先進国の外にいる、次なる10億人のユーザーはどこで何を求めるのか?

起業家やハイテク企業の幹部たちは、次なる成長の源を求めて先進国の外に視野を広げている。安価なスマートフォンが普及し、インドのJioのような安い利用プランが登場したことで、新たに10億人のユーザーがインターネットに加わった。しかし、彼らは何を求めているのだろう。彼らは、以前からのインターネットユーザーと同じなのか、違うのか?

それが、Payal Arora(パヤル・アローラ)氏の著書「The Next Billion Users: Digital Beyond the West」(次なる10億人のユーザー:欧米の外のデジタル)の核心となるテーマだ。簡潔な論文だが、欧米のハイテク企業の創設者や非営利団体の役員たちが世界の貧しい人たちを誤解している点や、彼らがインターネットに求めている本当のものを表すエピソードを数多く集めた、論議を呼びそうな内容になっている。

「倫理感を捨てて現実に向き合いましょう」とアローラ氏はTechCrunchのインタビューに応えて言った。「地上の俗世を讃えましょう」というのが、20年以上も世界の貧困問題に取り組み、テクノロジー、ソーシャルメディア、起業の問題と関わってきた彼女の総括だ。

現在はオランダのエラスムス・ロッテルダム大学で教授を務める彼女は、世界で貧困にあえぐ人たちの本当の姿を見えにくくしている話に異論を唱えている。「今日の世界的な貧困層は、いくつもの型にはめられています。空白の石版、犯罪者、はみ出し者、善良な人、起業家、まとめ役、被害者などなど。それは、この膨大な数の貧困層を神秘化しようとする策略の証です」

TechCrunchとの話の中で、彼女はこう話していた。「(インターネットは)基本的に、常に進歩しているプロジェクトです。そしてそれは、利用者によって常に形作られます」

世界の貧困層は「遊びたい」のが現実

「異国的」などではない。貧困層のユーザーが求めるものの多くは、欧米で使われているものと一致する。娯楽、教育、それにロマンス。事実、欧米の主要メーカーが考えている次なるユーザーが求めるものと、実際に当事者たちが求めているものとの間には大きな認識の開きがある。若者(人口統計データによれば、この新しい市場の新しいユーザーの大半は若者が占めている)がデジタル機器を手に入れると、まず行うのが音楽を聴くことと、Facebookなどのソーシャルメディアでの会話だ。

テクノロジーが世界各地で拡大する本当の理由は、必要性にはなく、楽しみたいという欲求にある。「JioからFacebookまで、すべての試みに共通するものが少なくともひとつ存在する。この新しいテクノロジーを受け入れたくなる動機付けに、彼らは遊びとしての使い方を推奨しているのだ」と彼女は書いている。

彼女は、この新しいデジタル機器に関して、「遊び」という考え方の重要性と課題を強調している。彼女はこう書いている。「ジュガール、つまり『質素なイノベーション』の概念が蔓延している。少ないものから、いかにして多くを得るかというゲームだ」。インドなどの地域で見られる草の根のイノベーションは、遊びの建設的な形だ。自分たちのテクノロジーをリミックスして要求に応える」。

しかし、欧米企業の役員にとっては、イノベーションは必ずしも好ましいものではない。欧米の高価なメディアに料金を払えるだけの資産がないために、途上国では海賊版が横行する。「海賊版商品によってデジタルの娯楽市場を作り出す貧困層の創意工夫を正当化すれば、その代償として、欧米のメディア産業のビジネスモデルの中核が破壊される」

この新興市場ではプライバシーはさらに複雑な問題

欧米では、毎日のように情報流出やプライバシー侵害の問題がニュースになっている。欧州連合では、GDPR(一般データ保護規則)によって、ユーザーのプライバシー保護のための世界でもっとも広範な政策が議会を通過し、Facebookなどのプラットフォームのプライバシー問題は、シリコンバレーの政策立案者の間でも、日々の一番熱い話題になっている。

しかしAroraは、世界の貧困層のためのプライバシーには、もっと複雑な事情があると見ている。貧困層のユーザーにとって「プライバシーは、それほど大きな問題ではありません。それは、彼らがプライバシーを気にしていないからではなく、プライバシーが確保されない環境であるからでもありません。(中略)実際は、彼らの現実的な生活との関係において、それはもっとずっと個人的なものだからです」と彼女は言う。著書の中では、彼女はこう書いている。「必要とあれば、彼らは巧みに身を隠す。また必要とあらば活発な探求者となる。とくにインターネットで楽しみを得たいときだ」

