編集部注:この原稿はMIRAISEパートナーの布田氏による寄稿である。MIRAISEは、ソフトウェアエンジニアが起業した会社に対して投資する日本で唯一のベンチャーキャピタル。日本、米国、エストニアなどに拠点を置く企業に投資しており、ソフトウェアスタートアップ36社に出資を実施している(2021年12月時点)。普段より国内外のソフトウェアスタートアップを調査し、テック企業の方と交流し情報交換を行っているという。同社からスタートアップに関わる方に向け今年2022年のトレンドを発表しており、同社サイトでは「【MIRAISE TREND 2022】フルバージョン」を公開している。
背景
世界各地で加熱するスタートアップのビジネスや、急速に進歩していく技術のトレンドを把握することは決して簡単なことではありません。
「MIRAISE TREND 2022」はビジネストレンドとは違いテクノロジーを起点としたトレンドレポートとなっています。
MIRAISEはソフトウェアエンジニアが起業した会社へ投資する日本で唯一のベンチャーキャピタルです。そんな私たちが、年間200件以上のエンジニア起業家と情報交換を通じて見えてきた次世代のトレンドを「ソフトウェア技術×スタートアップ」という軸をもとに7つのキーワードでまとめました。本レポートが、スタートアップに関わる多くの方の目にとまり、エンジニア起業家やソフトウェアテクノロジーへ興味を持っていただけるとうれしいです。
MIRAISE TRENDにおける7つのキーワード
- クリエイティブ制作のクラウドへのシフトが加速
- ウェブの3D技術がついに日の目を浴びる
- オープンソースソフトウェアのマネタイズ手法が多様化
- ユニコーン企業のプラットフォーム化が進む
- パーソナルサーバー2.0
- VRアプリが急増
- クラウドサービスの多層化
1 クリエイティブ制作のクラウドへのシフトが加速 ― Creative production shift to Cloud
これまで、プログラミングやデザイン、動画編集などコンピューターのマシンパワーを必要とする作業は、WindowsやMacのデスクトップアプリケーションとして提供されてきました。
単独での作業では不都合はないですが、チームでのコラボレーションでは各人が作業したものをサーバーにアップロードし、他の人がダウンロードして編集して再度アップロードする手間が必要になります。
Google DriveのDocumentやPresentationなど軽量なデータのやり取りはブラウザー上で同時にアクセスして共同で編集することが可能になっていますが、クリエイターが使うツールはこれまでほとんどありませんでした。
しかしここへきて、ブラウザー周辺の技術進歩やリモートワークの普及により、クリエイターが使うツールをブラウザーで動くようにするソフトウェアを開発するスタートアップが増えてきています。
累計9000万ドル(約98億9000万円)以上を調達している動画制作のコラボレーションツールを開発しているFrame.ioは、Adobeに12億7500万ドル(約1400億円)で買収され、エンジニア向けのオンラインコラボレーションツールのRepl.itは2021年2月に2000万ドル(約22億8000万円)、同年12月に8000万ドル(約91億3600万円)を調達しています。
背景の1つに「個の職人化」もあるでしょう。PC性能の向上や、インターネットの普及に伴いプロの技術やノウハウが広く共有されることで、それまで趣味程度だった個人のクリエイティビティがお互いに刺激を与え合い、爆発的にクオリティが高まっています。クリエイターの裾野が拡大する中、柔軟なコラボレーションを支えらえる方向へツールが向かっていくのは自然な流れです。
歴史的にみると、シンクライアント(Thin Client)とファットクライアント(Fat Client)の中間に位置するリッチクライアント(Rich Client)の隆盛といっていい状況です。ウェブ技術の進化と、クラウド側の計算力向上(計算のためのコスト低下)が大きく進化したことが大きな要因です。
2 ウェブの3D技術がついに日の目を浴びる ― Web 3D technology finally sees the light of day
2000年、Epic Gamesのゲーム「フォートナイト」内でのバーチャルライブにおいて、ラッパーのTravis Scott(トラビス・スコット)が2700万人を動員し20億円以上の売上げを記録。Epic Gamesは、2021年4月にはメタバースのために10億ドル(約1090億円)の資金調達を実施しています。またFacebookが社名をMetaに変更したことで一気にメタバースという単語が浸透しました。
注目すべきは、今までおもちゃのような扱いを受けてきたウェブ上の3D技術が、急速に意味のあるものへと価値を高めていることです。2Dのウェブサイトにおける3Dの技術は用途が限定されていましたが、メタバースの世界ではユーザーは2Dと3Dを行き来しやすくなり、ウェブの3D技術に取り組む企業が重要になると予想します。今ほとんどのウェブコンテンツは2Dのままであり、そのコンテンツと3Dの接点がウェブの3D技術になっています。
3D eコマースのVNTANAはECサイト上で製品を3Dに見せる技術を持っており、2021年11月にシリーズAで1250万ドル(約14億2200万円)を調達し、投資家の中にはOculus前CEOのBrendan Iribe氏も参加しています。
