マーク・アンドリーセンやナイチンゲールから学ぶ「真空状態に何かを作ること」

建築工学のエンジニアを喜ばせたければ、宇宙でどんな建物が作れるかを聞いてみるといい。重力と空気力学の制約から解放されれば、一人の人間でも超高層ビルをレゴのように動かせる。地球の重力から逃れるのに必要なロケット燃料のほんの数分の一で、大量の物を動かせるようになる。真空の世界では、ダイソン球のような超現実的なものまで作れてしまう。

問題は、それを地上に持ち帰ろうとしたときに、大気圏の突入でバラバラになり、着地すれば自重で潰れてしまうことだ。

米国の名門VCであるAndreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)の共同創業者の一人、Marc Andreessen(マーク・アンドリーセン)氏が書いた、「IT’S TIME TO BUILD」(つくる時間が来た)という記事を読んで、私はそんなことを考えた。同世代で最も印象に残る起業家であり投資家であるマークは武器を手に取って、技術コミュニティーに対してクリーンエネルギー、教育、効率的な医療といった難題を何かを作ることで解決しようと訴えた。これは正しい提案だ。だがもし、2008年の経済危機の最中に銀行の重鎮が世界情勢を見渡して「今こそ金融だ!」と持論を著したとしたら、即座に笑いものにされていただろう。それと同じことをさらに強く訴えたところで、今も賛同は得られない。

ソフトウェア業界には、そうした危機には見舞われなかった。それはソフトウェアの社会基盤のおかげでもある。盤石なコードの基礎と、たゆまないエンジニアの努力により、経済が止まった中でも私たちは機能していられる。しかし今は作る好機であるのと同時に、これらの難題がなぜ今まで解決できなかったのかを聞いて理解する好機でもある。なぜなら真空状態では作ることを継続できないからだ。

間違いなく技術系企業や起業家の間には、政治家、政策団体、市民団体など、実際にユーザーや顧客になる可能性がない人たちを、商売繁盛のための仕事を邪魔するものと見なす習慣がある。今の世界で大成功を享受しているハイテク企業は、そうした真空地帯から生まれてきた。

だが、新しいエネルギーシステムを構築しようとすれば、どうしても政治や政策と深く関わることになる。終わりのない医療の課題を解決するには、あらゆる特殊ケースに対処しなければならない。教育と技能訓練を拡充しようと思えば、そもそも多くのコミュニティーがそれらのサービスを利用できないでいる社会の構造的問題を理解する必要がある。これらの課題に取り組む際には、それぞれに対応した考え方、行政と関わろうとする意欲、それを作った影響で二次的に引き起こされる物事を考える工学上の習慣、信用と法的責任を超えて社会的責任を考える取締役会が求められる。

危機の際に何かを作る方法を知りたい方は、以前から複雑な問題に取り組んできたイノベーターや起業家に学ぶといい。私の場合は、Florence Nightingale(フローレンス・ナイチンゲール)だ。

2020年5月12日はナイチンゲールの生誕200年の記念日。さまざまな功績が知られているが、中でもクリミア戦争での従軍看護に与えた影響が大きい。

最前線から帰還した負傷兵のひどい状態を見た彼女は、死因の調査に乗り出した。データの収集と活用による新しい方法を考案して実践し、当時の偉大なるイノベーターであったIsambard Kingdom Brunel(イザムバード・キングダム・ブルネル)とEdmund Alexander Parkes(エドモンド・アレクサンダー・パイクス)博士とともにまったく新しい看護方法を開発し展開した。さらに、新しいタイプの病院をレンキオイに建設した。彼女はその過程で、戦争と医療と女性としてのルールを破った。彼女は、疲労困憊した実践家としてではなく、変革に意欲を燃やす起業家として、あらゆる問題に取り組んだ。一部の調査によれば、レンキオイ病院の死亡率は9割減少したという。

だが、ナイチンゲールがもたらした最も大きな影響は、これではない。英国に帰国した彼女は、医療のいちばんの課題は、大きな技術的問題ではなく、行動と政治の問題であることに気がついた。そこで彼女は、人材を集め、看護の機構そのものの改革に取り組んだ。ナイチンゲール財団を設立して看護師を養成し、新しい看護方法を広めるために、米国、インド、日本に何度も看護師を派遣した。また彼女はさまざまな政府に掛け合って、家庭の衛生に関する法律の改定にも取り組んだ。わかりやすい言葉での執筆も数多くこなし、近代看護の基礎となる教科書も制作している。それから200年。英国政府は完全装備のICU病院をロンドンの中心部にわずか9日間で作り上げた。今そこは、ナイチンゲール病院と呼ばれている。

この危機に際して、ルールが破られようとしている。そこから生まれのは、通常のものではない。私たちが望めば、またそうすべきなのだが、私たちに強い回復力を与え、強い影響力で多くの人生を変革するものが作れる。フローレンス・ナイチンゲールが発見したように、もっとも難しい課題は、エンジニアだけで解決できる技術的な問題ではなく、社会の問題だ。

