さくらインターネットとテックビューロが今日、ブロックチェーンの実証実験環境「mijin クラウドチェーンβ」を2016年1月から提供すると発表して申し込み受け付けを開始した。ベータ版は無料で利用でき、金融機関やITエンジニアの実験環境としての利用を見込む。2016年7月にはmijinはオープンソース化される予定で、同時期にさくらインターネットは有償サービスの提供も開始する。
mijinクラウドチェーンβは、テックビューローが開発するプライベート・ブロックチェーンを、さくらのクラウドの東京リージョンに2ノード、北海道・石狩リージョンに2ノード用意したサーバー環境で実行するもの。4ノード1セットで稼働し、JSONベースのAPIで利用できる。地理的に分散したプライベート・ブロックチェーン環境をクラウドで用意するのは世界的に見ても先進的。金融やポイントシステム(企業通貨)、勘定システム、契約文書の保存先などの応用事例の実証実験が手軽に始められる。
Bitcoinとは違う「ブロックチェーン」
ブロックチェーンはBitcoinを実現している要素技術として注目されているが、今回の話は暗号通貨としてのBitcoinとは直接は関係はない。mijinはBitcoin以来、1000以上は登場したと言われる仮想通貨・ブロックチェーン技術の実装の1つ。その多くはBitcoinのコードベースから派生したフォーク・プロジェクトだが、mijinはスクラッチで書かれたブロックチェーン実装だ。この区別は重要だ。ITシステムの世界で「データベース」と一口にいってもリレーショナルDBだけでなく、今やNoSQLと呼ばれる異なる特性を持った一群の各種ストレージ技術を使い分けているのと同じで、同じブロックチェーンでもさまざまなアイデアや、特性の取捨選択によって多様な実装が生まれつつある段階だからだ。
Bitcoinを実現しているブロックチェーンとmijinの違いは、1つにはクローズドなノードで実現していることが挙げられる。もう1つはブロックチェーンの上の通貨データであるトークン(コイン)のマイニングが不要なこと。これによってBitcoinで送金に10分程度かかる原因だったトランザクションの検算処理ともいえるProof of Workと呼ばれる処理が不要となっている。このため今回さくらインターネットが用意する環境では1日に200〜300万トランザクションという高いスループットでの処理が可能だという。
今回さくらインターネットでテックビューロとの実証実験の取り組みを進めた小笠原治氏(さくらインターネット フェロー)は、「200〜300万という数字は、大手の都銀をのぞく約9割の銀行で必要なトランザクション量です。いちばんトランザクションの多いセブン銀行で500万程度です」と話す。実証実験に続いて2016年7月からは4ノードの実行環境とテックビューロのサポートが受けられる有償サービスも開始するが、これはクラウド利用料も含めて1年間で77万円。もし銀行のシステムをブロックチェーンに載せることができれば、従来システムの劇的なコストダウンになるだろうという。
小笠原氏によれば今回の実証実験には2つの目的がある。1つは立ち遅れている日本のブロックチェーンの理解・普及を促進するため。「ちょっとできる人ならポイントシステムを作るのは簡単にできる。無料なので試してみる人が出てくるでしょうし、ブロックチェーンという技術を実感していただきたい」(小笠原氏)。もう1つは、ユースケースによって、実際に必要な機能やチューニング、仮想インスタンスやサービスはどうあるべきなのかという知見を早めに収集・蓄積すること。さくらインターネットがブロックチェーンに前のめりである理由は、複数ノードを分散運用すべきブロックチェーンは「クラウドと親和性が高いから」ということだ。クラウドと言っても実際には物理サーバーがデータセンターにある。そこでのトランザクション性能のボトルネックになるネットワーク帯域の増強や物理サーバーへのメモリー追加搭載、GPGPU搭載などは、さくらインターネットのようなデータセンター事業者が取り組んで来た領域だ。
シェアリングエコノミーで立ち上がる可能性もあるブロックチェーンの応用
石橋を叩いて壊すような日本の金融業界が、いきなりブロックチェーンを導入するという展開は考えづらいが、例えば楽天のように技術に明るいネット企業がポイントシステムでブロックチェーンを導入することはあり得るだろう。もっとありそうなのは、例えば弁護士ドットコムのようなスタートアップ企業がウェブ完結型のクラウド契約サービス「クラウドサイン」で契約文書の保存先として利用するようなケースだろう。
