「生きた細胞の中」を覗ける超解像蛍光顕微鏡を活用する創薬プログラムEikon Therapeuticsが約598億円調達

Lux Capital(ラックス・キャピタル)のパートナーであるAdam Goulburn(アダム・ゴールバーン)氏は、Eikon Therapeutics(エイコン・セラピューティクス)が行った超顕微鏡による薬の開発を説明するピッチで、創業者のEric Betzig(エリック・ベッツィヒ)氏の「生きている生命を見ないで、どうしてそれを理解できるでしょうか?」というシンプルな問いかけに最初に感銘を受けた。

「それはとてもシンプルな言葉でしたが、私にとっては興味を掻き立てられるものでした」とゴールバーン氏はTechCrunchに語った。

細胞内の環境は絶え間なく動いている。タンパク質はねじれたり、回転したり、移動したりしている。しかしこの環境は、どのような顕微鏡下であっても、不可視であり続けてきた。

それは、科学者であるエリック・ベッツィヒ氏、Stefan W. Hell(シュテファン・W・ヘル)氏、William E. Moerner(ウィリアム・E・モーナー)氏の3氏が、生きた細胞の中の「ナノ領域を覗く」ことを可能にする技術を開発するまでの話である。この偉業によって、チームは2014年にノーベル化学賞を受賞した。具体的にいえば、ベッツィヒ氏は超解像蛍光顕微鏡を初めて開発した人物であり、この顕微鏡によって単一分子の動きの詳細な観察が可能になったのである。

生細胞内でのタンパク質の動き(画像クレジット:Eikon Therapeutics)

このイノベーションが、2019年の創業以来資金調達を続けてきたスタートアップの基盤となっている。ベッツィヒ氏が共同設立したEikon Therapeuticsは、超解像蛍光顕微鏡と、このような高性能顕微鏡によって収集されるデータ、そして新薬開発のためのその他数多くのツールの使用を計画しているバイオ医薬品企業である。

米国時間1月6日、同社は5億1780万ドル(約598億円)のシリーズBラウンドを発表した。これは2021年5月に発表された1億4800万ドル(約171億円)のシリーズAに続くものであり、これで同社の調達総額は6億6800万ドル(約771億円)を超えることになる。

シリーズBラウンドの新規投資家には、T. Rowe Price Associates(ティー・ロウ・プライス・アソシエイツ)の助言を受けたファンドとアカウント、Canada Pension Plan Investment Board(カナダ年金制度投資委員会、CPP Investments[CPPインベストメンツ])、EcoR1 Capital(エコアールワン・キャピタル)、UC Investments(UCインベストメンツ、Office of the Chief Investment Officer of the Regents of the University of California[カリフォルニア大学理事会最高投資責任者室])、Abu Dhabi Investment Authority(アブダビ投資庁、ADIA)の100%子会社、Stepstone Group(ステップストーン・グループ)、Soros Capital(ソロス・キャピタル)、Schroders Capital(シュローダー・キャピタル)、Harel Insurance(ハレル・インシュアランス)、General Catalyst(ジェネラル・カタリスト)、E15 VC(イーフィフティーンVC)、Hartford HealthCare Endowment(ハートフォード・ヘルスケア・エンダウメント)、AME Cloud Ventures(アメ・クラウド・ベンチャーズ)などが名を連ねている。

Column Group(コラム・グループ)、Foresite Capital(フォレサイト・キャピタル)、Innovation Endeavors(イノベーション・エンデバー)、Horizons Ventures(ホライゾン・ベンチャーズ)、Lux CapitalはいずれもシリーズAラウンドの投資家であり、シリーズBに再び参加する。

「多くの人がプロプライエタリ技術という言葉を盛んに使用していますが、私の見解では、Eikonが持っているものはまさにプロプライエタリです」とゴールバーン氏は語っている。「それが新しい生物学の発見において独自のアドバンテージをもたらす力を持つことを、私たちは確実に認識しています」。

超解像顕微鏡法が大きな生物学的ポテンシャルを秘めていることは疑う余地はないが、薬剤開発への応用はどのようになされるのであろうか。

これについての1つの考え方は、タンパク質が細胞内で大部分の働きをしていることを思い起こすことである。例えば、タンパク質はシグナルを送ったり、化学反応を行ったり、より小さな分子を全身に輸送したりするのに役立っている。私たちは薬を服用するとき、その多忙なワークフォースに別のコンポーネントを導入して、それが特定のターゲットに結合し、体内ですでに起きている事象(おそらく問題を引き起こしている)を変化させることを期待する。

