スマホやEVなど電子機器の「熱問題」解決へ、名古屋大発素材ベンチャーのU-MAPが約3億円調達

自社で研究開発した独自素材を用いて電子機器の熱問題の解決に取り組むU-MAPは6月19日、リアルテックファンド、京都大学イノベーションキャピタル、OKBキャピタル、新生銀行、東海東京インベストメントの5社より総額約3億円の資金調達を実施したことを明らかにした。

普段スマホやPCを長時間使っていると、機器が熱くなってパフォーマンスが低下することがある。僕自身ビデオ会議が続いた時などにそういった状況によく陥るけれど、これも電子機器の熱問題の1つだ。他にもEVや通信システム(5G)、データセンターのサーバー、AI・IoT端末など個人向けのデバイスから産業機器まで熱問題が影響を及ぼす領域は幅広い。

機器の発熱はパフォーマンスの低下だけでなく、機器寿命の低下や安全性の低下にも繋がる。EVのバッテリーは適正温度より10度高くなるだけで性能や寿命が50%低下するケースもあると言われるほど。特に産業機器などでは発熱が大規模な障害や事故の原因になったりもする。

だからこそ電子機器を設計する際にはパソコンにおける冷却ファンのように、冷却設備を搭載することで機器の温度が上がりすぎないように工夫されるわけだ。

U-MAP代表取締役社長兼CEOの西谷健治の氏によると冷却設備は大きなエネルギーが必要になるだけでなく、デザインの自由度の低下やコストの増加などいくつか課題もあるそう。ただし今の所は「それでも冷却設備を入れざるを得ないのが現状」だという。

そこで「機器の内部に使われる材料を従来よりも高性能化(高熱伝導化)する」ことで現在課題となっている部分を解決するとともに、熱問題自体をなくしていこうというのがU-MAPのアプローチだ。

西谷氏の話では電子機器の多くは主要な材料としてセラミックスや樹脂が使われている。それらを高性能化するためのカギとなるのが「フィラー」と呼ばれる添加物であり、U-MAPでも独自のフィラーの研究開発に取り組んできた。

コアとなるのは名古屋大学の宇治原研究室の研究成果である繊維状窒化アルミニウム単結晶(Thermalnite : サーマルナイト)だ。U-MAPはThermalniteの社会実装を目指すべく2016年に設立された名古屋大学発のスタートアップで、西谷氏も同研究室の出身。一度別の企業で経験を積んだ後、U-MAPに入社して2018年に代表に就任した。

Thermalniteはセラミックスや樹脂に混ぜ込むことで、これまでにない「高熱伝導+α」の新機能材料を実現できるのが最大の特徴だ。

たとえばセラミックスにThermalniteを添加した「セラミックス複合材料」では、高い熱伝導性に加えて機械強度の向上が見込める。セラミックス複合材料は主に産業用のパワーモジュールや光モジュール、EVの基盤などに使用されるもので、尋常じゃない熱が発生するためそれをいかに逃していけるかが重要だ。

ここでポイントとなるのがセラミックスは特性上「強度が弱い」という弱点を持っていること。そのため基盤を分厚くしなければならないが、分厚くすればするほど熱の逃げ方は悪くなってしまう。要は「熱を逃がすために高い伝導性を持つセラミックスを使っているのに、分厚くするために熱が逃げづらくなっている状況」がこれまでの課題だった。

「Thermalniteを使えば高い熱伝導と同時に高い機械強度も両立できる。たとえばEVであれば放熱性能を高めつつモジュールサイズを小型化し、ボディのデザイン性を高めたり(冷却エネルギーを抑えることで)燃費を向上させたりする効果も見込める」(西谷氏)

樹脂にThermalniteを加えた「樹脂複合材料」の場合であれば、高熱伝導性を維持したまま樹脂の特性を十分に発揮できるようになる。樹脂複合材料はスマホやPC、EV、5G基地局など広い用途で使われるものだが、従来の高放熱樹脂材料は少しでも性能を高めるべく樹脂の中に放熱フィラーを70〜80%以上添加している。それによって生じる問題は樹脂の軽さや柔軟性といった特性が損なわれてしまうことだ。

