下肢切断者のモビリティを向上させるパワード義足開発のBionicMが5.5億円調達

下肢切断者向けのパワード義足を開発している東大発のスタートアップであるBionicM(バイオニックエム)は9月7日、事業拡大を目的とした5億5000万円の資金調達を発表した。第三者割当増資による調達で、引受先は、東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の3社。

同社の事業は現在、NEDO、厚生労働省、JETRO、特許庁のプロジェクトのほか、研究開発においてはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型スタートアップ支援事業、課題解決型福祉用具実用化開発支援事業、厚生労働省の障害者自立支援機器等開発促進事業にも採択されている。

パワード義足の実用化に向けては、国立研究開発法人産業技術総合研究所との共同研究により、試着評価を進めており、すでに2019年10月には国際義肢装具協会世界大会(ISPO2019)で技術発表を終えている。

今回の資金調達により、パワード義足の実用化に向けた研究開発・臨床評価試験、生産や販売はもちろん、日本・中国における事業活動の加速、知財戦略実行の強化、人材採用を進めるとのこと。開発・臨床評価試験においては、2021年の実用化に向けトライアルユーザーを募集し、製品としての精度を高めていく計画だ。

今回の資金調達に併せて、プロジェクター付きシーリングライト「popIn Aladdin」を開発・販売するpopIn代表取締役の程涛氏が取締役に就任。同氏の知見を共有しながら、中国での事業展開などに生かす計画だ。

元ソニー技術者が創業、東大発のロボット義足ベンチャーBionicMが資金調達

「既存の義足にはまだまだ不便な部分がある。自分自身、義足のユーザーであり1人のエンジニアでもあるからこそ、もっといい義足を自ら開発しよう。そんな思いで始めた」

そう話すのは、BionicM(バイオニックエム)で代表取締役を務める孫小軍氏。同社では現在ロボティクス技術を活用した“次世代のハイテク義足”を開発している。

チームを率いる孫氏は、学生時代からの義足ユーザーだ。大学卒業後はソニーでエンジニアとして働いていたが、義足の課題点を自らの手で解決するべく、会社を辞めて東京大学の博士課程に進学。ヒューマノイド技術を応用した義足の開発に取り組んできた。

そのBionicMは3月18日、研究開発のスピードをさらに加速するべく、UTEC(東京大学エッジキャピタル)から資金調達を実施したことを明らかにしている。具体的な金額は非公開だが億単位の調達になるという。

既存の義足に課題を感じ、東大のロボット研究室へ

BionicMのメンバー。右から3人目が代表取締役を務める孫小軍氏

中国で生まれた孫氏は、9歳の時に病気が原因で片足を切断している。「当時中国では補助制度もなく、義足自体も高価なものだった」ため、それ以来は松葉杖を使ってずっと生活をしてきた。

そんな孫氏が義足ユーザーになったのは、交換留学を機に日本で暮らすようになった学生時代。「松葉杖から義足になることで両手も自由になり、生活の幅も広がった」と当時を振り返る孫氏は、東北大学、東大大学院を経てソニーに入社し、エンジニアとして勤務する。

ただ、義足を使う生活が続く中で、次第に既存の製品には改良できる点があると感じるようになった。

「階段の昇り降りが大変だったり、常に自分で力を入れていないと動かないから疲れやすい。例えば椅子から立ち上がる場合、義足は膝が曲がった状態では力が入らないのでもう一方の足にかなりの力を入れる必要があり、高齢者などは苦労する。安全性の面でも膝折れしてしまい転びやすいという問題もあった」(孫氏)

冒頭でも触れた通り、孫氏は自らの手で新たな義足を開発すべくソニーを退職。再び活動の場を東大へと移すことを決断する。

進学先として選んだのは、ヒューマノイドロボットを研究する情報システム工学研究室(JSK)。グーグルに買収されたSchaftや、産業用ロボット分野で事業を展開するMUJINの創業メンバーもルーツを持つ、この分野では日本有数の研究室だ。

まさに現在BionicMで開発するロボット義足も、ここで学んだ最先端のロボティクス技術を取り入れたもの。当時は誰も義足の研究をしておらず手さぐりで始めたそうで、本格的に義足を作る上では資金が全くなかったという。

そこで2016年にJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)が運営する大学発ベンチャーの支援制度「START」に応募。このプログラムでは申請フローの途中でVCなどの事業プロモーターがつく仕組みになっていて、当時からBionicMをサポートしてきたのがUTECだった。

実際にBionicMを法人化したのは2018年12月のため、同社は設立から間もない生まれたてのスタートアップと言える。ただプロジェクト自体は孫氏の熱い思いから発足して、数年に渡って続いてきたものだ。

