最近、暗号通貨疲れを感じる

暗号通貨に奇妙な事態が起きている。サトシ氏がBitcoin(ビットコイン)という福音を我々に授けて以後、この奇妙かつ刺激的な分野が、なんと言ったらいいかある種の懸念を抱かせるものになってきた。

もちろん暗号通貨の真の擁護者は「暗号通貨は大股で前進を続けている。メインストリームになるのは目前だ」と言うだろう。こういう主張はずいぶん前から繰り返されているので、そろそろ「本当にオオカミは来るのか」という疑問を抱いてもいい頃だと思う。

いや、落ち着いていただきたい。中国では習近平主席、米国ではFacebookのCEOがともにブロックチェーンの信奉者になったときにこんなことを言い出すのはタイミングがまずいかもしれない。

しかしもう少し詳しく観察してみれば、中国の暗号通貨は(もし実現するなら)国民を監視するパノプティコン(全展望監視システム)を目指していることがわかる。本来、暗号通貨というエコシステムは国家権力による追跡が難しいので、権力の分散化を図れる。中国が目指す暗号通貨システムは、共産党による中央集権的支配をさらに強化するツールにしようとするもので本来の目的とは正反対だ。

一方、FacebookのLibraはテクノロジー面では順調に進歩を続けている一方、有力パートナー多数を失い、敵は増えている。

暗号通貨コミュニティはDeFi、つまり非中央集権的金融(Decentralized Finance)というコンセプトに興奮している。簡単にいえば、暗号通貨を単に検閲に強い通貨から検閲に強い金融システムへと発展させようというものだ。例えばら分散的なピア・ツー・ピア・ローン、デリバティブやオプションでない実態のある投資やステーキングなどが挙げられる。

ステーキングは暗号通貨をロックすることにより発生した手数料の分配を受けることで、正確にいえばDeFiではないが、その一種とみなされることが多い。暗号通貨の世界ではこうしたDeFiが金融革命の主役となりいつかウォールストリートに取って代わるだろうと期待されている。しかし暗号通貨の外の世界では「針の頭で何人の天使が踊れるか」というスコラ哲学の議論のように思われている。つまり修道院の外では誰もそんな議論は気に留めていない。

さらに外の世界では暗号通貨コミュニティは金融工学のために本来のエンジニアリングを犠牲にしたという印象を受けている。「口座を持てない人々に金融サービスを」という当初の称賛すべき目的が忘れられ、「口座を持てない人々」とはそもそも無縁な「高度のテクノロジーを利用した金融サービス」が発明されている、というわけだ。残念ながらこういう見方が完全に見当外れだとは言い切れない。

もちろん本来のエンジニアリングにおいても進歩は見られる。ただしスピードは遅く、ほとんどの場合、外に出てこない。その代わりDeFiの世界では野次馬とソシオパスばかりが目につくことになる。

目に見える進歩もなくはない。ZCashは本来の暗号通貨テクノロジーのインフラでブレークスルーを達成している。Tezosは暗号通貨ガバナンスのアルゴリズムの改良で成果を挙げている。

アプリでいえば、Vault12にも興味がある。 これは「暗号通貨のパーソナル金庫」で、家族や親しい友だちとで作るネットワークに暗号通貨を保管することでセキュリティリスクに備えようというものだ。暗号通貨をコントロールする鍵を交換所その他のサードパーティにあずけてしまうのは金を銀行に預けるのとさして変わりない。

これに対してVault21ではカギを個人的に信頼できる人々に分散して預け、「シャミアの秘密分散法」と呼ばれるアルゴリズムで回復できるようにしておく。たとえば秘密鍵を10人で分散保有し、そのうちの7つの分散鍵を回収できれば秘密鍵が復元できるという仕組みだ。この方式はしばらく前からVitalik ButerinChristopher Allenなどのビジョナリーが「ソーシャル・リカバリー・システム」と呼んでいる。これがシリコンバレーのスタートアップらしいスマートなデザインのアプリで使えるようになったのは興味深い。

しかし現在進行中なのははるかに根本的な変化だ。これはブロックチェーンを利用したトランザクションを現在とはケタ違いに増やそうとする試みだ。例えば現在、規模として2位の暗号通貨であるEthereum(イーサリアム)はEthereum 2.0になるために完全な変貌を遂げた。Bitcoinはもっと保守的で安定しているものの、エコシステムにはまったく新しいLightning Networkが付加されている。正直、こうした動きに私は懸念を感じる。

【略】

懸念の理由の1つはセキュリティだ。LightningであれPlasmaであれ、ブロックチェーンを大規模にスケールさせようとする試みはブロックチェーンテクノロジーの根本的な部分を改変する。これによってセキュリティは従来の堅固で受動的なもの(ハッシュのチェック、巨大なコンピューティグパワーを必要とする台帳への取引の記錄など)からwatchtowersfraud proofsなどの能動的セキュリティが導入されている。このような変更は攻撃にさらされる側面を大きく増やすものというのが私の受ける印象だ。

これらの課題は解決途上にある。なるほど、暗号通貨バブルについてコミュニティの内側からと世間一般の認識のズレはかつてないほど大きくなっている。その間、
Tetherという黒い影がコミュニティの頭上に垂れ込めている。OK、疑いは状況証拠に過ぎず、そうした薄弱な根拠で高貴な目的を台なしにすべきではないのだろう。しかし状況証拠の数が多すぎる気がしないだろうか?

