ここ数年、Apple(アップル)がmacOSに施してきたアップデートは控えめなものだった。それも当然かもしれない。Facebookがボタンの配置を変えるたびに、ネット上で大騒ぎになることを思い出すまでもなく、UXデザイナーにとって、変更は少しずつ、微妙なものに保つことが肝要となっている。最近では、OSの設計についての全般的な哲学も、どちらかと言うと操作性の改善を目指すものが中心となり、大きな変更にはゆっくり時間をかける傾向が強くなっているように思われる。
消費者に対して毎年オンラインでアップグレードを提供するという規範は、Appleが率先して常態化させたもの。そのためもあってか、macOSのアップデートは、目新しさを維持するためには、いささか控えめなものになり過ぎたきらいがある。正直なところ、それ自体ははまったくかまわない。毎年のように登場するラップトップの新モデルが、華やかな新車だとすれば、OSは、運転中にずっと安心して握っていられる、できのいいハンドルのようなものだからだ。
Catalinaは、最近のmacOSのアップデートとは異なった傾向を見せていて、目立つ内容が多くなっている。底流する精神は変わっていないとしても、日常的に利用するアプリの中には、根本的な変更が加えられたものもある。それによって、普段の使い方が変わってくるのはもちろん、将来のデスクトップ用OSの進化の方向性に影響を与えるものもありそうだ。
最も目立った変化は、iTunesが鳴り物入りで廃止されたこと。その名前自体は、あちこちに名残として存続しているものの、基本的にCatalinaではiTunesの出番はない。このアプリが18年続いたというだけでもすごいことだが、かつて強大な勢力を誇ったアプリの足跡は、Apple Musicに引き継がれる。しかしこの新しいOS上の音楽再生機能は、疑いなくAppleの巨大な収益を生む装置として、有料コンテンツ再生の方向に大きく舵を切ったものとなっている。
それと同じ流れで、Mac用のTVアプリも登場し、今後登場するApple TV+とArcadeのためのお膳立ては整えられた。さらに、いくつか新しいアプリも登場して、Catalinaの公式リリースを祝っている。たとえばPodcastは、デスクトップアプリとして独立したものとなった。とはいえ、少なくとも今のところは、Appleがそこから直接収入を得るような仕組みにはなっていない。それよりAppleにとっては、この急速に主流になりつつあるメディアについて、「ポッドキャスト」という名前を付けるきっかけとなったのは自分であると主張することの方が重要だったのだろう。
一方、Catalystの登場は、将来のMacアプリの種が蒔かれたことを意味する。Apple純正のニュース、株価、ボイスメモ、ホームのような、iPadから移植したアプリに続き、同社はすべてのiPadデベロッパーにCatalystを公開した。iPadアプリを、macOS用に簡単に移植できるようにするためだ。良かれ悪しかれ、この動きは、2つのOSの間の境界を、広い意味で曖昧にするもの。しかしAppleにとっては、これはむしろ実利を重視した動きだったのかもしれない。というのも、iOSの人気が高まるにつれて、Mac用アプリの開発は逆に停滞してしまっていたからだ。これは、こうした状況を打破するためのシンプルな解決策と言える。
アクセシビリティについても、進化した音声コントロール(英語版のみ)など、いくつかの歓迎すべきアップデートが加えられた。また、セキュリティ面でも機能強化が図られている。
ただし、この記事を書くにあたって、私がもっとも強い興奮を覚えたのは、Sidecarだった。私に言わせれば、これはAppleが新機能のリストの中に仕込んだ隠し玉だ。もちろん、これがMusic、TV、あるいはArcardeのように、万人受けするアプリではないことは十分に理解しているつもりだ。ちょうど私は、TechCrunchがサンフランシスコで開催したイベントから戻ってきた ばかりで、余計にそう感じるのかもしれないが、Sidecarは、生産性に関して本物の革新をもたらすものだ。
すべての注意事項を無視して、私はCatalinaのベータ版を、メインの仕事用マシンにインストールした。もちろん、自分で何をしているのか、分かっているつもりだ。もし出先でベータ版が落ちてしまえば、打つ手がなくなってしまうことも含めて。この記事では取り上げてないソフトウェアの問題にも遭遇したが、それはあくまでベータ版でのことと考えている。意外にも、最新版のiPadOSとCatalinaのゴールデンマスターの組み合わせでも、うまく動かない機能があった。しかし、最終版のリリースまでには、すべてスムーズに動作するようになるはずだ。
言うまでもなく、Sidecarも一種の「シャーロッキング」であることには違いない。つまり、昔からAppleがよくやってきたように、元はサードパーティが開発した機能を、自らのOSに組み込んでしまったものだ。そして、この類の機能の場合、ほとんどのユーザーにとって、OSがネイティブでサポートしたもの対抗するのは非常に難しい。ただし、アートの領域で、Apple Pencilのようなものに繊細なタッチを求める人なら、DuetやLunaを検討してみる価値はあるだろう。しかし私のように、iPadを出先でセカンドディスプレイとして使って、表示面積を確保したいというだけの人なら、Sidecarで十分だ。
