ティム・クック氏はEpic Games対アップルの反トラスト裁判でしらを切る

Apple(アップル)CEOのTim Cook(ティム・クック)氏は米国時間5月21日、初めて証言台に立った。おそらくEpic Games(エピックゲームス)対Appleの反トラスト訴訟で最も期待されていた証言だ。しかし、クック氏はEpicの偽りや申し立てを激しく非難するのではなく、重要な質問の多くに対して答えなかったり答えられないとして、注意深く準備された穏やかな無知を装った。

この期待はずれの結果は派手な報道にはならないものの、AppleのApp Store(アップ・ストア)が独占に当たるとする少々疑わしいが危険な主張を無力化する効果はあるかもしれない。

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Appleの弁護人に呼ばれクック氏は証言台に立った、と法定に入ることを許されたメディア関係者2名のうちの1名であるLaw360のDorothy Atkins(ドロシー・アトキンス)氏が自身の詳細な証言ライブツイートで言った。クック氏からの引用は報じられたものであり逐語的ではないことに注意されたい。裁判所の速記録は後にまとめられて公開される予定だ。ちなみに、アトキンス氏による舞台装置の描写は魅力的かつ人間味あふれるものだが、EpicのCEOであるTim Sweeney(ティム・スウィーニー)氏は少々風変わりに見える。

スウィーニー氏はEpicの弁護人席に座り手元のペンを見つめている。弁護士のGary Bornsten(ゲリー・ボーンステン)氏が時折耳打ちしている。クック氏はリラックスした様子で脚を組んでいる。たった今隣に座っている人の方を向き、何かを言った後、笑った。

自社の弁護士によるクック氏に対する質問は穏やかで、AppleのApp Storeが優れていてiOSユーザーにとって十分である理由を繰り返す一方で、厳しい競争が存在していることも説明した。クック氏は少数のデベロッパーとの確執が存在していることを認め、優先度のち外や発見の改善が必要であることなどを挙げたが、デベロッパーとユーザーを維持するために会社は努力を続けていると語った。

うわべだけの無邪気な無知は、クック氏がAppleの研究開発費の数字(最近3年の年額が150~200億ドル[約1兆6330億〜2兆1770億円])を尋ねられたときに始まった。具体的には、Appleはその金額のうちどれだけがApp Storeに向けられたかを推定できない、なぜなら「当社はそういう割当て方をしていないから」だと同氏は言った。つまり、個々のプロダクトのための研究予算は、それ以外と区別されていない。

いやいやそれは納得できない、そうだろう?Appleのような会社は自社の製品や研究にいくら使っているかを1セント単位で把握している。仮に完全に分類できないとしても(MacOSコードの進展がApp Storeの一機能に取り入れられるなど)、会社は自社のリソースがどう割り振られ、どんな効果を得ているかをある程度知らないはずがない。App Storeの研究開発費の控えめな見積もりとリベラルな見積もりの違いは少なくない可能性がある。おそらく数億ドル(数百億円)単位で。しかも、そうした見積もりは間違いなく社内では行われている。そうでなければ企業として愚かである。

しかし、その数字は公表されず分類されていないため、そしてその数字はある程度曖昧であるに違いないため、クック氏は「App Storeの2019年の研究開発費は5億ドル(約540億円)である」というような具体的数字はない、と堂々と語ることができる。

確かな数字がないことはEpicの拠り所をなくす。数字はどちら向きにでも使うことができた。もし大きければ、会社は金の卵を生むガチョウを守っている(市場支配力を行使している)。もし小さければ、卵を集めている(市場支配力を通じて家賃を集めている)だけだ。Appleにとって唯一勝つ方法は何も演じないことなので、クック氏は沈黙を演じ、その結果Epicの主張は憶測のように見える(そして、Appleがいうように、作り話のように見える)。

次にクック氏は、利益に関する指摘の先手を打って、競争の激しさを訴える同様の戦略を展開した。彼は約2750億ドル(約29億9380億円)の純売上高と21%の利益率だけを挙げ、AppleはApp Storeの売上を独立事業として評価していないと語った。