超解像顕微鏡のようなツールを使えば、他の種類の実験によって何が起きるかを推測するのではなく、生きた細胞に薬が導入されたときに何が起きているかを正確に知ることができる。さらには、これまで見えなかった新たなターゲットが明らかになるかもしれない。

「このように超高解像度の、細胞の中を覗くことができる単一粒子追跡顕微鏡を私たちは有しています」とゴールバーン氏は説明する。「このツールを軸に、ウェルに何百万もの細胞を加え、さらに何百万ものウェルを追加し、そのウェルに何百万もの薬のような化合物を加えることを想定すれば、生きているという意味での大規模な創薬研究に向かうことが期待できるでしょう」。

その一方で、Eikonの目下のフォーカスは、自社の創薬プラットフォームの「工業化」に置かれている。この詳細なタンパク質データを新薬の製造や既存薬のより良い理解に役立てるための、プロセスやツールの開発を進めている。

このプロセスは、業界でも指折りの人物である、Merck Research Laboratories(メルク・リサーチ・ラボラトリーズ)の元プレジデントで2020年にMerckからの引退を発表したRoger Perlmutter(ロジャー・パールムッター)氏によって監督されている。だが今回の最新資金調達ラウンドで、同社はさらに6人の経営幹部レベルの人材を迎え入れた。

最高科学責任者にRecursion Pharmaceuticals(リカージョン・ファーマシューティカルズ)で生物学担当VPを務めていたDaniel Anderson(ダニエル・アンダーソン)氏、最高技術責任者にPacific Biosciences(パシフィック・バイオサイエンシズ)の元エンジニアリング担当VPであるRuss Berman(ラス・バーマン)氏が就任する。最高財務責任者にはVeracyte(ベラサイト)でコーポレートおよびビジネス開発担当VPを務めていたAlfred Fredddie Bowie, Jr.(アルフレッド・フレディ・ボウイ・ジュニア)氏、最高人事責任者兼エグゼクティブバイスプレジデントにはPliant Therapeutics(プライアント・セラピューティクス)の元最高人事責任者であるBarbara Howes (バーバラ・ハウズ)氏を迎える。最高情報責任者としてPACT Pharma(パクト・ファーマ)の元最高情報責任者であるAshish Kheterpal(アシシュ・ケターパル)氏、ゼネラルカウンセルおよび最高ビジネス責任者としてMerck Research Laboratoriesでシニアバイスプレジデント兼BD&Lヘッドを務めたBen Thorner(ベン・ソーナー)氏が加わる。

ゴールバーン氏は、Eikonの技術はすでに工業化の準備が整っているという見方を示している。T. Rowe Priceの投資アナリストであるJohn Hall(ジョン・ホール)氏もプレスリリースの中で、Eikonの研究がすでに「タンパク質の動的挙動に関する大量の定量的情報を生み出している」ことに言及している。

「私の見るところ、現時点で工業化されています」とゴールバーン氏。「私たちは24時間年中無休で薬剤スクリーニングを行うことを考えています。それは私の心の中にある未来のバイオファクトリーです」。

同社は4つの匿名ターゲットプログラムを推進しており、パートナーは非公表の1社となっているが、ゴールバーン氏は、これらのプログラムがどのように進行しているのか具体的には明らかにしなかった。

この最新の資金調達ラウンドで、同社は100人のチーム(理想的には2倍の規模を想定しているとゴールバーン氏は述べている)を成長させ、プラットフォームの開発を加速し、すでに動きを見せている創薬プログラムの進歩を目指していく。

画像クレジット:Eikon Therapeutics

原文へ

(文:Emma Betuel、翻訳:Dragonfly)

細胞データの「新たなレイヤー」を発見、プロテオーム解析用機器のIsoPlexisがIPO

細胞の周辺におけるタンパク質の活動を調べるツールを開発するIsoPlexisの株式が、米国時間10月8日からマーケットに出回った。同社はこのIPOで1億2500万ドル(約140億円)の調達を狙っており、資金で同社技術の商用化のためのチームを作り、精密医療の創造において重要な役割を果たすという同社の計画を進めようとしている。

IsoPlexisは2013年に創業した、薬学の研究でラボに出入りしているようなタイプの企業だ。同社は主に、シングルセルのプロテオーム解析(タンパク質とそれらの相互作用の研究)に力を入れてきた。同社は主に、免疫細胞や腫瘍細胞などの細胞が分泌するタンパク質を分析する機器やソフトウェアを開発してきている。

それらの機器を使うと、多種類のタンパク質を放出する細胞を見つけることができる。そのデータセットを利用して、新しい治療法を開発したり、既存の治療法への人間の反応を理解することができる。