以前私は「暗号通貨コミュニティには詐欺や不祥事が続発し、怪しげな薬売りが万能薬を売ると称している。しかしこれらは個々のスタートアップには逆風であっても、全体としてみれば暗号通貨コミュニティの弱さでなく、強さから派生したものだと分かるかもしれない」と主張したことがある

しかし、暗号通貨はある時点でコミュニティを出て普通の人が使うようにならねばならない。それができなければ、所詮はカルトのまま消えていくことになる。そのティッピングポイントはいつ起きるのだろうか?というより、それは起きるのだろうか?その答えは、5年前と同様、はっきりと見えない。

原文へ

(翻訳:滑川海彦@Facebook

コードで定義された“ほぼ”自律的で民主化されたベンチャーファンド、The DAOが1.3億ドルを集めて始動

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ブロックチェーンと仮想通貨という議論が多い分野で、巨額の資金と注目を集めて新しい実験が始まった。その名をThe DAOという。ドイツのスタートアップSlock.itが始めたこの取り組みは、プログラムコードで定義された“ほぼ”非集権的で自律的で民主的なベンチャーファンドとしての活動を開始しようとしている(どこが“ほぼ”かは後述する)。2016年5月28日までにTHe DAOは1億3232万ドル相当の資金を集めた。これはクラウドファンディングのプロジェクトとして現時点での史上最高額となる(Wikipediaによる)。

The DAOについてはUS版TechCrunchの記事(日本版では未訳)も出ているが、ここでは最新情報も入れて、日本の読者向けに最初から説明することにする。

DAOはコードで定義された非集権で自律型の組織

今回取り上げる「The DAO」の前に、定冠詞TheがつかないDAO(Decentralized Autonomous Organization)の話をしておきたい。これは、その略語から分かるように非集権で自律型の組織といった意味の造語だ。「ビットコインのエコシステムは最初のDAOである」という「ものの言い方」もある。例えばビットコインのエコシステムは、「マイニングによるビットコインネットワークの維持と、それに対する報酬(マイニングで得られるビットコイン)の受け取り」という仕組みで回っている。人間の経営者、管理者や明文化されたルールがなくても、ビットコインのプログラムコードに内在する決まり事と、そして人間を動かすための経済的インセンティブによって事業が進んでいる。このような事業の自律化、非集権化の枠組みを指す言葉がDAOだ。最近の文脈では、主にブロックチェーン技術Ethereumのスマートコントラクトを活用したDAOに関する議論が中心だ。

今回の記事で取り上げるのは定冠詞が付く “The DAO” は、定冠詞が付かないDAOとは違い、ドイツのスタートアップ企業Slock.itが作り上げた非集権的で“ほぼ”自律的に機能するベンチャーファンドを指す言葉だ。“ほぼ”が付くのは、後述するように人間のスタッフであるキュレーターが一部の管理を担うからだ。

The DAOの開発元であるSlock.itのもともとの事業は、Ethereumで制御するスマートロックによりシェアリングエコノミーを実現するというものだ。この事業は、今ではThe DAOの「プロポーザル」の一つだ。

Slock.itは、自社の事業資金を直接クラウドファンディングで集めることもできたが、そうではなくThe DAOを開発した。ベンチャーファンドを立ち上げて、そのベンチャーファンドの投資対象として自社の事業を提案する形をとった。風呂敷が大きい方が、より大きな資金を集めることに結びつくと考えたのかもしれない。

Slock.itが書いたThe DAOのコード “Standard DAO Framework” はGitHub上でLGPLライセンスにより公開されている。つまりオープンソースソフトウェアである。このコードを参考に新しいDAOのコードを書いて提案する可能性が誰にでも開かれている。ここは素晴らしい構想だと思う。

投資案件の提案が続々と集まる

記事執筆時点で “Under development” の段階のプロポーザルが13種類あった。その中でもっとも賛成意見が多いプロポーザルは、オライリーの書籍 Mastering Bitcoin の著者Andreas Antonopoulos氏が提案した “Decentralized Arbitration and Mediation Network” だ。最も反対意見が多いプロポーザルは、皮肉なことにThe DAO開発元であるSlock.it自身が提案した “Slock.it Universal Sharing Network / Ethereum Computer proposal v0.1” である。

この記事を書いている間にも、新しいプロポーザルがどんどんプロポーザルパイプラインに登録されつつある(ここを参照)。これは面白い見物だ。アイデア投票のソーシャルサービスのようでもあるが、過去のサービスとの大きな違いは総額1.3億ドル相当の資金をどのプロポーザルがどれだけ獲得するかという競争の要素があることだ。

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仮想通貨のテクノロジーでベンチャーファンドを小口化、証券化

The DAOの仕組みを説明するために、少しだけ「株式会社」の話をさせてほしい。株式会社は、事業を遂行する会社の資本金、リスクとリターン、ガバナンスを「株式」の形で証券化し、多くの人々に分割する仕組みだった。株主はマネーを払い込んで株式を受け取り、会社のガバナンスに関与する権利を得る。株式を売却してキャピタルゲインを得ることもでき、株式を持ち続けて配当を受け取ることもできる。そしてベンチャーファンドは複数のスタートアップの株式に分散投資するものだ。

株式会社が成立する根拠は、法と契約、つまり自然言語で書かれた人間のためのルールだ。一方、The DAOが成立する根拠は、Ethereumのブロックチェーン上で自動執行される改ざんできないプログラムコード──スマートコントラクトである。

The DAOは、Ethereumのスマートコントラクトで記述した「DAOトークン」としてマネー、リスク、リターン、ガバナンスを小口に分割した。ビットコインは採掘にコストがかかり発行量が限られるという点でよく「金貨」に例えられるが、DAOトークンは複数のスタートアップ企業に分散投資するベンチャーファンドを小口化した証券に例えることができるだろう。

この2016年4月30日から5月28日まで続いた「DAOクリエーション」と呼ぶプロセスにより、多くの人々がEthereumの仮想通貨Ether(ETH、関連記事)建てでマネーを振り込み、引き替えにDAOトークンが発行されている(私も参加してみた)。集めた金額はEther建てで1207万ETH、米ドルに換算すると1億3232万ドル(5月28日時点)となる。発行されたDAOトークンの総数は11億7278万となる。

