オンライン連載小説のスタートアップRadishがソフトバンクとKakaoから67億円を調達

Radish(ラディッシュ)は、新規ファンドで6320万ドル(約66億7000万円)を調達したと発表した。

1冊の本になる話を小さな章に分割して、数日または数週間にわたって小出しにする手法は19世紀に一般化されたものだが、少なくともこの10年間(未訳記事)、いくつものスタートアップはそれを復活させようと試みてきた。そんな中でも、今回のラウンドは資金調達に関して大きなステップアップを表すものとなった。これは、これまでは500万ドル(約5億3000万円)ほどしか調達できていなかったRadishにとって大きな前進であるだけでなく、この比較的新しい市場で他のスタートアップと差を付ける意味でも大きな出来事だ。ただ、デジタルフィクションのスタートアップであるWattpadが別格(未訳記事)であることは言うまでもない。

2017年初めに私がRadishについて書いた(未訳記事)当時は、同社はユーザーが執筆したコンテンツに重点を置いていた。しかし2019年、Radishは「ショーランナー」が作家陣を取りまとめて作品を数多く生み出し、そこで得られた知的所有権を同社が握るというRadish Originals(ラディッシュ・オリジナルズ)計画(Business Wire記事)を立ち上げた。

「連載小説のYouTubeやWattpad(ワットパッド)になるのではなく、むしろNetflixになってオリジナル作品を作りたいと考えています」と、創設者でCEOのSeungyoon Lee(スンユン・リー)氏はいう。「私は連載小説が大きなビジネスとしてモバイル上で確立されている韓国、中国、日本の数々のプラットフォームから多大なヒントを得ました」。

Radishがアジアの市場に学んだアイデアに、次の話を早く出すというものがある。例えば大人気タイトルの「Torn Between Alphas(アルファの狭間で:狼人間のロマンスを描いた話)」では、10シーズンを1年未満で展開した。1つのシーズンは50章(後半は100章)で構成されているため、1日あたりのリリースは数回におよぶ。

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「Netflixでは、3つのシーズンを一気見ができます」とリー氏。「Radishでは、1000のエピソードを一気読みできます」。

Radishは、テレビのシナリオ執筆部門のモデルを拝借している(エミー賞を受賞した、主にメロドラマ系の作家も複数雇い入れている)が、ゲームからもヒントを得ているとリー氏は話す。1つには、収益をマイクロペイメントに依存している点だ。ユーザーはコインを購入し、それを使って新しい章を読む(通常、1つの章は20〜30セント。ペイウォールの向こうに次々と登場する新チャプターを買える)。さらに、二者択一テストによって、同一の章でも読者の好みの方向に物語を展開させることができる。

リー氏は、2019年秋がRadishの「変曲点」だったと話す。このモデルが本格的に効果を見せ始めたときだ。現在では、同社の一番人気の物語は400万ドル(約4億2000万円)以上を稼ぎ出し、5000万人以上の「読者」を獲得している。Radishの物語はほとんどがロマンス、超常現象/SF、LGBTQ、ヤングアダルト、ホラー、ミステリー、スリラーのジャンルに分類される。リー氏によれば、読者の大半が米国在住の女性だという。

今回の大型ラウンドは、問題多きソフトバンクグループ傘下のアーリーステージ向け投資会社であるソフトバンク・ベンチャーズ・アジアと、韓国のインターネット大手Kakao(カカオ)の一部としてウェブトゥーンやウェブノベルを出版しているKakao Pages(カカオ・ページズ)が主導している。リー氏は、米国で読者を増やす上で、これらの企業のアジア市場での専門性を活用できると話している。つまり、よりヒット性の高い作品を求めての制作の加速、そしてより効率の高いマーケティングにこの資金が使われる。

「オリジナル作品の制作ペースを速めることにより、Radishは世界のオンラインフィクション市場で最高の主導的位置を確保できます」とソフトバンク・ベンチャー・アジアのCEOであるJP・Lee(JP・リー)氏は声明の中で述べている。「Radishは、連載小説のプラットフォームが、人々のオンラインコンテンツの消費方法を変えられることを証明しました。今後もモバイルフィクションの分野に改革を起こし続ける同社を支援できることを、私たちはとてもうれしく思います。グローバルなソフトバンクのエコシステムをテコにして、Radishが世界の新しい地域へ拡大してゆくための支援と促進の手伝いができればと考えています」。

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画像クレジット:Radish

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(翻訳:金井哲夫)

ひと口サイズで読ませるクラウドソーシング小説の出版社Inkittが17億円を調達

伝統的な出版の世界は、デジタル革命の猛襲に見舞われてきた。タブレットやスマートフォンが急増し、そこで視たり遊んだりできるコンテンツが充実したこともあり、娯楽としての読書は大幅に数を減らしてしまった。その一方で、アマゾンは出版の経済学を変革しようと先陣を切った。その結果、本の売り上げによる利益も、出版社と作家への報酬も、電子書籍の宇宙では利ざや縮小に追い込まれた。

