【編集部注】:本稿の著者Garrett Winther(ギャレット・ウィンザー)氏は、SOSVのハードテック分野のベンチャープログラムであるHAXの、パートナーでプログラムディレクター。エンジニアとしての教育を受けたベンチャービルダーの彼は、SOSV、IDEO、MITでハードテック分野のベンチャー企業を世に送り出してきた。
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私が、SOSVのHAXという、アーリーステージのハードウェア創業者たちを支援するためのベンチャープログラムチームに参加したとき、テック系の友人たちは首をかしげた。ハードウェアが極めて難しいということを、まだ学んでいなかったのか?というわけだ。だが、彼らが見ていなかったは、冷え切っているという世間の評判とは裏腹に急速に進化しているハードウェアシーンだったのだ。これまでの苦難に満ちたハードウェアのやり方は、新しいよりエキサイティングなやり方に道を譲っていて、ソフトウェアだけでは解決できない、たとえば気候変動のような文明レベルの問題に対応するためのものとして、次々と勃興している。
現在、HAXプログラムに参加する創業者たちと仕事をしていると「世界のエネルギー消費量を10%削減する」という信じられないような(しかし実現可能な)Seppure(セピュア)の計画や「アパレルのサプライチェーンからすべての無駄をなくす」という Unspun(アンスパン)の計画や「世界のバッテリーリサイクルの利益率を5倍にする」というGreen Li-ion(グリーン・リチウムイオン)の話を聞くのが普通のことになっている。
このような野心的目標は、脱炭素化、インフラの近代化、サプライチェーンの確保、従来産業の完全デジタル化などの要求を中心とした、世界経済の新たなメガトレンドを反映している。
機械学習からセンサー、ナノ材料に至るまで、推進するためのツールや技術が、かつてないほど強力で手頃な価格になっているため、高い志を持ち、市場投入までの時間をはるかに短縮することが可能になっている。Bill Gates(ビル・ゲイツ)氏やElon Musk(イーロン・マスク)氏のようなビジョナリーたちが注目し、Blackrock(ブラックロック)のような機関投資家が気候変動対策に力を注ぎ、さらにはHAXと同じ志を持つコミュニティであるThe Engine(ジ・エンジン)、New Lab(ニュー・ラブ)、Greentown Labs(グリーンタウン・ラブ)が台頭してきている。
この新しい世界の範囲は非常に広く、私たちはもはやHAXのテーゼを「ハードウェア」ではなく「Hard Tech(ハードテック)」と呼んでいる。これは難しいという意味で「ハード」だからということと、2010年代初頭のパーソナルハードウェアデバイスや家庭内のIoTといった当初のスコープをはるかに超えているということの両方の意味を持っている。
私たちの周りで次々と誕生しているのは、新世代のハードテック企業の創業者、投資家、技術たちだ。この中で私たちは、ハードテックの潮流がやってくることをひしひしと予感している。
もし「ソフトウェアが世界を食らう」なら、ハードテックがそのための歯を提供する
この30年間は「ソフトウェアが世界を食らっている」と言われてきたが、それはいわば一番手を付けやすいものを楽しんできたのだ。しかし、そうしたスクリーンやサーバーに頼るデジタル世界は、徐々にニッチな市場での限られた利益に縛られるようになっている。Ubiquity Venturesの友人がいうように「Software Beyond the Screen(スクリーンの向こうのソフトウェア)」の時代が来ている。
手頃な価格のロボット、AIを使ったセンサーフュージョン、途切れないコネクティビティ、スーパー素材がテクノロジースタックに統合されて、顧客に新たな価値をもたらしている。多くのHAX企業が、少し前まではSaaS企業しか実現できないと言われていた80%以上の粗利益率のビジネスを行っている。さらには、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせは、ソフトウェアだけでは実現できない、産業界を横断するより重要な問題に取り組むことを可能にする。
テスラに学べ、大きな産業で大きな仕事をする
この10年間でTesla(テスラ)が量産車メーカーになった予想外の成功を説明しようとするときに、業界の専門家たちはテスラの「ソフトウェア主導」のアプローチを指摘することが多い。だが真相は、テスラの成功の中心を成しているのは、バッテリー、モーター、そして製造手法、販売モデルなどのハードウエアの強烈な革新なのだ。
この方程式は、エネルギー、建設、農業などの、数兆ドル(数百兆円)規模の巨大産業でも同じように展開されている。これらのカテゴリーでの機会を探している投資家は、大胆に行動する必要があるが、ハードテックを含めて探せば、予想外のリターンが得られることだろう。世界を進化させるためには、Commonwealth(コモンウェルス)のFusion Energyのような核融合炉や、Boston Metal(ボストン・メタル)の排出ゼロ鉄鋼や、Deepspin(ディープスピン)の低価格MRIのような大物が必要となる。テスラや交通システムのように、ソフトウェアがきっかけになることもあるが、一般に産業革命は物理的な世界の革新から生まれるのだ。
