自律走行車の開発を後押しするはずの公道試験「評価」、実は逆効果か

著者紹介:

Grace Strickland(グレース・ストリックランド)氏は、自律輸送業界をはじめとする最先端産業界のテック企業の顧問弁護士として6年以上の実績を持つ弁護士。

John McNelis(ジョン・マックネリス)氏は、Fenwick & West(フェンウィック・アンド・ウェスト)の自律輸送および共有モビリティ部門の主席弁護士。専門は知的財産。California Technology Council(カリフォルニア技術評議会)の自律輸送イニシアチブの議長も務める。

毎年、年末が近づくと、自律走行車の開発企業から不満の声が噴出し始める。毎年恒例となっているこの不満の原因は、California Department of Motor Vehicles(カリフォルニア州車両管理局(DMV))がすべての自律走行車(Autonomous Vehicle、以下「AV車」)開発企業に提出を義務づけている「Disengagement Report(自動運転解除レポート)」だ。AV車の試験を行うすべての開発企業は、試験走行中に「Disengagement」した回数、つまり自律走行モードから人間のドライバーによる手動運転に切り替えた回数を、毎年1月1日までに同レポートにまとめて提出しなければならない。

しかし、すべての自動運転解除レポートには1つの共通点がある。それは、「どの提出企業もレポートの有用性に疑問を呈している」という点だ。サンフランシスコのとある自動運転車企業の創業者兼CEOは公の場で、自動運転解除レポートは「AV車の商業展開が可能かどうかを判断するための意味ある判断根拠を提供する、という本来の目的をまったく果たせていない」と発言している。また、自動運転技術を扱う別のスタートアップ企業のCEOも、レポートの測定基準は「的外れ」だと言っている。Waymo(ウェイモ)は、レポートの測定基準は同社の自動運転技術を把握するのに「有効なインサイトを提供するものではなく、自動運転分野の競合他社と性能を比較するものとしては不十分である」とツイートした。

AV車開発企業がカリフォルニア州の自動運転解除レポートにこれほどまで強く異論を唱えるのはなぜなのだろうか。企業によって異なる試験方法を採用しているため、状況説明が十分に行えない同レポートの測定基準は誤った結論を引き出すことにつながる、というのが開発企業の意見だ。筆者の見解では、レポート内で自動運転解除の状況を説明するための表現とその定義について十分な指針が確立されていないことも、報告データから間違った結論が引き出されることにつながると思う。さらに、自動運転解除率という現在の測定基準では、各社が、数字を低く抑えるためにAV車をより無難な状況で試験走行させるようになったり、より多くのインサイトが得られるバーチャル試験よりも実地試験の方を好むようになったりする恐れがある。

自動運転解除レポートの測定基準を理解する

カリフォルニア州の公道でAV車の試験走行を行いたい企業は、AV Testing Permit(AV車走行試験許可)を取得しなければならない。2020年6月22日時点で、同州にはこの試験許可を受けた企業が66社あり、そのうちの36社は2019年にも同州でAV車の走行試験を行ったことを報告している。全66社のうち、乗客を輸送する許可を取得しているのは5社のみだ。

カリフォルニア州の公道でAV車を走らせる許可を取得した企業は、物損、人身被害、死亡に至った車両事故を、発生から10日以内に報告することが義務づけられている。

2020年度はこれまでに24件のAV車両事故が報告されている。ただし、大半が自律走行モード時に発生したとはいえ、ほとんどすべての事故は、AV車が後ろから衝突されて発生したものだ。カリフォルニア州では、追突事故の場合、大抵は後ろから衝突した方のドライバーに非があるとみなされる。

この車両事故データに有用性があることは明らかだ。消費者と規制当局が最も懸念しているのは、自律走行車が歩行者や乗客にとって安全か否か、という点である。もしAV車開発企業が、自律走行モードで車両大破や歩行者または乗客への深刻な人身被害に至った事故を1件でも報告すれば、その影響力は非常に大きく、事故を起こした車両の開発企業(ひいてはAV車業界全体)への風当たりは相当強くなる。

