11月17日から18日にかけて、渋谷ヒカリエで開催したTechCrunch Tokyo 2016。17日のキーノートセッションには、世界中のテック業界を話題をさらってきたスマートフォンアプリ「ポケモンGO」を手がけるNiantic(ナイアンティック)のゲームディレクター、野村達雄氏が登壇した。
2016年7月のリリース以降(日本は7月22日)、わずか3カ月で世界1億ダウンロードを突破するなど、数々のギネス記録を打ち立ててきた「ポケモンGO」。日本国内においては、1万人以上がレアポケモンを求めて宮城県石巻市に訪れたというニュースも記憶に新しい。世界中で一大ムーブメントを巻き起こしているゲームアプリはどのようにして生まれたのか? 野村氏はポケモンGOの誕生秘話、そしてこれからのARの可能性について語った。
ドラクエがポケモンGOを生み出すきっかけに
2012年4月1日、皆さんはGoogle Mapがファミリーコンピュータ版のゲーム「ドラゴンクエスト」のようなビジュアルになったのを覚えているだろうか? Googleの伝統行事ともいえる”エイプリールフールネタ”として開発されたのだが、実はこの企画は野村氏が仕掛けたものだ。
2011年にGoogleへ入社し、Android版「Google Map」の開発に従事していた野村氏。2012年のエイプリールフールネタとして世界中を沸かせたアイデアは、あるときふと頭の中に浮かんできたものだという。
「大学時代にFPGA(集積回路の一種)を使ってファミコンを作るなど、レトロなゲームが好きなこともあって、Google Mapをファミコン版のドラクエ風にしたら面白いのではないかと思ったんです」(野村氏)
アイデアを思いついた野村氏は、すぐさまプロトタイプの作成に着手。Google Mapの画像を見て、青い部分には水の画像、緑の部分には木の画像を当てはめたプログラムを書き、わずか2時間ほどでプロトタイプを完成させた。
「新しいことにチャンレンジするにあたって、文章で『◯◯をやりたい』と書くよりも、デモを1つ作るだけで説得力が増す。アイデアがあるときはデモを作って見せるのが大切だと思います」(野村氏)
実際にデモをチームメンバーに見せたところ、反応は上々。エイプリールフールに間に合わせるべく、急ピッチで開発を進めていった。
実際に公開したドラクエ風のGoogle Mapは人気のキャラクターをたくさん置くなどディテールにこだわったことに加え、「Google Mapがファミコンに対応する」というエイプリールフールらしいジョークも組み合わせることで、ユーザーからは大好評。企画は大成功を収めた。
そして、この経験は以降のエイプリールフール企画にも生きてくる。
2014年のエイプリールフール企画「ポケモンチャレンジ」
「ドラクエ風のGoogle Mapがあまりに評判で、周りから『次の年は何やるの?』とたくさん聞かれて、少しアイデアに困りましたね。色々考えて、2013年のエイプリールフールはGoogle Mapを宝の地図に見立てて、宝を探すという企画をやりました。その次の年からは『もうやらないぞ……』と思っていたのですが、ポケモンがGoogle Mapにいたら面白いと思いついてしまって。『これは面白いことができそうだ』と思ったので、また2時間くらいでデモを作ってみました」(野村氏)
作ったデモは、Google Map上にピカチュウを登場させ、モンスターボールでゲットできるというもの。ドラゴンクエストの時と同じようにチームメンバーに見せたところ、Google Mapに実装し、「ポケモンチャレンジ」の名称でエイプリールフールに公開することになった。
「ゲーム自体をデバイスの中に閉じたままにするのではなく、外へと広げていく。その最初の挑戦がポケモンチャレンジだったのかもしれません」(野村氏)
150匹のポケモンを捕まえた人にはポケモンマスターの名刺を送るというジョークを交えたエイプリールフールの企画は、またしても大きな反響を呼んだ。
GoogleからNianticへ
そのポケモンチャレンジに魅せられ、誰よりも可能性を感じたのが、NianticのCEO John Hanke(ジョン・ハンケ)氏だった。ハンケ氏はGoogle Earthの前身サービスである、3Dデジタルマップ作成サービス「Keyhole(キーホール)」をGoogleへ売却。その後、Googleの社内スタートアップとしてNiantic(当時はNiantic Labs)を立ち上げた。
