なる方法でこの問題に取り組もうとしているという事実には首をかしげる。
「1つか2つの優れた取り組みをテック業界全体で一斉に実行できれば、業界全体に大きな影響を及ぼすことができるだろう。テック企業の面接プロセスを改革し、採用プロセスを吟味するにはそのような取り組みが必要だ。そうすれば、多様な人種に対してより良い進路を創り出す方法と、それを実行するより的確なタイミングを見きわめることができる」とポインデクスター氏はTechCrunchに語った。
ここ数年の間にD&I責任者の団体が結成されたが、どれも長続きしていない。
「正直にいうと、D&I責任者を取り巻く環境は頻繁に変化する。ある時点でいくらかの推進力を得るかもしれないが、それもそのD&I責任者がどれだけのサポートを得られるかにかかっている。各社のD&I責任者が集まって互いに協力するというアイデアはすでに実行に移されている。しかし、本当に大きな影響を及ぼしたいなら、テック企業のトップが集まってこの難題について話し合うべきだ」とポインデクスター氏はいう。
ピンタレストのD&I責任者Candice Morgan(キャンディス・モーガン)氏は、すべてのテック企業の中でD&I部門の在職期間が最も長い人物の1人だ。同氏は、2016年1月から現職に就いている。「テック業界の在職期間としても、D&I部門の在職期間としてもかなり長いほうだろう」とモーガン氏はTechCrunchに語った。
「ここ3年間で、テック業界の中でもより広い範囲でいくつか大きな変化があり、当社のアプローチにも同じように大きな変化があった」とモーガン氏はいう。
2016年はピンタレストが最初に公式採用者数を設定した年であり、当時は採用活動に力を入れていた、とモーガン氏は語る。翌年、同社はインクルージョンにさらに注力し、インクルージョン専門職を採用した。また、従業員リソースグループの数も増やし、従業員エンゲージメントスコアに基づいてマネージャを評価するようになった。
「インクルーシブ(包含的)な考え方が特に強いマネージャに注目した。その一方で、インクルージョンに関して平均的なスコアを出しているマネージャにも目を向けた。そして、インクルーシブな考え方のマネージャが他のマネージャとどう違うのかを観察してみた。インクルーシブな考え方を持つマネージャは、成長へのポテンシャルに注目するマインドセットを持ち、どちらかといえば謙虚で、ためらいなくミスを認め、失敗を成長の機会と捉えていたことがわかった」とモーガン氏はいう。
この観察結果を基に、ピンタレストはインクルーシブ型マネジメントハンドブックを作成し、トレーニングを開発した。そして2017年には、無意識な偏見をなくすトレーニングを自社のオリエンテーションに組み込んだ。
一般に、D&I責任者は主体性に乏しいと言われるが、モーガン氏は他のD&I責任者に比べて強い影響力を持っているように見える。モーガン氏によると、それは彼女がピンタレストでの在職中に構築した人間関係のおかげだという。例えば、ピンタレストは2019年1月、同社のプラットフォームのビューティー関連検索に、よりインクルーシブな機能を追加した。公開時のピンタレストの説明によると、この機能は同社の技術チームとD&Iチームのコラボレーションの結果であるという。
「社員全員がD&Iの仕事に携わっている。「当社のD&I部門はさまざまな方法で影響力を獲得している。リーダーのコーチングを常に行っているので、彼らとの関係が構築できるようになると、まさにビジネスパートナーとして彼らに影響を与えることができる。インクルーシブなビューティー検索のスキントーン(肌の色合い)に関する仕事も、会合を重ねることが必要だった別の案件が発端になって実現したものだ」とモーガン氏はいう。
モーガン氏によると、今年はマイクロアグレッション、すなわち、排除されていると感じさせる何気ない言動に特に注目しているという。マイクロアグレッションは、黒人の髪型への言及から性差別的言語の使用まで多岐にわたる。また、ウーバーのエンジニアだったSusan Fowler Rigetti(スーザン・ファウラー・リゲッティ)氏がウーバーに関する彼女の投稿で指摘したように、展示会などで配布する景品を男性サイズでしか準備しないことも、マイクロアグレッションの一例だという。
モーガン氏はこのテーマに取り組む中で、「途中で阻止してマイクロアファメーションを作り出すことができる行為」を発見している。マイクロアファメーションとはちょっとしたインクルーシブな行為で、「励まされた、理解してもらえた」という感情を相手に与えるものだ。
「私はインクルージョン・プログラム・スペシャリストのクラスで教える際、マイクロアグレッションに注目し、何気ない行為が人の気持ちに与える影響に対する意識を高めることを心がけている。会社でも個人でも自画自賛する傾向があるが、実はそうすることで、誰かが微妙に疎外感を持ったり仲間意識を感じたりする。私はリーダーたちが集まってこのようなことを考える機会を作るのに多くの時間を費やしてきた」とモーガン氏は語る。
例えば、モーガン氏はピンタレストの技術部長および軽視されていると感じているエンジニアと話し合い、技術チームにおける帰属意識とはどのようなものかについて議論した。すべての上級エンジニアに、こうしたセッションを経験してもらっている、と同氏はいう。
もちろん、D&I責任者を設置することで効果が得られる場合もある。D&I責任者に変化をもたらす能力があり、なおかつ上級職(できればCEO)と直接協力できる場合は、最も高い効果が期待できるだろう。しかし、単独で変化をもたらすことができるD&Iイニシアチブは2つだけだとケイパー・クライン氏はいう。すなわち、ダイバーシティに関する具体的な目標を設定すること、および多様な人材の縁故紹介に対する特別ボーナスの支給だ。
「私が素晴らしいと思うのは、この2つのイシニアチブにはCEOのサポートと事情に通じた上級管理職のサポートが必要だということだ。どちらのイニシアチブも反感を買うのは必至だからだ。
どちらのイニシアチブも、成果を出すには問題のニュアンスを理解していて、エンジニアリング担当のCTOやVPが『ちょっと待ってくれ。それは逆差別だ』とか『フェアじゃない』とか言ってきたときに反論できる賢明な上級管理チームが必要である。公平な競争の場を作り上げることの意味について話をするには、ある程度の知識を備え、問題のニュアンスを理解しているCEOが必要だ」とケイパー・クライン氏はいう。
「どれだけいろいろな仕組みを用意周到に導入したとしても、トップの明確なコミットメントに代わるものはない。話し合いの席についた者は誰であれ、ビジネス上の問題について話すときはダイバーシティというレンズを通して物事を見る必要がある」とケイパー・クライン氏は続けた。
それでも、主要なイニシアチブを5つ導入すれば、大きな変化が生まれる可能性がある、とケイパー・クライン氏は言う。そのため、ケイパー・クライン氏は、10年以上前に自身が「Giving Notice」で初めて概説した包括的なアプローチを採用するようになった。
>>「第三部:多様な人材に投資する」を読む
日本版編集部注:本稿は米国版TechCrunchが2019年6月に公開した記事を翻訳・再構成したものです。
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(翻訳:Dragonfly)