がん患者のためのデジタルサポートと研究開発向けのSaaSを提供する英Vinehealth、米国でのローンチを目指して6.2億円調達

2018年にロンドンで設立されたデジタルヘルスのスタートアップVinehealth(ヴィネヘルス)は、がん患者のためのパーソナル化されたサポートを提供すると同時に、薬の開発や臨床試験を含む患者報告アウトカム(PRO:Patient Reported Outcome)データの収集を容易にするアプリを構築した。同社は米国進出の準備を進める中、550万ドル(約6億2000万円)のシードラウンドを完了した。

共同創業者でCTOのGeorgina Kirby(ジョージナ・カービー)氏が「後期シード」と呼ぶこのラウンドは「今後12〜18カ月の間に」予定されているシリーズAに先立って行われたもので、Talis Capital(タリス・キャピタル)がリードし、既存投資家のPlayfair Capital(プレイフェア・キャピタル)とAscension(アセンション)が参加した。

AXA PPP Healthcare(AXA PPPヘルスケア)の元CEOであるKeith Gibbs(キース・ギブズ)氏をはじめ、多くのエンジェル投資家もこのラウンドに参加している。Newhealth(ニューヘルス)のパートナーPam Garside(パム・ガーサイド氏)、Wired(ワイアード)の創刊者兼編集者David Rowan(デビッド・ローワン)氏が率いるVoyagers Health-Tech Fund(ボイジャーズ・ヘルス-テック・ファンド)、ヘルスケア起業家でPI Capital(PIキャピタル)の創業者David Giampaolo(デビッド・ジャンパオロ)氏、Speedinvest(スピードインベスト)とAtomico Angel(アトミコ・エンジェル)のベンチャーパートナーDeepali Nangia(ディーパリ・ナンジア氏)、Bristol Myers Squibb(ブリストル・マイヤーズ・スクイブ)のVP兼元医療ディレクターFaisal Mehmud(ファイサル・メフムード)氏、King’s College London(キングス・カレッジ・ロンドン)とKing’s College Hospital NHS Foundation Trust(キングスカレッジ病院NHS財団トラスト)およびGuy’s and St Thomas’ NHS Trust(ガイズ&聖トーマスNHS財団トラスト)のコラボレーションであるKHP MedTech Innovations(KHPメドテック・イノベーション)が名を連ねている。

このスタートアップは、2019年に創業者たちがEntrepreneur First(アントレプレナー・ファースト)のデモデーにピッチしたとき、私たちが「注目すべき」と評した企業だ。同社は、行動科学とAIを組み合わせて、患者にタイムリーなサポートとナッジ(薬の服用を促すリマインダーなど)を提供することで、患者が自分の治療をより簡単に自己管理できるようにしている。

Vinehealthのプラットフォームは、患者が症状に関するフィードバックを提供したり、治療の副作用を報告したりする際に、臨床医が患者をリモートで監視できるチャネルとしても機能する。

このアプリは2020年1月に公開されて以来、これまでに約1万5000回ダウンロードされている。カービー氏が確認したところによると、そのダウンロード数はこれまですべて利用に及んでおり、純粋な患者サポートと試験・研究の両方が含まれているという。

同社の患者支援アプリは、がん患者が自分でダウンロードできるように無料で提供されている。現在は英国とアイルランドで利用可能となっている。

製薬業界向けには、VinehealthはそのプラットフォームをSaaSとして提供しており、製薬会社が試験のために患者を募集したり、研究開発や医薬品開発のためにPROを集めたりするのを支援している。

「私たちは最初から製薬業界に注力してきました。トラクションを豊富に獲得しており、多くの機会を見出しています」とカービー氏は語る。「患者支援プログラムと臨床試験は極めて類似性が高い(プロダクト)です【略】製薬業界向けのものは、薬の開発プロセスの一部であるという点で異なりますが、ソフトウェアの提供という観点では、そのプロセスを通じて患者が必要とするものであり、非常に類似しています。そのため、こうしたライフサイエンスのオファリングに的を絞っています」。

同氏は、Vinehealthがヘルスケアサービスに直接売り込む調達ルートを進んではいないことを強調した。つまり基本的には、患者への支援ソフトウェアの無償提供にライフサイエンス研究が資金を提供する、という考え方だ(ただし、現時点では製薬業界の顧客名を公表することはできない)。

