ここしばらく、自由市場経済に取り組んでいるように見えた中国だったが、2021年、その幻想は完全に打ち砕かれた。3年前、憲法から自らの任期の制限を撤廃した習近平(シュウ・キンペイ)国家主席は、自国のハイテク企業の権限を突然奪い、今までよりも厳しいメディア検閲を行うように指示した(任期制限の撤廃については、当時NPR[旧称ナショナル・パブリック・ラジオ]が指摘したように、中国はいずれにせよ「何千年もの間、絶対君主によって支配されてきた」国であり、任期制限は1980年代に初めて導入されたものも、短期間の実験的なものであった)。
ブルッキングス研究所の中国戦略イニシアチブ共同議長であり、スタンフォード大学サイバーポリシーセンターの元シニアアドバイザー、Google(グーグル)の元ニュースポリシーリード、さらには米国大統領選挙運動中に米国運輸長官のPete Buttigieg(ピート・ブティジェッジ)氏の顧問を務めたJacob Helberg(ジェイコブ・ヘルバーグ)氏は、米国、特にシリコンバレーは、習近平国家主席の権力の強化にもっと注意を払う必要があると指摘している。ヘルバーグ氏は「The Wires of War:Technology and the Global Struggle for Power(戦争への引き金:テクノロジーと世界的権力闘争)」と題された新著の中で、中国の「テクノ全体主義」体制が中国国民(本の中では「最初の犠牲者(first victims)」と表現されている)に与える影響、そしてインターネットのソフトウェア / ハードウェアをさらにコントロールしようとしている中国の取り組みが、なぜ米国やその他の民主主義諸国にとって、確かに現存し、急速に拡大する危機なのかを説明している。ヘルバーグ氏は、米国の民間企業と米国政府が一体となって抜本的な対策を講じなければ、2020年中国政府からサイバー攻撃という脅しを受けたと推測され、2000万人規模の都市で停電が発生したインドと同じことが米国でも起こると話す。現地時間10月13日、TechCrunchはヘルバーグ氏にチャットによる取材を申し込んだ。以下は要約であるが、興味があれば詳細をこちらで確認して欲しい。
TC(TechCrunch):あなたは、2016年の米国大統領選挙の直前に、Googleでグローバルなニュースポリシーを扱う職に就いていますね。当時、ロシアとその疑惑のキャンペーンに注目が集まっていたことを考えると、米露関係についての本ではなかったことに驚きました。
JH(ジェイコブ・ヘルバーグ):この「グレー」の戦争には、実際には2つの戦線があります。まず、人々が見るものをコントロールするというフロントエンドのソフトウェアの戦線です。ここにはさまざまなプレイヤーが存在しますが、ロシアは他国への干渉という領域で最初に動きを見せた国の1つです。そして、物理的なインターネットとその物理的なインフラに焦点を当てたバックエンドのハードウェアの戦線があります。本書が主に中国に焦点を当てることになった理由の1つは、この戦争で最も決定的な要素は、物理的なインターネットインフラをコントロールすることにあるからです。インターネットのインフラを支配すれば、その上で動くあらゆるものをコントロールしたり、危害を加えたりすることができます。バックエンドをコントロールすれば、フロントエンドも併せてコントロールすることが可能です。だからこそ、私たちはバックエンドにもっと注意を払うべきなのです。
バックエンドとは、携帯電話、衛星、光ファイバーケーブル、5Gネットワーク、人工知能などですね?
人工知能もソフトウェアとハードウェアの組み合わせなので興味深いところですが、基本的には光ファイバーケーブル、5G衛星、低軌道衛星などです。
この本では、中国が2020年インドをサイバー攻撃したとされる事件が早速取り上げられています。この事件では、列車や株式市場が停止し、病院は非常用発電機に頼らざるを得なくなりました。米国にも、私たちが中国による攻撃だとは気づかなかったサイバー攻撃があったのでしょうか?
グレーゾーン戦争の特徴、つまり米国政府がこれほどまでに新たなグレーゾーン戦術に力を注いでいる理由の1つは、(攻撃者の)帰属(アトリビューション)を明らかにすることが非常に難しいという点にあります。米国では民間企業がインターネットの多くを運営しています。中国とは異なり、米国の民間企業は政府から完全に分離されています。このような民営化されたシステムにより、民間企業には、市場的にも法的にも、サイバーセキュリティ侵害を過少に報告する一定の動機が存在します。サイバーセキュリティ侵害を受けた企業は、被害者であると同時に、場合によっては過失と見做され責任を問われる可能性もあります。そのため、企業はサイバーセキュリティ侵害の報告に非常に慎重になることがあります。
また、(攻撃者の)帰属を明らかにすることが非常に難しい場合もあります。米国でもインドと同様のサイバー攻撃が行われた可能性がないわけではありません。米国もかなりの規模のサイバー攻撃を受けていることは事実であり、多くの情報機関が米国のエネルギーグリッドが無傷でいられるかどうかを懸念しています。人事管理局がハッキングされたことは明白ですが、これも重要な問題です。というのも、中国は現在、極秘情報にアクセスできる多くの政府職員のリストを持っているということになるからです。サイバー攻撃は数え上げるときりがありません。
あなたはインドのハッキングは米国への警告だったと考えていますね?
