卒業まで無料で通えるプログラミング学校が恵比寿に開校へ、転職後に給与の一部を支払うISAsモデルを採用

「週50時間、6ヶ月に及ぶ本格的な学習プログラム」「問題解決アプローチを重視し、チーム開発を中心に設計されたカリキュラム」「望む転職に成功しなかった場合、受講費用は発生しない」——。そんな特徴を持ったプログラミングスクールが2020年1月、恵比寿ガーデンプレイス内にてスタートする。

同スクールを手がけるのは2019年7月創業のスタートアップLABOT。同社では1月の開校に向けて11月29日より1期生の事前募集を開始した。カリキュラムの内容もさることながら、既存のプログラミングスクールと大きく異なるのは契約モデルとその背景にある思想だ。

冒頭でも少し触れた通り、LABOTが開校するスクールでは開始から卒業まで受講料金が発生しない。要は基本的に無料で通い続けることができる(厳密には副教材の一般書籍などは任意だが購入する場合は自己負担)。その代わり予め定めた条件を満たすような転職に成功した場合、就職後に一定期間に渡って給与の一部から“後払い”のような形で支払う仕組みだ。

今回LABOTでは昨今米国で広がり始めているISAs (Income Share Agreements)モデルを採用し、アレンジして組み込んでいる。ISAsとは米国で生まれたスクールと学生の新しい契約モデルで、受講開始から卒業までの期間は受講費用が発生しない代わりに、一定の条件をみたした場合に卒業後の収入から一 定割合をスクールに支払うという内容の所得分配契約のことだ。

米国では学生が多額の学費ローンを抱えることが1つの社会問題となっていて、ISAsはそれに変わる新しいモデルとして注目を集める。LABOTによると職業訓練から大学まで様々なスクールが採用し始めているほか、関連するファンドや事業者も増えつつある状況。2019年7月には連邦法を定める合衆国上院にISAs法案が提出され、議論が開始されているという。

LABOTが提供する日本版ISAsのイメージ

LABOTの日本版ISAsは卒業生がIT人材として年収を上げて就業できることが前提。現在の年収水準が概ね420万円以下の非IT職種・プログラミング未経験者を対象に、6ヶ月のカリキュラムを提供する。入学金や学費は一切なく、卒業後に希望する職種への就労が実現すれば、目安として24〜36ヶ月に渡って月給の13〜17%を支払うイメージだ。

学習中に挫折してしまった場合や望んだ転職に成功しない場合、LABOTのISAsの規定に定める年収ライン(年320万円)を下回る期間については、支払いの義務は発生しない。また病気や怪我、介護、育児等の何らかの事情で給与を得られない時は、その期間のISAsにおける支払いは停止する。

LABOTの日本版ISAsに関するポリシー。支払い額には予め上限が設定されているため、高い年収での転職が決まった場合も一定ラインに達すればそれ以上の支払いは不要だ

ISAsの特性上、学生の長期的なキャリアの成功がスクールの成功になるため、双方の利害が一致するのがポイント。これまでIT業種へのキャリアがありつつも金銭的なハードルや不安からプログラミングスクールに通うことができなかった人や、強い意思がある人に対して実践的かつ長期的なカリキュラムを提供することで「未知の課題を解決できる」人材を輩出することを目指すという。

当然ながら一定数の成功者がでなければ事業を継続できないため、事前にエントリーシートや面談を通じて受講者を選抜した上で1200時間相当(目安は週50時間、6ヶ月間の訓練)みっちり学習する機会を設ける。

デザインカリキュラムも約120時間分ほど用意しているほか、プロジェクトマネジメントやデジタルマーケティングなどを学ベる時間も確保。知識に加えて問題解決のための思考を養うべく、カリキュラム後半の60%はチーム開発に当て、実際にプロダクトをリリースすることが目標だ。

「プログラミングとはPCの前だけでやるものではなく、色々な場面でプログラミング的な思考が必要とされるので、単にコーディングだけ学んでいれば良い訳ではない。自分たちのカリキュラムは50%以上がチーム開発のプロジェクトの時間になっていて、ホワイトボードの前でディスカッションするなど、黙って座っている時間が1番短いスクールになる」(LABOT代表取締役の鶴田浩之氏)

定期的に1on1の面談を行い学習のサポートをするほか、カリキュラムの後半では事業会社を模した評価を行い、学生同士のピアレビューも実施。いわゆる先生的な役割の人は存在しないが、現役のエンジニアがメンターとして参画し、実務に近い環境でコードレビューやアドバイスを受けることができるという。

