見積プロセスの変革で“製造業の原価低減”を実現する「RFQクラウド」公開、3億円の調達も

日本国内で約66万社存在するという製造業系の企業。そこで各社の競争力の源泉となる“モノの仕入れ”を担当しているのが購買部門だ。

特に規模の大きい企業ほど、資材や部品の購入価格が1%変わるだけでも数千万円、数億円の利益の違いをもたらすため「購買価格を最適化すること」には価値がある。

ただし現実はそう簡単ではない。現場では担当者1人あたりが「数百〜数千のサプライヤ、数百〜数千品目」を担当し、年間で数十億〜数百億円分の部品を調達するようなことも珍しくなく、そこには膨大な見積もり査定工数がかかる。査定プロセスはアナログで、そもそも複数社を同じ条件で比較することも難しい。

A1Aが本日10月2日にローンチした「RFQクラウド」はそんな購買担当者の課題を解決する製造業向けのSaaSプロダクトだ。テクノロジーの活用で見積査定の工数を削減するとともに、最適な価格での購買をサポートする。

今回同社ではBEENEXT、PKSHA SPARX Algorithm Fund、複数名の個人投資家から合計3億円の資金調達を実施したことも合わせて発表。RFQクラウドの機能強化を進め、より使いやすいサービスを目指していく計画だ。

統一フォーマットの導入などで見積査定工数が1/5程度に

RFQクラウドのポイントは「サプライヤー主導だった見積をバイヤー(購買担当者)主導に変えること」にある。

そもそも従来の商慣習では部品を提供するサプライヤー側が“自社のフォーマット”で見積を送るのが一般的。購買担当者は異なる形式で入力された情報を基に見積項目を比較しなければいけないので、査定に大きな負担がかかっていた。

手に入れた見積も保管場所はバラバラなことが多く、過去のデータが一覧できるデータベースのようなものも存在しないため、適正価格を判断するのに必要な材料を探してくるのも大変。本来時間を使うべき「見積の精査」にかけられる時間も限られていた。

そこでRFQクラウドでは購買担当者側から統一フォーマットを指定し、各サプライヤーがそれに合わせて見積を入力することによって見積工数を大幅に削減する。要は同じ形式で入力された“見積のデータベース”を作り「価格の妥当性」を把握しやすい環境を提供するというわけだ。

項目が統一されていれば複数社を横並びで比較することはもちろん、過去のデータと見比べることも可能。今までは難しかった「細かい条件による比較」や「埋もれてしまっていた古いデータの検索」も簡単だ。

アナログだった見積プロセスをデジタル化することで、余計に工数がかかっていた業務を効率化したり、担当者ごとに属人化しがちだったノウハウを共有する効果も見込める。テスト版を導入した企業では見積査定工数が1/5程度に短縮された事例もあるという。

ベータ版は約40社が活用も、多業種に広がりすぎて頭を悩ます

ベータ版ローンチ時にも紹介した通り、このプロダクトはA1Aの創業者である松原脩平氏がキーエンス時代に感じた現場の違和感を解決するべく開発したものだ。プロダクトを作るにあたって実際に約100社の担当者にヒアリングをしたところ、まさに「バラバラな見積もりフォーマット」や「データの属人化」といった共通の課題が浮かびあがった。

3月に公開したベータ版は40社以上が活用。当初メインの顧客層として考えていた製造業だけでなく、幅広い業界から想像以上に問い合わせが殺到したそうだ。ただこの予期せぬ状況が、結果的に松原氏の頭を悩ますことに繋がった。

「RFQクラウドの価値は見積もりの妥当性を把握することで、原価の低減を実現すること。『原価を下げる』というのは製造業以外にもニーズがあるため、さまざまな企業から反響があった。ただあまりに広い業界から問い合わせを頂いたので、細かい要望を聞きすぎた結果SaaSを提供する企業ではなくSIerよりのビジネスになってしまう懸念も出てきて。山を登るスピードが遅くなってしまった」(松原氏)

そんな状況が続いたため、原点に立ち戻り改めてRFQクラウドの価値を整理したそう。その上で顧客を再定義し、製造業の中でもまずは量産品を手がける企業にフォーカスして機能を磨き正式版をリリースした。

「自分たちが目指すのはB2Bの取引をワンランクあげるために『取引コスト』を解消すること。それを紐解くと意思決定に必要な情報を集めるのに要する『探索コスト』、当事者間の交渉に要する『交渉コスト』、契約を確実に遵守させるための『監視コスト』が存在する。まずは見積もりデータをRFQクラウド上で一元管理することで、探索コストや交渉コストを解消していきたい」(松原氏)

正式版の提供は本日からになるが、年商数兆円クラスのエンタープライズ企業から100億円規模の成長企業まですでに7社で正式導入が決定している。

この領域で国内の競合となるのは、オンプレの基幹システムを作っている企業がモジュールとして同様の機能を提供するケース。高額なオンプレシステムに比べてRFQクラウドは月額15万円から導入できるのがわかりやすい利点ではあるが、ゆくゆくは企業間取引の領域まで拡張していくことで利便性を高め、購買部門におけるインフラを目指す計画だ。

