テク業界にいるとIoTという言葉を聞かない日がないぐらい、ハードウェアのスタートアップに注目が集まっている。日本にもいくつも登場してきているが、果たして日本はハードウェアプロダクトで起業するのに向いているのだろうか? 輝かしかった電機系製造メーカー時代が不調をきたして長いが、次世代のハードウェア企業が出てくる土壌はあるのだろうか?
今日札幌で始まったInfinity Ventures Summit 2014 Sprintのパネルディスカッションの中盤、モデレーターを務めたITジャーナリスト林信行氏が発した問いかけに、ハードウェアスタートアップの現場にいる4人のパネラーが回答した。
まず最初にこの問いに答えたのは、優しい明かりと独特のミニマルなフォルムを持つLED照明「STORKE」で2011年に起業し、「ひとりメーカー」で知られるBsize代表取締役社長の八木啓太氏。
「日本にハードウェアスタートアップの芽はいっぱいあると思います。何年か前まで日本の製造業は世間を席巻していましたよね。その企業群の下には工場がいっぱいあった。町工場がいい技術を持っています。彼らはまだデジタル化されていなくて、ネットとも繋がっていないという問題があります。だけど、Bsizeは、町工場とコラボしながら高度な製品を提供できていると思う。日本は町工場が優れていて、ハードウェアスタートアップをアクセラレートすることができる」
「ネットと繋がっていない」と八木氏が指摘するのは、たとえば起業時の次のような経験のこと。元々八木氏は富士フィルムで医療機器の設計や開発を行っていた。レントゲンや、胎児の超音波エコー検査機などを担当していた。そんなとき、ある商社の担当者がLEDを紹介してくれた。手術灯にどうですか、と。このLEDモジュールを富士フィルムは不採用とした。八木氏は、自宅でプロトタイプを作ってみて、「これはいいな、量産すれば売れる。1年間、1000万円あればできる」と、会社を辞めて全財産をはたいて作り始めた。こういうLEDモジュールはネットで検索しても出てこない。その後、町工場の協力を得てプロトタイピングを進めたが、どこの町工場が良い加工技術を持っているかということについても、詳しいヒトに聞くしかないのが現状という。一方、Bsize創業時はハードウェアスタートアップ一般に吹く追い風を背景としている。「電子基板も電灯自体も設計は無料のCADソフトを使っている。いまはデータを送れば基盤にして送り返してくれるサービスもある。3Dプリンタもあり、完全に家内制手工業で最初は作った」。2014年現在はソニーやパナソニックの技術者を採用しているが、「ひとりメーカー」と呼ばれるように、今の時代は個人で家電スタートアップをすることもできるのだと改めて指摘した。
日本にハードウェアスタートアップの芽はあるか? 次にこの問いに答えたのは、ユカイ工学代表の青木俊介氏だ。ユカイ工学は、実は多くのスタートアップ企業のプロトタイピングを請け負うなど、関係者の間では裏方としても知られる。たとえば、テレパシー・ワンの最初のモックアップや、スマフォでロック・解除ができる南京錠の「loocks」(ルークス)などは、ユカイ工学が請け負ったそうだ。大企業とのコラボも多くこなすユカイ工学の青木氏は、実は創業時に本社を置く場所を日本を選んだ理由を次のように話す。
「今の会社を作る前には中国に住んでいました。中国で会社を作ることもできたんですが、そうしなかった。日本社会には凄くいい製品がたくさんある。住んでる人が、いい暮らしをしている。そういうところでこそ、いちばん良い物って生まれるはず。大量生産するだけなら、中国にいたほうが有利かもしれません。でもプロダクトって、みんながいいなって思うような、ライフスタイルと結び付いているので、(今の中国からは)良い物って生まれないと思う。米国西海岸って、まさにそうなんだと思うんですね。夏休み中サーフィンをしている人がいる場所だから、GoProが生まれてくる」
