細胞培養で作られた研究室育ちの豚バラとベーコンをHigher Steaksが初公開

細胞培養肉ビジネスにおいて、何が商品化の号令となるかという問いに、新興培養肉企業であるHigher Steaks(ハイヤー・ステーキス)が出した答えは、最初の製品サンプルをなんとか作り上げることだった。同社の場合それは、研究室で細胞を培養して作られたベーコンのスライスと豚バラ肉だ。

英国のケンブリッジで自己資金による運営を続けるHigher Steaksは、このサンプルを示したことで、数多ある巨額投資を受けたずっと大きな企業と台頭に張り合える地位に一気に躍り出た。

「商品化までには、まだまだやるべきことが数多くあります」とHigher Steaksの最高責任者であるBenjamina Bollag(ベンジャミナ・ボーラグ)氏は話す。「しかし、培養細胞を50パーセント使用した豚バラ製品と、研究室で細胞素材から培養した肉70パーセントを含むベーコン製品を提示できたことは、この業界に大きな意味をもたらしたはずです」。

Higher Steaksのベーコンと豚バラ肉の残りの材料は、植物由来のタンパク質と脂肪とデンプンを混ぜ合わせたもので、これが細胞素材のつなぎになっている。商品化までの第一段階に漕ぎ着けるために、Higher Steaksは、匿名のシェフの専門知識を借りて、培養肉を本物の豚バラ肉とベーコンの味に近づける調合法を編み出した。

Higher Steaksの研究開発責任者ラス・ヘレン・ファラム氏(左)と、最高責任者のベンジャミナ・ボーラグ氏(右)。画像クレジット:Higher Steaks

現段階では、この試験品はHigher Steaksが将来何をするかというより、今何ができるかを示すためのものだとボーラグ氏はいう。

「これが将来の足場材料になります」とボーラグ氏。「これは私たちの肉に何ができるのか、私たちが今何をしているのかをはっきりと示すものです。将来、それが私たちの足場材料となります」。

Tantti Laboratories(タンティ・ラボラトリーズ、台湾創新材料会社)、Matrix Meats(メイトリックス・ミーツ)、 Prellis Biologics(プレリス・バイオロジックス)など数多くの企業が、同様にバイオ素材を使ったナノスケールの足場材料を開発している。それは、筋肉の繊維組織に相当する培養構造体の骨組として利用できる。

Higher Steaks、Memphis Meats(メンフィス・ミーツ)、Aleph Farms(アレフ・ファームズ)、Meatable(ミータブル)、Integriculture(インテグリカルチャー)、Mosa Meat(モサ・ミート)、Supermeat(スーパーミート)といった企業は、その製品を商業展開するにあたりTantiiやMatrixなどの企業の力を借りる必要があるのだが、動物の細胞を育てるために必要な細胞培養のコストを下げるためには、その他にThermo Fisher(サーモ・フィッシャー)、Future Fields(フューチャー・フィールズ)、Merck(メルク)といった企業の技術にも頼らざるを得ない。

2014年以降、世界全体で30社あまりの細胞ベースの食肉スタートアップが起業し、1兆4000億ドル(約150兆円)規模の市場の一角を狙っている。

その一方で、2019年にはアフリカ豚熱ウイルスの流行により中国では全飼育数の40パーセントにあたる豚が失われたとされ、供給量が減少しているにも関わらず、豚肉の需要は高まり続けている。

「私たちの使命は、消費者が味を我慢することなく、健康的で持続可能な肉を供給することにあります」とボーラグ氏は語っている。「世界初の培養豚バラ肉とベーコンの製造は、世界中で供給不足になっている豚肉の需要に、新技術で対応が可能であることの証明になります」。

巨額の資本金を有する企業と競合することを想定してHigher Steaksは、現在、その技術の商品化を手助けしてくれる業界内のパートナーを探している。

競争力を高めるためにHigher Steaksは先日、PredictImmune(プレディクトインミューン)の元最高技術責任者であるJames Clark(ジェイムズ・クラーク)博士を招いた。

「私はずっと以前から、科学と食糧生産のミックスである培養肉に強い興味を抱いていました。2013年に私はMark Post(マーク・ポスト)氏が開発した25万ポンド(約3400万円)という世界初の培養肉でハンバーガーを調理するBBCのテレビ番組を見ました」とクラーク氏。「私は2020年の初め、Higher Steaksから声を掛けられ、何よりもその科学技術と、同社の創設者ベンジャミナ・ボーラグ氏の情熱とエネルギーに魅了されて入社したくなりました。Higher Steaksには、培養肉分野に改革を引き起こす技術があると私は確信しています。私は今のキャリアステージに達して、挑戦を求めていたのです」。

培養肉製造工程をスケールアップする目的でHigher Steaksに採用されたクラーク氏は、バイオテクノロジーと製薬分野のアーリーステージや上場企業で製品開発を指揮してきた経歴を持つ。

「ジェイムズ・クラーク博士がチームに加わったことで、Higher Steaksは大変な優位性を得ました」と、研究開発責任者のRuth Helen Faram(ラス・ヘレン・ファラム)博士は話す。「培養豚バラ肉もベーコンも、これまで一度も実際に提供されたことがありません。ウシ血清を使わない豚の培養筋肉を70パーセント含むプロトタイプの開発に世界で初めて成功したのがHigher Steaksです」。

