最近、暗号通貨疲れを感じる

暗号通貨に奇妙な事態が起きている。サトシ氏がBitcoin(ビットコイン)という福音を我々に授けて以後、この奇妙かつ刺激的な分野が、なんと言ったらいいかある種の懸念を抱かせるものになってきた。

もちろん暗号通貨の真の擁護者は「暗号通貨は大股で前進を続けている。メインストリームになるのは目前だ」と言うだろう。こういう主張はずいぶん前から繰り返されているので、そろそろ「本当にオオカミは来るのか」という疑問を抱いてもいい頃だと思う。

いや、落ち着いていただきたい。中国では習近平主席、米国ではFacebookのCEOがともにブロックチェーンの信奉者になったときにこんなことを言い出すのはタイミングがまずいかもしれない。

しかしもう少し詳しく観察してみれば、中国の暗号通貨は(もし実現するなら)国民を監視するパノプティコン(全展望監視システム)を目指していることがわかる。本来、暗号通貨というエコシステムは国家権力による追跡が難しいので、権力の分散化を図れる。中国が目指す暗号通貨システムは、共産党による中央集権的支配をさらに強化するツールにしようとするもので本来の目的とは正反対だ。

一方、FacebookのLibraはテクノロジー面では順調に進歩を続けている一方、有力パートナー多数を失い、敵は増えている。

暗号通貨コミュニティはDeFi、つまり非中央集権的金融(Decentralized Finance)というコンセプトに興奮している。簡単にいえば、暗号通貨を単に検閲に強い通貨から検閲に強い金融システムへと発展させようというものだ。例えばら分散的なピア・ツー・ピア・ローン、デリバティブやオプションでない実態のある投資やステーキングなどが挙げられる。

ステーキングは暗号通貨をロックすることにより発生した手数料の分配を受けることで、正確にいえばDeFiではないが、その一種とみなされることが多い。暗号通貨の世界ではこうしたDeFiが金融革命の主役となりいつかウォールストリートに取って代わるだろうと期待されている。しかし暗号通貨の外の世界では「針の頭で何人の天使が踊れるか」というスコラ哲学の議論のように思われている。つまり修道院の外では誰もそんな議論は気に留めていない。

さらに外の世界では暗号通貨コミュニティは金融工学のために本来のエンジニアリングを犠牲にしたという印象を受けている。「口座を持てない人々に金融サービスを」という当初の称賛すべき目的が忘れられ、「口座を持てない人々」とはそもそも無縁な「高度のテクノロジーを利用した金融サービス」が発明されている、というわけだ。残念ながらこういう見方が完全に見当外れだとは言い切れない。

もちろん本来のエンジニアリングにおいても進歩は見られる。ただしスピードは遅く、ほとんどの場合、外に出てこない。その代わりDeFiの世界では野次馬とソシオパスばかりが目につくことになる。

目に見える進歩もなくはない。ZCashは本来の暗号通貨テクノロジーのインフラでブレークスルーを達成している。Tezosは暗号通貨ガバナンスのアルゴリズムの改良で成果を挙げている。

アプリでいえば、Vault12にも興味がある。 これは「暗号通貨のパーソナル金庫」で、家族や親しい友だちとで作るネットワークに暗号通貨を保管することでセキュリティリスクに備えようというものだ。暗号通貨をコントロールする鍵を交換所その他のサードパーティにあずけてしまうのは金を銀行に預けるのとさして変わりない。

これに対してVault21ではカギを個人的に信頼できる人々に分散して預け、「シャミアの秘密分散法」と呼ばれるアルゴリズムで回復できるようにしておく。たとえば秘密鍵を10人で分散保有し、そのうちの7つの分散鍵を回収できれば秘密鍵が復元できるという仕組みだ。この方式はしばらく前からVitalik ButerinChristopher Allenなどのビジョナリーが「ソーシャル・リカバリー・システム」と呼んでいる。これがシリコンバレーのスタートアップらしいスマートなデザインのアプリで使えるようになったのは興味深い。

しかし現在進行中なのははるかに根本的な変化だ。これはブロックチェーンを利用したトランザクションを現在とはケタ違いに増やそうとする試みだ。例えば現在、規模として2位の暗号通貨であるEthereum(イーサリアム)はEthereum 2.0になるために完全な変貌を遂げた。Bitcoinはもっと保守的で安定しているものの、エコシステムにはまったく新しいLightning Networkが付加されている。正直、こうした動きに私は懸念を感じる。