収益化に関しては、製薬会社のニーズに応えることに焦点が置かれている。Vinehealthは患者中心のアプリとして見られることも同様に切望しており、より良い患者アウトカムを促進する重要な臨床医サポートの役割を果たすことを目指している。

「どのブラウザからでもアクセス可能なウェブダッシュボードを用意しています。患者をリモートで追跡したいと考えている臨床医や医師は、調査研究の実施を通じて、あるいは臨床試験の中でも、それを行うことができます」とカービー氏。「こうした医師や看護師はデータをリアルタイムで見ることができる一方、それをケア経路の適切なポイントのいずれかに送り込むことも可能になっています。もちろん、彼らは1日中ダッシュボードの前に座っているということはありませんが、特定の危険信号を確認してどの患者を最初に診察すべきかを把握することや、そのようなリアルタイムのデータを使ってより良い臨床判断を下す方法を知ることは、通常(隔週や月ごとの患者追跡)よりも非常に有益な場合があります」。

「これまでに得たことのないコンテキストと豊富な長期的データを提供するものです」と同氏は付け加えた。

Vinehealthは従来の紙ベースの質問票をデジタル化した。がん患者が臨床チームを訪問する際、症状を報告し、より広範なフィードバックを提供するために記入するよう一般的に求められるものだ。

その前提は、レガシープロセスを専用のユーザーフレンドリーなデジタルインターフェイスに移行することで、より良い患者の自己管理、治療アウトカム、そしてがんとともに生きる人々の生活の質の向上をサポートすることにある。アプリ経由でデータを報告するのが相対的に簡単であることに加えて、同社はそこにより幅広いサポートパッケージを組み合わせている(アプリにサポートコンテンツを提供するために慈善団体Macmillan[マクミラン]およびBowel Cancer UK[バウエル・キャンサーUK]と協力している)。

例えば、A/BテストとAIを利用して、適切なリソースを抽出するためのパーソナライズされたタイムリーなレコメンデーションの設定、患者の薬の服用に対する注意喚起や動機づけの最善方法の決定、がん治療のための複雑な投薬レジームとなり得るものの管理などを行っている、とカービー氏は説明する。

Vinehealthのアプリラッパーは、患者にPROを提供するよう促すポジティブなフィードバックを施すこともできる。

カービー氏は、患者がPROのデータを効果的に追跡すれば、生存率が最大20%上昇する可能性があるというエビデンスを挙げている。「より良い自己管理は、生存に多大なインパクトを与える可能性があります」と同氏は話す。「私たちは生存率の改善だけではなく、生活の質の向上も提示したいのです」。

行動科学とデータ駆動型サポートを融合したVinehealthのアプローチは、共同創業者たちの専門知識を組み合わせたものだ。

「レイナ(Rayna Patel[レイナ・パテル]氏、共同創業者兼CEO)の経歴はまさに行動科学にあり、私の経歴はデータ科学にあります」とカービー氏は語る。「私たちが協働を始めたとき、ここで双方を有効に活用できると考えました。データを使用することで、人々がどのような状況に置かれているかを把握し、そのナッジが最も効果的なのはどこかを特定することができます。また、行動科学を利用して、適切なタイミングで重要なポイントを的確な言葉で提供することで、人々が習慣を身につけ、よりコントロールできるようになり、何が起こっているのかを実際に理解し、自分のケアのためにより良い決定を下せるようになります」。

「アプリにはいくつかのナッジがあります。大小さまざまです。実際に効果があり、患者に見過ごされてしまうことのない、特定の方法で提供される薬のナッジやリマインダーを開発しています。特定の症状や、それが何につながるのかを記録するためのナッジであり、特定の支援コンテンツを形成するものです。特定のレベルで懸念を記録していくことができます。ここには、具体的な症状や薬の副作用に対処するのに本当に役立つ支援コンテンツがあるのです」。

「時によって、タイミング、言葉の使い方、そしてそのナッジを届けることに関する要素に配慮します」と同氏は言い添えた。「一度にあまりにも多くのことを変えようとすると、何も変えられないという研究結果が出ています。ですから私たちは、どのように患者を少しずつ動かしていくか、どのように患者がより良い習慣を身につける手助けをするのか、またそれをどのくらいの頻度で行うのかについて、慎重に検討を重ねています」。