パネルディスカッションの聴衆側にいたハードウェアスタートアップのCerevo代表取締役の岩佐琢磨氏が、会場から同様の意見を投げ入れた。
「豊かな国で作るべきというのはぼくも言ってます。世界でいちばん巨大家電メーカーが多い国は、どこですか? 韓国にはサムスンがあるかもしれないけど、それだけ。家電業界に従事してる人の数がいちばん多いのはどこか? それは日本です。(製品は)人が作るもの。優秀な人がいる国が強いと思うんですよね。先ほどネットで検索しても出てこないって言ってましたけど、確かにそう。出てこない。結局、人の中にノウハウが眠っている。そういう人の数がいちばん多い国って日本ですよ。いまCerevoの売上は、すでに半分が海外だけど、本社を国外に動かす気はないですね」
ロボットの向けの汎用の制御ソフトウェアを開発するスタートアップ、V-Sido代表の吉崎航氏は、ちょっと違うアングルからの回答を持っていた。
「(新しい技術は)ちゃんと使ってる姿が想像できるのが重要だと思ってる。スマフォって使うのがイメージしづらい。最後までガラケー使ってた人たちってそういう人たちだったわけですよね。使ってみたら、何だ案外使えるじゃんと。じゃあ、ロボットがいる生活に馴染む、そういう生活が思い描けるのはっていうと日本人。世界で最もロボットアニメを見ている国民」
V-Sidoはマウスや身振りで人型を動かせるロボットのための「ロボット用のOS」。ロボットは物理的実装ごとに重心やアームの自由度が違うが、V-Sidoを間に入れると、種類の違いを超えて動作を直接的にロボットに伝えて操ることができる。「人間の動きを見ているので、人間が動かしているように見えるけど、実際は人間の動きに合わせてロボットが動いてあげている。大小のロボットが同じバイナリで動く」(吉崎氏)という。V-Sidoで動くロボットの動画が会場に流れると聴衆から歓声が湧いた。
吉崎氏は「ロボットの開発競争が始まった」という。愛知万博を始め、日本国内では過去に何度か(あるいは何度も?)ロボットブームがあって、そのたびにブームは去った。しかし「今回はホンモノ」という。GoogleがAndroidの次にやろうとしていることの1つがロボットで、一挙に7社の買収が話題になることもあったように、世界中が「そろそろ作ってみるか」という状況にあるからだ。その吉崎氏が目指すのは「用途を狭めない、全ての分野でロボットが活躍できる下地を作ること」。今だと、すでに工事現場のショベルカーのような重機をヒューマノイドロボットで操作するという検証を始めていたりするそうだ。人型だから応用範囲は広い。ひょっとすると自分の分野でも活躍するロボットがあるのではないかと想像できる国民が全国にいるのが日本、ということだろう。
ロボットの開発はまだ売れる段階にない。これはロボット開発の課題が人間を作るのに近いからで、ソフトウェアも力学もネットワークも人工知能もと多岐にわたる専門知識が必要になるが、そういうものを全て併せ持つ企業はまだ存在しないからだという。一方、V-SidoはPCにおける汎用OSのようなものを作ることで、誰もが全ての開発をする必要がない世界を作るという。
ハードウェアのプロトタイプやテクノロジーを使った空間演出などデザイン面から企業とのコラボやコンサルティングを多く手がけるtakram desigin engineering代表の田川欣哉氏も、創業時の会社設立の地として、明示的に東京を選択したという。
「どこで会社やるか悩んで、シリコンバレーじゃなく東京にした。それはハードウェアから離れたくなかったから。インテグレーションをやるのは東京がいいな、と。日本人の特性として、いろんな物事をすりあわせて作るって好きというのがありますよね。ハードウェアを作れる国に日帰りで行けるっていうことも含めて東京が良かった」
田川氏は、ネットやソフトウェアが必ずしも得意でない上の世代の製造業の人々ときちんとコミュニケーションする新しい世代が出てきてムードが変わってくると、アメリカとはニュアンスの違うものが出てくるのではないか、という。