実際それがどのような形をしているかはいろいろだ。手始めに自社の企業内文化について考えてみよう。Doteveryonのconsequence scanningのようなツールを使って、最初のユーザーの先に自分が作るもののインパクトを考えてみることだ。Govtech FundPublic.ioといったファンドの活動を通して、企業内の新しい世代が政策問題とどう関わるを見ることから始めてもよいだろう。The Good Webプロジェクトなど、今回の危機で表面化したウェブの本質的な弱点への対処に取り組むプロジェクトに参加することから始めるのもよい。取締役会の運営を改善に興味があるなら、BaldertonのGood Governanceプロジェクトに参加するのもよいだろう。その場合は私たちに連絡して欲しい。

いみじくもマークが言っていたように、今は作るときだ。ただし、持続可能な形で作るときでもある。

【編集部注】著者のJames Wise(ジェームズ・ワイズ)はBalderton Capitalのパートナー、シンクタンクDemosの理事であり、元英国議会の社会的企業に関する専門家顧問。

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(翻訳:金井哲夫)

マーク・アンドリーセンが決起の呼びかけ、何か有意義なものを作ろう

私たちの生活を完全にひっくり返した殺人ウイルスと共に生活するのは実に恐ろしい。希望を捨てて観念してしまうのは簡単だ。

それではいけない、とMarc Andreessen(マーク・アンドリーセン)氏が米国時間4月19日、自身のベンチャーキャピタル会社であるAndreessen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)のサイトに書いた思慮に富んだエッセイで呼びかけた。文中でアンドリーセン氏は、何かをどんなものでも社会を今より前へ進ませるものをつくることを提唱している。「アメリカンドリームを再起動」するために我々は「政界のリーダーに、この国のCEOに、起業家に、投資家にもっと多くを要求する必要がある。そして、お互いにもっと多くを要求する必要がある。我々全員が必要であり全員が貢献できる、なにかを作ることに。

アンドリーセン氏は、テクノロジーの大部分はすでに作られていると指摘する。そして住宅、教育、製造、輸送の分野を取り上げ、それぞれを明るい未来に向けて加速するのに必要なツールはほとんどがすでに存在していると言う。そしてかつて我々の役に立ったシステムにしがみつくのは簡単だが、みんなが力を合わせて現状を捨てて置き換えることが重要だと説いた。我々はそういうものを「欲しがる」必要がある。問題は勢いだ。それを防ぎたい気持ちより、それを欲しがる力のほうが大きくなるようにしなくてはならない。問題は「規制の虜」(Regulatory Capture)だ。我々は新しい会社がこれらの新しいものを作ることを望まなくてはならない、たとえ既存勢力が望まなくても。たとえ既存勢力にそれを作るよう強制することになったとしても。そして問題は意志だ。我々はそういうものを作る必要がある。

もちろん彼のいうことは正しいが、アンドリーセン氏からはもっと規範的な何かを学びたい。彼はこの数年ほとんど人前に姿を見せていないが、その2万フィート(6km)の視野は想像をかきたてるものであるとともに、まだ出発点にすぎないことを期待したい。

社会がたった今なにを必要としているかは、トップダウンではなくボトムアップで決まる。問題を解決するためには大きな課題を小さな部分に分けることから始まる。アンドリーセン氏のような人は、今すぐ必要な目標を達成するために現在のテクノロジーに何ができるか、何をすべきかをもっと明確に話すことで、先頭に立って指揮を取ることができるだろう。お金を早く必要とする人に手に渡したり、ビジネス・インテリジェンスを使って緊急治療室の医師から新型コロナ患者の治療状況の情報を収集したり、政府のサプライチェーン管理に役立てたりなど。

米国には精力的な行動が必要であるとアンドリーセン氏は強調する。今ほどそれが明確なときはないと彼は言い、「コロナウイルス検査は足りていない、検査備品もだ。驚くべきごとに綿棒や一般的な試薬すら不足している。人工呼吸器も、陰圧室も、ICUのベッドも足りない。外科用マスク、アイシールド、医療用ガウンも。これを書いている今、ニューヨーク市はレインポンチョを医療用ガウンの代わりに使うよう非常命令を出している。レインポンチョ!2020年に!米国で!

今は恐ろしい状況であり、その大部分は政治システムが招いたものだとアンドリーセン氏は考察する。そしてアンドリーセン氏は口に出していないが、米国の収入格差はG7諸国中最大であり、毎年ごくわずかな人々のところに富が集まり、中流層は減り、貧困層が急増しているという事実がある。

しかし、一度にはひとつずつしかできない。

我々が今本当に必要としているのは、新型コロナ版のマンハッタン・プロジェクトであり、シリコンバレーがそれをリードする必要がある。

もしアンドリーセン氏がこれを手助けしたいのなら、みんな大賛成だ。私たちは耳を傾けている。

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(翻訳:Nob Takahashi / facebook