11月17日から18日にかけて東京・渋谷ヒカリエで開催された「TechCrunch Tokyo 2015」。初日の午後には「エンジェル投資家と日本のスタートアップエコシステム」と題したセッションが繰り広げられた。プライベートコーチサービス「cyta.jp」を運営するコーチ・ユナイテッド代表取締役社長の有安伸宏氏、スマートフォン向けゲームなどを手がけるコロプラ取締役副社長の千葉功太郎氏が、それぞれのエンジェル投資家としての活動を語った。モデレーターはTechCrunch編集部の岩本有平が務めた。
あまり語られないエンジェル投資家の実態
エンジェル投資家とは、創業まもないスタートアップへ出資を行う個人投資家のことで、近年のスタートアップの盛り上がりとともに増えている。「ベンチャーキャピタルは黒子であるべき」と言われるが、それに比べてもエンジェル投資家はさらに表舞台から見えにくいことが多い。その実態を少しでもお伝えできればと思う。
有安氏は2013年にコーチ・ユナイテッドをクックパッドに売却したが、それ以前からマネーフォワードなどに投資を実施。現在では同社のほか複数の会社に投資している。投資のスタンスとしては、自分の知見が生かせるものにのみ投資検討をする程度で、自身の本質については「投資家」である以上に「起業家」だと語る。有安氏は、株式公開や売却などで利益を得た(イグジットした)若い起業家が集まって結成したファンドとして注目を集める「TOKYO FOUNDERS FUND(TFF)」の1人。TFFは「事業、経営をしたことがある人が投資の意思決定をするという面白い取り組み」(有安氏)だと語る。ちなみにTFFは現在9社に投資実行しており、そのすべてが海外のスタートアップだ。
千葉氏は「先に経験した人が次の世代に投資をする」という信念のもと投資を行っており、現在個人で17社に、また国内外で13のベンチャーキャピタルにLP(有限責任組合員)として出資。以下のスライドは、文字通り初公開となる千葉氏のポートフォリオだ。
中にはインターネットサービスのスタートアップだけでなく、リアルビジネスを行う会社もある。今回のTechCrunch Tokyo 2015のプレゼンコンテストである「スタートアップバトル」の本戦出場者やブース出展者の中にも同氏の出資先企業は何社か存在する。
また経営者が集まるとあるイベントにおいては、千葉氏がLP(有限責任組合員、つまりファンドの出資者)出資しているファンドの名前を挙げて、「これのファンドから投資を受けている人は?」と尋ねたところ、9割が手を挙げたという。また有安氏も4〜5のVCにLP出資を行っているが、「自分が出資しようとするVCに必ず千葉氏の名前がある」(有安氏)のだそうだ。
経営と投資、どう両立させるのか
日本では1つのことに集中することが美学とされがちだ。それは会社経営者も同じこと。では2人は経営者という本業と、エンジェル投資家としての活動をどのように両立させているのか。
有安氏は、「(役員など)周りの多くの人から反対される」とする一方、周囲でも投資をしている人もおり、そういった人々の理解で自身も投資できると語る。コーチ・ユナイテッドを買収したクックパッドの代表執行役兼取締役である穐田誉輝氏などもエンジェル投資家として有名な人物の1人だ。
また実際に投資してみると「トラブルや人事などの相談はよくあるが、(投資家として直接手を動かさないといけないようなことは)ほとんどない」という。加えて「投資をすると、会社の経営の中身を見られるので、自分の会社の経営の精度もあがって、自分の社にとっても良い経験となる」と有安氏は言う。また2人とも、個人での投資を実行する際、両社の経営会議で議論と承認を必ず行うという。
モデレーターの岩本からは、投資家に対する質問の代表格である「投資判断」についての問いかけもあった。挑戦するマーケットや起業家個人の魅力など投資家はさまざまな要素を分析して投資するわけだが、千葉氏は「完全に『人』だ」と答える。「能力を持った、面白い人は人生のどこかできっと面白いことをしてくれると信じており、人に投資している。仮に、いま投資している会社がだめだったとしても、2回目もその人に投資をするというつもりで10年、20年という単位で人を追いかけている」(千葉氏)
有安氏の投資判断は前述のとおりだが、「そもそも(積極的には)投資しないが、自分の知見が生かせそうなもので、どうしても(投資して欲しい)ということであれば」という条件で投資をしているという。
そうして投資した場合にも、もちろん上手くいかないケースはあるだろう。個人でやっている場合、投資のスタンスは様々だが、投資の失敗について、2人とも「投資したお金が返ってこないことがダウンサイドリスク」と定義しつつ、「投資した経営者との人間関係はしっかりできているので、リスクとは感じていない」(千葉氏)という。
エンジェル投資家の役割について、千葉氏は「経営者の悩みを解決し、サポートしなくてはならない」と語る。個人投資とはいえ、千葉氏はチームでスタートアップ経営者の支援を行っているという。千葉氏のほかに、Fringe81執行役員で元楽天執行役員の尾原和啓氏やPrivateBANK代表取締役社長の佐藤貴之氏らがメンタリングや資本政策のアドバイスなどを行っている。スタートアップの悩みはたいてい共通するので、投資先同士が助け合えるコミュニティーを作ろうと、Facebookグループで情報共有をするほか、半年に1回、週末を活用してリアルな合宿も行っているという。この合宿は秘密厳守で行われる。参加者は深く、具体的な悩みについて全員で議論するそうだ。
組むべきは「高み」に到達した投資家
近年イグジットを実現したIT系の起業家らが、次の世代に投資をするという動きは積極的になっており、新たなエンジェル投資家も生まれているようだ。では会社の礎をつくる創業期に、実際のところ、どのような人を株主に入れるべきなのか。未公開株マーケットでは様々なトラブルがある中、起業家は何を軸に判断すべきか。
これについて有安氏は「自分が到達したい『高み』に到達したことがない人から出資を受けるべきでない。使えそうな株主かどうかで判断すべきだ」と断言した。千葉氏もこれに同意し、さらに株式のシェアを過半数近く取得するというような提案をしたエンジェルの事例を紹介。たとえ創業者が過半数の株式を持っていたとしても、通常シード期に特定の株主が大きくシェアを取ってしまうと次の資金調達ができないケースが多い。そのため、「エンジェル投資家はなるべくシェアをとらないことが大切で、次につなげなければならない」と話した。