3 オープンソースソフトウェアのマネタイズ手法が多様化 ― Monetization of OSS diverse
オープンソースソフトウェア(OSS)のマネタイズ手法は、古くはサポートに始まり、現在はホスティングが主流になってきています。たとえばデータ解析ツールのRedashは、OSS版を自前でサーバーへホスティングする場合は無償で提供し、Redashのホスティングを行う場合は月額の料金がかかるというビジネスモデルです。
多くのOSSがサーバーへのホスティングをマネタイズ手法にしている中、新しい手法も増えてきました。ワークフローマネジメントツールのOSSを開発しているPrefectは、ホスティングではなく正常に動いているかのモニタリングサービスでマネタイズしています。また日本のフレームダブルオー(FRAME00)は、ブロックチェーン技術を応用したDi-Fiを使用し、OSSプロジェクトへユーザーが暗号資産Devトークンを預けること(ステーキング)で発生するリターンをOSS開発者と支援者双方に還元するような仕組みを提供。これまで1600件以上のOSSプロジェクトに3億円以上が預けられています。
OSS開発はコミュニティがベースとなっているので、同じくコミュニティによる運営がなされているトークンとの親和性は非常に高いです。このようにOSSプロジェクトや、OSSでプロダクトを提供している運営会社はトークンによる資金調達やマネタイズが進んでいくと、法定通貨の時価総額だけではその事業体の価値が測れなくなってきます。
特に事業投資を行うベンチャーキャピタルなどは、投資対象の事業体を目利き(評価)する際には、これまでの法定通貨による帳簿、財務諸表だけでなく、より実態を見極めることが大事になります。米VC、Andreessen Horowitz(a16z)がOSSへの投資を拡大していることからもわかる通り、今まで「ボランティア」「儲からない」と考えられていたOSSが投資の観点からも目が離せなくなってきました。
4 ユニコーン企業のプラットフォーム化が進む ― Opportunity by platforming unicorn companies
ユニコーン企業は今や800社以上あり(2021年9月時点)、2021年は1営業日に2~3社ユニコーンが誕生している計算になります。特筆すべきはユニコーン企業が提供するデータ(API。Application Programming Interface)を使ったプロダクトを開発する企業群が次のユニコーンになりつつあることです。
デザインデータを自動でコード化するツールを手がけるAnimaは、デザイン作成ツールを提供しているユニコーン企業FigmaのAPIを使用しサービスを提供しており、2021年9月に1000万ドル(約10億9900万円)を調達しています。
国内でも、ラクスル傘下のペライチが、ノート・ワークスペースサービスを提供するNotionのAPIを使って簡単にウェブページを作成できるWraptas(旧Anotion)を買収しています。
古今東西、あらゆるプロダクトは普及が進むと、意図的にあるいは強制的にプラットフォーム化していく運命をたどります。ソフトウェアが席巻する今、その傾向はより顕著です。
これまでは歴史と権威のある企業のみが信頼できるインフラを提供しているイメージでしたが、ソフトウェア時代になり、テックを牽引しているスタートアップの持続性と信頼性が増てインフラ化し、その上にさらに新たなサービスが生まれています。ユニコーン企業が次のユニコーン企業量産のためのプラットフォームになっているのです。
APIとエコシステムの考え方
この文脈で最も重要なのは、上記でも触れているAPIとエコシステムの考え方です。囲い込みの時代にはとうの昔に幕が降ろされ、今や「API連携なくして成功なし」と言い切れる状況です。API自体は新しいものではなく、以前から存在していました。何が変わってきたのでしょうか。
過去APIを提供していたのは主にWindowsやMacなどのOSでした。サードパーティはOSのAPIを使って、そのOS上で動作するアプリケーション(画像編集ソフトやブラウザーなど)を開発していました。つまりエコシステムがOSごとに存在していたのです。
それがウェブアプリケーション全盛時代になると、多数のユーザーを持つウェブアプリケーションがAPIを公開するようになります。それによりアプリケーション同士が「横に」つながり合い、機能が拡張されたり用途が広がるのです。
つまり、他社とのAPI連携によって、自社だけでは実現できないレベルでユーザーの利便性が大きく向上するということです。自社サービスは、その循環の一部として存在することで、自社のサービスの利用頻度やユーザー数がさらに増えるというわけです。
5 パーソナルサーバー2.0 ― Personal Server 2.0
今現在、自宅にサーバーがあると聞いてどのような印象を持つでしょうか。きっとマニアックなハッカーやエンジニアなど一部の限られた人種の所業に違いないと思われるでしょう。しかし、10年後には自宅にサーバーがあることが当たり前になっている可能性があります。
プライバシーの観点から、ビッグテックなどプラットフォームへの信用度が落ちる中、データを自分でコントロールしたいユーザーは増えているものの、残念ながらそれに見合ったサービスは出てきていません。ただ、水面下でその問題に取り組むスタートアップは増えています。