家庭環境や学歴、年収に関わらず新しい挑戦ができる仕組み作りへ

LABOTの代表を務める鶴田氏は過去に「すごい時間割」や「ブクマ!」などを生み出してきたLabitの創業者だ。2017年には開発チームとともにメルカリに参画し、子会社ソウゾウの執行役員として教育領域のCtoCサービス「teacha」の立ち上げにも携わった。

「もちろんプログラミングスクールをやりたかったという思いもあるが、根本的には日本で教育領域におけるISAsモデルの可能性の検証をすることが目的。教育は『自己投資』と表現されることもあるように投資であり、投資であるならROIで考えることもできるのではないかという仮説を持っている」

「たとえば職業に直結する人の学習や学び直しであれば、その人が将来的に活躍することが見込めれば自己投資だけではなく他者から投資を受けるという仕組みもありえるのではないか。実際にアメリカでは学生ローンや奨学金に変わる新しいモデルとしてISAsモデルが注目を集めていることもあり、日本でも今後広がる余地があるのではないかと考えた」(鶴田氏)

ISAsに関するカオスマップ。すでに海外ではこの仕組みを取り入れた機関や、それをサポートする会社がいくつも登場している

鶴田氏自身がもともと人に何かを教えることが好きなことに加え、長年身を置いているITスタートアップ業界において「ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家が増えるなどエコシステムが発展する一方で、現場で実際にものを作るエンジニアはまだまだ少ない」ということもあり、プログラミング学習領域で事業を立ち上げることには以前から関心があったという。

良い仕組みが作れないかを考えていた際に最初に思いついたのが「無料で提供して、受講者が成功した場合に後から受講料をもらう仕組み」。海外の事例なども調べるとまさに数年前からISAsが広がり始めていたことを知り、このモデルを取り入れてLABOT流のプログラミングスクールを設計した。

ISAsであれば学歴や年齢、現在の収入などに関わらず誰でもチャレンジの機会を得られる可能性があるのが特徴。また途中で挫折してしまった場合には受講費用が発生しないため、ある意味“通常のスクールよりも辞めやすい”構造で、本当にやりたい人だけが最後まで残る。

「もちろん事前の審査に加えて学生をケアする仕組みは取り入れるが、ある程度長期間に渡って取り組む中で『あ、自分は向いてないな』と納得して挫折するのであれば、それでもいいと考えている。既存の仕組みでは向いてるかわからないままモヤモヤしながら結果的に挫折してしまったり、就職したものの職種とのミスマッチなどで短期間に離職してしまう人も一定数存在する」(鶴田氏)

ISAsモデルの場合、仮に学生が就職に成功しても短期間で離職してしまうような形では意味がない。卒業生が望んだ職種で、なおかつIT人材として待遇をあげて働けるようなサポートが必要だ。

「そのためには学生とフェアな立場で紳士的に向き合うことが不可欠。単にISAsにすれば良いという話ではなく、カリキュラムの思想とも密接に関わる。LABOTでは学校のミッションを『未知の課題に対して取り組み、自走できる人を輩出すること』と設定し、変化が激しい時代の中で1人の技術者として自分で考えて自走できる人材を育てていきたい」(鶴田氏)

第一弾は恵比寿ガーデンプレイス内に開校。平日7時〜24時までスクールを開放し、いつでも利用可能。カリキュラム前半には厳しい出欠管理がある。16歳以上でIT業種への転職・就労の意思がある人が対象だ

つい先日には寄付モデルを取り入れた学費無料のエンジニア養成機関「42」の東京校をDMM.comが一般社団法人として立ち上げ、2020年4月から開校予定であることを発表したばかり。LABOTの場合は42とは異なるアプローチにはなるが、業界の発展に向けて新しい形態のプログラミングスクールの確立を目指していく。

鶴田氏の話では1期生は10人前後を予定しているそう。まずは小さく始めるが、きちんと成立する形が作れれば仕組み化しながら拡大していく計画。ゆくゆくはプログラミングスクールに限らず、他の分野においてもISAsモデルを展開していくことも視野に入れているようだ。

「家庭環境や学歴、年収に関係なくどんな人であっても新しい可能性にチャレンジできる機会を作っていきたい。これまでの日本社会では『どの大学に進学したか』『新卒でどの会社に就職したか』がその後の選択によって多少なりともその後の選択が制限され、23歳以降で思いきった意思決定をするのが難しかった側面もある」

「ただ周りを見ていても強い意思を持って、変われた人はたくさんいる。そういった人たちを後押しする仕組みを広げたい。自分としては単に『ISAsの学校をやります』ではなく、ゆくゆくは国の制度の1つとしても普及するようなモデルを作っていきたいと思っている」(鶴田氏)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。