Bitcoinではブロックチェーン上に40ビットのトークンを保存していて、これが通貨データを扱っていたが、今回のmijinの実装ではこの領域を180バイトとしているそうだ。180バイトといえばちょっとしたメッセージを保存できることから、「例えば社内向けのセキュリティの高いメッセージシステムを作ることもできる。あるいはfreeeのような企業会計でも使えるかもしれない」(小笠原氏)という。180バイトというのは1つのパラメーターなのでユースケースによって1KBにするということもありえる。
いったん書き込んだデータの改ざんが極めて難しいという特徴から勘定系システムへの導入が分かりやすいブロックチェーンの応用例だが、小笠原氏はもっと広い領域へ適用が始まると見ている。
1つはシェアリング・エコノミー系のサービスでの利用だ。「誰が誰に何を貸したかを記録できる。部屋やクルマの貸し借りであれば鍵のオン・オフにも使えるし、セキュリティーも担保される」。スタートアップ企業なら、特にプロダクトのスタート当初はユーザー数もトランザクションも少ないだろうし、MySQLやPostgreSQLを冗長構成で並べてフロントにキャッシュを置けば十分ではないのか、と、ぼくはそう思ったのだけど、小笠原氏の指摘は逆だった。MySQLが上手に使える人を雇うよりも、JSONベースでAPI経由でデータをクラウドに投げるだけでトランザクション、高可用性が実現できるなら、そのほうが良いかもしれないではないかということだ。「出退勤システムのデータ保存先でもいいわけですよ」と。
もう1つ、さくらインターネットは競合のAmazonのAWS IoTなどを横目に見つつ、IoT領域のサービス展開も視野に入れ、そこでブロックチェーンが果たす役割を見据えている。そんなことも今回の実証実験の背景にあるようだ。
IoTではデバイスの数が1桁とか2桁といったレベルで増えていくし、センサーネットワークであれば小さなデータが一斉に吸い上げられることになる。その保存先としてブロックチェーン技術は注目されていて、例えば2015年1月にIBMが発表した論文は話題になった。中央集約的なサーバーやサーバー群は、IoT時代に破綻するだろうという考察だ。IBMの論文には冷蔵庫やエアコンにブロックチェーンが載る時代が来るだろうという結構ぶっ飛んだものだが、たとえIoTの末端にまでブロックチェーンが搭載されずとも、例えばデバイスの保守契約の期間をブロックチェーンに保存しておいて、あるデバイスが故障したときに、保守サービス側にアラートをあげる、保守サービス期間が終わっていればアラートをあげないというような仕組みはブロックチェーン上で実現できるだろう。ブロックチェーンにチューリング完全なプログラミング言語を搭載するEthereumが注目されているのは、まさにこうした理由からだ。
誤解の多いブロックチェーンに危機感
実は今回の実証実験の話は、TechCrunch Tokyo 2015がきっかけとなっているそうだ。テックビューロはスタートアップバトルのファイナリストで、さくらの小笠原氏は審査員の1人だった。パーティーの場で話をしているときに「(ブロックチェーンのようなものは)使ってもらわないとダメだ」ということで意見が一致したそう。例えばIoTのデバイスからセンシングデータを吸い上げるようなケースで、自分たちでバックエンドを用意しなくても、ブロックチェーンの1実装を使った実験ができるようにしたほうが話が早いということだ。
ビットコインの登場や、その後の騒動が出来事として印象が強かったために、今もまだブロックチェーン技術が理解されていないと感じているという。一部では、今でもまだブロックチェーンは仮想通貨のためのものであり、しかもその多くは投機目的であるという印象が先走っているのではないかと小笠原氏はいう。
面白いのは、小笠原氏が20年前のさくらインターネット創業時に、現在のブロックチェーンの取り組みを重ねて見ていることだ。さくらインターネットは1996年に創業しているが、当時は都市型データセンターの構築ブームでインターネットの黎明期だった。その頃は「インターネットってオタクのものでしょ? ビジネスになるの? っていうことを最初の5年くらいは言われたものです」という。その黎明期に似て、今はブロックチェーンも「何に使えるの?」と聞かれる日々だという。2015年夏に元創業メンバーとして、さくらインターネットに復帰した小笠原氏が取り込むプロジェクトとしては、なるほど感がある。小笠原氏はDMM.make AKIBAの仕掛人、ハードウェアスタートアップの国内アクセラレータ「ABBALab」(アバラボ)の共同設立者でもあるので、今回の実証実験は「ブロックチェーンのIoTへの応用」という文脈が感じられる。さくらインターネット的な立場からは、「いずれクラウドで動くブロックチェーンが日本以外から入ってくると思う。だから先にちゃんと手がけて知見やノウハウを手に入れたい」(小笠原氏)という国際競争の観点もあるようだ。