しかし、自動運転解除レポートで報告されるデータの有用性は、これよりはるかに疑わしい。カリフォルニア州車両管理局は、1月1日から始まる暦年中にカリフォルニア州内の公道でAV車の試験走行を行っている最中に自動運転を解除した回数と解除に至った状況の詳細を報告するよう各社に義務づけている。同局はこれを「AV車の試験走行中に自律走行モードが解除された回数(技術的な不具合、または試験走行ドライバー/オペレーターが安全のために手動走行へと切り替えざるを得ない状況が生じたことに起因する解除)」と定義している

AV車のオペレーターはまた、自律走行モードを解除した頻度と、その解除がソフトウェアの不具合、人為的ミス、車両オペレーターの裁量のいずれによるものなのかを追跡する必要もある。

AV開発企業は自社製品に関する測定可能なデータについては厳重に秘密を守っており、公開するのはせいぜい、制御された環境でのデモ走行を撮影した動画の一部とわずかなデータくらいである。不定期に「安全性に関する年次報告書」を発表する企業もあるが、どちらかと言えばAV車の性能をアピールする販促資料のような感じだ。さらに、公道での試験走行に関する報告を開発企業に義務づけている州は他にない。カリフォルニア州の自動運転解除レポートは例外的な存在なのだ。

このように、AV車に関して入手できる情報がほとんどない状況であるため、カリフォルニア州の自動運転解除レポートはしばしばAV車に関する唯一の情報源として扱われてきた。自動運転解除に関するこのデータは良く言っても「不完全」、悪く言えば「誤解を招く」ものだが、世間がAV車の開発の進み具合や相対的パフォーマンスを判断するにはこのデータに頼るしか方法がない、というのが現状だ。

自動運転解除レポートには状況説明が欠如している

自動運転解除レポートのデータには数字の根拠となる状況説明が欠如しているため、AV車業界の発展度合いを判断する尺度として使うには不十分である、というのが大半のAV車開発企業の意見だ。なぜなら、自動運転解除レポートのデータを読み解くには、試験走行を行った場所や走行の目的に関する情報が欠かせないためだ。

人口密度が低く、気候は乾燥していて、交差点もほとんどない地域で走行した距離と、サンフランシスコ、ピッツバーグ、アトランタのような都市部で走行した距離とでは、意味するものがまったく異なる、と言う業界関係者もいる。そのため、このような2つの異なる地理的環境下で走行した結果をまとめた自動運転解除レポートでは、競合企業を互いに比較することはできない。

また、自動運転解除レポートの提出義務が、試験走行の場所と手法に関する開発企業の決定を左右することを認識しておくことも重要だ。たとえ安全でも自動運転の解除が頻繁に必要になる試験走行は敬遠される可能性がある。自動運転解除率が高くなって、商業展開への準備が競合他社よりも遅れているように見えてしまうからだ。実際には、そのような試験走行こそ、商業展開に最適な車両の開発につながる可能性がある。商業展開への準備が進んでいるように見せるために、走行環境を無難なものにして自動運転解除レポートの報告基準を操作している、と競合他社を批判したAV車開発企業もある。

さらに、無難な走行環境と負担の少ない道路状況によって良好なデータを作り上げることができる一方で、AV車用ソフトウェアを改善するための戦略的な試験走行を行うと、非常に見栄えの悪いデータがはじき出される可能性がある。

一例として、米公共ラジオ局NPRのビジネス情報番組「Marketplace(マーケットプレイス)」のレポーターであるJack Stewart(ジャック・スチュワート)氏が紹介するケースについて考えてみよう