DAOトークンホルダーは、投資案件の投票に参加する

誰もがDAOトークンホルダーになり、DAOの推進するプロジェクトに投票し、投資し、リターンを受け取ることができる。

DAOトークンホルダーは、新たなThe DAOに寄せられたプロジェクトの提案(プロポーザル)への投票権をもつ。投票により認められたプロジェクトには資金が集まり、そのリターンの一部はDAOトークン所有者に配分される。株式会社との大きな違いは、一連のプロセスに対する人間の関与を最小限に留めていることだ。The DAOではキュレーターと呼ばれる人々がプロポーザルの管理に関与する。キュレーターの役割は「DAOトークンの51%を買い占めて100%のトークンを引き出す攻撃を防ぐため」と説明されている。Ethereumの提唱者であるVitalik Buterinを筆頭に、Ethereum Foundationのメンバーらがキュレーターに名を連ねている。人間が関与することから、The DAOは“ほぼ”自律的なDAOだといえる。

日本からもいち早くDAOトークンを扱う取引所が

DAOトークンは、仮想通貨取引所で売買することができる。日本で活動している取引所としては、ビットコイン取引所のKrakenがDAOトークンの取引を開始し、そしてレジュプレスが運営するビットコイン取引所/販売所coincheckもDAOトークン売買ができるようにした(発表文)。DAOトークンの売買ができるようになった5月28日18:00(日本時間)から数時間で取引や売買の機能追加を施したスピード感はすばらしい。

記事を書くにあたり、手持ちのDAOトークンをそれぞれの取引所に送ってみた。使い勝手は仮想通貨Etherの送金とだいたい同じだ。Ethereumアドレスを指定して送金すると、10分間ほどで確認の手続きが終わる。ビットコインの送金では6回の確認を待つのに約1時間か要するが、それよりずっと短い時間で送金が終了する。

The DAOは不完全かもしれないが、ガバナンスに参加することは可能だ

前述したように、ビットコインが仮想通貨版の「金貨」だとすれば、DAOトークンはベンチャーファンドを小口化したものだ。値上がりを期待してホールドしてもよく、売却してお金に換えてもいい。これから名乗りを上げる「プロポーザル」への投票権を得ることができ、利益が上がるなら配当に預かることもできる。DAOトークンホルダーはプロポーザルへの投票により、The DAOのガバナンスに参加することができる。

The DAOは、見方によっては、新興の投資ファンドが、仮想通貨による資金調達により、IPOもM&Aもなしに1億3232万ドルを手にした事例といえる。ガバナンスという観点では、The DAOの運営はDAOトークンホルダーの総意を反映した民主的な枠組みに基づく(ここが素晴らしいと思う人もいれば、不安を覚える人もいるだろう)。The DAOが今後も成長を続けていくならば、ひょっとするとスタートアップやベンチャーキャピタルのエコシステムが様変わりするかもしれない。

The DAOのコードはオープンソースとして開示されてはいる。だが、The DAOの仕掛けになんらかの欠陥──例えば法的な不備や、キュレーターを含むプロセス上の不備など──があるのかないのか、ここは議論の余地があるし、部外者からはなかなか分からない部分だ。The DAOが自分の資金を託すに足りる相手なのかどうかという判断材料は、株式や投資信託のような慣れ親しんだ投資商品に比べると乏しい。新しい試みなので過去の実績から判断する訳にもいかない。

将来へのヒントとなりそうな話もある。The DAOへのプロポーザルの一覧には、セキュリティやガバナンスに関する提案がある。The DAOはベンチャーファンドである以前に、DAOトークンホルダーの合意形成およびThe DAO自身の完成度を高めるためのソフトウェア開発のための機関であることを求められているのかもしれない。

いろいろな議論はあるが、コードを根拠に1カ月で1.3億ドルを集めた頭がいい人々がいて、そこにアイデア(プロポーザル)を提案する人々も現れている。この連中が次に何をやらかしてくれるのか気になる。The DAOの運営が今後の仮想通貨やブロックチェーンの動向に大きな影響を与える可能性もある。注目しつつ見守りたい。

最後に大事な話を。今回の記事はDAOトークンへの投資を薦めるものではない。本文を読めばお分かりのように、非開示のリスクが存在する可能性もあるし、投資案件の情報もまだまだ不十分だ。現時点でのDAOトークンは、The DAOのビジョンに賛同し、投票によりガバナンスに参加したいと考える人にとって価値があるものだと考えている。

サイドチェーン技術を推進するBlockstreamが5500万ドルを調達、日本では弁護士ドットコムとスマートコントラクトを検討

blockstブロックチェーン技術を手がけるカナダBlockstream Corp.が、シリーズA資金調達で5500万ドルを手にした(発表ブログ)。投資したのは、Horizon Capital、AXA Strategic Ventures、それに日本のデジタルガレージの子会社DGインキュベーションなどだ。

Blockstreamは、暗号通貨とブロックチェーン技術の本流といえるビットコインのブロックチェーンと2-Way PEGで連動する「サイドチェーン」をビジネスとする。ビットコインには7年間の技術的蓄積があるが、すでに多くの利害関係者がいることから新技術を投入しにくい。だがサイドチェーンであれば、技術的蓄積が長いビットコインの基幹技術を利用しつつ、新技術を素早く投入できるメリットがある。

サイドチェーンの応用として、複数のデジタル通貨を束ねるプラットフォームや、スマートコントラクト(アルゴリズムで記述された電子契約)、デジタル不動産登記、ポイント交換などが挙げられる。

peg日本での具体的な取り組みとして、DGがインキュベーションするスタートアップの一社である弁護士ドットコムと連携し、同社の電子契約サービス「CloudSign」に基づく「日本の商習慣に最適化した」スマートコントラクト・システムの開発を検討していく。またデジタル通貨や各種ポイントサービスなどを利用可能な次世代決済プラットフォームを、クレジットカード会社や銀行とコンソーシアムを組織しつつ進める予定だ。

Blockstreamは2014年1月創業。創業者はカナダZero­Knowledge Systemsの出身のAustin HillとAdam Back。創業後間もない2014年11月に、LinkedIn創業者のReid Hoffman氏、Khosla Ventures、Real Venturesをリードインベスターとして2100万ドルを調達し話題となった。CTOのGregory Maxwell氏、エンジニアのPieter Wuille氏は共にビットコインのコア開発者として知名度が高い。