寡占市場ゆえに、技術革新が進んでこなかった義足市場

そもそも義足は切断箇所を入れる「ソケット」と、膝や足の役割を担う「膝継手」「足部」などのパーツから構成される。

ソケットは足を切断した位置に限らず必ず必要になるもので、切断箇所と義足をつなぐ役割。体にフィットしたものを選ぶ必要があり、義肢製作所でオーダーメイドのものを作る。一方で膝継手や足部などはメーカー側が大量生産していて、BionicMもまさにこの2つのパーツを手がけている。

孫氏によると、膝継手や足部などの義足パーツは「受動式」「電子制御型受動式」「能動式」の3タイプに分かれるという。現在活用されているものの大部分はオーソドックスな受動式タイプ。自転車に例えるとシンプルなママチャリに近く、機能に限りがある分、価格も平均で数十万円〜100万円ぐらいとコスト面でメリットがある。

電子制御型受動式はギアのついた自転車をイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれない。受動式を少しアップデートしたもので、その分価格帯も200万円前後に上がる。

そして3つ目の能動式がいわゆる電動自転車のように、最もハイスペックなものだ。ユーザーの負担が削減される一方で、高価格になりがちなのが課題。現在市場に出回っているものは1000万円ほどするという。

BionicMが手がける義足もこの能動式に分類されるもので、既存の製品よりも性能を上げつつ200万円ほどで提供することを目標にしているという。

本当にそこまで価格を下げることが可能なのか気になるところだが、実はこの市場は「全体の70%のシェアを大手3社が握っている寡占市場」であり、価格の競争や新しい技術の採用など変革がほとんど起こっていないのだそう。

だからこそ新たな義足を開発する意義もあるし、スタートアップが市場を切り開くチャンスもある。モーターやバッテリーなどロボット義足に欠かせない部品の改良が進んでいるのも追い風だろう。その考えは創業前からBionicMをサポートしてきたUTECの井出啓介氏にも共通する。

「寡占化によって義肢の市場はおかしな状況になっている上に、テクノロジーの恩恵を十分に受けられていないため市場環境的にもスタートアップが戦える余地が十分にある。そこに日本の最先端のヒューマノイド技術を応用した製品が出てくることは、価値の高いこと。今はアジアから主要なプレイヤーが1社も出てきていないが、この技術は日本に限らず中国やインドなどアジア諸国でも展開できる」(井出氏)

様々な局面でユーザーをアシストする、ハイブリッド型義足

現在BionicMが研究開発を進めているのは、ロボット技術を基に人間の自然な歩行をアシストする義足だ。複数のセンサーを搭載したこの義足は、足を降り出す際や障害物とぶつかった際など、様々なシーンにおいて歩行環境やユーザの意図を検知できる。

左が受動式の義足、右が現在BionicMが開発する能動式の義足。段差などの障害物にぶつかった際、受動式の義足では膝がカクッと折れてしまうことがわかる

歩行時であれば振り出す動作をアシストすることで、身体への負荷を抑え自然に歩けるようにサポート。段差などにつまずいて膝折れしてしまうような場面でも、その状態を把握して動力を駆動させることで転ばないように支える。

受動式の義足では負担となっていた椅子から立ち上がる動作についても、アシスト機能によって両足に均等に体重をかけながら楽に起立することができる。

もちろん能動式の義足を開発するプレイヤーは他にもいるが、上述した通りイノベーションがあまり進んでいない。実際、市場に出回っているものには値段の高さ以外にも重さを始め、使い勝手が悪い部分があるそう。

中でもネックとなるのがバッテリーが切れてしまうと“電池切れのスマホ”のように全く使い物にならなくなってしまう点だ。

その問題を解決するため、BionicMではハイブリッド型の義足を開発している。つまり普段はハイスペックなロボット義足として力を発揮し、仮にバッテリーが切れてしまった場合にも受動型の義足として使うことができるという仕組みだ。

その他バッテリーを小型化することでこれまでの製品よりも30%ほど軽量化するなど、ユーザーの負担が少なく、楽に使える義足の実用化を目指している。

「普段生活をしていて意識することはないかもしれないが、人間の足は非常によく出来ていて、それを機械を使って模倣するのはとても難しい。体に装着するものなのでできる限り小型で軽くしないと使えないし、人間に近い動きを制御するのも簡単なことではない」(孫氏)

現在作っている膝部分のプロトタイプは4代目。試行錯誤しながらアップデートを繰り返す日々で、今は10月に神戸で開催される国際義肢装具協会の世界大会で製品を披露することが目標。製品化は2020年春を目安にしているという。