「Thermalniteの強みは10〜20%の少ない添加量でも従来と同等以上の熱伝導性を実現できること。これまでは熱伝導性を担保するために樹脂の特性などは気にしていられなかったが、添加量を少なくできれば軽さや高い加工性など樹脂の特性も残せる」(西谷氏)

U-MAPの樹脂複合材料は従来とは異なる特性が要求される成形方法での部品製造や、機能性材料のニーズが強い5Gなどの次世代通信、EVなどへの展開が可能だ。

一例をあげると多様なメーカーが5G対応の材料開発に力を入れているが、そこでは電波の透過率(誘電率)が重要な指標になる。誘電率を低くするほど電波が通りやすくなるためメーカー側は誘電率の低い材料を望み、そのニーズに応えるにはフィラーの添加量を抑えることが効果的でU-MAPの素材の特性とマッチするのだという(フィラーを添加するほど誘電率が高くなるため)。

5Gは今後U-MAPがメインターゲットにしていく領域の1つになるが、同社ではそれ以外にも様々な産業での展開にチャレンジしていく方針。すでにThermalniteおよびThermalniteをセラミックスや樹脂に添加したマスターバッチのサンプル販売に取り組んでいて、延べ70社以上の企業に販売している。

今回の調達はThermalniteの量産化を見据えた研究開発体制の強化やアライアンスの強化などが主な目的だ。U-MAPでは今後も名古屋大学とも連携しながらThermalniteを社会に広げていくことで、熱問題の解決を目指すという。

落合陽一氏ら創業のPDTが約38.5億円を調達、大学発技術の“連続的な社会実装”加速へ

ピクシーダストテクノロジーズのボードメンバー。左から取締役CRO星貴之氏、代表取締役COO村上泰一郎氏、代表取締役CEO落合陽一氏、取締役CFO関根喜之氏

「日本のアカデミックの技術が世の中に出ていっていない現状を何とかしたい」

ピクシーダストテクノロジーズ(以下PDT)で代表取締役COOを務める村上泰一郎氏に同社が取り組む課題に対して聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

PDTは筑波大学の准教授やメディアアーティストとしても活動する落合陽一氏(共同創業者で代表取締役CEO)や、東京大学の大学院でバイオマテリアルを専攻した後アクセンチュアで活躍した村上氏を筆頭に、研究畑・ビジネス畑で実績を積んできた人材が集まる“少し異色の大学発ベンチャー”だ。

同社が取り組むのは大学から生み出された様々な研究を、社会に存在する課題の解決手段として「連続的に社会実装する」こと。そのため1つの要素技術をベースに研究開発から製品化までを行うのではなく、音や光、電磁波といった波動制御技術をコアに、複数の技術を並行して扱う。

村上氏の言葉を借りれば「大学で生まれた技術が社会課題の解決に繋がることで、その対価として大学にもしっかりとリターンが入る仕組みを作る」べく、大学発の技術と顧客をブリッジする役割を担っているのがPDTだ。

そんな同社は5月23日、VCや事業会社を含む10社を引受先とした第三者割当増資により、シリーズBラウンドで総額約38.46億円の資金調達を実施したことを明らかにした。

PDTでは3月29日にも商工組合中央金庫上野支店から総額10億円の期限一括償還型の融資契約を締結したことを発表済み。同融資が全額実行された場合には総額で約48.46億円の資金調達となる。

なおシリーズBラウンドの投資家陣は以下の通りだ。

  • INCJ (旧 産業革新機構)
  • SBI AI&Blockchain投資事業有限責任組合
  • 凸版印刷
  • SMBCベンチャーキャピタル4号投資事業有限責任組合
  • 価値共創ベンチャー2号有限責任事業組合
  • みずほ成長支援第3号投資事業有限責任組合
  • KDDI新規事業育成3号投資事業有限責任組合
  • K4Ventures
  • 第一生命保険
  • 電通

