新型コロナ蔓延下ではゲーム性よりソーシャルプラットフォームを優先したゲームが必要だ

この長く退屈な物理的隔離の日々が、永遠に続くベージュ色の廊下のように不確かな未来に向かって伸びる中で、友達との付き合いを、懐かしく思い出さずにいることはできない。特に、何か特定のことをするわけでも、何かのトピックについて話し合うわけでもなく、ただ一緒にぶらぶらしているような付き合いが恋しくなる。

だが、お互いに物理的な距離を置き続けている中で、私たちが持っているツールを使って、社会的な存在感を分け合うことは難しいのかもしれない。たとえZoom や、その他のよりカジュアルなチャットアプリを使用したとしても、ビデオチャットは平板なものに感じるだろう。(そして、幸運にも自宅で仕事ができる私たちにとって、仕事をするのに使用しているものと同じツールを使って、仕事の後友達を訪問することは、必ずしも気分が良いものとは限らない)。しばしば私たちは、決まったビデオチャットスポットに静止して座りながら、自己隔離の様子をやり取りしたり、たぶん猫や1人2人の子供を画面にひっぱりこんで話していることだろう。

しかし、より遊び心のあるビデオ チャット アプリや、FacebookのPortalとその分離したカメラのような、革新的な技術を使って机から離れたとしても、何か別のものがまだ伝わり切っていないのだ。フラットスクリーンを介してでは、物理的な相互関係がほとんどわからない。結局のところ、空間の中での社交体験を、私たちがこれまでどれだけ当然のことと考えていたのかが、明らかになったということだ。だが、ゲーム業界はこれを随分昔から理解してきた。

いま、私たちはこれまで以上に、他の人の存在を感じるための創造的な方法を必要としている。この危機はゲーム業界にとって大きなチャンスであると同時に、仕事の後に「Call of Duty」をせいぜい数ラウンドプレイするようなものではなく、より超越したデジタルソーシャル体験を提供するものとなりそうだ。ひょっとすると、これらの体験はあまりにも豊かな想像力を要求するために、まだどのように見えるのかさえわからないのかもしれない。

もしVRが初期の約束を果たせていたならば、おそらく私たちはみな、現在その世界の中に住んでいただろう。ある種の共有仮想領域を持つというアイデアは今でも有力なものだが、追加のハードウェアは一般の人が使うにはあまりにも法外な価格であることが証明されていて(少なくとも今のところは)、最もクールなVR体験でさえニッチなものに留まっている。それでも、InstagramのDMやメールスレッドを使うだけでなく、共有スペースを移動するアバターとして、私たちが一緒の行動をしたいと思っていることは明らかだ。何らかの手段で。

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仮想世界の正しい理解

もし「どうぶつの森」の幅広い成功が、何らかの兆候であるとするなら、人々は現在仮想空間に対する大きな欲求を持っていることになる(ここでは特に最新作である「あつまれ!どうぶつの森」のことを指している)。たとえ任天堂の使いにくいオンラインマルチプレイであったとしても、友達を訪ねて網でバチバチ闘ったり、新しいグッズを見せ合ったりすることには、何か楽しくて特別なものがある。

どうぶつの森に関して言えば、本当に「部分を合計した以上の体験」を得ることができるゲームだ。私が最近本当に笑って止まらなくなったのは、ゲームが開始された直後に妹のどうぶつの森の島を訪ねたときだった。インターフェース上の少ない感情表現と厳しいキャラクターの制限にもかかわらず、彼女の奇妙なユーモアのセンスは、ゲームの制限を乗り越えて湧き上がることに成功していた。そして、その制約がなぜか特別なものを生み出していた。彼女の島を去るときには、周りに輪をぐるぐる回している、彼女の滑稽で奇妙な姿に別れを告げることが悲しかった。それはビデオチャットからサインアウトしたり、テキストを送り合っていた会話からドロップアウトしたりするのとは異なる感覚だった。

こうした体験は個人レベルだけでなく、集団レベルでも起こっていて、人々は創造的になり始めている。Rogue Oneの作家の1人は、ゲーム内で「どうぶつの森トークショー」を制作した。ショー内には独自の小さなゲストカウチと街並みの景観が備わっている。

完全にどうぶつの森の島の上で開催される開発カンファレンスを立ち上げた、ニューヨークの開発者さえ登場した。通常の会議と同様に、この「Deserted Island DevOps」は、発表者、司会者を揃えており、さらには会議後にはトークがYouTubeにアップロードされることになっている。

多くの人々が先「どうぶつの森」を使ってより親密な集まりも開催している、たとえば先月のラマダン過越祭を祝ったり、遠く離れた友人や家族を1か所に集めたりしたりしているのだ。

今回のパンデミックが示しつつあるものは、この先主流となる仮想存在のスイートスポットは、Zoomのようなビデオ会議以上のもので、かつ完全なVR体験以下のどこかにあるのではないかということである。ビデオゲーム、より具体的に言うならプラットフォームとしてのビデオゲームは、ゲーマーとしては識別されない種類の人々の間でも現在共鳴を起こしているように見える。その最後の点が重要なのだ。

これは、Fortnite(フォートナイト)のメーカーであるEpic Gamesが、ずっと行ってきたことだ。フォートナイトがどうぶつの森のように、ノンゲーマーを迎え入れたのには理由がある。もちろん、Fortniteは楽しくて中毒性があるものだが、そもそも多くのゲームは楽しくて中毒性があるものだ。しかもフォートナイトはそうしたたくさんのゲームよりもはるかに難しいのだ。