プロダクトとして、オープンソースのアプリケーション開発向けプロダクト「Elements」と、ビットコイン取引所を対象とする「Liquid」がある。同社の主要ビジネスモデルは、(1)オープンソースで提供するプロダクトに対する定額制カスタマーサポートと、(2)サイドチェーンをBlockchain-as-a Sreviceとして提供することだ。

ブロックチェーン技術の関連企業の中でも、特に有名エンジニアを抱え豊富な資金を持つBlockstreamが日本でのビジネスを展開する。今後の動向に注目したい。

ブロックチェーンの正体

image編集部注この原稿は、森・濱田松本法律事務所パートナーの増島雅和弁護士 (@hakusansai)による寄稿である。増島氏は2000年に東京大学法学部を卒業し、2001年弁護士登録、森・濱田松本法律事務所入所。2006年に米国のコロンビア大学法科大学院を卒業し、シリコンバレーのウィルソン・ソンシーニ法律事務所に勤務。2007年ニューヨーク州弁護士登録。帰国後には2010~2012年まで金融庁監督局保険課兼銀行第一課で、法務担当課長補佐を務めた。日本ベンチャーキャピタル協会顧問、日本クラウドファンディング協会理事などを歴任している。

ブロックチェーンの「誤解」

ここのところ急速にブロックチェーンに対する注目度が高まっています。Overstockが開発した、ブロックチェーン技術を用いた非上場株式の取引プラットフォーム「」、ブロックチェーン技術を用いて中央清算機関なしに株式の仲介を実現することを目指してNASDAQと提携したChainなどがこれまで取り上げられてきましたが、三菱UFJフィナンシャル・グループが、ブロックチェーン技術を国際的な金融取引市場に応用することを標榜するR3CEVのプロジェクトに参加する22の銀行の1つとなることがアナウンス(発表PDF)されてから、日本のマーケットでもブロックチェーンまわりがざわついてきました。

日本では、ブロックチェーンというとビットコインを連想する人が多いと思います。「ビットコイン」とは仮想通貨の1つであるビットコイン(これは小文字でbitcoinと記載されるのが通例です)と、これを支えるブロックチェーン技術としてのビットコイン(これは大文字でBitcoinと記載されます)の2つを意味しており、ここで議論をしているのはブロックチェーン技術としてのBitcoinに関連するものです。しかし、この記事でご説明しようとしているブロックチェーンとは、Bitcoinそのものを意味するものではありません。日本のビジネス界では、まだブロックチェーンとはビットコインが採用しているブロックチェーン技術(Bitcoin)のことを意味しているものと捉えている人が多く、ブロックチェーンとBitcoinを混同してブロックチェーン(特にそのリスク)を論じるものが多く見られます。テクノロジー系媒体を代表するTechCrunchすらそのような記事を掲載していますので(「次の革命をもたらすのはブロックチェーンかもしれない」(原文))、ビジネス界でこうした記事にも目配りをしているビジネスパーソンの多くが、このような捉え方をされているのは無理からぬものがあります。

技術サイドの方には当然のこととして理解されていることなので改めて指摘するのも憚られるところですが、Bitcoinというのはブロックチェーン技術を応用した1つのプロトコルに過ぎません。技術を評価して応用する側にあるビジネス界の人々にとっては特に、ブロックチェーンとBitcoinを混同して理解し議論することは、ブロックチェーンの本当の破壊力を見誤るように思います。実際、ビジネスの観点からすると、Bitcoinはブロックチェーン技術の中ではかなり極端なシチュエーションを想定したプロトコルであり、ブロックチェーン技術の応用例としては例外の方に位置づけられるべきものであるともいえるように感じます。

この記事は、ビジネスサイドの人たちに、ブロックチェーン技術をどのように体系を立てて理解すればよいかについて、同じくビジネスサイドにいる筆者の考えを共有することを目的とするものです。そのうえで、ブロックチェーン技術がビジネスにどのように応用することができるのかについて、その見取り図を示そうとするものです(編注:ビットコインの解説にについては、「誰も教えてくれないけれど、これを読めば分かるビットコインの仕組みと可能性」も参照)。

なぜ、ビジネスサイドが、わざわざブロックチェーン技術について理解しなければならないのか、ブロックチェーン技術のビジネス応用について理解しておけば十分なのではないか、という考え方があるかもしれません。しかし、筆者の考えでは、これではブロックチェーン技術のビジネス応用を適切に評価・議論することができません。なぜなら、Bitcoinという、かなり極端なシチュエーションを想定したブロックチェーン技術のアイディアが先行して世の中に広まってしまったため、ブロックチェーン技術のビジネス応用を考える際に、Bitcoin固有の技術的な制約や限界に関する言説が、ブロックチェーン技術に対する評価を歪めてしまいがちであるためです。ブロックチェーン技術についての体系的な理解をすることなくそのビジネス応用について評価・検討しようとすると、技術的な側面からの誤った理解がこれを邪魔するということが起こりうるように思います。

説明を開始する前に1つ留保事項を述べておきます。ブロックチェーン技術は多義的な解釈が可能な技術です。インターネットとは何か、と問われたときに、それぞれの時代ごとに主流の捉え方があり、時とともにバージョンアップされていったのに似ているかもしれません。この記事では、現時点で筆者が一応納得している、ビジネス応用に関する初期的な検討に耐えると思われる、ブロックチェーン技術の体系的な理解を皆さんと共有したいと思います。ビジネス業界の外からは、別の解釈もあるでしょうし、ビジネス業界からも、時を経てより良い解釈の方法が提示される可能性も十分にあると思っています。ぜひとも皆さんの考えを教えて下さい(@hakusansaiにてお待ちしています)。

管理者の有無によるブロックチェーン技術の分類

テクノロジーサイドの論文を読んだり技術者の方々と議論したりした結果、ブロックチェーン技術は、下図のような体系で整理して理解すると、ビジネス応用について検討・評価する際の見通しが良いように思います。

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(*)ただし、管理者がいてノード参加が自由というものも作ることができる