PDTでは2017年10月のシリーズAラウンドで6.45億円、2018年3月にブリッジファイナンスで1億円を調達。今回はそれに続く資金調達となり、人材採用とR&Dにより多くの資金を投じることで、大学発技術の社会実装に向けた取り組みを加速させるという。

大学発の技術を連続的に社会実装する

冒頭でも触れた通り、PDTは波動制御技術をコアとした複数の要素技術を磨き上げ、社会に実装するスタートアップだ。扱っている技術はもちろんのこと、それを顧客の課題解決に繋げるまでの仕組みが同社の大きな特徴になるので、まずはその全体像を簡単に紹介したい。

PDTではアイデアを生み出し(リサーチ機能)、育て(技術開発機能)、社会に実装するまでの(事業開発機能)一連の機能を持っている。ただし自社単体で全てを賄っているわけではないということがポイントだ。

同社が特に注力するのは、大学から生み出された技術をしっかりと育てあげ、顧客の課題と繋いでいくこと。一方でアイデアのタネとなる「基礎研究や新技術のリサーチ」は大学が、開発したソフトウェアや試作機の「販売・量産化」は顧客企業が担う。

このようなやり方を選んでいるのは、同社が複数の技術ポートフォリオを抱えているからだ。

複数の技術を扱えば、世の中の課題に対してどの技術が1番フィットしそうかをある程度選ぶこともできる。そうすれば課題にも真摯に向き合いやすく、社会との間に溝ができづらいという。

「大学で技術が生まれて、そのまますぐにどこかの企業で製品化されるということは少ない。大学で研究されている技術は新しい発見や新しい体験といったスタート地点のものが多い。社会実装するにはチャンピオンデータの世界ではなく10回やれば10回上手くいくことを目指して精度を上げる必要があるし、コストの問題や現場とのすり合わせの問題もある」

「現場でやっていて感じるのが、技術開発のレベルを上げていくのはもちろんだけど、どのようなユースケースに対してどんな提供価値をはめていくのかが重要だということ。『このテクノロジーを売る』という発想だと上手くいかないケースも多い」(村上氏)

このように大学発の技術を上手く社会に実装するには、様々なハードルを乗り越えていく必要がある。TLO(技術移転機関)のような機関がその橋渡しをしている事例もあるが、専門部隊を抱えていないような大学が単体で乗り越えていくのは簡単ではない。

本来はもっと世の中を良くできるポテンシャルを持つ技術が、埋もれてしまっていたりもするそうだ。

そこに課題と危機感を感じているからこそ、PDTでは大学の技術を世の中に出して、人々の課題解決に繋げる仕組みにこだわった。「当初から特定のプロダクトの会社ではなく『仕組みの会社にする』ということはメンバーで合意していた」(村上氏)という。

PDTの事業を支える新たな産学連携スキーム

このサイクルをより効果的に回す仕掛けとして、昨年PDTでは筑波大学との間で新しい産学連携スキームを構築した。

同大学内にある落合氏の研究室「デジタルネイチャー研究室」で生まれた知財の100%がPDTに譲渡され、その対価として筑波大学側にはPDTから新株予約権を付与するというものだ。

事前に新株予約権を付与しておくことで、新たな発明が出る度に権利配分の決定やライセンス契約の調整をする必要がなくなり、一連のプロセスを短縮できるようになる。

特に通常の産学連携フローと比べた場合のメリットとして(1)時間や金銭といったリーガルコストを削減できること(2)バリュエーション算出時にプラスに働く可能性があることが挙げられるという。

