患者から採取した細胞組織を顕微鏡で観察するなどして、「がん細胞や腫瘍はないか」といった疾患の有無を判断する病理診断。この診断を専門に行う病理医が今、国内外で不足傾向にあるという。
そんな現状を「AIによる病理画像診断ソフト」を通じて改善しようと試みているのが、福岡に拠点を構える九州大学発ベンチャーのメドメインだ。同社は8月17日、 DEEPCOREとドーガン・ベータを引受先とした第三者割当増資により1億円の資金調達を実施したことを明らかにした。
病理医が気づきにくい病気もAIが発見
そもそも病理診断に関してあまり馴染みがない人も多いかもしれないが、これは病院で大きな病気の疑いがあった際に実施される精密診断のこと。メドメイン代表取締役社長の飯塚統氏によると、「精密診断が必要です」と言われた時の精密診断とは病理診断を指すことが多いのだそうだ。
この病理診断を専門の病理医(病理専門医)が担当するのだけど、その数は日本国内で約2000人強。割合にすると医者全体のだいたい0.6%ほどしかいないという。
当然全ての病院やクリニックに病理医がいるわけではなく、通常は病理医がいる病院へ採取した細胞組織を郵送し、診断結果が出るのを順番に待つことになる。
「結果が出るまでにだいたい1〜3週間かかる。その期間が長くなれば患者の負担も増えるし、病気によっては進行してしまうものもある」(飯塚氏)
その問題を解決すべくメドメインが開発しているのが「PidPort (ピッドポート)」というAIによる病理画像診断ソフト。大量の病理画像をAIに学習させることで、細胞組織の画像をもとに高精度かつスピーディーに病理診断できる仕組みの構築を目指している。
たとえば他の病院に病理診断を依頼していた病院でも、画像データを用意すればPidPortを用いて1分ほどで診断結果ができるようになるという(その後病理医によるチェックは必要)。もちろん病理医がいる病院や病理診断を請け負っている検査センターでも、担当医の業務を支援するツールとして活用できる。
「病理医はキャリアの中でどれだけ病理画像を見てきたか、症例を見てきたかの積み重ね。その点ではある意味ディープラーニングに近いことをしている側面もある。(AI活用によって)短時間で膨大な量を学習できることに加え、病理医の先生が知らない病気に気づけることも特徴。PidPortが使われている他の病院で一度画像データを見ていれば、珍しい病気もAIが発見してくれる可能性がある」(飯塚氏)
まずは特にニーズの多い胃と大腸の診断を強化したα版を10月にクローズドでリリースする予定。複数の病院でテスト運用をしながら、β版を経て2019年10月を目処に正式版を公開する計画だ。
「将来的には今まで病理医の先生がやってきた病理診断をPidPortでもできるようにしたい。メディアなどで『病理診断をAIでやります』といった話題も目にするが、現状では胃ガンなど限定的なものも多い状況。(PidPortでは)全身、全疾患をカバーすることを目指していく」(飯塚氏)
九大起業部発のスタートアップ、医学部や大学病院とも連携
メドメインは2018年1月の創業。九州大学医学部に在学中の飯塚氏を中心に、同大学の起業部から発足したスタートアップだ。現在はPidPortのほか、医学生向けクラウドサービス「Medteria (メドテリア)」も開発している。
飯塚氏自身がかつて病理診断を経験し、結果を待っている時間が長いと感じたことが根本にあるそう。医学部でデータ解析をする際などに学んだプログラミングスキルを活用して「他の人にも使ってもらえるサービス」「きちんとマネタイズして事業化できるもの」を検討した結果、現在の事業アイデアに決めたという。
医療領域で画像診断を効率化するプロダクトについては、以前エルピクセルが手がける「EIRL(エイル)」を紹介したが、人手不足などもあってAIを含むテクノロジーの活用に期待が集まっている。
ただし飯塚氏によると研究開発は国内外で進んでいるものの、商用化されたアプリケーションという観点ではこれといったものが国内外で生まれていないそうだ。
その理由の一つが「データ集めの難易度の高さ」にある。PidPortでいえば病理画像に当たるが、これらのデータの多くは病院が保有しているもので、一般企業が集めるにはハードルが高い。メドメインは九大医学部、九大病院と連携しているため、データ集めにおいては他社にない強みを持っていると言えるだろう。
アドバイザーという形も含めて10名程度の医師が開発に携わっていて、データのチェックや現場視点でのフィードバックも行なっているそう。加えてスーパーコンピューターを用いるなど、開発体制の整備も進めてきた。
メドメインでは今回調達した資金を活用してアルゴリズムの強化、組織体制の強化をしながら10月のα版、そして1年後の正式版リリースに向けて事業を加速する計画。
飯塚氏が「日本国内だけではなく、アフリカや東南アジアなど病理診断の土壌がない国にも展開していきたい」と話すように、世界各国の医療機関への提供を目指していくという。