まずは、管理者について、ブロックチェーン技術を採用し、ビジネスの用途でこれを管理するのは誰か、という点からブロックチェーン技術を見る視点です。ブロックチェーン技術については「管理者が存在しない」という事態も想定されており、その典型がBitcoinということになります。ブロックチェーンをビジネス用途に用いる場合、その導入を検討する企業はブロックチェーンを管理したいと考えるのではないでしょうか。管理の主体は、単体企業とすることもパートナーシップ関係にあるコンソーシアムによって担われるとすることも考えられます。管理主体を誰にするかは、ビジネスの戦略上はたいへん重要なポイントになりますが、ブロックチェーン技術という観点からはそれほど大きな問題ではありません。すなわち、ブロックチェーン技術としては、単体企業を管理者とするものとコンソーシアムを管理者とするもののいずれもが可能であり、それぞれに最適化したプロトコルを持ったサービスを採用するか、もしくは同一のプロトコルを用いて他の技術的な側面からそれぞれに最適化したサービスを採用するかということをビジネスサイドとしては考えることになります。

コンピューターシステムであれそれ以外のものであれ、およそ一定の仕組み・システムを運用するためには管理者が必要と考えられていました。企業内システムしかり、コーポレート・ガバナンスしかり、自治体や国家運営であってもしかりです。Bitcoinというのは、理論的にはこの管理者の存在を前提としないプロトコルを採用しています。管理者の存在を前提とする必要がないことから、Bitcoinは民主的な技術であるといわれ、その応用である仮想通貨(bitcoin)は、国家システム(なかんずく貨幣システム)に対する強力な代替案を提供しうるアプリケーションであるとして、驚きをもって受け止められました。しかしながらこのことは、ブロックチェーン技術は管理者が存在しないものでなければならないことを意味するものではありません。ブロックチェーンは分散型台帳技術であり(ブロックチェーンを「台帳」と解釈すべきかどうか自体についても諸説があり、ものの見方によって多義的な解釈が可能です)、それ自体は無色透明のものであって、管理者をどのように設定し、または設定しないことにするかは、プロトコルのアーキテクチャの問題にすぎないということができます。

誰でもノードとして参加できるか、管理者によるコントロールを可能にするか

ブロックチェーンはpeer to peer技術を応用したものなので、技術的にノードの存在が必要になります。このノードに誰がなることができるのかというのが次の視点となります。管理者が存在しないブロックチェーン技術の場合には、管理者が存在しないというその特性は、ノードの参加の可否を判断する者が存在しないということを意味し、したがって誰でもノードに参加することができるというアーキテクチャを採用することになります。ブロックチェーン技術を解説する際に「Trustless」という表現が出てくることがありますが、これは主としてこのことを述べたものです。

逆に、管理者が存在するブロックチェーンについては、ノードとなるかどうかについて管理者がこれをコントロールすることができるということになります。これには、エンドユーザーを直接ノードとするものや、エンドユーザーは誰かということと誰をノードとするかを分けて考えるものとがありますが、いずれにしても、ノードとなることができる主体を管理者がコントロールすることができること自体には変わりがありません(エンドユーザーが自動的にノードとなるものについては、そもそもそのエンドユーザーにアカウント開設を許可するかどうかを管理者がコントロールすることによって、ノードをコントロールすることができることになります)。この特性を表現するものとして、しばしば「Trusted」という表現が用いられています。

コンセンサスとプルーフの必要性

ブロックチェーン技術について、これをpeer to peer技術を用いて管理する分散型台帳であると見た場合、この台帳の書き換えをコントロールする方法が技術の中核を占めることになります。台帳の書き換えは、そこに何らかのトランザクションが起こることを意味していますが、このトランザクションに対する同意(コンセンサス)と、それが真に当事者によって行われたものであること、さらには対象が二重にトランザクションの対象となっていないことを確認(プルーフ)する作業が必要となります。

ブロックチェーン技術に、誰でもノードに参加することができるアーキテクチャを採用する場合、ノードには悪意のある者が参加する可能性があることを念頭に置いて全体を設計しなければならないことになります。すなわち、悪意のあるノード参加者が分散型台帳を改ざんしないことを確保する仕組みが必要ということになります。Bitcoinにおいては、これをproof of workと呼ばれる方法で、台帳の書き換えには一定の計算を行うことを要するものとすることで、解決しようとしています。計算が必要であるということは、コンピューターリソースとこれを動かす電力を必要とするということを意味していますが、これらの資源を提供することのインセンティブとしてbitcoin自身を資源の提供者(つまりマイナー)に付与することをあらかじめ約束することで、悪意のあるノード参加者にとって、台帳を改ざんするよりはマイニングに従事するほうが経済的に効率的であるという状態を創出しているわけです。これにより、悪意のあるノード参加者を想定しつつ、台帳の改ざんの懸念を払拭しているところに、Bitcoinというプロトコルの際立った特徴があるといえます。

逆にいうと、ブロックチェーン技術に管理者の存在を想定し、ノード参加者を管理者が選定することができるというアーキテクチャを採用した場合、そもそもそんなに悪意のあるノード参加者などというのを想定してガチガチなプルーフ作業を必須としなくても良いではないか、という発想がうまれうることになります。

どの程度のプルーフ作業を必要とするかは、分散型台帳の書き換えの速度、すなわちトランザクションの速度と深く関係することになります。厳格なプルーフ作業を要求する場合、これはビジネスにおいては取引の実行に要する時間が長くなることを原則として意味します。そうすると、その長さがすなわち決済速度ということになり、この点のブロックチェーンのアーキテクチャ、さらにはそのプロトコル自身が、ビジネス上、その取引にそのブロックチェーンが使えるかどうかという話に直結することになります。

このように、ブロックチェーン技術においては、厳格なプルーフ作業を求めること、ビジネス的に言うと台帳に対する悪意のある改ざんがなされないという信頼性を技術的に高く確保することと、トランザクション速度を高速化することの間には、一定のアンビバレントな関係があるといわれています。このバランスをどこに置くのか、ということを考える際に、悪意のある改ざんを防止するためにノード参加者自身をコントロールするという発想を持つことができる、管理者が存在するブロックチェーン技術とその存在を前提としていないブロックチェーン技術の間には、サービスの設計を考える上で、大きな差があるということだと思います。