ベルリンを拠点とするスタートアップであるInkitt(インキット)は、この流れに対抗しようとクラウドソーシングによる出版プラットフォームを構築した。同社は、今の世にでも、適切なかたち(下で詳しく解説するが)で提供すれば、読書が楽しめる余地があると信じている。そして米国時間8月28日、今日までの成功を裏付けるように1600万ドル(約17億円)の資金調達を発表した。現在インキットは、160万人の読者、11万人の作家を有し、35万本以上の小説がアップロードされたコミュニティーを形成している。今年の初めにローンチしたGalatea(ガラテイア)という新しいひと口サイズの没入感あふれる読書アプリによるランレートは600万ドル(約6億3600万円)とされている。彼らの野心はこれに留まらない。

その野心とはどれほどのものなのか?インキットの創設者でCEOのAli Albazaz(アリ・アルバザズ)氏は、目標は21世紀のディズニーを作ることだと話している。デジタル小説はいまだ黎明期だ。彼の視野には、オーディオ、テレビ、ゲーム、映画への進出、「それにもしかしてテーマパーク」も入っている。

しかし、「The Millennium Wolves」、このプラットフォームでのベストセラーのひとつで、リリースから最初の6カ月間に100ドル(約1億600万円)を売り上げ、24歳の作者Sapir Englard(スピア・エングラード)氏は、その印税でマサチューセッツ州ボストンのバークリー音楽大学に入学しジャズを学んでいる、が作り上げたジェットコースターが走り出すまでインキットは小さな企業だった。

ガラテイアをうまく育ててくれる作家を探し続けながら、英語の他に10カ国語を新たに追加し、さらに読者層の拡大と、読者とその人が最も共感しやすい物語を結びつけるためのデータ科学を採り入れた。同社は、インドやイスラエルなどでよく売れた作品から資金を得ている。そのため、それらの国々の英語を読まない読者たちにもアピールする時期に来たと考えている。

「これは長期計画です。私たちは一歩一歩進めています」とアルバザズ氏は今週のインタビューに応えて話していた。「私たちは最高の才能と最高の物語を、あらゆる場所で探しています。彼らを探し出し、発掘し、世界で成功するシリーズ物にしたいのです」。

今回のシリーズAの投資はKleiner Perkins(クライナー・パーキンス)氏の主導により、HV Holtzbrinck Ventures(HVホルツブリンク・ベンチャーズ)、エンジェル投資家のItai Tsiddon(イタイ・ツィドン)氏、Xploration Capital(エクスプロレイション・キャピタル)、Redalpine Capitalレダルパイン・キャピタル)、Speedinvest(スピードインベスト)、Earlybird(アーリーバード)が参加している。インキットは評価額を公表していないが、500万ドル(約5億3000万円)を調達している(レダルパイン率いる今回のシードラウンドを含む)。

みんなのためのフィクション

インキットは数年前、実に単純なアイデアからスタートした。人々(特に未契約の作家)が執筆中の話の抜粋を、またはフィクションの完成原稿(特に小説)をアップロードすると、それが読者に結びつけられ感想がもらえるアプリだ。インキットは読者からのデータを集計して、彼らが読みたがっている内容を詳しく洞察し、それをアルゴリズムに入力し、作家にフィードバックする。

これは、作家が未発表の作品を公開できる数ある場所(キンドルなど)に対抗できるシンプルなコンセプトだ。

しかし、その6カ月後、データベース化された作家と読者のクラウドソーシングというコンセプトは、ガラテイアの投入で面白い変化を迎える。

インキットは、この最初のアプリで最も高い効果を上げた、例えば、最も多くの読者を獲得し、もっとも多く読了され、もっとも多くフィードバックがあり、もっとも多く推薦を集めた作品を選び、内部の編集者と開発者のチームがそれをガラテイアに合ったフォーマットに作り変える。短く、ひと口サイズのミニエピソードに分け、1ページ読むごとにその内容に即した特殊効果を追加して没入感を高めるという仕掛けだ。

この効果にはサウンドの他に、衝突の場面ではスマートフォンが振動したり、鼓動が伝わったり、燃え上がる場面では画面いっぱいに炎が広がったりする。そのあとに、対のページに進むためのスワイプが指示される(このアプリにはうまい名称を与えたものだ。ガラテイアはピグマリオーンが作った象牙の彫像で、後に生きた人間に変身する)。