まずはリーガルコストに関してだ。デジタルネイチャー研究室では年に平均で20前後の新しいネタが生まれてくるため、時間的なコストが重くのしかかってくる。

1個ずつの交渉に早くても1〜2ヶ月、場合によっては数ヶ月かかることもあるそう。初期のスタートアップにとって、数ヶ月のロスは命取りにもなりうる。

もともとPDTと筑波大学では通常の産学連携フローでプロジェクトを進めていたが、この新しい連携スキームに切り替えてから1番変わったのはスピード感だったそうだ。

またPDTのような研究開発型のスタートアップの場合、「知的財産権が自社に単独で帰属していること」がVCなど外部投資家によるバリュエーション算出時にも良い影響を与える可能性があるという。

埋もれてしまう可能性のあった知財の有効活用も

新株予約権を活用した大学との連携は以前から社内でも検討していたそう。2017年8月には文部科学省が「国立大学が大学発ベンチャーを含む企業の株式や新株予約権を“一定期間”保有できるようにする」旨の通知を出したことで、実現に向けてより進めやすい状況になった。

PDT側のメリットは上述した通りだが、大学としても新株予約権を持つスタートアップ(今回の場合はPDT)が成長して時価総額が上がるほど、保有する資産も増えることになる。「スタンフォードなど、海外の大学では前例のあること」(落合氏)であり、国内でも実現できそうなイメージがあったという。

2017年12月にPDTは筑波大学と特別共同研究事業を開始し、同大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設置することを発表。落合氏は筑波大助教を退職して同基盤に准教授として改めて着任した。

そのような経緯で筑波大学との間で現在の産学連携スキームを構築したPDTだが、現在は他の大学ともアカデミア発の研究を社会実装までもっていく取り組みができないか話を進めているそう。この仕組みが広がればスタートアップのR&Dのやり方や、大学が保有する技術の活かし方にも新しい可能性が生まれるという。

「大学としては死蔵してしまう可能性のあった知財を有効活用することができる」(落合氏)一方で、スタートアップ側もリソースが限られる中で自前でR&Dを行うのではなく、豊富なリソースを持つ“研究の専門機関”である大学の知財を包括的に利用できる。

結果的にスタートアップの時価総額が上がれば、大学にもリターンが入り研究の予算を増やすことにも繋がる。

「自社がこのスキームを使って事業を成長させていくことは大事だが、それによってこのスキームを活用するベンチャーが出てくれば、日本の大学の技術がもっと世の中に実装されることになるので、この波がもっと広がってほしい。もちろんその中で『アカデミック発の技術を社会実装していく企業と言えばPDTだよね』というポジションはしっかり確立していきたい」(村上氏)

波動制御技術をコアに聴覚・視覚・触覚にアプローチ

さて、このようにしてデジタルネイチャー研究室からPDTに連続的に入ってくる技術のタネにはどのようなものがあるのだろうか。

たとえば社名にもなっている「Pixie Dust(ピクシーダスト)」は超音波の空間分布を制御することで、直接触れることなく物体を空中に浮かせて3次元的に動かせる技術だ。

動画にあるビーズのようなものだけでなく液体や部品のようなものも対象になるため、たとえばバイオやケミカルの実験、電子部品や金属部品の搬送などに活用できる余地があるという。

聴覚へアプローチするものとしては「Holographic Whisper」という名の、超⾳波の焦点をつくることで何もない空中から⾳を発⽣させる⾳響技術がおもしろい。

これは特定の位置にだけ強く音を届けられる技術で、たとえば看板の前にいる人にだけ商品の情報を音声で提供したり、美術館や博物館で展示品の前にいる人にだけ解説を紹介したりといったことが可能。従来の超指向性スピーカーのように直線上に⽴っている⼈間すべてに聞こえてしまうのではなく、距離まで調整できる。

タクシーの業務無線をドライバーにだけ聞こえるようにする、カーナビのガイドを運転席にだけ聞こえるようにするといった使い方もありえるそうだ。

プラズマ発光を利⽤して、スクリーンを用いることなく空中に映像を描画できる「Fairy Lights」なんて技術もある。空中に映し出された映像は見て楽しむだけでなく、実際に手で触れることも可能。その際にはしっかりと触覚のフィードバックがあるそうだ。