さらに言うと、プロトコルをどうするかという問題は、ビジネスの応用に際して一定の制約を生むことになるとはいえますが、この点は提供される製品のアーキテクチャによって、一定程度解消されうるということであると思います。例えばBitcoinのプロトコルを用いたとしても、その上に何か別のレイヤーを設けて工夫することにより、トランザクション速度に関して何らかの改善を図ることができる余地はあるということかと思います(Bitcoinというプロトコルは、管理者の存在を前提とはしていないというだけで、このプロトコルを用いたサービスを設計する際に、管理者を置いた形のサービスを作ることができないということではまったくありません。)。但し、Bitcoinのプロトコルに本源的に存在する制約や限界が、これを用いたサービスの設計を窮屈にするということはありえるかもしれず、それによってサービスがビジネス上どの領域に利用することができるのか、ということに影響することはありうるのだと思います。

また、Bitcoinが完全なオープンソースであることに関連して、事業者が提供するサービスの中には、そのおおもとをBitcoinに由来するものが多くあります。これらはビットコインフォークと呼ばれ、Bitcoinが持つ特性を多かれ少なかれ引き継いでいることになります。ブロックチェーン技術を用いたサービスを一から開発する(すなわちコードを一行目から書いていく)ためには、peer to peerによる分散型合意形成技術、暗号技術、セキュリティ技術など異なる領域にわたる技術を開発陣が高いレベルで習得していなければならず、そのような開発チームを組織して、ビットコインフォークではない、特定のビジネス応用に最適化したサービスを作り上げるためには、かなりの時間と開発コストがかかると言われています。

ブロックチェーンには「トークン」は必須ではない

ブロックチェーン技術に言及する際には、しばしば「トークン」と呼ばれるシステム内の貨幣のようなものと、マイナーと呼ばれるトークンの発掘者の存在が指摘されることがあります。しかしながら、これらはブロックチェーン技術にとって必要不可欠の要素ではありません。ブロックチェーン技術を分散型台帳としてとらえる見方からすると、システム内でこの分散型台帳を適切に管理することができればよいわけであり、そのための設計として、トークンというものを導入するかどうか、またマイナーという仕組みを導入して分散型台帳の管理のためのリソース提供を動機付けするかどうかは、サービスのアーキテクチャないしその根本にあるブロックチェーンのプロトコルをどのようにするか、という問題に過ぎません。

同様に、台帳を誰が見ることができるかという点も、サービスの設計の問題ということになります。

ブロックチェーン技術の応用

ブロックチェーン技術を分散型台帳とみた場合、その応用としてビジネス界が着想するものとして決済分野があります。決済には資金や証券などの分野がありますが、資金は記録によりその価値の帰属者を法的に定めることができ、証券についても電子的な記録によりその保有者を法的に定めることができますので、ブロックチェーン技術を用いてトランザクションの実行を適切に記録する(誰と誰の間のいつ行われた何の移転に関する取引かを記録し、その認証を行うことで、二重譲渡のような事態を防止する)ことにより、ブロックチェーン技術に決済機能を発揮させることができそうです。

他方で、このような記録台帳による記載と資産の法的な所有の決定が必ずしも対応していないものも存在します。例えば債権の譲渡は、誰が現在債権者であるかについて対外的に主張することができるためには、債務者に対する通知や債務者による承諾が必要です。したがって、記録台帳による記載を債務者への対抗可能なものとするためには、債権の売買当事者間の合意とその認証のみではなく、債務者に対する通知がなされたことや債務者が承諾したことについての認証が必要になることになります。動産の場合には、売買当事者間の譲渡の合意のほかに、その動産が買主に引き渡されたことについての認証もなければ、記録台帳の内容のとおりの資産の所有関係があるということは言えません。不動産の場合にはその権利の取得や喪失について対外的に主張するためには登記が必要ということになりますので、ブロックチェーンによる記録と登記システムが何らかのつながりを持たなければならないことになります。そこで、もっとも先進的なアイディアとして、登記システムにブロックチェーンが組み込まれるべきであるという主張がなされているところです。技術的にはともかく現状の登記実務を念頭に考えると、それなりに超えるべきハードルがあると言わざるをえませんが、確かにそのような仕組みが採用された暁には、現在の中央集権的な登記システムの維持にかかるコストは劇的に減らせることになるでしょう。現に、債権については電子債権記録法という法律により、電子債権記録機関における記録によってその権利の発生と移転の法律上の効果を担保する仕組みができており、こうした新しい法律上の枠組みの制定により、資金や証券以外の資産の移転分野にブロックチェーン技術が応用されていく可能性はあると考えられます。

ブロックチェーン技術の捉え方として、これは台帳ではなく5W1Hが記載された記録簿であるという識者もいます。これを台帳と表現するか記録簿と表現するかは言葉の綾に過ぎないように思われますが、このような表現をされる人の中には、チューリング完全なブロックチェーン技術であれば、契約上の義務をデータレイヤーを取扱うチェーンと同じチェーンで取扱うことができ、これによりブロックチェーン上で契約関係を表現することができると同時に、その契約条件が整った際に契約上の支払の履行がなされることを確保するという仕組みをつくり上げることができるということを強調する人が多いようです。これを表現する単語として、「スマートコントラクト」という呼び方がなされることがあります。このようなスマートコントラクトにおいては、単純化して言えば、移転対象となる資産を移転する諸条件がブロックチェーン上に表現され、記述されたすべて条件の成就が認証された場合に資産が台帳上移転するという仕組みをブロックチェーンに織り込んでおくという発想がなされています。

このようなスマートコントラクトの考えは、ガバナンスないしモニタリングと呼ばれるものの考え方を変更するかもしれません。例えば取締役に対する株主のモニタリングについて、取締役の行動に様々な条件を課したうえで、それらの条件を成就した場合に報酬が付与されるものと考えた場合、これらの条件関係がブロックチェーン上に表現されていれば、その条件の成就が認証されないかぎり取締役に報酬が支払われないということになります。取締役のモニタリングを、判定が容易な複数の条件の組み合わせとその成就の認証行為としてとらえ、これを報酬と紐付けることで、コーポレート・ガバナンスの最重要の問題の一つであるところの取締役の行動規律を低コストで確保することができるのではないか、と考えることは、スマートコントラクトの延長上の議論として少なくとも成立し得るように思われます。