これはエロチックな話です。エピソード1はエロチックな音声から始まります。ヘッドホンを使用するか、プライベートな場所でお楽しみください。

アルバザズ氏が説明するように、ガラテイアは通知によって常に注意が移る世代の消費者に対応するように作られている。そうした人たちは、瞬間的に情報を得ることに長けている。

「現在、人々はスナップチャットやインスタグラムやいろいろなものを使っていて、それらすべてが通知を送ってきます。しかし、読書には強い集中力が必要です」と彼は言う。

そこで、ページサイズを縮小し、一度に一段落だけを表示するという方法をとった。

「通常の電子書籍アプリではページをめくりますが、こちらは段落をめくるようになっています」。こうすることで、画面の占有率は20%ト以下になると彼は話す。

読者は、ひとつの「エピソード」(およそ15分で読める数ページぶん)を1日に1回無料で読める。理論的にはガラテイアで本1冊が一切お金を使わずに読めるわけだが、多くの読者は、1日にもう少し読めるようにクレジットを購入している。その結果、本1冊につき平均でおよそ12ドルの利益が出る。現在、インキットの2つのアプリのユーザー数(インストール数)は、1日あたり数千単位で伸びている。

彼らは単に、今日の消費者が最も好む端末画面の使い方に合わせて読書アプリを作っただけではない。これは、そもそも作品を普及させるためのモデルを再構築するものでもある。

「小説はみんな大好きですが、その作られ方、読まれ方は、常に変化しています」とクライナー・パーキンスのIlya Fushman(イリヤ・ファッシュマン)氏は言う。「インキットの豊かでダイナミックな物語のフォーマットは、新世代の読者の想像力を即座に掴みます。彼らのコンテンツ・マーケットプレイスは、世界中の読者と作家を結びつけ出版の娯楽化と民主化を進めます」。

現在は、インキット自身が発掘したオリジナルの作品に大きく重点が置かれている。しかし、このモデルは基本的にもっといろいろな作品に対応できる。例えばそのひとつとして、すでに世界で出版されているが、読者の心にまだ響いていないもの、古典作品、人気はあるがガラテイアが手を加えることでもっと面白くなるものなどが考えられないだろうか?

だが一方、ガラテイアのモデルは、本質的に非常にわかりやすいヒット作品に偏っているようにも見える。最初から人気があるとわかっているものや、人気が出ることが証明されているテーマなどだ。すぐに読者を引きつけることはできなくても、読む価値のある作品や、いつか大傑作として認められるかも知れない作品にまで幅を広げることはないのだろうか。「ハリー・ポッター」シリーズも好きだが「フィネガンズ・ウェイク」や「ミルクマン」を読みたい人もいる。

この両方に対するアルバザズ氏の答えはこうだ。インキットはすでにたくさんの出版社から、彼らの独自作品をガラテイアを使って出版したいという申し出を受けている。そのため、ご想像のとおり、いずれはその方向へ進むだろう。ガラテイアでの今の大ヒット要因を把握してはいるものの、さらに成長して利用者が増えれば、より幅広い嗜好に応えられる作品を探さなければならなくなる。

彼らの事業は、ゴリアテであるアマゾンに立ち向かうダビデそのものだ。しかし、インキットにはひとつの強みがある。このプラットフォームでチャンスを掴もうとする人たちに、相応の報酬を約束している点だ。

ガラテイアでの作家の平均的な報酬は「出版社としては最悪のパートナー」とアルバザズ氏が批判するアマゾンで出版した場合と比較して30倍から50倍だという。彼は、インキットでの印税の分割に関しては明言していない。その高額な印税は、読者数が多いためか、取り分が多いためか、その両方なのかも明らかにされていない。ただ、作品に対して「読者が多い」ために「収入が増える」からだとのみ彼は話している。

これはとても柔軟なプラットフォームでもある。他の場所で同時に作品を発表することも許される。「誰も拘束しません」と彼は言う。「最も公平でもっとも客観的な出版社になることを、社内共通の使命として宣言しています。隠れた才能を発掘するには、その方法しかないのです」。

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(翻訳:金井哲夫)

現実に追いつかれた? 未来の民主主義を描いたマルカ・オールダーの最新SF小説『State Tectronics』

全能のデータ・インフラストラクチャーと知識共有技術を持つ組織が、世界中に広がっている。地球規模でのプロパガンダの拡散と不正選挙に関する陰謀説は、いまだに消えない。人が何を客観的事実と見るかをアルゴリズムが決定し、テロ組織は情報の独占企業を引きずり下ろそうと身構えている。