B2Bセールスに開かれた新しい扉
このような大規模なチャンスに対応するには、産業レベルでのパートナーや顧客が必要だ。スタートアップ企業には、単独で行動する余裕はない。従来スタートアップ企業に対して行われてきたアドバイスでは、企業パートナーは恐ろしく動きも遅く、スタートアップのペースでは仕事ができない獣のようなものだから、相手をすることを避けるべきだとされてきた。しかし現実には、大企業は新興のハードテックスタートアップに対する興味を明らかに高めていて、多くの企業が、よりリスクの高い複雑なテクノロジーに取り組むためのパイプラインを用意している。ここ数年で、ベンチャーと取引をする企業の数は2倍以上に増えていて、さらに多くの企業が、すでに始まっている業界全体の変革に備えているのだ。
そのため、スタートアップは企業やB2Bマーケットにより迅速に関わるようになり、これが、かつてはソフトウェアのみを扱う企業だけに見られていたスピード感で、多くのB2Bハードテックが数百万ドル(数億円)の収益を上げるまでに成長している理由を説明できている。また、こうした企業へのVC資本の急増や、HAX自身の構成の変化も説明できるのだ。2012年のスタート以来、HAX B2Bのポートフォリオは、投資総額の10%から70%へと拡大しており、その中には急成長中のアーリーステージ企業の大半が含まれている。
ハードテック企業の経営は、より容易により安く
アーリーステージのハードテックスタートアップを立ち上げるための技術や戦略は、10年足らずの間に桁違いに進歩している。3Dプリンターの価格は、2万ドル(約219万円)から200ドル(約2万1900円)に下落した。プリント基板は、(サプライチェーンが混乱している中でも)わずか数日で世界中に出荷されている。何十万社ものサプライヤーがオンラインに存在し、ひと晩で部品を作って出荷することができる。アーリーステージの創業者が少ない予算で、印象的で収益性の高いプロトタイプを作ることは十分可能なのだ。その結果、ハードテック企業の創業者は、コア技術の開発に集中することが可能になり、以前は「ハード(難しい)」とされていた多くのことを当然のことのように考えることができる。APIやAWS、そしてノーコードの台頭がソフトウェアの新たな可能性を引き出したことと同様に、似たような革命が新しいハードテックの世界のバックボーンとなっている。
PhDは未来の憧れの的だ
ハードテクノロジーの商業化は、もはや非現実的な探求ではなく、より多くのPhD(博士号)やポスドクが会社を設立するために活動している。HAXのスタートアップには、PhDを取得した創業者や、博士論文に何年もかけて取り組んでいる創業者がいるのが珍しくない(SOSV Climate 100社の40%以上が少なくとも1人のPhD取得者を擁している)。これらの企業は、大学から直接受ける起業の刺激に応えるだけでなく、気候変動のような文明レベルの大きな技術課題への呼びかけにも触発されている。
これは投資家にとっては容易な道ではない。というのも、そもそも大学の研究室で行われている研究は、非常に高度で、ある意味不確定で、実績のある市場を持たないものであることが多いからだ。言い換えれば、ハードテックのスタートアップは、通常非常に深い水の中にいるため、専門家のリーダーシップや洞察力に高い価値が置かれる。その結果、多くのVCは、次世代の優れた創業者や業界を変革するスタートアップを見逃さないように、科学者やエンジニアを投資チームに迎え入れている。今、私たちは、科学技術分野における最高の頭脳にとってチャンスとなる、黄金時代の始まりにいる。
こうした、HAXにおける新興ハードテックの隆盛は、何年か先に起こるものの予測を語っているのではなく、現在HAXチームが日々ポートフォリオの中で見ているものをただ語っているだけだ。数年前には不可能だと思われていたプロジェクトに対するアイデアの質、創業者の野心、実行のスピードには本当に驚かされている。もちろん、それはまだ難しい(ハード)だが、今後数十年の間にハードテックが必然的な力になるにつれ、より多くの起業家や投資家がハードテックに移行していくだろう。
【情報開示】TechCrunchの元COOであるNed Desmond(ネッド・デズモンド)氏が、現在SOSVのシニア・オペレーティング・パートナーを務めている。
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カテゴリー:ハードウェア
タグ:IoT、B2B、コラム
画像クレジット:Theerapong28/Getty Images
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(文:Garrett Winther、翻訳:sako)