CEOで共同創業者のSean Mackay氏(ショーン・マッケイ)氏は「私たちが発明した機器は、体中の、私たちがスーパーヒーロー呼んでいる細胞を見つけ出します。その細胞の小さな部分集合には、今日の既存の技術では見つけられない大量の活動があります」と説明する。

マッケイ氏によると、市場には2021年の前半で約150のIsoPlexisの装置が出回っており、顧客の中には15社の世界的大手の製薬企業がいる。またIPOのためにSECに提出した文書によると、米国の総合がんセンターの約半分に同社の機器がある。

IsoPlexisは過去にも、著名な投資家たちから相当な額の資金を調達している。

Crunchbaseによると、同社はIPOの前までに2億550万ドル(約231億円)の資金を調達している。至近のシリーズDでは、総額1億3500万ドル(約151億円)を調達した(約8500万ドル[約95億円]がエクイティー証券、5000万ドル[約56億円]が借入金)。そしてこのラウンドにはPerceptive AdvisorsやAlly Bridge Group、そしてBlackRockが管理する「ファンドと信用口座」が参加している。

本日の初値は約15ドルだったが、本稿を書いている時点では約12ドルに落ちた。

IsoPlexisの特徴は、プロテオーム解析とシングルセル生物学を利用して、細胞の機能を患者の状態に結びつけた初めての企業であることだ。言い換えると同社は、個々の細胞とタンパク質の相互作用を調べて、がん患者のような人がどれだけ良くなるかを知ることのできる、最初の企業に属している。

IsoPlexisの機器がそのために使われたことを示すエビデンスも公表されている。特にそれは、がんの治療に関するものだ。

例えばNature Medicineに2021年に掲載された論文では、IsoPlexisの機器を使って、リンパ腫の患者の免疫細胞の活動を調べている。これらの患者には、治療に抵抗するがんや、軽快後に再発したがんがあった。特に彼らは、CAR-T細胞療法を受けていた。それは、遺伝子を変えた免疫細胞を患者に注入する治療法で、がん細胞の標的化を助ける。その研究では、CAR-T細胞によるサイトカイン(細胞の信号送受に関わるタンパク質)の生産がCAR-T細胞の効果を示す指標であることがわかった。

そこでもIsoPlexisのデバイスが、CAR-T細胞の効果を示す信号を明らかにした。

「それは、私たちが見つけた特定の細胞が、患者における長期的な反応の指標になるということです。さまざまながんでの調査を公表していますが、患者にそういうタイプのユニークな免疫細胞があれば、これらは私たちがスーパーヒーローとして見つける細胞であり、患者に長期的にその結果があることがわかります」とマッケイ氏はいう。

細胞に関心がある人にとっては、IsoPlexisの技術が、細胞を蛍光色で染色して観察や計測をする、すでに確立した方法であるフローサイトメトリーに似ていると思えただろう。フローサイトメトリーの世界には、Thermo Fisher Scientificのような大企業もすでにいる。

しかしIsoPlexisは、まったく新しい情報のレイヤーを提供するとマッケイ氏は主張する。それは主に、フローサイトメトリーにはないタンパク質の情報だ。同社は、デバイスが個々の細胞のタンパク質の活動をバーコードで表す発明をライセンスした。そのコードを、IsoCodeと呼んでいる。Nature Reviews Chemistryに掲載された論文では、何千もの細胞のいろいろなタンパク質を一度で分析できるバーコードは便利さを主張している。しかも、細胞そのものは他の実験に使える。ただしこの方法で捉えられるのは今のところ、プロテオームの活動全体のごく一部だ。

マッケイ氏は「その新しいレイヤーのデータは個々の細胞に関して、現在、市場にある技術で得られるものと非常に異なっている」と付け加えた。

しかしそれでも、同社はまだ利益が出ていない。SECの文書によると、損失は過去数年間続いている。売上が750万ドル(約8億4000万円)だった2019年と1040万ドル(約11億6000万円)の2020年は損失がそれぞれ約1360万ドル(約15億3000万円)と2330万ドル(約26億1000万円)だった。

今後の成長への道は、もっと多くの機器をもっと多くの研究者の手に渡すことだ。

「私たちの目標は、現在と同じタイプのお客様を、より深く拡大しながら、速いペースで前進し続けることです。それはまさにコマーシャルチームを構築し続けることが必要です」とマッケイ氏はいう。

画像クレジット:IsoPlexis

原文へ

(文:Emma Betuel、翻訳:Hiroshi Iwatani)