「自分もそうだったが、病気や事故によって止む無く足を切断する人もいる。そんな人達が健常者と同じように自信を持って生活できるように、まずはマイナスをゼロにできるような義足の開発を目指す。また、今は義足を周りに見られたくないというユーザーも多い。ゆくゆくは見た目にもこだわり、義足の文化自体も変えられるようなチャレンジをしたい」(孫氏)

AI活用の3Dプリント義足で「義足を持てない患者」救出へ、インスタリムがフィリピンで実証実験を開始

3Dプリンティングと機械学習技術を活用することで、低価格な新しい義肢装具を開発するインスタリム。同社は7月25日、フィリピンにて3Dプリント義足の製品化に向けた実証実験を始めたことを明らかにした。

インスタリムについては同社が採択されている「東大IPC起業支援プログラム」を取り上げた際にも少し紹介したけれど、これまで義足を持つことができなかった患者に対して、新しい選択肢を提供しようとしているハードテックスタートアップだ。

同社では義足の開発に3DCAD(3Dモデリングソフト)や3Dプリンタを活用。問診時にスキャンした患部データを元に、3DCADで身体と接触する部分(ソケットと言うそう)の形を作りながら、3Dプリンタを通じて仮ソケットを出力する。

次の工程では仮出力したソケットを実際に試着。専門の義肢装具士が、痛みを感じる部分など形状の細かい修正をした後、もう一度3Dスキャンしデータをインポートする工程を繰り返すそうだ。この時点では患者にフィットして全く痛くないものができているので、3Dプリンタを使って最終版を出力するという流れになる。

インスタリム代表取締役CEOの徳島泰氏によると、ここでポイントとなるのが途中で「義肢装具士の修正」が必要になること。

これは従来の義足でも同様。義足を作るとなると、多大な設備や専門家の手が必要になり、それが販売価格や製作期間にもそのまま反映されてきた。徳島氏によると一般的なものでは通常1本あたり30〜100万円で販売され(寄付などでほぼ無償で提供されているものを除く)、製作期間も2〜3週間程度かかるという。

インスタリムの場合も初期は仮ソケットの修正時に専門家の手が必要になるが、ある程度のデータが貯まってきた段階で徐々にその部分をAIに移行。「最終的には人手による修正がいらなくなるレベル」(徳島氏)を実現し、従来の約10分の1のコストで、かつ短期間で納品することを目指している。

現地での実証実験の様子

もう少し補足すると、インスタリムでは義足を作るたびに「1番最初にスキャンした患部データ」と「形状を修正した後のデータ」の2種類のデータが貯まっていく。この2つを機械学習にかけることで「●●のような患部データが入ってきた場合には、××のように修正すればいい」といった情報をAIでレコメンドするというわけだ。

「義肢装具士の技術を学習していくようなイメージ。これが実現すれば義肢装具士がいないような場所でも義足を作れるようになる。また義肢装具士がいても、今までは単価が高くて義足を手に入れられなかった人に安く提供することもできる」(徳島氏)

前回の記事でも紹介した通り、徳島氏は大手医療機器メーカーでAEDや医療系ソフトウェアの開発に従事した後、青年海外協力隊としてフィリピンに2年半滞在。そこで糖尿病が原因で足を切断し、義足を必要とする人が多いことを知ってこのビジネスを始めた。

左から2番目がインスタリム代表取締役CEOの徳島泰氏

JICAが公開している「フィリピン国3Dプリント義足製作ソリューション事業基礎調査」を見ても、同国で膝下義足を必要とする障害者・足切断患者に、潜在的な義足ユーザーとされる糖尿病性壊疽患者を加えると120万人以上に上ることがわかる。このうちすでに義足を得ているとされるのはわずか数万人だ。

そもそも義肢装具士の絶対数が少なく、ゼロから義足製作所を作るにはコストがかかる一方で、収益性などの観点を考慮するとものすごく儲かるビジネスというわけではない。だからこそ義足を開発するコストを抑え、多くの患者が手の届く価格で提供する仕組みができれば、大きなマーケットポテンシャルがあると言えそうだ。

「(取り組んでいる領域的にも)いわゆるスタートアップのビジネスっぽくはないと見られることもあるが、潜在的な市場も含めるとフィリピン1国の義足市場だけでも100億円の規模があるとされている。患部データを集めて仕組みが構築できれば他の国での展開も考えられるので、スタートアップが取り組む市場としても十分魅力がある」(徳島氏)