最終的にはB2Bの取引プラットフォームへ

今回A1Aではプロダクトのローンチと合わせて3億円の資金調達も発表している。

BEENEXTは前回ラウンドからのフォローオン投資。PKSHAも前回は本体からの出資だったので少し形は変わるものの(今回はスパークスと共同運営するファンドからの出資)、継続してA1Aに出資することになる。

調達した資金はプロダクトの機能強化と事業拡大に向けた人材採用に用いる計画。今後は一品ものを手がける製造業向けの機能を整備することから始め、次のステップではサプライヤー側へのサービス提供も見据える。

「サプライヤー側も見積の属人化や見積の管理など同様の課題を抱えている。適正な見積を算出するのは簡単なことではなく、実は赤字受注をしてしまう企業も少なくない。サプライヤーが自社の強みと実績をアピールできる仕組みを作ることで、正当な評価を受けられるようにしていく」(松原氏)

RFQクラウドは現在サプライヤー側が無料で使える仕様になっていて、各バイヤーからリクエストを受けたサプライヤーがどんどんネットワークに入ってきている状態だ。バイヤーは1日あたり10〜30件の見積依頼を行なっているため、同サービスは日々の業務で欠かせない存在。その特性を活かしてバイヤーを起点に一気に双方の企業数を拡大していく狙いだ。

また機能拡張と並行してグローバル対応も進めていく方針。松原氏によると多くの企業は海外のサプライヤーにも見積をとっていることが珍しくなく、言語や通貨の違いを超えて複数社を比較できる機能が求められているそう。国を跨いで使えるようになれば、RFQクラウドの規模が拡大することはもちろん、日本の製造業をエンパワーすることにも繋がる。

「当初は『商慣習を変えるなんて本当にできるのか』と周囲から言われ続けた中でのスタートだったが、やってみてわかったのは十分変えられるということ。バイヤーとサプライヤー双方にとって利便性の高いプロダクトを作り上げ、最適なB2B取引を実現するプラットフォームを目指していく」(松原氏)

A1Aのメンバー。前列左から2番目が代表取締役の松原脩平氏

製造業のアナログな購買業務をITで変革、元キーエンスの起業家が作った「RFQクラウド」

「元々新卒で入社したキーエンスで、営業として主に中部地方の自動車関連メーカーを担当していた。当時実際に体験したのが、同じ企業でも工場や部門、担当者が変わるだけで同一製品が違う価格で売れるということ。そこにずっと違和感を感じていたからこそ、今の事業を立ち上げた」

そう話すのは、テクノロジーを用いて製造業の課題解決に取り組むA1A代表取締役社長の松原脩平氏だ。

松原氏が着目したのは製造業において競争力の源泉となる“モノの仕入れ”の領域。従来各社の購買調達部門が担ってきたが、多くの担当者が「購入品目の価格が妥当なのか、そもそも最適な価格はいくらなのかがわからない」という共通の悩みを持っているという。

その解決策となるのがA1Aの開発する購買調達部門向けの見積もり査定システム「RFQクラウド」だ。本日3月12日にβ版がローンチされた同サービスは、煩雑な見積プロセスをクラウド上で完結させる仕組みを通じて「価格の透明化」を実現し、最適価格での購買と担当者の業務効率化を支援する。

100社にヒアリングした結果を集約したプロダクト

一般的に製造業の購買担当者は適切な価格でモノの仕入れを行うべく、数社のサプライヤに見積を依頼した上で明細や図面の内容を精査し、類似品と比較した後に発注先を決定する。この業務は高度な専門性と経験が求めらる一方で、現在もアナログ的な要素が多く効率化が進んでいない。

結果として「個別品目ごとに十分な見積査定を実施できていないという企業が多いのが実情」(松原氏)なのだそう。担当者間で見積のデータが共有されていないため、業務が属人的になったり、ブラックボックス化したりといった課題もある。

「プロダクトを立ち上げるにあたって約100社にインタビューを実施したところ、各担当者が似たようなことを言う。そもそも製造業は部品がものすごく多く、車だと3万点ほど。1人あたりが数百〜数千の取引先を持ち、膨大な品目数を担当している。ただでさえ各見積の項目数が多いことに加え、サプライヤごとにフォーマットもバラバラでどうしようもない状況に陥っている」(松原氏)

A1Aが購買担当者にヒアリングをした中で見つかった代表的な課題

RFQクラウドでは見積査定に必要な情報をデータベース化することで、これらの課題を解決する。

複数のサプライヤの見積を横並びで比較できるように情報の粒度を統一し、クラウド上に蓄積。データを貯めていくことで、簡単に過去の見積とも比べられる環境を整える。加えてエクセルとメールが主流だった一連の業務フローをクラウド上で行うことによって、属人化を解消するとともに工数の大幅削減も実現する。