空中がディスプレイとなってそこに色々な情報が映し出され、コミュニケーションが行われる未来もそう遠くないのかもしれない。

こうして大学から生み出された要素技術がPDTの元へ次々と届き、社内でブラッシュアップされた後に顧客とのコラボレーションによって社会へと実装されていく。その形式は「プロダクトディプロイ型事業」と「空間開発型事業」という2パターンにわかれる。

前者はPDTのコア技術を使って企業と新しいプロダクトやサービスを共同開発し、それが製品として実装された際には収益の一部をライセンス料金として受け取るモデル。PDTの技術が入った製品が売れた場合、その都度一定の対価がPDTに支払われる仕組みだ。

後者の空間開発型事業は共同でソリューションを開発するタイプのもの。現場の課題抽出から取り組み、自社の波動制御技術を用いながら現場の体験向上を実現していく。

また同社とは別のビークルとして立ち上げられたクロスダイバーシティで立ち上げている自動運転車椅子も、PDTの技術を用いて開発したもの。これについてはかなり課題ドリブンの色が強く、介護施設に出向いて対話を重ねながら製品化を進めていっているという。

リサーチ機能の拡充へ人材採用とR&Dインフラに投資

前回のシリーズAラウンドから約1年半。落合氏によると事業面と組織体制の双方で大きな変化があったと言う。

現時点ではまだ世に出ている製品はないが、要素技術の数やパイプラインの数は増加(パイプラインは現在30〜40社とのこと)。最初に社会実装されるテーマの目処も立っているそうで、どうやら超音波に関する技術からのスタートになりそうだ。

また会社としても前回は数名だった社員数が30名近くにまで増えた。研究サイドでは落合氏や、波動制御技術の専門家で東京大学助教を経てPDTの創業に携わった星貴之氏(取締役CRO / 共同創業者)を中心に、若い人材から60代のベテラン研究者まで多様な人材が集う。

一方のビジネスサイドにも村上氏を始め、東大発バイオベンチャーのペプチドリームで取締役経営管理部長を勤めていた関根喜之氏(取締役CFO)など経験豊富なメンバーが加わった。

今回のシリーズBは第三者割当増資だけで40億円近く、融資も含めると50億円近くの資金調達になるが、その主な目的は人材採用とR&D基盤の強化だ。

「自分たちはお客さんにResearch as a Serviceを提供しているので、リサーチ能力を上げること、研究開発基盤を拡充させることが会社のパワーを上げることにも直に効いてくる。本気で人材とR&Dインフラに投資をしていく。個人としても研究により多くの時間を使い、新しいタネ出しに力を入れていきたい」(落合氏)

京大発の“大気計測技術”でドローンの安全運航を支援、メトロウェザーが2.2億円を調達

日本郵便が11月7日から福島の一部地域で始めた“ドローンによる郵便局間輸送”が、国内初の目視外飛行ということもあり話題を呼んだ。

近年、物流を始めインフラ点検や測量、農業など人手不足が深刻化する業界においてドローンが注目を集めている。日本郵便のケースでは約9km離れた郵便局間を2kg以内の荷物を積んだドローンが行き来するというものだけれど、従来は人が担っていた役割をドローンと分担する事例が徐々に増えていきそうだ。

このように今後様々な領域でドローンが活躍していくことを見据えた際、大前提となるのが「ドローンが安全に運航できる」こと。特にドローンが飛行する地上付近は風の影響を強く受けるため、その状況を高精度に観測する技術が欠かせない。

今回紹介するメトロウェザーは、まさに京都大学の研究をベースとした大気計測装置によってドローンの安全運航を支えようとしているスタートアップだ。

同社は11月19日、Drone Fund、リアルテックファンド、個人投資家を割当先とする第三者割当増資とNEDOからの助成金により、総額で2.2億円を調達したことを明らかにした。