また、スマートコントラクトとIoTの関係にも着目する必要があります。スマートコントラクトでは、一定の条件が成就することをもって資産の移転が生じる(より正確には帳簿上の記載が変更される)ということをブロックチェーン技術によって自動的に発生させることができるわけですが、この「条件」が客観的な事象の発生そのもの、もしくはそのような事象と紐付いたものであることがあります。例えば、「午後10時までに帰宅する日が1週間のうち4日以上あったら5000円を支払う」という契約があった場合、「午後10時までに帰宅する」という条件が果たされたことを確認する方法として、本人が帰宅したことを申告させ、誰かが本人の自宅に電話して認証する方法がありえます。これに代わる方法として、本人が電子鍵で自宅ドアを解錠した場合にスマートロックからモバイル端末を経由して帰宅の事実とその時刻が送信されれば、その日に「午後10時までに帰宅する」という条件を満たしたことをブロックチェーン上で認証することができることになります。

こうしてみてみると、そもそもビットコインという仮想通貨システム自体が、これまでは国家がコストを掛けてメンテナンスしてきた貨幣システムのガバナンスに相当するものを、ビットコインというプロトコルの中で、法定通貨のガバナンスとコスト構造が全く異なる仕組みにより、実現したものととらえることも可能であるように思われます。すなわち、ビットコインという仮想通貨システムが成立していることそのものが、ブロックチェーン技術がこれまでのガバナンスとそのためのコストというものに対して、強烈な転換を迫るものたりうることの証左であるという見方もできるということです。

金融インフラをブロックチェーンで代替してコストを10分の1に、日本から「mijin」が登場

ミッションクリティカルな金融機関システムを、Bitcoinなどの暗号通貨で使われる要素技術であるブロックチェーンで置き換える――。こういうと日本のIT業界に身をおいてる人の反応は2つに割れるのではないだろうか。「何を寝言みたいなことを言ってるのだ?」という反応と、「それはとても理にかなってるね」という反応だ。

ダウンタイムの許されない高可用性や、データ損失のない信頼性が要求されるITシステムというのはハードもソフトも「枯れた技術」を使うのが定石。まだ実用性や有用性が証明されていないBitcoinの技術を使うなどというのは、世迷い事っぽくも聞こえる。ただ、Bitcoinという仕組みを実現するベースになっているブロックチェーンそのものは、可用性と堅牢性の高いP2Pネットワークとして様々な応用が期待されている技術だ。

ブロックチェーンは複数のサーバが参加するP2Pネットワークであるということから、中央管理サーバのない、いわゆる冗長構成となっているほか、原理上データの改ざんがきわめて難しいという特徴がある。

このことから、例えばシティバンクは独自のデジタル通貨プラットフォーム「CitiCoin」を実験中だし、Nasdaqはブロックチェーン技術を提供するChainと提携して未公開株式市場で同社技術を使うと発表している。ほかにもUBSが「スマート債権」を実験中だったりと、アメリカの金融大手が新技術の取り込みに向けて動き始めている。9月15日にはゴールドマン・サックスやバークレイズを含む9つの大手銀行がブロックチェーンで提携すると発表している

金融関連ベンチャー投資支援をしているAnthemisグループは「The Fintech 2.0」という分析レポートのなかで、ブロックチェーンによって銀行のインフラコストを2022年までに150〜200億ドル削減できるのではないかとしている。

面白いのは、最近アメリカの金融関係者らがBitcoinというネガティブなイメージのつきまとう言葉を避けて「ブロックチェーン」という言葉を使うようになっていることだ。Bitcoin関連のポッドキャストやコンサル、講演で知られるアンドレア・アントノポラス氏の言葉を借りて言えば、Bitcoinというのはインターネットにおける電子メールのようなもの(ちょっと長めの動画インタビュー)。1995年ごろにWebブラウザが爆発的普及を始めるまでは、インターネットとはメールのことだった。しかしTCP/IPを使った最初に成功したアプリがメールだっただけで、実際にはインターネットはもっと多様なサービスを生み出す革新的なイネーブラーだった。同様に、Bitcoin発案者とされる中本哲史の本当の発明はブロックチェーンのほうで、Bitcoinのような暗号通貨は、その1つの応用にすぎないという。

ちなみにシリコンバレーの著名投資家マーク・アンドリーセンは2014年初頭の時点でBitcoinの登場のインパクトを、1975年のパーソナル・コンピューター、1993年のインターネットの登場になぞらえている。アンドリーセンは、Bitcoinの本質的な価値は、ビザンチン将軍問題というコンピューター・サイエンスの研究者たちが取り組んできた課題におけるブレークスルーであることが根底にあると強調している。互いに無関係の参加者が、信頼性のないインターネットのようなネットワーク上で、どうやって合意形成を達成するのかという問題だ。

自社内、またはパートナー間のみ利用可能なブロックチェーン「mijin」(ミジン)

さて、アメリカでブロックチェーン技術利用へ向けて金融大手が動き出している中、日本発のBitcoin関連スタートアップであるテックビューロが今日、自社内、またはパートナー間のみ利用可能なブロックチェーン「mijin」(ミジン)を発表した。Bitcoinはオープンでパブリックなブロックチェーンで運用されているが、mijinは、そのプライベートネットワーク版といった位置付けだ。

mijinは現在クローズドβのテストフェーズにあり、2016年初頭から提携企業への提供を開始する。また2016年春には有償の商用ライセンスのほか、オープンソースライセンスのもとソースコードの一般公開を予定している。mijinは、地理的に分散したノード間で2015年末までに秒間25トランザクションの処理能力を提供し、2016年末までに秒間100トランザクションを実現するのが目標だという。プライベートな同一ネットワーク内では秒間数千トランザクション以上での高速動作も実現するとしている。mijinを提供するテックビューロは日本発のスタートアップ企業だが、顧客の大半が欧米顧客になると見ていて、そのことから「忍者」的なキャラをあえて選んだのだそうだ。mijinというのは忍者が使った武器の一種なんだとか。