新しいユーザーは、厳格に保守的で、男女で仕切られた社会に属する人たちが多い。そこでは、女性が顔を見せるだけで罰せられることもある。それでも、女も男も、そうした規則を迂回する手段としてFacebookやTwitterなどのソーシャルネットワークを使っている。社会生活を仲介するものとして、意図的にテクノロジーを使っているのだ。しかも、それは楽しい。「Facebookは『ハッピー』な場所です。とくに、日常の貧困と暴力から子どもたちが抜け出せないでいるファベラ(ブラジルの貧民街)では重要です」。

もちろん、テクノロジーは新たな問題を引き起こす。位置情報技術は、ギャングが嫌がらせや誘拐の目的で特定の人物を探し出すことを可能にしてしまう。出会い系サイトの詐欺は、出会いを求めて若い男女がインターネットを使うほどに増えてゆく。中傷的な画像を拡散すれば、家族やコミュニティー全体が辱められる。しかし、テクノロジーが可能にしたこのようなシンプルな人間関係は、貧しい人たちの生活を、ほんのわずかだが楽にできることもある。

起業家は日常に目を向けるべき

アローラ氏の最も辛辣な批判は、シリコンバレーとその起業家たちが、彼らの核心的な要求にではなく、大規模プロジェクトにばかりこだわっていると分析したところから発している。

彼女は、Nicolas Negroponte(ニコラス・ネグロポンテ)氏と彼の「One Laptop Per Child」(すべての子どもにノートパソコンを)プログラム(この時点で彼女は何度も口にしている)と、コンピューターを村に置けば教育を変革できるという信念のもとに行われたSugata Mitra(スガタ・マイトラ)氏の「Hall-in-the-Wall」実験を強く批判している。私たちとのインタビューの中で、アローラ氏はこう話していた。「発想が貧困だと言っているのではありません。ただ、彼らは上から目線で、非常に無礼だったのです」。

宇宙船や斬新なテクノロジーなどではなく、貧しい人たちがすでに訴えている要求を満たすものを、製品のデザイナーは与えてくれればいいと彼女は進言する。インドのJioが成功した理由についてアローラ氏は、その戦略が「インド市場の特徴である『ABCD原則』に従っていた、つまりインドの消費者のほとんどが、自身の個人情報をAstrology(星占い)、Bollywood(インド映画)、Cricket(クリケット)、Devotion(信仰)のサイトで使っているという事実をベースにしている」と書いている。

企業の創業者、政府関係者、支援団体の中には、その結果を受け入れられない人もいるだろう。そのような娯楽を求める軽薄な行為を、彼らは非難したがる。ユーザーは自分自身を教育し、貧困から「自力で脱出する」よう努力すべきだと彼らは主張する。しかし、性的関心の探求、安全な場所からの政治的な発言などなど、そうした自己表現を追求することは貧困層の絶対的な権利だとAroraは熱っぽく語る。分子生物学上の発見を学ぶことなど、どうでもいい。

「The Next Billion Users: Digital Beyond the West」には、役に立つか立たないかの評価の基準となる単一のテーマは存在しない。アローラ氏はいくつもの逸話、データ、視点を提供し、読者の世界を広げようと努力し、その目標を達成した。新市場にユーザーを持つ人たちなら誰もが、彼女が培った視点を参考にする価値がある。

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(翻訳:金井哲夫)

モバイルがインドの農村部を変える

Bahour

編集部注:本稿を執筆したMelissa Jun Rowley氏は、ジャーナリストであると同時に起業家としても活動する。また、彼女はストーリーテリング、テクノロジー、ソーシャルジャスティスを専門とするアクティビストでもある。Humanise, Inc創業者兼CEOの彼女は、ミュージシャンのPeter Gabriel氏が創設したThe ToolBoxの運営を行っている。The ToolBoxは、データを活用した人道主義的なイニシアティブである。

 

インドの街、ジャーンシー郊外の農村部。そこでは、ヤギや牛が闊歩する舗装されていない道路で子供たちが遊んでいる。地味ながらカラフルな家の床は泥で固められ、女性たちは井戸に水を汲みに行く。

そこで見られる風景、そして、聞こえてくる音は、農村部ならではの典型的な姿だ。しかし、ただ1つを除いては。この地域では、スマートフォンが人々の命を救っている。この村では、「Accredited Social Health Activists(ASHAs)」と呼ばれる女性のヘルスケアワーカーたちがスマートフォンをもち、mSakiというアプリケーションを使って妊婦に出産についての知識を教えている。

Qualcomm Wireless Reachによって創業され、IntraHealth Internationalによって開発されたmSakiを使い、329人のASHAsが1万6000人の母親たちの手助けをしている。モバイルブロードバンドを利用したイニシアティブがインドの農村部でこのような活動をしているという事実は、無視できることではない。