通り1本ごとの風の乱れも測定する技術

メトロウェザーは2015年の設立。京都大学で気象レーダーを用いた乱気流の検出・予測技術の研究開発などを行なっていた代表取締役CEOの東邦昭氏と、京都大学生存圏研究所助教の古本淳一氏が2人で立ち上げた。

現在同社ではリモート・センシング技術と信号処理技術を基に、上空や海上における風の情報を高精度に測定する独自のドップラー・ライダーを開発している。

ドップラー・ライダーとは光を使って大気を測るシステムだ。具体的にはレーザー光を大気中に発射。その光がPM2.5などの微粒子に当たりドップラー・シフトして返ってくる(反射してくる)ものを受信し、風の情報に焼き直す。微粒子は風に乗って動いているため、ドップラー・シフトを見ることで風の動きもわかる仕組みだ。

東氏によると気象学においては高層大気の研究が比較的進んでいる一方で、ドローンが飛ぶような低層大気においては未解明な部分が多かったのだという。これは「低いところの方が建物や橋など障害物の影響を受けやすく難易度が高いから」で、難しいからこそ低層大気の状況を測定できる技術にはニーズがある。

たとえばゲリラ豪雨の予測など都市の防災や洋上風力発電事業を検討する際の風況観測、航空機の安全運航などいろいろな用途で使えるそう。ドローンもその一例だ。ドップラー・ライダーはビルの影や橋のたもとなど至る所で発生している風の乱れを測れるため、ドローンの安全運航をサポートするシステムにもなりうる。

ここで付け加えておくと、何もドップラー・ライダー自体は新しい技術というわけではない。すでに製品化されているものだ。ただし古本氏が「価格が高く、1台で約1億円するものもある」と話すようにコスト面がネックになっていたことに加え、サイズもより小型化できる余地があった。

「自分たちはライダーをばら撒きたいと考えている。そのためには価格を数百万円までに抑え、ビルの屋上に置けるようなコンパクトなものを作らなければならない」(東氏)

特にドローンとの関係においては、この“ばら撒く”というのが大きなポイントになるそう。たとえば都市部の複数のビルに、複数のライダーを設置することで「通り1本ごとの風の乱れまで細かく把握できるようになる」(古本氏)からだ。

出発点は野球場1個分の大型レーダーから

この点については今回Drone Fund代表パートナーの大前創希氏にも話を聞けたのだけれど、やはり低空領域の気象状況を高い解像度で、かつ即時に測定できることが重要なのだという。

「都市部で高層ビルの間をドローンが飛べるようにするには、そもそも高層ビルの間の気象状況を細かく把握できないとどうにもならない。そのためにはライダーを1台置けばいいというものではなく、複数台設置していくことが必要だ。1億円のライダーをポンポン設置するのはハードルが高いが、数百万円なら可能。だからこそ価格を下げられる技術を持ったチームであることが重要になる」(大前氏)

メトロウェザーの強みはかねてから研究を重ねてきた信号処理技術にある。もともとレーダーを用いてノイズだらけの状態から有益なデータを取得する研究をしてきたため“ノイズを取り除く技術”が高い。結果として弱いレーザーからもしっかりとしたデータがとれるので、低価格や小型化も実現できうるのだという。

ここに至るまでの歴史を紐解くと、メトロウェザーのチームはものすごく大きなレーダーの施設からデータを収集しつつ、どんどんサイズを小さくしていった経緯があるそう。東氏曰く「出発点は野球場1個分の大型レーダー」から。古本氏がコアとなっている技術の研究を始めたのは約20年前、東氏がポスドクとして古本氏の研究室に加わってからでも約10年が経つ。

今はレーダーからライダーに変わってはいるものの、長年の研究で培った技術やノウハウは変わらず活かされている。

ゆくゆくはライダーを作る会社から、データを扱う会社へ

左からDrone Fund最高公共政策責任者の高橋伸太郎氏、 Drone Fund代表パートナーの千葉功太郎氏、メトロウェザー 代表取締役CEOの東邦昭氏、 同社取締役の古本淳一氏、リアルテックファンドの木下太郎氏