大雑把に紹介するとRFQクラウドはそんなプロダクトだ。A1Aではこのサービスを購買担当者の使用ID数による月額課金モデルで展開する計画。1IDあたりの料金は月額2万円からだ。

見積プロセスをクラウド上で完結させ、価格を透明化

ここからは同サービスの特徴的な機能をもう少しだけ詳しく紹介していきたい。

まず複数の見積を比較する上でボトルネックになっていた「見積フォーマットや項目がサプライヤごとに異なる」問題を解決するために、“バイヤー指定統一フォーマット”を取り入れているのがポイントだ。

そもそも従来は見積をサプライヤ側から提出するのが一般的だったため、フォーマットにズレが生じていた。RFQクラウドでは見積プロセスをバイヤー(購買担当者)起点に置き換え、同一のフォーマットを複数のサプライヤに送付することで、戻ってきた見積をそのまま比較できるようにする。

見積の回答をシステム上で受け付けることにより、各社ごとにメールのやりとりを何往復もしたり、送られてきた見積の内容をエクセルなどに転記する手間もない。フォーマットの項目はカスタマイズできるので、自社にとって必要な項目を効率よく把握することが可能だ。

また、これまではフォーマットがバラバラだったり、見積データのファイル形式が紙やエクセル、PDFなど異なっていたため過去の見積と比べるのも難しかった。RFQクラウドの場合は各社の見積が同じ形式でクラウド上に貯まっていくので、見積データベースが自動で構築されるようなイメージに近い。

松原氏いわく「価格の妥当性を見極めるには、相見積もりだけでは不十分。過去の見積と比較することも非常に重要」なのだそう。同サービスは一度データベースを作ってしまえば、明細検索機能や抽出したデータの横並び比較表示機能を通じて、複数社の見積や過去のデータを簡単に参照できるのがウリだ。

これらの特徴に加えて、見積プロセス全体をクラウド化することで、属人化しがちだった工程やブラックボックスとなっていた部分がクリアになる。出し直しなどにかかる余計な工数を大幅に削減できる利点もあり、テスト的にクローズドで提供していたα版の導入企業では見積査定工数が1/5程度に短縮された例もあるという。

「購買担当者は原価を何パーセント下げたかをKPIとしていることが多く、とにかく原価を下げたいという思いが強い一方で、これまでは下げる材料がなかった。自分たちは業務効率化が主目的ではなく、あくまで原価を下げることにコミットしている」(松原氏)

売り上げの規模が大きい企業ほど、わずか1%の原価の変動でも業績に多大な影響を及ぼす。だからこそ最適価格での購買をサポートするシステムには明確なニーズがあるようで、β版についてもすでに大手企業を中心に約20社での導入が決まっているという。

ゆくゆくは「企業間取引」を支えるプラットフォームへ

A1A代表取締役社長の松原脩平氏

冒頭でも触れた通り、松原氏はキーエンスの出身。同社を経てコロプラの子会社であるコロプラネクストでベンチャーキャピタリストとして働いた後、2018年6月にA1Aを創業している。

RFQクラウドの原案となるアイデアはキーエンス時代から考えていたそう。2018年7月にはBEENEXT、PKSHA Technology、コロプラネクスト及び複数名の個人投資家から5300万円の資金調達も実施し、プロダクトの開発を着々と進めてきた。

松原氏によると、購買担当者向けの既存プロダクトとしては大手Sierが手がける「発注システム」がメインとなるが、その前段階の「サプライヤの選定から見積依頼・査定、発注先の決定」に至るプロセスを最適化するようなソリューションはほとんどなかったという。

一部の発注システムベンダーはオプションとして発注前のプロセスに対応した機能も提供するが、これは発注システムの拡張機能として利用するのが基本。これまでオンプレ型のシステムが中心だった市場にSaaS型のプロダクトとして挑む格好になり、コスト面や導入ハードルの低さでも大きな違いがあるということだった。

A1Aでは今回紹介したようにRFQクラウドを通じて「価格の透明化」を進めていくが「これはあくまでファーストステップにすぎない」(松原氏)とのこと。次のステップでは価格以外の軸で取引の妥当性を評価できる機能のほか、サプライヤ企業向けの機能も提供していく方針。最終的にはシステム上でバイヤー企業とサプライヤ企業の最適なマッチングをサポートする「企業間取引プラットフォーム」を見据えている。

「もともとA1Aという社名も『B2B取引をワンランク上にしたい』という思いからきたもの。バイヤー向けの見積査定システムから始めることで、1社のバイヤーに紐づく数百〜数千のサプライヤーをサービス上に巻き込めるというメリットもある。まずは企業間取引の入口である『見積』のデータ化を通じて最適価格での取引を支援しつつ、ゆくゆくはB2B取引の基盤となるプラットフォームを目指していきたい」(松原氏)