たしかに、App Storeが大きなビジネス構造と非常に強固に結合された部門であるというのはわかる。しかし、独立事業として評価できないという考えはばかげている。Appleのあらゆる部門や製品ラインと同じく、App Storeの業績が社内で詳細に分析され報告されていることは間違いない。しかし、法的な目的においては「App Storeの売上と利益はこれこれである」と言えるほど単純でないこともまたたしかであり、結果的にEpicの前提はくずされる。

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しかし、これはEpicが独立した調査が必要だと考えたほど重要なことだった。そしてEpicの弁護士は、証人尋問の最初に、裁判の初期に専門家が証言したAppleのApp Storeの営業利益は約79%であるという供述を持ち出した。

こうした数字を認めることも否定することもAppleの利益にはならいので、クック氏はここでも無知を貫いた。ただし、わずかに本性が覗いたのは、Epicの弁護士がクック氏に対し、MacとiOS App Storeを合わせた機密の売上数値を分割するよう依頼した時だった。Appleがこれに反論し、それは部外秘であり非公開裁判でのみ公開できるとした一方で、クック氏はiOSの数字はMacの数字より「ずっと大きい」と発言した。

ここに見られるのは、もう1つの財務上の巧妙なごまかしだ。iOSとMacの売上を混ぜ合わせることで、Appleはそれぞれいくら金が使われいくら稼いだかを曖昧にしている。それらを分離しようとしたEpicの試みは成功しなかったが、裁判官の目は節穴ではない。彼女はEpicと同じものを見ている、ただしぼんやりと。Appleは曖昧で操作しているように思われるリスクを取ってでも、Epicの法的勝利を否定しようとしている。

これは、クック氏がAppleとGoogle(グーグル)と結んでいる検索エンジンをiOSのデフォルトにする契約について質問されたときにもあらわになった。クック氏は、具体的数字は覚えていないと語った。

世界最大のテック企業のCEOが、もう1つの世界最大級のテック企業との10年に渡る数十億ドルの契約の詳細を覚えていないと言ったら、あなたは信じるだろうか?

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それ以外の証言はほとんど何も明らかにしなかった。クック氏は、中国などの現地法が技術的、政治的な障害になる地域での経営の複雑さを述べ、Appleが30%の手数料をとっているアプリ内購入の範囲を拡大したことについての議論を最小化した。非公開法廷での証言がもう少し行われたが、機密情報に関わるため我々が知ることはないだろう。

裁判は終わりに近づき、そこに驚きはほとんどなかった。双方が最初に主張を展開し、そのほとんどは裁判長による事実の解釈に委ねられる。劇的な驚きも決定的な証拠もなかった。それは何が独占的行為を構成するかに関する新たな主張にすぎなかった。AppleはAndroidとの競争は存在し熾烈であり、ゲームの世界ではWindowsとゲーム専用機とも競争していると頑なに主張した。

判決がどちらに傾いたとしても、控訴されて上級裁判所に行くことはほぼ必然だが、判決は、Epicの主張(とAppleのぼやかし)がどこまで受け入れられたかを示す強力な指標になる。いずれにせよ、EpicやAppleのApp Store手数料(会社がどう隠そうとも莫大な利益を挙げている)を批判するその他の人々にとって、目的はすでに達成されている。Appleが最初の100万ドル(約1億1000万円)に対する手数料を15%に引き下げたことは、デベロッパーの騒動とマスコミの酷評に対する答えであることは明らかであり、今Appleはソーセージがどうやって作られているかを守る立場に立たされている。

Appleの陽極酸化アルミニウムの塔を曇らせることは、少なくとも目的の一部なので、勝っても負けてもEpicは、払った金に見合うものを手に入れた気分かもしれない。ヨーロッパでの再戦はまだこれからだ。

カテゴリー:ゲーム / eSports
タグ:AppleEpic Games反トラスト法裁判ティム・クックApp StoreFortnite

画像クレジット:Josh Edelson/AFP

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(文:Devin Coldewey、翻訳:Nob Takahashi / facebook

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TechCrunch Japan

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