同社のプロダクトは日常生活において多くの人が直接触れるようなものではないけれど、ドローンが安全に飛ぶためのインフラとして重要な役割を担う。Drone Fundで最高公共政策責任者を務める高橋伸太郎氏も「今後ドローンが社会的な課題解決ツールとしていろいろな場面で活用されていく中で、気象状況を把握できる技術は絶対になくてはならない存在」だと話す。

「レベル3、4の物流や広域災害調査を実現する上では『いかに気象状況を把握して安全なフライトプランを立てられるか』が重要だ(レベル3は無人地帯での、レベル4は有人地帯での目視外飛行)。そういった所でメトロウェザーの情報が必要になる。さらに先の未来の話をすると、空飛ぶクルマが人を運ぶようなエアモビリティ社会においても、低高度における天気の情報は不可欠だ」(高橋氏)

メトロウェザーでは、今年から来年にかけてまず洋上風力発電領域での利用を見据えたハイスペックなドップラー・ライダーを提供していく計画。並行して、調達した資金を基に小型の試作機作りにも取り組む。

将来的に製品化が進んだ先には「ドローンの飛ぶところを一網打尽にしたい。データを網羅的に確保してドローンが安全に飛べて、堕ちない社会の実現を目指していく」(古本氏)方針だ。

「(ライダーをばら巻くことができたら)メトロウェザーはライダーを作る会社から、だんだんとデータを扱う会社に変わっていき、データビジネスを展開するようになると考えている。たとえばドローンを運航する人に対してリアルタイムに風の情報を提供したり、ドローンの管制をする人にも同じような場を提供したり。今までは測定が難しかった低層領域の風のデータを扱うことで、ドローン前提社会に貢献していきたい」(東氏)

東大発の技術で太陽光パネルの異常検知を自動化、ヒラソル・エナジーが数千万円を調達

太陽光IoTプラットフォームを開発する東大発ベンチャーのヒラソル・エナジーは12月1日、ANRIおよびpopIn代表取締役CEOの程涛氏、同社CFOの田坂創氏から総額で数千万円の資金調達を実施したことを明らかにした(popInは2008年創業の東大発ベンチャー。2015年にバイドゥが買収している)。

ヒラソル・エナジーが開発するのは独自の電力線通信技術を活用した、太陽光発電所向けのIoTプラットフォーム「PPLC-PV」。発電モジュール(「パネル」という名称の方がなじみがあるかもしれない)にとりつけたセンサーからデータを収集し解析することで、遠隔からモジュールの異常を自動で検知できることが特徴だ。

2016年に東京大学准教授の落合秀也氏が発明した通信技術を実用化する形でプロジェクトをスタート。2017年2月に東京大学産学協創推進本部の元特任研究員である李旻氏、情報理工学研究科の池上洋行博士がヒラソル・エナジーを創業し、李氏が代表取締役を務めている。同年3月には東京大学協創プラットフォーム開発の支援先にも選ばれている。

業界の課題である「発電量の保守維持」を効率的に

世界的にみて現在盛り上がってきている太陽光発電産業。基本的には金融アセットとして投資をしている人が多く、発電した電力を売ることで約20年かけて回収する。そのため投資回収においては、長期的に安定して売電収益をあげていくことが大前提だ。

そこで欠かせないのが発電量の保守維持。特にモジュール1枚が劣化するだけで全体の発電効率に影響を及ぼすため、いかにモジュールの状態を正確に把握するかがポイントとなる。

李氏によると「日本製のパネルでは7年で23%のパネルに深刻な劣化が生じ、個々の発電量が2〜4割低下している」というデータもあるそう。これは小規模な調査のためあくまで参考レベルにはなるが、たとえば100枚のパネルがあればそのうち23枚は劣化が生じていることになる。