Malka Older(マルカ・オールダー)は、スペキュレイティブ・フィクションを得意とするSF作家でも、生涯滅多に遭遇しないであろう事態に直面した。自分が描いた作品に現実が追いついてしまうという問題だ。オールダーは2年前に『Central Cycle』シリーズを書き始めたのだが、そのプロットは早くも本のページを飛び出して、日常的にニュース専門チャンネルのネタになり、議会では度重なる調査の対象にされている。彼女の世界は数十年先の未来と想定されていたのだが、歴史は速度を上げてきた。数十年後の未来は、今では2019年を意味する。

オールダーのこの三部作は『Infomocracy』から始まった。そしてその続編『Null State』を経て、今年、完結編である『State Tectonics』が発表された。三部作を書き上げるのは並大抵の苦労ではないが、『State Tectonics』は彼女がもっとも得意とする手法で書かれている。政治の未来にいくつものスリラーのスタイルを混ぜ合わせ、思考を刺激するニュアンスを山盛りにしているのだ。

オールダーの世界は、2つの単純な前提の上に作られている。ひとつは、マイクロデモクラシーと呼ばれるプロジェクトにより、世界がセントラルと呼ばれる10万人単位の行政単位に分割され、誰もが自由に好きな行政単位に移住できる権利を持つという世界だ。これは奇妙な副産物を生んだ。たとえば、ニューヨーク市のような過密地域では、企業が支援する自由主義の楽園的行政単位から、最左翼の環境主義のオアシス的行政単位へ、まるで地下鉄で移動するかのように乗り換えることができてしまう。

もうひとつは、市民が最善の選択をできるよう、Informationと呼ばれる世界的組織(Googleと国連とBBCのハイブリッド)が、政治と世界に関する客観的情報を提供するために不断の努力を行っているという社会だ。Informationは、選挙公約からレストランのメニューの味に至るまで、あらゆる物事のクレームを検証している。

これらの前提をひとつにまとめ、オールダーは情報操作と選挙戦略の世界を、客観的真実の意味とは何かを黙想しつつ探求した。この三部作では、Informationの職員の目線で、一連の世界規模の選挙にまつわる政治的策略や陰謀を暴いてゆく。こうした構造により、テンポのよいスリラーでありながら、スペキュレイティブ・フィクションの知的な精神性が保たれている。

前作『Null State』では、不平等と情報アクセスの不備に焦点が当てられていたが、『State Tectonics』では、オールダーはInformationによる情報の独占の意味に疑問を投げかけている。このマイクロデモクラシーの世界では、検証されていない情報を一般に公開すると罪に問われる。しかしInformationでも、全世界の膨大な情報を完全に持ち合わせているわけではない。そこで、闇のグループがInformationの公式チャンネルの外で、地方都市や人々に関する情報を流し始める。そうして根本的な疑問が湧く。誰が現実を「所有」しているか? その前に、客観的事実をどうやって判断するのか?

この核心となる疑問の背景には、都合よく現実を調整してしまうアルゴリズムの偏向の罪に問われたInformation職員の苦悩がある。どこかで聞いたような話ではないだろうか?

スペキュレイティブ・フィクション作品として、とくに未来の民主主義という難しい問題を扱った小説として、『State Tectonics』は最上級だ。細かい場面にアイデアを次から次へと織り込むオールダーの激烈な才能は、常に読者を立ち止まらせて思考に迷い込ませる。この本だけで、私たちは政治、精神的健康、インフラ金融、交通、食糧、国粋主義、アイデンティティー政治のすべてを論議できる。爽快なまでのダイナミックレンジだ。

ただ、幅が広すぎて深さが犠牲になっている部分もある。いくつかの問題では掘り下げが足りず、表面をなぞっただけのようなところが見受けられ、登場人物も十分に描かれていない。この3冊の分厚い本を読み終えた今でも、私には、長い間付き合ってきた登場人物たちを理解しきれていない感覚が残っている。彼らは、出入りの激しいニューヨークで知り合った友人のようだ。一緒に週末を楽しんだが、離れてしまった後、連絡を取ろうとは思わない程度の人物だ。

さらに言わせてもらえれば、余分とも思われる細部に重点を置きすぎている面がある。仮想世界を読者の頭の中に構築させたいのはわかるが、Wikipediaを読まされているような気になる。その点では、オールダーは初期の作品から成長している。細かい説明は短くなり頻度も減った。だが、それでもまだ、説明によって本筋から脇道にそれることがあり、そのために登場人物のさらなる肉付けのための時間が奪われている。

『State Tectonics』は、その前の2作と同様、最高にして最低の折衷料理だ。メニューには刺激的な料理が並んでいて、従来のカテゴリーや信念を劇的に超越する思考を与えてくれる。しかし、大半の料理はごちゃ混ぜで、その場は美味く感じても余韻が残らない。だがこの小説は、民主主義の未来を見事に物語っている。このテーマに強い関心を持つ人にとって、これ以上の小説を探すことは難しいだろう。

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(翻訳:金井哲夫)