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テックビューロ創業者で代表の朝山貴生氏は、mijinで構築したブロックチェーンで既存のデータベースを置き換えることで、企業のポイントサービスや決済サービス、オンラインゲーム、航空会社マイレージ、ロジスティックス、保険、金融機関、政府機関などの大規模で高度なシステム基盤にまで幅広く利用できると話す。銀行系のシステムだと初期構築とハードウェア費用で数億円、運用フェーズでも月額数千万円ということがある一方、mijinでクラウド上に数十台のインスタンスを立ち上げることで、初期費用ゼロ、月額数十万円の運用が可能となるだろうという。

このコスト削減の背景には、システムの堅牢性や冗長化といった技術的な部分がなくなることに加えて、不正防止対策や運用マニュアルの整備など運用コストの削減効果もある。テックビューロのリーガルアドバイザーである森・濱田松本法律事務所の増島雅和弁護士はプレスリリースの中で、「ビットコインプロトコルに依存しないプライベートブロックチェーンというユニークな立ち位置でローンチされるmijinが金融・商流・ガバナンスをどのように変えていくのか、大変興味深い」と語っている。

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ブロックチェーン技術を使ったスタートアップ(またはプロジェクト)には、BlockstackSETLBankchainHYPERLEDGERMultiChainEthereumFactomStorjなどがある。金融向け、汎用ビジネス向けなどいろいろあって、すでに走りだしている。ただ、オープンソースで非アプリケーションのプラットホーム指向というmijinのモデルはユニークで、今からでもポジションを確保できるのではないかと朝山氏は話している。

テックビューロは国内でBitcoinを含む暗号通貨の取引所「Zaif Exchange」を運営していて、2015年3月に日本テクノロジーベンチャーパートナーズから1億円を資金調達している。

Bitcoinやブロックチェーンがどういう技術なのかという解説は、朝山氏によるTechCrunch Japanへの寄稿も参考にしてほしい。

Bitcoinのブロックチェーンに便利なメタデータ層をつけて多様なアプリケーションを可能にするColu

暗号通貨Bitcoinを支えるブロックチェーンという技術は、現実世界のいろんなトランザクションにより高いレベルの信頼性をもたらすプラットホームとして、かなり前から投資家が注目してきた。

テルアビブのColuは、そのヴィジョンを現実化するプラットホームを、開発しようとしている。Coluが提供するAPIを使ってデベロッパは、カラードコイン(colored coins,証書性通貨)とBitcoin 2.0のインフラストラクチャにアクセスして、新しい分散アプリケーションを作ることができる。

ColuのCEOで協同ファウンダのAmos Meiriはこう語る: “ブロックチェーンはいわば、この惑星上の誰とでも共有しているGoogleのスプレッドシートみたいなものだ”。そのスプレッドシートに誰もがアクセスでき、そしてそのシート(bitcoinの台帳)の変更(書き換え)を承認する手段を誰もが持つことによって、トランザクションにより高い信頼性とセキュリティ*がもたらされる機会が作られる。〔*: 原理的に、本人性詐称が起こりえない。〕

Coluがやることは、bitcoinの基本的なトランザクションの上に、取引された通貨量だけでないメタデータの層を作ることだ。すると、Coluを利用して作ったアプリケーションは、単なる仮想通貨だけでなく、鍵やチケットや役職や行為など、現実世界のいろんなものでブロックチェーンベースのトランザクションを承認できるようになる。

“この、bitcoinでセキュリティを確保されたプラットホームにより、これまでネットでの買い物をためらっていた層も安心してeコマースなどを利用できるようになる”、とMeiriは語る。

すでに、Coluのプラットホームを利用してトランザクションの部分にbitcoinを統合しているアプリケーションデベロッパが数名いる。

この技術の開発を加速し、またアプリケーションデベロッパたちの利用促進を図るためにColuは、イスラエルのVC Alephと合衆国のSpark Capitalが率いるラウンドにより、250万ドルの資金を調達した。

Coluはいわゆる、bitcoin 2.0 technology(bitcoin 2.0テクノロジ)の最新の例だ。この技術はbitcoinの、単なる仮想通貨を超えた用途を開拓しようとしている。

Meiriは語る: “Coluの目標は、ブロックチェーンの能力を利用して、あらゆるものへのアクセスを安全にすることだ。オンラインの買い物も、別荘のドアも、車のドアロックも。その用途はきわめて多様だが、ブロックチェーンの確認とセキュリティの能力があれば、何でも可能だ”。

Meiriと彼のチームは、それまで、カラードコイン(colored coins)の開発に関わっていた。その経験が、Coluの技術のベースになっている。

Culuの開発プラットホームはまだベータだが、2015年の第二四半期には一般公開でリリースされる予定、という。

昨年Bitcoinの価値は下落を続けたが、それにも関わらずその技術の継続的成熟と、bitcoinを利用する消費者の数の増加は着実に続いている。

今週は、CoinBaseが7500万ドルという巨額の資金を調達し、合衆国で初めての、州公認のBitcoin取引所をローンチした。

本誌のライターJon Russellが、昨日の記事で書いている:

先週、ニューヨーク証券取引所とUSAAを投資家に加えた同社は、Wall Street Journalの記事中で、ニューヨークやカリフォルニアなど重要な地域も含めて全米の半数の州から“州の規制下での営業”を認められた、と述べている。とくにニューヨーク州は、州の規制を受け入れないかぎり営業をさせない、と強硬に主張していた

Coinbaseはすでに、世界の19か国で取引所サービスを提供しており、これまで合衆国国内での営業許可や承認を得るのに5か月かかった、と言っている。ユーザは、同社の営業が許可されている州内でないと同社のサービスにサインアップできない。今、そのほかの州でも許可を得るべく、継続的に努力が行われている。

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(翻訳:iwatani(a.k.a. hiwa))