カービー氏によると、AIを利用して、将来的には予測症状のログ記録など、より高度な提案をプラットフォームに組み込むことも目標に据えているという。例えば「この特定の患者に対して、この特定の薬で何が起こり得るか」といったことだ。

現在のところ、Vinehealthは腫瘍学に特化し、患者に合わせてカスタマイズされたコンテンツレコメンドシステムを構築している。患者の診断に合わせて調整し、患者の継続的なインプットに適応し、他の同様の患者が閲覧し支持しているコンテンツを考慮に入れていくものである。

研究面では、9つのNHSトラストと300人の患者が関与する進行中の研究がこれまでに同プラットフォームで利用された中で最大の研究であり、これはVinehealth自身が行っている研究の一部でもあるとカービー氏は述べている。

健康データはもちろん非常に機密性が高く、Vinehealthが医療情報を処理してサービスを提供し、個別化された治療サポートを行うためには、患者支援プロダクトのユーザーに求められる同意とは別に、第三者による研究目的のための同意が求められることをカービー氏は認めている。

「そのデータは誰とも共有されないものです。ただし、明示的に同意した場合を除きます。プラットフォームにサインアップするだけで、臨床試験の一環としてデータを共有することに同意することにはなりません。これはまったく別の同意です」と同氏はいう。

「私たちはそれを極めて明確にしており、いかなる形であっても共有を隠すことを望んではいません。それは患者にとって真に明白かつ明確でなければなりません。最終的には誰もが患者をサポートしたいと考えています。患者が臨床試験に参加する機会を増やし、そのデータを収集し、例えば自宅で関連する副作用に苦しんでいて、製薬会社に戻ることがないような状況でもそのデータをフィードバックできる方法を提供したいと思っているのです。だからこそ私たちは、自分たちが何をしているのか、なぜそれをしているのかを真に明確にし、患者に選択肢を提供していこうと努めています」。

将来的には、同スタートアップは、患者から提供され、純粋に集計されたインサイトに基づいて「適切に匿名化された」データセットを提供できるようになるかもしれないことをカービー氏は示唆した。例えば、特定の薬剤の特定の副作用を経験している人口統計学的グループをハイライトすることができるかもしれない。しかし現時点では「臨床試験と患者支援プログラムに重点を置いているため」それは行っていないと同氏は付け加えた。

短期的には、Vinehealthは米国でのローンチを通じた成長に向けて準備を進めており(「2022年の早い時期」に実現したいと考えている)、18人強のチームは今後6カ月ほどで倍増する見込みで、最初の米国人雇用者はすでに確定している。

「資金調達を行って以来の私たちの主要な焦点は、優秀なチームを採用して成長させ、チームを築き上げることに時間を投資すること、そして全員がミッションに整合し、この新規市場に参入できる拡張性の高いプロダクトを私たちが実際に構築しているのだと明確に認識することに置かれています」とカービー氏。「スタートアップを立ち上げるには優秀な人材が必要です。優れたテクノロジーを持つことはできますが、優秀な人材がいなければ意味がありません」。

Talis CapitalのプリンシパルであるBeatrice Aliprandi(ビアトリス・アリプランディ)氏は声明の中で次のように述べている。「レイナ(・パテル氏)やジョージナ(・カービー氏)と提携することを非常に楽しみにしています。私たちは、ヘルスケアのアウトカムが財務的なアウトカムと直接的な相関関係にあるという独自のバリュープロポジションを考慮して、投資を行う数カ月前からVinehealthの成長に注目していました。これは患者、病院、製薬会社にとってWin-Win-Winの関係であり、医療業界ではほとんど見られないものです」。

「最初のミーティングから、創業者たちのレジリエンスとミッション主導の姿勢はすぐに明らかになり、そのことがこのオポチュニティを非常に魅力的なものにしました。レイナもジョージナも、がん患者の生活と生存を改善することへの極めて強い動機を持っていることは間違いありません。チームとして、彼らはVinehealthを成功に導くための専門知識、スキル、動機の独自の組み合わせを備えています」。

画像クレジット:David Albatev / under a license

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(文:Natasha Lomas、翻訳:Dragonfly)

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TechCrunch Japan

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