【編集部注】執筆者のDennis Mitznerは、Tel Aviv在住でスタートアップやテクノロジートレンドを専門とするライター。
EUの金融市場に対する規制強化の動きは、グローバルに活動するフィンテック企業に新たなチャンスをもたらせた。というのも彼らは、28カ国から構成され、高収益が期待されるEU市場に入り込むため、共通基準の導入を待っていたのだ。過剰規制が経済の成長を抑制してしまう一方、消費者の信頼が必要なフィンテック業界は、規制フレームワークがきちんと定められることで多くを得ることができる。
「フィンテックスタートアップは、製品やマーケティング戦略のほかにも、とても明確な規制対応やコンプライアンスに関する戦略が必要になってきます。透明性の高さやデータインテグリティを支えに、データ駆動型のビジネスを開発しているフィンテック企業は、新しい規制環境から利益を享受することができるでしょう」とストックホルムを拠点とする投資会社、NorthzoneのMarta Sjögrenは語る。
ある地域でビジネスを行うために規制機関から認可を得る必要があるなど、各種の規制は企業にとって参入障壁となることが多い。事業拡大を目指すスタートアップにとっても、コンプライアンスは避けられない問題であり、特に金融システムはリスクを嫌う傾向にある。
「結果的に、フィンテック企業のファウンダーは規制機関と協力しなければならず、さらには回答までの長い期間を考慮に入れ、この長期戦に付き合いつつ成長の手助けをしてくれるような戦略的パートナーをみつける必要があります。フィンテックは短距離走ではなくマラソンのようなビジネスなんです」とFuture Asia VenturesのファウンダーであるFalguni Desaiは、最近の白書の中に書いている。
明確な規制環境を構築するまでにかかる長い期間や、フィンテックスタートアップ、銀行、規制機関の3者間でのやりとりは、消費者にとって安全な環境をつくりだすためにあるのだ。
さらに、融通の利かないことが多い銀行とは対照的に、柔軟なフィンテック企業が提供する価値全体が、より良い金融商品をより安く、より効率的に顧客へ届けることにかかっている。そして、もしもフィンテック企業が旧来の金融サービスを代替しようとしているのであれば、消費者の信頼を勝ち取らなければならない。規制機関の役割はここで必要になるのだ。
「結局のところ、規制対応の目的は消費者の保護と共に、企業と消費者が信頼関係を築いていくことにあります。以前は、銀行がその役割を全て担っていましたが、これからは状況が変わってくるかもしれません」とSjögrenは言う。
近年、EUは新たな規制を多数導入しており、モバイル・インターネット決済基準(PSD2)や銀行の自己資本比率やストレステストに関する任意の規制フレームワーク(バーゼルIII)をはじめ、反マネーロンダリング指令(AMLD)、EU域内でのユーロ電子決済処理方法の標準化イニシアティブ(SEPA)、統一的投資規制(MiFID II)、EU全体での統一的保険規制体制(Solvency II)、会計基準(IFRS)のほかにも、そろそろ施行が予定されている電子請求書指令では、28加盟国に対して2018年11月27日までに、企業と政府・自治体間で行われる取引(B2G)では規定の基準に沿った電子請求書を利用するよう求めている。
もしもフィンテック企業が旧来の金融サービスを代替しようとしているのであれば、消費者の信頼を勝ち取らなければならない。
現時点でのヨーロッパの電子請求書利用率は24%で、2024年までにはこの数字が95%まで増加することが予想されている。その結果、企業は1年あたり全体で約645億ユーロ(720億ドル)の経費を削減できるようになる。
経費削減もさることながら、2008年の金融危機が近年の規制強化に直接の影響を与えている。特にフィンテック企業のような新たなプレイヤーにとって、コンプライアンスは事業継続に欠かせないものであるため、新しい規制環境は天の恵みのようなものだ。
「2008年の金融危機の結果、ヨーロッパ・アメリカの両地域で規制機関が積極的な活動を行っており、新たなプレイヤーにとってのチャンスが生まれていますが、コンプライアンスは絶対的に必要なものです」とSjögrenは話す。なお、彼女の勤めるNorthzoneは、ヘルシンキを拠点とする電子請求プラットフォーム企業のZervantが行った450万ドルの投資ラウンドに最近参加していた。
Sjögrenによれば、昔から存在する金融機関が持つ何世紀分にもおよぶデータによって、静的モデルを通じて資本を守るための保守的なオペレーションモデルが確立されてきた結果、金融業界は旧来のインフラや、実際には機能していないプロセスに縛られてしまっている。これは、リスクを評価するためのリアルタイムなデータ解析とは対照的だ。
「旧来の金融機関は、経済の中心地となることで独占的な地位を獲得したのです」とSjögrenは話す。
PSD2のような規制によって、銀行は将来的に自分たちのシステムをフィンテック企業に公開しなければならず、さらにはAPI関連の規制のおかげでスタートアップは銀行と顧客を仲介する役割を担うことができるようになる。
「フィンテックはみるみるうちに、世界中で様々なビジネス間の結合組織として機能し始めています。散り散りになったシステムやプロセスがつなげ合わされることで効率性が上がるほか、迅速な金融・事業戦略を後押しする仕組みができ、全てのビジネスパートナーが恩恵を受けることができます。このおかげで、ますます競争が激化し不確実性が高まっている市場においても、各企業が経済成長に貢献しつつさらなる成功をおさめることができるようになります」とサプライチェーンファイナンス関連ソフトを開発するTauliaのCEO Cedric Bruは話す。
Zervantのような企業を含めた全てのプレイヤーにとって、新たな規制は参入障壁を下げることにつながる。例えば、電子請求書指令が成功すれば、ヨーロッパ市場が完全電子化の方向へ向かい、他のオンラインベースのソリューションが浸透しやすくなる。
「EUの電子請求書に関する指令は、請求関連分野の電子化を促進することにつながるため、私たちにとってはプラスだと考えています。私たちがコアターゲットとしているスモールビジネスは、この指令に基いて数年のうちに請求ソフトを使用しなければいけなくなります」とZervantの共同ファウンダー兼CEOのMattias Hanssonは話す。
将来の規制フレームワークがどのような形になるかについての共通見解が生まれつつある中、電子化によって、B2B、B2C、B2Gを問わず、フィンテックサービスを提供する全ての企業が活躍できる土壌が生まれようとしている。
「共通基準はビジネスの連携をスピードアップさせる力があるため極めて有益です。サイズや業界を問わず、全ての市場参加者がビジネスの連携によって利益を得ることを可能にする上で、大きな影響力を持つ関連基準やガイドラインを構築しようとしている官民パートナーシップにとっては大きなチャンスがあります」とBruは語る。
多くのフィンテック企業のファウンダーや投資家は、規制の複雑さや曖昧さに対する不安感を示しており、規制過多さえ叫ばれている一方、現在成長期にあるフィンテック業界にとっては、一握りの例外を除いて、規制は少なすぎるよりも多すぎる方がまだ良いのかもしれない。なお、規制サポートネットワークの献身的な活動のおかげで、イギリスはフィンテック界を率いるハブとして機能している。
EUのような規制機関にとっての課題は、過度な規制という官僚的な落とし穴を避け、その代わりにフィンテック企業に対してオープンで先進的なアプローチをとっていくということだ。
[原文へ]
(翻訳:Atsushi Yukutake/ Twitter)