「例えば、まったく新しいソフトウェアを開発して本格展開しようとするある企業が、単に本社が近いからという理由で、カリフォルニア州で試験走行を行ったとする。試験の開始直後は特に多数のバグが見つかり、自動運転を何度も解除することになるだろう。しかし、同じ会社が、自動運転解除レポートの提出が不要な他の州、例えばアリゾナ州で試験走行を行えば、商業運転サービスを開始できるかもしれないのだ」とスチュワート氏は言う。

「そのサービスは非常にスムーズに運行するかもしれない。自動運転解除率という狭義の測定基準1つだけで、AV車開発企業が持つ能力の全体像を把握することなど到底できない。カリフォルニア州が数年前に追加情報の収集を開始したのはよいことだとは思うが、それでもまだ、本来の目的を果たすまでには至っていない」と同氏は続けた。

状況説明に使用する用語の定義が確立されていない

自動運転解除レポートが誤解を招く恐れがあるのは、自動運転解除の状況を説明する用語や表現に関する指針が確立されておらず一貫性が欠如しているためでもある。例えば、自動運転解除の理由を説明する際にさまざまな表現が用いられる中、最も多用されているのが「perception discrepancies(認知の不一致)」という言い回しだが、この表現が正確に何を意味するかは不明だ。

物体を正確に認識できなかったことを「認知の不一致」と表現しているオペレーターもいる。しかし、Valeo North America(北米ヴァレオ)は同様の誤作動を「物体の誤検知」と表現している。また、Toyota Research Institute(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)は、ほぼすべての解除事例について「セーフティードライバーが予防的に解除した」という、どんな状況における解除にも当てはまる曖昧な表現を用いている。その一方で、Pony.ai(ポニー)は、自動運転解除の各事例について詳細に説明している。

他にも、自動運転解除の理由を「試験を目的とした計画的な解除」、あるいはほとんど意味がないほど抽象的な表現を用いて説明しているAV車開発企業は多い。

例えば、「計画的な解除」は、意図的に作り出した不具合をテストすることを意味していると考えることもできるが、単にソフトウェアが新しくてまだ荒削りであるために解除は想定内だったことを意味している可能性もある。同じように、「認知の不一致」という言い回しも、予防的な解除からソフトウェアの極めて危険な不具合による解除まで、あらゆる状況を意味し得る。解除理由の説明に「計画的な解除」や「認知の不一致」をはじめとする多数の曖昧な表現が使われていることが、競合企業間の比較をほとんど不可能にしている。

そのため、例えば、サンフランシスコを拠点とするAV車開発企業の自動運転解除がすべて予防的なものだったとしても、その理由を説明する表現に関する指針が存在せず、曖昧な表現が多用されているせいで、解除に関する説明が怪しく見えて疑問視されてしまうのが現状だ。

レポート提出義務がバーチャル試験走行の足かせになっている

現在、AV車開発の本質はソフトウェアにある。ハードウェア、ライダーやセンサーなど、AV車を構成する他の物理的な要素は、実質的に既製品で間に合う。本当に試験が必要なのはソフトウェアだ。ご存じのとおり、ソフトウェアのバグを発見するのに最適な方法は、とにかくそのソフトウェアを可能な限り頻繁に実行することである。路上の走行試験だけで、バグをすべて発見できるほど膨大な回数のソフトウェアテストを実行できるわけがない。そこで必要になるのがバーチャル走行試験だ。

しかし、自動運転解除レポートで報告する公道での試験走行距離が短いと、「路上走行の準備ができていない」と判断される可能性があるため、このレポートの提出義務自体が、バーチャル走行試験の足かせとなっている。

先ほども登場した米公共ラジオ局NPR「マーケットプレイス」のスチュワート氏も、同様の見解を述べている

「特に最近は、割りと既製品で間に合う部品もある。数社も回れば、必要なハードウェアが手に入るだろう。鍵はソフトウェアにある。そして、そのソフトウェアがバーチャル試験と実地の公道試験でどれだけの距離を無事故で動作したのか、ということが一番重要だ」とスチュワート氏は語る。