この機能を有効にするには、関連するすべてのアカウントにサインインするだけでいい。ワイヤレス接続に関する機能がオンになっていることも確認して、ドロップダウンメニューから接続するデバイスを選択する。メインのmacOS画面を、ミラーリングによってそっくりiPadに表示するか、iPadを外部モニターとして、拡張デスクトップモードで使うかも選択できる。ミラーリングの場合には、iPadの画面をタッチスクリーンとして使ったり、Pencilによる入力装置として機能させることもできるというメリットがある。これは、アーティストにとって魅力的だろう。たとえばWacomのような、プロ用のタブレットの代わりに使える可能性もある。
私にとって、セカンドディスプレイは重要だ。外部モニターをつないで、作業スペースが拡がると、それだけで安心できる。複数のウィンドウを同時に開いたままにしておくのもずっと簡単になる。メインのデスクトップでPagesとChromeを使いながら、iPadでSlackを開いておけば、かなりの時間の節約になる。
細かいことを言えば、Sidecarとディスプレイの設定が別々になっているのは、ちょっと面倒に感じる。たいていの場合、私はiPadのある側に座って作業することになる。使用中に、そのまま左右を入れ替えることができれば、もっといいのだが。一方、仮想的なサイドバーが表示されるのも面白いが、ミラーモードの場合には、どうしても余計なものに感じられる。
それはともかくとして、やはりSidecarは、記憶にある範囲でmacOS最高の新機能だと思っている。
私はiTunesがなくなったことは、さほど気にしていない。Appleが、そうすることに決めた理由は、よく理解できる。正直に言えば、むしろ今までそうなっていなかったことの方が驚きだ。私は以前からSpotifyのユーザーで、Apple Musicに乗り換えるつもりもない。Spotifyは、サポートするデバイスの種類が多いのも気に入っている。とりわけApple Musicへの乗り換えは、ユーザーを常に「無料試用」に駆り立てる策略に乗ってしまうことのように感じられる。
ミュージックアプリは、iTunes同様、ローカルに保存された曲の再生も可能だ。しかし、ストリーミングサービスを利用すれば、デジタル音楽の所有権という概念も過去のものとなる。私のアパートのどこかには、何百ギガバイトもの音楽データを保存した、古いハードディスクが埃をかぶっている。いつかまた聴きたくなることもあるだろうと思っていたが、正直に言って、その機会はますます遠ざかっているように感じられる。
Podcastアプリの基本は、iOS版のアプリを使ったことのある人には自明のものだろう。非常にシンプルな作りで、Musicと同じように、聴きたいものを発見することに焦点を合わせている。これをApple Musicから分離させたのは、AppleはこのカテゴリにSpotifyのような巨額の投資をしようとは考えてないことを示しているのだろう。そして今のところ、少なくともその必要はなさそうだ。Appleは、すでにこの分野で非常に有利なスタートを切っているのだから。
Apple TVも、うまくリフレッシュされた。これも、同様に発見に焦点を合わせている。しかし、長期的に見てAppleにとってずっと重要なのは、このアプリが、来月に登場する予定のApple TV+の土台を築くものだということ。HBO、Showtime、Starzなどのプレミアムチャネルがここに統合され、ケーブルテレビを解約して、ネットに乗り換える人の着実な受け皿となる。また、あらゆる対象年齢のコンテンツを取り揃えた、キッズ専用のセクションが登場するのも素晴らしい。
確かにArcadeは、Macがもっと本格的なゲームシステムになるための条件として、誰もが期待するようなものではないだろう。また、そのタイトルの大部分は、モバイルデバイスで遊ぶことを前提に設計されている。とはいえ、月額4.99ドル(約533円)というサブスク料金を考えれば、デスクトップでも遊べるのはかなり魅力的だ。すでに、ゼルダの伝説のイミテーションであり、オマージュでもあるOceanhorn 2が、仕事中の気分転換に適しているかどうかなど、盛んに話題になっている。
写真アプリは、iOS版の主要な機能を多く取り入れている。機械学習によるAIによって、最高のショットを選んでハイライト表示してくれる。また写真は撮影した日/月/年で分類される。写真のプレビューは大きく、ライブフォトやビデオの再生も可能となった。
より実用的な面について言えば、iOSデバイスとの同期とバックアップ機能についても、嬉しいアップグレードが施された。iTunesがなくても使えるようになったのだ。こうした機能に、Finderから直接アクセスできるようになったのは、確かに意味深い変更と言える。そもそも、そこにあるべきものだったのだ。iTunesの中から使えるようになっていたのは、初期のiTunesとiPodを組み合わせて使っていた時代の名残に過ぎないと感じられるものだった。それが、今やFinderサイドバーから直接利用できるようになった。
これまで同様、Macユーザーに対してmacOSの最新バージョンへのアップデートを勧めない理由は何もない。もちろん、それが無料だというのも、それを後押しする要因の1つだ。今回のアップデートは、記憶する範囲では、かなり革新的なものであり、ほとんどの新機能は待ち望まれていたものだ。すでに述べたように、個人的な理由で、Musicだけは愛用することにはならないだろうが、Sidecarは大歓迎だ。
macOS Catalinaは、すでにすべてのユーザーが利用可能となっている。
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(翻訳:Fumihiko Shibata)