【略】

懸念の理由の1つはセキュリティだ。LightningであれPlasmaであれ、ブロックチェーンを大規模にスケールさせようとする試みはブロックチェーンテクノロジーの根本的な部分を改変する。これによってセキュリティは従来の堅固で受動的なもの(ハッシュのチェック、巨大なコンピューティグパワーを必要とする台帳への取引の記錄など)からwatchtowersfraud proofsなどの能動的セキュリティが導入されている。このような変更は攻撃にさらされる側面を大きく増やすものというのが私の受ける印象だ。

これらの課題は解決途上にある。なるほど、暗号通貨バブルについてコミュニティの内側からと世間一般の認識のズレはかつてないほど大きくなっている。その間、
Tetherという黒い影がコミュニティの頭上に垂れ込めている。OK、疑いは状況証拠に過ぎず、そうした薄弱な根拠で高貴な目的を台なしにすべきではないのだろう。しかし状況証拠の数が多すぎる気がしないだろうか?

以前私は「暗号通貨コミュニティには詐欺や不祥事が続発し、怪しげな薬売りが万能薬を売ると称している。しかしこれらは個々のスタートアップには逆風であっても、全体としてみれば暗号通貨コミュニティの弱さでなく、強さから派生したものだと分かるかもしれない」と主張したことがある

しかし、暗号通貨はある時点でコミュニティを出て普通の人が使うようにならねばならない。それができなければ、所詮はカルトのまま消えていくことになる。そのティッピングポイントはいつ起きるのだろうか?というより、それは起きるのだろうか?その答えは、5年前と同様、はっきりと見えない。

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(翻訳:滑川海彦@Facebook

Lightning Networkで電気自動車充電の支払いを──中部電力、インフォテリア、Nayutaが実証実験

今回の実証実験の背景にあるEVオンデマンド販売の課題(中部電力プレスリリースより)

世界的に見ても、かっとんだ──失礼、非常に早い段階にある取り組みといえるだろう。ビットコインのパブリックブロックチェーンの2nd Layer(第2層)に当たるLightning Networkを使い、電気自動車に充電するための電力をオンデマンドで販売する実証実験が、この2018年3月1日から行われている。IoT(Internet of Things)とLightning Networkの組み合わせは、おそらく世界でも最も早い段階の取り組みとなる。

実証実験に取り組んでいるのは中部電力(プレスリリース)、インフォテリアNayutaの3社。Lightning Networkの実装は複数あるが、今回の実験ではNayutaが独自にオープンソースソフトウェアとして開発を進めているソフトウェアを利用する(同社の取り組みは以前に紹介しているが、今回はLightning Networkへの対応を果たしている点が大きく異なる。同社は2017年7月にジャフコらから1.4億円の資金調達を行っている)。

オンデマンドで電気自動車を充電する実証実験で実用性を確認

今回の実証実験の内容は、次のようになる。まず中部電力が電気自動車などの充電に関わる集合住宅向けの新サービスを構想。それを実現する形で、インフォテリアがビットコインのパブリックブロックチェーンを活用したスマートフォンアプリケーションを構築した。Nayutaは2種類のスマートコンセントを実験に提供する。スマートコンセントのうち1台は、ビットコインのパブリックブロックチェーンを活用して充電を制御、その履歴を管理する。もう1台は、Lightning Networkによる支払いを受けて充電を制御する。つまり1st Layer(パブリックブロックチェーン)と2nd Layer(Lightning Network)の2種類の実験が同時に行われている形となる。

実証実験での2種類の技術を使う意味だが、まずビットコインのパブリックブロックチェーンはすでに実用段階にあり、知識も普及しつつある点が開発者、利用者を集める上で有利だ。ただしパブリックブロックチェーンを普通に使う場合にはリアルタイム性は実現できない。そこでよく使われる手法は「Zero Confirmation」だ。この手法はビックカメラ店頭のビットコイン決済などですでに使われていて実績がある。ただし、Zero Confirmationではブロックチェーンの本来の性質である耐改ざん性(二重支払いの防止)のメリットを享受することはできず、別のやり方で安全性を保証することになる。