インドへのハッキングが歴史的に重要な意味をもつのは、もしこのグレーゾーン戦争が激化すれば、独立戦争以来初めて、米国が他国の攻撃者によって物理的に破壊されるような戦争になる可能性がある、という最初のシグナル(危険信号)だったからです。内戦だった南北戦争や9.11を除けば、外国勢力が実際に米国に上陸して大量破壊を行ったことはありませんでした。しかしながら、今回のインドへのサイバー攻撃を考えると、中国との関係が悪化した場合には(米国内の)原子力発電所の安全性を確認しなければならない、というシナリオも考えられますね。
こういった脅威に私たちはどのように対応すべきですか?米国政府は、米国内にインフラを構築しようとしているHuawei(ファーウェイ)に対し、非常に強い姿勢で臨んでいます。あなたは、Zoom(ズーム)のような企業には多くの中国人従業員が在籍し、中国の諜報機関に(米国の情報が)さらされる可能性があると指摘していますね。どこで線引きをすべきですか?(これらの問題に対応しながら)企業の権利を保護するには、政府はどうすれば良いでしょうか?
特に中国が台湾に侵攻するリスクが迫る中、これは私たちが現在直面している危機的局面における非常に重要な問題です。私は米国政府が対米外国投資委員会(CFIUS)の枠組みを構築することを強く支持しています。現在、米国政府には国家安全保障を理由として外国からのインバウンド投資を審査し、(危機を)阻止することができる枠組みがあります。この考え方の基本に則り、アウトバウンド投資にも同じ枠組みを適用すると良いでしょう。米国政府が国家安全保障に基づき、米国から米国外への投資、特に中国への投資を審査する手段をもつ、ということです。ここまでの話からもわかるように、米国企業が中国に何十億、何千億ドル(日本円では何千億円、何十兆円)もの資金を投入すれば、時として深刻な問題を引き起こす可能性があります。
中国に進出し続ける企業がもつ経済的なインセンティブ(動機)を考慮すると、アウトバウンド投資への枠組みはどの程度現実的だと思われますか?
私の提案に類似した、アウトバウンド投資への枠組みを目指す法案がすでに議会で検討されています。ですから、このアイデアが実現する日もそう遠くはないと思います。この問題が差し迫ったものになり、議会で優先的に審議され、大統領に署名してもらうために必要な支持を得られるのはいつなのか、という点については、実際の危機というきっかけが必要なのかもしれません。(私たちがこれまで観てきたように)残念ながら、ワシントンでは実際に危機が起こって初めて多くのことが決定されるからです。
米国の銃規制のように、イエスでもありノーでもある、ということですね。あなたが、米国vs中国の競争であるというアイデアを捨て、この問題を(戦争として)提起したことは興味深いと思います。(米国、中国間には)これまでルールがあったかのように見えたとしても、実際には相互で守るべきルールが存在しない、ということですね?
競争には負けても良いという意味が内包されます。競争には、勝つか負けるかという余裕があるからです。商業的にはドイツや日本と常に競争していますが、トヨタがゼネラルモーターズよりも多くの車を販売していても、実際にはそれほど大きな問題ではありません。それが市場であり、お互いが守るべきルールに基づいて、同じ土俵で活動しているからです。一方、現在の中国との関係において「戦争」という言葉がはるかに正確で適切な表現である理由は、これが政治的闘争であり、その結果が私たちの社会システムの政治的な存続に関わるからです。また、これは「戦争」なので、これに打ち勝つために優先順位を上げ、十分な決意と緊急性をもって対処する必要がある、ということが理解しやすくなるというのもその理由です。
もう1つの理由は、戦争であれば、結果を出すために短期的なコストを負担することもできるという点にあります。第二次世界大戦では、ゼネラルモーターズが戦車や飛行機を製造し、国中が動員されました。Apple(アップル)に空母を作れとは言いませんが、私たちはサプライチェーンを中国から中国国外に移動する際にかかる短期的コストを真剣に考え始める必要があります。多額の費用がかかり、手間もかかる難しい問題ですが、サプライチェーンが利用できなくなることで生じる潜在的なコストは莫大です。手遅れになる前に労力やエネルギー、時間を費やして移動を実現する価値があります。その方がコストもかかりません。
あなたは本の中で、このように国家安全保障を目的として経済外交を中断すれば、冷戦時代に戻ると指摘したうえで、アウトバウンド投資へのCFIUSプログラムの適用と、すべてのサプライチェーンを中国国外に移すことを提案しています。民間企業が中国を切り捨てるために、あるいは巨大な市場機会としての中国への関心を減らすために、他にどのようなインセンティブが必要だとお考えですか?
過去に成功したプログラムの多くは、要は「アメとムチ」です。私は中国への機密性の高い投資を行う投資家や企業に一定の罰則を適用する一方で、米国や民主主義にリスクを及ぼさない他国との取引などの行動にインセンティブを与えるという組み合わせであれば、おそらく成功し、経済界の共感を得ることができると思います。
米国が戦争をしているのは権威主義的な中国政府であって、中国の人々ではないという違いを指摘していますね。大変残念なことに、この指摘が伝わっていない人もいるようです。
「グレーゾーン戦争」について語るとき、さらに中国との問題について国家的な議論をするときには「これは中国国民や中国文化に対するものではなく、中国の政治体制や中国共産党に対するものだ」と繰り返す価値はあると思います。
中国との関係において、私たちが正しいことをしているとする理由の1つは、最初の犠牲者、つまり中国共産党によって最も苦しんでいる人々が中国国民であるという事実です。三等国民として扱われているウイグル人やチベット人、政治的反体制派の人々も中国国民であることを忘れてはいけません。また、中国国営のニュースメディアは「中国に対して強硬な態度をとることは中国に対する人種差別である」というストーリーを流布しようとすることが多々あります。これも覚えておく必要があります。
画像クレジット:Simon & Schuster
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(文:Connie Loizos、翻訳:Dragonfly)