ミッションは「adventures on foot with others」。人々を外に連れ出し、何か新しい発見をさせたり、友人・知人とコミュニケーションさせたりすることを目的としたスタートアップだ。
「人々を外に連れ出す方法はいくつかあると思うのですが、彼が考えたのはゲーム。子供が家から離れずにゲームをしているのを見て、『外でできるゲームを作れば、人は外に出ていくんじゃないか』と思ったそうです」(野村氏)
その考えのもと、既存の枠組みには捉われないゲームの開発に着手。そうしてリリースされたのが、拡張現実(AR)を利用した位置情報ゲーム「Ingress(イングレス)」だ。現実世界と連動し、世界各地に存在する「ポータル」を取り合っていくというシンプルな仕組みがユーザーにヒット。全世界200カ国以上でローンチされ、1500万ダウンロードを突破している。そのIngressとポケモンチャレンジがコラボしたら、もっと面白いことができるんじゃないかとハンケ氏は考えたそうだ。
そこで1人目の日本人社員としてNianticにジョインしていた川島優志氏を経由して、野村氏に連絡が届く。野村氏はその話を聞いた瞬間、「これは面白いことができる」と確信したという。
「僕は物心ついたときからポケモンがそばにあった“ポケモン世代”なのですが、誰もが一度は、『サトシになって、カスミと一緒に冒険できたら……(編集部注:サトシ、カスミはアニメ版ポケモンの登場人物)』と妄想したことがあると思うんです。だから、ハンケの話を聞いた瞬間、『これは自分が子供の頃に欲しかったものだ」と思いました」(野村氏)
すぐさま、野村氏はポケモンのIP(知的財産権)を所有する「株式会社ポケモン(The Pokémon Company)」に足を運んだ。CEOの石原恒和氏にNianticとIngressの説明をして以降、石原氏はIngressに大ハマり。当時のレベルの上限にあっという間に到達してしまったという。
Niantic、ポケモンの双方がIngressとポケモンチャレンジの融合に大きな可能性を感じたこともあり、ポケモンGOのプロジェクトがスタート。そのタイミングで、野村氏はGoogleからNianticへと転職した。
Nianticが大事にする指標 ーー 4.5ビリオンキロメートル
こうして2016年7月にリリースされた、ポケモンGO。その後の快進撃は知っての通り。ポケモントレーナーとなってポケモンを探して、捕まえる。子供の頃、誰もが抱いた理想が現実となったこともあり、瞬く間に大ヒットを記録した。驚異的な勢いでダウンロード数を伸ばしているポケモンGOだが、Nianticは別の指標を大事にしているという。
「普通のゲームであれば、ダウンロード数やレベニューを大事にすると思うのですが、Nianticは”プレイヤーが歩いた距離”を何より大切にしています。ローンチ後の移動距離を合計すると、4.5ビリオン(45億)キロメートル。大体、地球から冥王星までの距離です。それくらい膨大な距離をポケモントレーナー達が歩いてくれているんです」(野村氏)
“人を外に連れ出す”というミッションを掲げているからこそ、「移動距離」を何よりも大切な指標にしている。そして、その指標は人々の健康にも良い影響を与えているという。スタンフォード大学とMicrosoftが実施した調査結果によると、ポケモンGOを続けることで41.4日寿命が延びるデータも出ているそうだ。
また、NianticはポケモンGOやIngressを「Real world game」と定義。デバイスの枠を越え、現実世界にも影響を与えるゲームと考えている。実際、オーストラリアでは3000〜4000人ほどが集まるイベントが開催されたり、日本でも宮城県とコラボしたイベント『Explore Miyagi」が開催され、1万人以上が石巻市に足を運んでいる。
人々の生活習慣すらも大きく変えた、ポケモンGO。キーノートセッションの最後、野村氏はARに対する、自身の見解を述べた。
「カメラを通して3Dオブジェクトが見えるものを“AR”と考えている人が多いのですが、それはあくまでARの一部。人が外に出て、これまで何となく通り過ぎていた道に新しい情報を付加すること。それが広い意味でのARだと思っています。もし、ARを活用したサービスの立ち上げを考えている人は、『ARはテクノロジーの一種』という考えを捨てて、現実世界にどのような情報を付加していけるか、を考えた方がいいと思います」(野村氏)