2nd LayerのLightning Networkは、複数の技術(マイクロペイメントチャネルと)の組み合わせにより、リアルタイムかつセキュアな決済を可能とする。まだ登場間もない新しい技術なので、今のところ複数の実装による相互運用性のテストが行われている段階である。新しい技術なので普及の前段階といえるが、ビットコインの将来動向を考える上では非常に重要な技術だ。登場後間もないこの段階で電気自動車への充電という実証実験を行う事例は、前述したように世界でも珍しい。

電気自動車への充電にLightning Networkを使うと、何がうれしいのか? Nayuta代表取締役の栗元憲一氏によれば「リアルタイム性と、膨大な取引をこなせる」ことだ。以下は、もう少し詳しく栗元氏の話を聞いてみた上で、筆者がまとめた内容となる。

Lightning Networkはブロックチェーンのジレンマを解決する

ブロックチェーン技術に関する技術的な議論はあちらこちらで繰り広げられている。だが、2nd Layerによって課題の種類と解決法が大きく変わることは、まだ周知が進んでいないようだ。

ブロックチェーン技術では、(1)セキュアかつ第三者への信頼を前提としない取引、(2)少額の手数料、(3)スケーラビリティ、(4)リアルタイム性(高速な取引の確定)、(5)P2Pの柔軟性、これらのすべての特性を満たすことは難しい。トレードオフの関係にある複数の要素のどれかを選ばないといけない。

これらの特性の中でも、リアルタイム性はブロックチェーン技術とは相性が悪いことで知られている。特にビットコインのパブリックブロックチェーン上の取引は、「取引が覆る確率が時間と共に0に収束する」という確率的な挙動をする。金融分野ではこの挙動を指して「決済の確定性(ファイナリティ)がない」と否定的に解釈される場合もある。IoT分野でもリアルタイム性は必ず求められる性質だ。

また、ブロックチェーン技術はスケーラビリティでも不利だ。現在のビットコインのブロックチェーンはすべての取引を1つの台帳に記録し、それをすべてのノード上で共有する。処理を分散する設計思想は取り入れられていない。したがってスケーラビリティ(規模拡大性)には限界がある。

Lightning Networkでは「取引に参加する者が、パブリックブロックチェーンの上で確率的な承認に合意し、Lightning Networkを構成する基本的なプロトコルであるMicro Payment ChannelとHTLc(Hashed Time-Lock contracts)に基づく手続きを行う」という条件のもとで、上記すべての条件を共存させることが可能となる。例えばビットコインのブロックチェーン上の支払いが「挙動は確率的であることを知った上で、6承認で決済確定とみなす」というルールに納得している人どうしであれば、Lightning Networkによる取引は事実上リアルタイムであるとみなすことができる。

そしてLightning Networkは、高速高頻度の取引をあちらこちらで独立に同時並行で進めることが可能だ。この仕組みは大きな可能性を秘めている。「IoT分野ではものすごい数のトランザクションが発生する。それをクラウドで処理するよりも、Lightning Networkを使う方が、より大きな数のトランザクションを処理できる可能性がある」(栗元氏)。ブロックチェーンは処理性能の上限が低いとよく指摘されるが、その2nd LayerであるLightning Networkではブロックチェーンどころか既存技術を上回るスケーラビリティを実現できる可能性があるというのだ。

このような可能性を秘めているLightning Networkだが、今回の実証実験で取り上げた電力系サービスへの活用には大きな期待がかかっている。「電力、シェアエリングエコノミー、ブロックチェーン」という3題噺は、世界中で検討が進んでいるテーマだ。太陽光発電の設備や大容量の充電池搭載の電気自動車などを結び、peer-to-peer(P2P)で電力売買を行う構想が世界中で同時並行で進んでいる。このような構想をVPP(Virtual Power Plant、分散したリソースを統合制御して一つの仮想的な発電所のように機能させるシステム)と呼ぶ。このVPPを作り上げるために「信用できる第三者機関を必要とせず取引する技術」であるブロックチェーン技術を使うアイデアが出てくるのは自然なことだ。実際、世界各地で同時並行的にブロックチェーンを利用したP2P電力プラットフォーム取り組みが進んでいる。そして、ここにリアルタイム性とスケーラビリティというブロックチェーンの弱点を解決できるLightning Networkを適用できたなら、世界を変える発明になるかもしれないのだ。