だが、Higher Steaksの豚バラ肉やベーコンが店の棚に並んだりレストランで食べられるようになるのは、まだ先のことなので期待し過ぎないようにとボーラグ氏は釘を刺す。「今はまだ値段が1キログラムあたり数千ポンドという段階です」。

同社は2020年の末に、大規模な試食イベントを計画している。

画像クレジット:cookbookman Flickr under a CC BY 2.0 license

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(翻訳:金井哲夫)

細胞培養技術で“人工フォアグラ”実現も、インテグリカルチャーが3億円を調達

細胞培養技術を用いた食料生産に取り組むインテグリカルチャーは5月25日、リアルテックファンドなど複数の投資家を引受先とした第三者割当増資により、総額で3億円の資金調達を実施したことを明らかにした。同社にとってはシードラウンドとなる位置付けで、投資家は以下の通りだ。

  • リアルテックファンド(リード投資家)
  • Beyond Next Ventures
  • 農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)
  • MTG
  • ユーグレナ
  • 北野宏明氏(ソニーコンピューターサイエンス研究所代表取締役社長)
  • その他非公開の投資家

今後は同社の細胞培養システムの大規模化と価格低減の実現に取り組みながら、組織体制を強化し事業化(商品化)に向けて舵を切っていく方針。まずはコスメやサプリメント向けの原材料から始め、その後は人工フォアグラなどさまざまな細胞農業製品を売り出していく計画だ。

世界で注目浴びる“クリーンミート”

インテグリカルチャーが取り組んでいるのは、特定の細胞を培養することで食肉などを生産する「細胞農業」と言われる領域。特に細胞培養で作られた食肉「クリーンミート(純肉)」は、動物を殺さずに生産できる持続可能なタンパク源として期待されていて、世界的に関連のスタートアップが生まれてきている。たとえばビルゲイツ氏らが出資しているMemphis Meatsはその一例だ。

培養肉を作るには細胞を培養液の中で増やし、肉の塊へと固めていくことになる。ただインテグリカルチャー代表取締役の羽生雄毅氏によると、これまで培養液の価格がひとつの課題となっていたそう。同社では現行の培養液に含まれる牛胎児血清(FBS)を、一般食品を原料とする「FBS代替」で置換する技術を開発。動物由来成分を不使用にすることで、低価格の培養液を実現した。

同社のコアテクノロジーである汎用大規模細胞培養システム「Culnet System」とともに利用すれば、細胞培養に必要な培養液のコストを1リットルあたり10円以下、従来の1万分の1以下にまで抑えることができるのだという。

なおCulnet Systemは外部から成長因子を添加せずに、さまざまな細胞を大規模に培養できるのが特徴で特許も取得している。この技術を用いてすでに鶏肝臓細胞の大規模培養により「鶏フォアグラ」を試作するなど、コンセプト実証を実施済み。従来の方法では細胞質100gで数百万円のコストがかかっていたが、同社の技術により一部の種類の細胞については100gで1万円以下相当まで原価を下げることができ、複数の事業会社から引き合いを受けているという。

また同社の技術は何も食肉を作ることだけに限定したものではないため、再生医療に繋がる研究として人の細胞を試したりもできるそうだ。

数年後には細胞農業製品が続々と市場にならぶ?

冒頭でも触れた通り、同社では今後さらなる価格低減と生産システムの大規模化を段階的に実現し、2018年中にパイロットプラントを製作、2019年末から2020年初頭にかけて商業プラント1号機を建設する予定。

商品化については、2020年を目処に化粧品・健康食品向けの原材料からスタート。その後はフォアグラを含め化粧品・健康食品・一般食品など、さまざまな細胞農業製品を販売していく計画だ。

「(人工フォアグラについては)実際に市場に出すとなると、規制当局との話し合いや販路の獲得なども必要になるので2023年頃を目処に考えている。(現時点では)最初は既存の製品より2割ほど高い価格での販売を考えているが、2020年代半ばには同等の価格で提供したい」(羽生氏)

市場にだすタイミングでは「ものすごく硬い、苦い」といったようなことはなく、食品として成立している状態が前提。またアレルゲン物質を含まない肉など、成分をアレンジすることで安全面などに配慮したものが作れるのだという。

インテグリカルチャーのメンバー。写真右から4人目が代表取締役の羽生雄毅氏

インテグリカルチャーは代表取締役の羽生氏が東芝研究開発センターを経て2015年10月に創業したスタートアップ。オックスフォード大学出身の羽生氏を含め、理系の大学院で博士号を取得したメンバーも数名在籍する。

もともとは培養肉の実用化を目指し、研究者やバイオハッカー、学生らが集ってできた有志プロジェクト「Shojinmeat Project」が始まり。産業化を推進する目的でインテグリカルチャーの設立に至ったのだという。

今後はNPOなどとも協力し、細胞農業の分野を盛り上げるためのエコシステムを形成。その中でインテグリカルチャーでは同社の技術を製品化し「増加を続ける世界の食肉需要に対して、持続可能な供給手段」の実現を目指す。