AIを使って希少疾患の新しい治療法を探るスタートアップであるHealx(ヒーレックス)が、シリーズB投資で5600万ドル(約61億円)を調達した。
このラウンドを率いたのは英国ロンドンに拠点を置くベンチャー投資企業Atomico(アトミコ)だ。そこに、 Intel Capital(インテル・キャピタル)、グローバル・ブレイン、btov Partners(ビートゥーヴィー・パートナーズ)が加わった。さらに、 前回投資を行ったBalderton Capital(バルダートン・キャピタル)、Amadeus Capital Partners(アマデウス・キャピタル・パートナーズ)、Jonathan Milner(ジョナサン・ミルナー)氏も参加している。
Healxは、今回調達した資金で同社内に治療法パイプラインを開発し、国際的なRare Treatment Accelerator(希少疾患治療アクセラレーター)プログラムを立ち上げたいと話している。このプログラムは、患者グループと手を組み希少疾患のための創薬の効率化を図るものだ。
さらに、新しい治療法を発見し「24カ月以内に」臨床試験に持ち込む体制を整えることも目指す。現状からすると驚くほどの短期間だ。しかも、希少疾患の多くは、治療法開発の目を向けられることすらない。
「世界には、7000種類の希少疾患があり、4億人が罹患しています(半数は子ども)。その95%には、いまだに認証された治療法がありません」とHealxの共同創設者でCEOのTim Guilliams(ティム・ギリアムズ)氏はTechCrunchに語った。
「新薬の発見と臨床開発の従来モデルでは、費用、スケジュール、有効性の面での負担が膨大です。通常、新薬を市場に送り出すまでには、20〜30億ドルの費用、12〜14年の開発期間、95%の失敗率を負うことになります」。
特に患者数の少ない疾患では、現状のモデルは使えないとギリアムズ氏は言う。新薬の発見と開発にかかるコストが大き過ぎるため、薬の売り上げでは単純に投資の元が取れないからだ。そこでAIを使って既存の医薬品の別の使い道を探るという「抜本的な方向転換」が必要になる。
「認証された医薬品に注目し、AIの能力をうまく使うことで、希少疾患のための治療薬の発見プロセスを、高速で高効率なものにできました」と彼は主張する。「それ以来、私たちは、2025年までに100種類の希少疾患の治療法を臨床試験に持ち込むことを使命にしています」。
もちろん、AI技術を創薬に応用しているのはHealxだけではない。また、AIの使用はそれほどの大冒険でもない。例えば、BenevolentAI(ベネボレント・エーアイ)は数多くの大ニュースで世間を驚かせているが、直近では、評価額の引き下げを行ったと報道された。しかしギリアムズ氏は、Healxのアプローチが、Recursion Pharmaceuticals(リカージョン・ファーマスーティカルズ)や Insilico Medicine(インシリコ・メディシン)といった同業他社とは異なっていると話している。
「私たちの目標とアプローチはまったく違います。私たちは希少な遺伝性疾患に特化していて、世界的な希少疾患の生医学のナレッジグラフを所有しています。さらに私たちは、新しい分子を開発するのではなく、すでに認証されている医薬品の価値を最大限に高めているのです」。
加えてギリアムズ氏は、Healxの技術はデータ駆動型であり「仮説に依存しない」ため、従来型の標的を定めた創薬とは大きく異なるとも話している。「私たちは医薬品の組み合わせを予測し、大変な短期間で臨床に持ち込むことができます。そして私たちは、戦略的パートナーであり疾患の専門家でもある患者グループと密着して作業を進めます」と彼は言い足した。
Healxの共同創設者で、バイアグラの発明者の一人でもあるDavid Brown(デイビッド・ブラウン)博士が、いくつもの医薬品を発明し市場に送り出した人物であることも付け加えておくべきだろう。彼の医薬品は、400億ドル(約4兆3500億円)以上もの利益をもたらした。「そのやり方を私たちは知っています」とギリアムズ氏。
Healxは、その革新的なモデルの正当性をFRAXA Research Foundation(フラクサ研究財団)で立証したと主張している。脆弱X症候群は自閉症の大きな原因のひとつとされる遺伝子異常だが、その治療法で認証されたものはまだひとつもないとのことだ。その状況を、HealxとFRAXAが変えられるかも知れない。まもなく、複数の治療法を組み合わせた臨床試験が開始される。その他の希少疾患の治療法の臨床試験も、2020年後半にはスタートする。
Atomicoのアイリーナ・ハイバス氏
私は、AtomicoのプリンシパルであるIrina Haivas(アイリーナ・ハイバス)氏にも話を聞いた。投資の決め手となったHealxの魅力と、こうした企業を支援する際のリスクについて、Atomicoを代表して話してもらった。創薬とはわらの山から針を探し出すようなものであり、さらにその発見を製品化にまで持っていかなければならない。言い換えれば、未知の要素が非常に多く、市場に送り出すまでに大変な時間がかかるということだ。
「Atomicoを支援すると決めた理由のひとつは、まさに、うまくいけばHealxは希少疾患に苦しむ4億の人たちの人生を劇的に改善できると信じ、その大胆で長期間におよぶ賭けに物怖じしないところでした」と彼女は話してくれた。
「もちろん、そのような野心的な賭けには、ある程度のリスクが伴います。しかし同社の場合、その“途方もない探し物”問題を、これまでのように人が行うよりも、AIでうまく解決できることを示す兆候が、初期のあらゆるサインの中に見られたのです。もちろん、最終的にそれが証明されるのは、治療法が製品化されたときですが」
そうは言いつつ、彼女はHealxのようなスタートアップは、企業の新しいカテゴリーを創出するとも警告している。なぜなら、それは従来型の技術でも、従来型のバイオ製薬でもないからだ。
「投資家の観点からすると、別の枠組みが必要になるでしょう。それに慣れるまでに時間がかかる投資家もいるかもしれません」と元外科医の投資家である彼女は言っていた。
著者:Steve O’Hear
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(翻訳:金井哲夫)