Functionlandは、Google PhotosやApple Photosと同様の機能を自宅サーバーでホスティング可能なオープンソースのソフトウェアPhotosを提供。またUmbrelは、ビットコインのライトニングネットワークを自宅で運用できるハードウェアを販売しています。そのハードウェア内にはストアがあり、メールサーバーやチャットサーバーなどをコードを書かずにApp Storeのようにインストールできます。
近い将来、誰もがWi-FiルーターやAppleTVと同じように自宅にサーバーを置く時代が来ることが予想されます。
これはクラウドのディスラプションでもあります。データのプライバシー強度に応じて、その保管場所がクラウドまたはパーソナルサーバーに自動的に振り分けられるようになるかもしれません。
一方、パーソナルサーバーにデータを保管した場合の懸念は、バックアップを自分で取る必要があることです。IPFSなどの分散ストレージを活用することでデータを冗長化する方法も考えられます。さらに自身もパーソナルサーバーのストレージ提供することで暗号資産Filecoinを対価として得るといったクラウドビジネスの個人化が起きるかもしれません。
もう1つの観点は、個人開発者が気軽にオンラインサービスの提供者になりえることです。自分で作ったサービスをホスティングなしで手軽に公開できるようになるし、何より面白いのは、それをApp Storeで販売することも可能になる点です。
クラウド提供事業者にとっては、ビジネスが競合するためにイノベーションのジレンマが生じます。どのタイミングでどのようにパーソナルサーバーとの差別化をクラウド側に盛り込んでいくのか、舵取りを迫られるかもしれません。
6 VRアプリが急増 ― VR apps surge
VR業界の主なマネタイズ手法は、開発したアプリをSteamやOculus Storeで売り切りで提供することでした。ただこの方法では、たとえば有名なゲームの開発などできれば一時的に収入は上がる一方で、安定して収入を得ることは難しいです。
Metaは2021年、Oculus Questプラットフォームの開発者向けにサブスクリプションでの課金の仕組みを公開しました。また、VR内への広告サービスを開始することも発表しています。
VRアプリのマネタイズ方法が増えることで開発者も増えることが予想されます。
VRアプリが増えることはとても楽しみですが、そうなった場合モバイルアプリにおけるApp StoreやGoogle PlayのようにVRプラットフォームが手数料を取るようになっていくのは間違いないでしょう。
各陣営でプラットフォーム競争が起こり、さらにはキラーアプリがすべてのプラットフォームで使えるようになることでEpic Gamesのようにアプリ側が強くなるという、モバイルアプリと同じ流れがVRアプリにも起きることが予想されます。
7 クラウドサービスの多層化 ― Overlay cloud service
クラウドサーバーが一般的になった現在、物理サーバーを触る人はほとんどいなくなってきました。今のクラウドサーバーはMicrosoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)、Amazon Web Services(AWS)の3強体制が続いておりm大企業から個人開発者までこの3社のクラウドを直接契約しています。
しかし、それも少しずつ変化してきており、3強のクラウドよりも特化し、より使いやすいUIを備えたクラウドを提供するスタートアップも増えています。
フロントエンドのホスティングに強いVercelは、2021年6月にシリーズCラウンドで1億200万ドル(約113億円)、11月にシリーズDで1億5000万ドル(約171億円)の大型調達を立て続けに実施しており、静的サイトのホスティングに強いNetlifyもシリーズDで1億500万ドル(約119億8000万円)を調達しています。
開発者はこれらのサービスを使うことでMicrosoftやGoogle、Amazonと契約しない時代に差し掛かっています。
現在多くの開発者は、使いたいツールの制約によってクラウドを使い分けています。例えばベースはAWSだが、バックエンドにFirebaseを使いたいので部分的にGCPにしているようなケースです。
クラウドサービスの多層化とは、AWS、GCP、Azureといったベースクラウド層を隠蔽またはオーバレイする(自動振り分けする)レイヤーを意味します。そもそもツール(アプリ)の要請を受けて低レベルのクラウドを合わせるというのは技術的にはおかしな話です。
現在のプログラマーがメモリー管理を気にせずコーディングできるようになっているのと同様、レイヤーをまたぐような心配事が取り除かれていくことでアプリケーション開発に集中できるようになります。組み込み用途などを除きポインターを知るプログラマーが希少種になっているように、近い将来AWSを知らないウェブ開発者が増えていくかもしれません。
いずれにせよ、ウェブアプリケーション開発が複雑化するにつれて、クラウドオーバレイの要望は高まっていくでしょう。巨大なアプリケーションになると、自前でクラウドを持つ流れも起きています。DropboxもAWSから自前のクラウドへ移行したことで売上原価が大幅に改善しIPOに至った事例が代表的です。