Epicが生み出した真のイノベーションは、プラットフォーム間でプレイヤーをシームレスに接続する、バターのように滑らかなソーシャルレイヤーなのだ。友達にアプリをダウンロードさせることができたなら、すでにビジネスに参加したことになる。もちろん、他のゲームでもこれは正しく行われている。もちろん、Minecraftが頭に浮かぶし、ほかのゲームもそうだが、今ではタイミングがすべてなのだ。そしてフォートナイトのチームは、すでに良いことがわかっているアイデアを巧みに繰り返している。

今週Epicは、パーティーロイヤル(Party Royale)と呼ばれる、意図的にのんびりプレイできる新しいゲームモードをフォートナイトに追加した。これは友人たちとぶらぶらするための新しい島だ。投げられるハンバーガーやペイントボール銃のような、適度に奇抜な致死的ではない武器が散らばっている。パーティロイヤルはグループを組んで、他愛もなく意味もないことで楽しみながらチャットを行う場所なのだ。ぎこちなくサッカーボールを蹴ったり(なぜか私は全く見ず知らずの人物と20分ほどそれで遊んだ)、仮想オフロードカーを仮想絶壁から落としたりできる。

そして、Epicの多くのバトルロイヤルヒットのように、島自体には奇妙で、カラフルなライト、巨大なネオンダンサー、そして非常にサイケデリックな雰囲気に溢れた(そしてクスリはなしだ)、海賊船や音楽祭の会場までもが用意されている。メインゲームとは別の領域のような、ドライブイン映画館も用意されていて、これは興味深いことが起こる可能性を示唆している。運良くもしEpic が拡張してくれれば、フォートナイトの最新のカジュアルなオンライン仮想空間はかなり面白いものに進化する可能性がある。

フォートナイトは表向きは、自分が殺される前に相手を殺すことを目的にしたゲームだが、同時にコンサート会場でもあるのだ。そしてそれは多目的なソーシャルプラットフォームとしてのゲームに対してEpicが持つ、より深いアイデアを示唆している。先月、フォートナイトは最新の大規模なゲーム内ショーイベントを開催したが、今回はゲーム内で超高層ビルの高さを誇る有名ラッパーのトラビス・スコットが、ゆっくり回転する万華鏡バージョンのフォートナイトのマップの中で飛び回りながらパフォーマンスを披露した。このイベントには1200万人が参加した。この数は1年前に行われた、より地味なゲーム内EDMショーのMarshmelloの中でプレイした1000万人を上回っている。日頃彼の音楽を聴いているかいないかには関わらず、その視覚的に想像力を掻き立てられるイベントは、誰が見ても最高にクールだった。

ビデオゲームは時代の要求を満たすために進化すべきだ

大規模なマルチプレーヤー型オンラインロールプレイングゲーム(MMORPG)で時間を費やしたことがある人にとっては、これはすべてなじみのある話だ。これらのゲームには、膨大な数の人々を永続的な共有仮想空間に集め、彼らに自分自身を表現させるという、活気のある長い歴史がある。衣装を整えたり、空間を装飾したり、プレイスタイルや同盟の選択をしたりすることは、同じことをしている他の人たちが住む仮想世界の中で、自分自身を表現する方法なのだ。何年もの間World of Warcraftをプレイした人間にとって、これは多くの参加者にとってゲームの真の魅力を伝えてくれるものだった。ゲーム自体(クエスト、ダンジョン、その他)は、二次的なものだった。

10年前のピーク時、World of Warcraftにはトラビス・スコットのイベントに参加したプレイヤーと同数の、1200万人のアクティブなサブスクライバーがいたのだ。それ以降、ゲームは爆発的な勢いで主流となり、2018年の後半までには、フォートナイトのアクティブプレイヤー数は約8000万人を誇るようになった。オンラインマルチプレイヤー自体も、主に大ヒットした一人称視点シューティングゲーム(FPS)の成功によって進化した(FPSは通常残忍で、日頃特定のゲーマーを引き寄せる、漠然とあるいは極端に軍事的な側面を打ち出したゲームだ)。だがフォートナイト、スプラトゥーン、Overwatch(オーバーウオッチ)といった遊び心のあるカラフルなシューティングゲームが登場して、カジュアルなプレイヤー、さらにはノンゲーマーにも手を差し伸べることになったが、オンラインゲーム自身にはシューティングゲームの枠を超えた可能性がある。

Minecraftの人気は協力型ゲームへの道を切り開いたが、それは単に物を作るのが信じられないほど楽しいからだけではない。もちろんそれは真実だが、仮想空間で友達と何か新しいことをやるのは本当にクールだからだ。驚異的なNo Man’s Skyのような小規模ゲームは、Minecraftが構築で行ったことを探検で行うことができる。だがインディーズデベロッパーの予算ではマルチプレイヤーに対する大きなアイデアもせいぜいその程度止まりだ。歴史的に、業界のリソースの大部分は今でも、利益性が確実に高いミリタリースタイルのシューティングゲームに向けられている。しかし、世界が変化することで、トレンドも変化する可能性がある。どうぶつの森のソーシャル風水シミュレーションの売上が、流行の最初の数カ月間で圧倒的なシェアを占めていたことに着目しよう。

ゲームをプレイしない人に対して、魅力的な共通ソーシャル体験を提供できるゲームには、今大きなチャンスが巡って来ている。家に閉じこめられている人にとって、想像力豊かなゲームの世界は、今現在のストレスからの逃避だけでなく、会えないときに空間を共有する方法を提供してくれる。

訪問できるゲームがもっと必要だ。

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(翻訳:sako)

投稿者:

TechCrunch Japan

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