義足の顕在市場は約2000億円、義肢即具全般では約2.2兆円の規模にも及ぶそう。途上国はもちろん比較的義足が行き渡っているような先進国でも、価格が安くなれば用途に合わせて2本目、3本目の義足として提供するチャンスもあるという(例えばサンダル用、ヒール用といった具合だ)。

今後同社の構想を実現する上で鍵を握ってくるのが「いかに患部データを集めていけるか」ということ。今回の実証実験ではフィリピンのマニラ首都圏地域にて、被験者50人に対して義足を製作。6ヶ月間のテストをしながら、並行して各ソリューションの検証や医師・義肢装具士に対するユーザービリティテストも実施する計画だ。

徳島氏の話ではこれを皮切りに今後1年ほどで1000人ぐらいのデータが集まる見込みなのだそう。2019年の春頃を目処に、まずはフィリピンで本格的に事業を開始する予定だという。

脊髄損傷患者が脳に直接接続されたロボットハンドの指を「感じ」た

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「人差し指…薬指…小指…人差し指…中指… 」

Nathan Copelandは、研究者に向かって、今自分のどの指が触られているかを答えている。しかし研究者が触れているのはロボットの手で、Copelandの手ではない。彼の手は10年以上に渡って何も感じて来なかったのだ。

この「原理証明」実験では、脊髄損傷によって四肢の感覚を失った男性が、彼の脳に直接接続されたロボットの指に与えられる圧力を「感じる」ことができた。サイバネティックハンドへの道のりは遠いが、必要とする更に多くの人々がそれを利用できる可能性を開くものだ。

さて、注意点が2つある:まず最初に、これはロボットハンドがユーザーの脳に感覚を送った最初の例ではない;これは継続的に行われていて、どのようにそれを定義するかに依存している。第2に、とても凄いことの様に思えるものの、これはまだ神経システムの精妙さ複雑さに比べると信じられないほど粗いものだということを理解しておくべきということだ ‐ 私たちはそれを制御するどころか、理解するレベルにもほど遠い位置にいる。

とはいうものの、他の多くの義手/義足が依存している末梢神経系というステップを飛び越えているという意味で、これは重要な研究なのである。もし置換された手から信号を送ろうとするなら、結局信号が通過する、より腕の上方にプラグインすることが可能だ。しかし脊髄損傷の場合には、そうした信号は決して脳に到達しない。よってこのアプローチは上手くいかない。

ピッツバーグ大学のRobert Gauntと彼のチームが行ったことは、本質的には、ロボットアームを直接脳にプラグインして、中間の神経系や脊髄を共にバイパスすることだった。

Copelandは12年前に事故に遭い、四肢麻痺が残された。しかし事故に遭うまでの16年間に手足を動かしていた経験が意味することは、手に触れられたときにどのように感じるかを覚えているということで ‐ それはすなわち、彼の脳も覚えているということを意味するのだ。

そこで研究者らは、Copelandを異なる指に触れたときの感覚に集中させ、その感覚に関連した脳のアクティビティをトラックした。その後彼らは、指先サイズの微小電極アレイの4組を、それらの感覚がトラックされたCopelandの感覚皮質の中心に、外科的に移植した。

微小電極

使用した微小電極アレイのイメージ

その後数ヶ月にわたり、チームは繰り返しその領域に刺激を与え、人差し指、薬指、などの、どの指に触れられているのかの感覚を生み出すパターンと場所を発見した。
ついには、Copelandは、それぞれの指が脳の回路に対応したロボットハンドと接続された。

最初は85パーセントの正答率だったが、やがて100パーセント近いものになった。これはとても有効な証拠だが、関係者は皆、これはまだ初期段階に過ぎないと言う。

「究極の目標は、ただ自然の腕を動かし、感じているようなシステムを作成することです」とGauntは、UPニュースリリースで述べている。「そこに行くまでは長い道のりですが、素晴らしいスタートを切りました」。

1つの課題は、感覚を均一化する必要があるということだ ‐ 「電気刺激に感じることもあれば、圧力に感じることもあります。しかし多くの場合に、どの指かということは正確に伝えることができます」と、Copelandは言った。タッチの程度と種類に関してはまだまだ遠い。

また、これは一方通行だ:脳から腕へは何のデータも送られていない。制御方法は、運動皮質にある完全に異なる神経回路に依存している;それは、全く異なる研究フィールドである。しかし、義手から直接脳に送られるこの種のフィードバックは、ユーザーがものを自然な形で握ったり操作するための直感的な制御のために重要なものである。

チームの仕事は、Science Translational Medicineジャーナルに掲載されている 。この研究は、DARPA、アメリカ合衆国退役軍人省、その他の助成金を受けている。

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(翻訳:Sako)