すでに太陽光発電所向けのIoTプラットフォーム自体はいくつかの企業が手がけているものの、どれもストリング(複数のモジュールを直列に接続したもの)単位でしか異常を検知することができず、改善の余地があった。そこに独自の技術で切り込んでいるのがヒラソル・エナジーだ。

太陽光発電所のレイアウト

「これまでモジュール1枚1枚の状態を観られる技術はなかった。ストリングごとでしか異常が検知できなければ、最終的には現地へ人を派遣して、どのモジュールで異常が発生しているかを特定する必要がある。PPLC-PVの場合は異常が発生しているモジュールを自動で検知できるのが特徴」(李氏)

PPLC-PVでは各モジュールに外付できるセンサーを設置し、モジュールの稼働データを収集。そのデータを解析して異常点を自動で検知する。それを可能にしているのが、ノイズ耐性に強い独自の電力線通信技術だ。

もちろんモジュール1枚1枚にセンサーを設置するのにコストはかかるが、従来の方法では部分的に異常を検知したあとは人力で対応する必要があり、そこに多額のコストがかかっていた。

李氏によると顧客として見込んでいるのは、50キロワットから数メガワット規模の商業用発電所を大量に管理しているような事業者。そのような企業には「全国に点在する発電所の管理に困っている」「人件費を主とした異常発生時の検査コストを抑えたい」というニーズがあり、PPLC-PVの概念にも興味を持つことが多いそうだ。

保守維持の分野から産業をリードするチャレンジを

ヒラソル・エナジーのチームメンバー。左から3人目が代表取締役の李旻氏、左から4人目がANRIの鮫島昌弘氏

2016年の時点で、日本国内の太陽光発電所の導入量は累積で42.8ギガワット。これはモジュールに換算すると約1.6億枚になる。PPLC-PVの顧客となるような企業は日本国内だけでも約200〜400社は存在し、数千億円の市場規模を見込んでいるという。

海外にも目を向けると、現時点で日本の約6倍ほどの規模がありすでに世界に存在するモジュールは10億枚ほど。今後市場はさらに拡大することが見込まれる。関連企業のエグジットの事例もでてきていて、2014年にアメリカの大手パネルメーカーのFirst Solarが保守維持事業を手がけるドイツのskytron-energyを買収。2015年には独自技術で発電量の最大化に取り組むイスラエル発のSolarEdgeがNASDAQに上場した例がある。

「PPLC-PVも正しく製品化を進めることができれば、太陽光発電産業をさらに持続可能なものにできる可能性がある。日本はかつて部材事業でこの産業をけん引していた。今度は保守維持の分野から再び世界をリードしていけるチャンスがある」(李氏)

今回李氏の話で興味深かったのが、保守維持事業を進めるにあたって日本は今いい環境にあるということ。李氏によると日本には運営30年になる発電所など古いものも多く残っていて、これは世界的にみても珍しいそうだ。保守維持の課題は運営開始から数年たって直面することも多いため、新しい発電所が多い海外よりもチャンスがあるという。

合わせて日本はFIT価格が比較的高く(固定価格買取制度で決められた買取価格のこと。中国の3倍ほどだという)、かつ人件費も高いため自動化のニーズが大きいというのが李氏の見立てだ。なんでも世界の発電所のアーキテクチャは約9割が同じだそうで、日本でいいソリューションを開発できれば、世界のほとんどのところに展開できる可能性もある。

今回ヒラソル・エナジーに出資したANRIの鮫島昌弘氏も「大きなペインポイントとそれを解決できる技術があり、かつ市場が大きくグローバル展開も見込めるプロダクト、チームである」ことが決め手になったという(ANRIはシードに加えてハイテク領域のスタートアップを対象にした3号ファンドを8月に立ち上げ、北大発のメディカルフォトニクスなどにも出資している)。

ヒラソル・エナジーでは取得したデータを用いた発電量の価値評価や発電所向けの保険、モジュールのリサイクルといった事業展開も将来的に検討していくが、当面は保守維持の分野に注力していく。