では、AV車開発の競合企業間の比較を行うのに必要な、本当に使えるデータはどこから入手できるのだろうか。ある企業は、3Dシミュレーション環境でエンドツーエンドの走行試験を毎日3万回以上行っている。別の企業は、社内のシミュレーションツールを使ってオフロード走行試験を1日に何百万回も行っており、その試験の中で、歩行者、車線合流、駐車車両などがある道路ではテストできないシナリオを含む運転モデルを動かしている。ウェイモはCarcraft(カークラフト)というシミュレーションシステムで1日あたり2000万マイル(約3200万キロメートル)の試験走行を実施している。同じ距離を実地の公道走行試験で走破するには100年以上かかる。

あるCEOは、バーチャル走行試験1マイル(約1.6キロメートル)から得られる成果は、公道走行試験1000マイル(約1600キロメートル)分に相当すると見積もる。

ウェイモのシミュレーション・自動化部門でプロダクトリードを務めるJonathan Karmel(ジョナサン・カルメル)氏も同様の見解を示し、カークラフトのバーチャル走行試験によって「最も興味深く有用な情報を得られる」と語っている。

今、何をすべきか

自動運転解除レポートに問題があることは明らかだ。同レポートのデータに依存することは危険であり、走行試験についてAV車開発企業に負のインセンティブを与える場合もある。しかし、これらの問題を乗り越えるために、AV車業界が自主的に取り組めることがある。

  1. バーチャル走行試験を重視して、そこに投資する。信頼性の高いバーチャル走行試験システムを開発・運用するには多額の資金がかかるかもしれないが、より複雑で危険度の高い運転シナリオを数多くテストできるようになれば、商業展開へぐっと近づくチャンスが開ける。
  2. バーチャル走行試験から収集できたデータを共有する。バーチャル走行試験の結果データを自主的に共有すれば、世間が自動運転解除レポートに依存する可能性が下がる。AV車開発企業が、開発の進み具合に関して信頼できるデータを一定期間にわたって一般に公表しない限り、商業展開への準備ができているかどうかを議論することは無意味だろう。
  3. 公道走行試験から最大限の成果を引き出す。AV車開発企業はカリフォルニア州での公道走行試験を続けるべきだが、バーチャル走行試験からは得られない成果を獲得することを目指して公道走行試験を行う必要がある。バーチャル走行試験よりも遅い速度で走行するからこそ発見できることがあるはずだ。レポートで報告する自動運転解除率が高くなるのは仕方がない。また、レポートでは、解除した理由や状況について具体的に説明する必要がある。

上記のような取り組みにより、AV車開発企業は、カリフォルニア州の自動運転解除レポートのデータがもたらす苦悩を和らげつつ、AV車が活躍する未来へと、より速く歩を進めることができる。

関連記事:ミシガン州で自動運転車専用道路を建設へ、ホンダやトヨタ、GM、フォードなども協力

カテゴリー:モビリティ

タグ:自動運転 自動車 コラム

[原文へ]

(翻訳:Dragonfly)

投稿者:

TechCrunch Japan

TechCrunchは2005年にシリコンバレーでスタートし、スタートアップ企業の紹介やインターネットの新しいプロダクトのレビュー、そして業界の重要なニュースを扱うテクノロジーメディアとして成長してきました。現在、米国を始め、欧州、アジア地域のテクノロジー業界の話題をカバーしています。そして、米国では2010年9月に世界的なオンラインメディア企業のAOLの傘下となりその運営が続けられています。 日本では2006年6月から翻訳版となるTechCrunch Japanが産声を上げてスタートしています。その後、日本でのオリジナル記事の投稿やイベントなどを開催しています。なお、TechCrunch Japanも2011年4月1日より米国と同様に米AOLの日本法人AOLオンライン・ジャパンにより運営されています。