情報格差を解消する。低い識字率、劣悪な通信環境

インドのNational Health Ministryによれば、インドでは1000人中29人の新生児が死亡するという。インド政府は、この数字を1桁台にまで抑えることを目標に掲げている。しかも、インド女性の識字率は低い。ニューヨークを拠点とするInternational commision on Finincing Global Education Opportunityが昨年10月に発表した調査結果によれば、小学校を卒業した女子児童のなかで文字の読み書きができるのは全体のたった48%だという

また、Pew Research Centerが行った2015年のアンケート調査によれば、インターネットの通信環境をもっていると答えたインドの成人は22%だった。そうは言うものの、インターネット通信環境を整えようとする努力がインド各地で行なわれていることも事実だ。Digital Indiaが実施するプログラムは、デジタルによって人々がもつ力を向上させ、農村部にブロードバンド環境を提供することを目指している。この計画の一部として、インド政府は2018年までに4万以上の村でモバイル通信を利用可能にするという方針を打ち出している。

その一方で、mSakiは現状の通信環境でも大きなインパクトを与えることができる。このアプリケーションは劣悪な通信環境にも対応できるように開発されたものだからだ。デバイスに送り込むデータはオフラインで保存され、インターネットに接続された時にはじめてデータをサーバーへアップロードする仕組みなのだ。

妊婦を診察し、彼女たちにアドバイスを与える

現場の最前線で働くRam Kumari Sharma氏は、インド各地の村を転々とする毎日だ。彼女はmSakiを使い、妊婦や出産後の母親、そして新生児の健康状態をアプリにインプットし、彼女たちの診察も行う。mSakiに表示されるテキストやアニメーションを頼りに、彼女は注意すべき病気の症状やその治療方法を妊婦たちに教えているのだ。

現場の助産婦をサポート

mSakiは現場の補助看護助産婦(ANMs)たちにも利用されている。Anita VT氏は、村のヘルスケアセンターで20年間勤務するベテランのヘルスケアワーカーだ。彼女はそこで、患者の受け入れ、出産の補助、子どもへのワクチン注射などの業務をこなす。そこは、小さな部屋に数個の手動ツールがあるだけの小規模な医療施設だが、モバイルテクノロジーは彼女に21世紀の医療を与えた。

VT氏はタブレットを指差しながら、「これがあれば何でもできます」と話す。「紙を使う理由がありません」。

IntraHealthでシニアアドバイザーを務めるMeenakshi Jain氏は、mSakiはコスト効率的な医療を可能にするアプリケーションだと語る。

「インド政府は、すべての妊婦をオンラインのシステムに登録するというプログラムを全国で展開しています」と彼女は話す。「これを実現させるのが現場で働くASHAsや助産婦たちです。それらのヘルスケアワーカーの役割は、妊婦を特定し、彼女たちの情報を登録することです。しかし、従来のやり方では、彼女たちが紙のフォームを埋め、10〜20キロの道のりを往復し、コミュニティに設置されたヘルスセンターのオペレーターと話をし、そしてデータをコンピューターに打ち込む必要がありました。mSakiは、そういった事務処理にかかる時間的なコストを大幅に削減することができるのです」。

mSakiをどうやってスケールさせるか?

mSakiプログラムに必要な資金を集めるため、IntraHealthは同アプリの実績をステークホルダー(連邦政府、州政府、ドナーなど)と共有している。実際にmSakiが母親や子どもたちの健康状態を改善していることを示すためだ。Jain氏は、政府がmSakiや他の類似のアプリケーションを導入することで、現場で働くヘルスワーカーたちに最新の技術を提供し、彼女たちの能力を一段と高めることができればと願っている。IntraHealthに十分な資金が集まれば、同社はmSakiの改善を続け、今後は家族計画のアドバイスや識字率改善にも取り組んでいきたいと話している。

より速く、より効率的なマイクロローンを

ジャーンシーから450キロほど離れたジャイプル郊外の村。ここで、非営利団体のPlanned Social Concern(PSC)は村に住む女性たちにマイクロローンを提供している。

PSCのマイクロファイナンスを利用した人々のなかには、そこで得た資金を利用して小さなビジネスを立ち上げる者もいる。また、ある女性は、PSCから借り入れた資金のおかげで新しい家を建てることができ、子どもを学校に入れることもできたと喜んでいた。

この経済的なエンパワーメントを可能にしたのは、モバイルブロードバンドだ。Qualcomm Wireless Reachとのパートナーシップを通して、PSCは2014年にすべてのローン審査プロセスをデジタル化した。今では、このプログラムは完全にペーパーレスで運用されている。

PSC COOのravi Gupta氏は、3Gネットワークにつながったタブレットと「MicroLekha」と呼ばれるモバイルアプリケーションを利用することで、スピーディで透明性のある業務を可能にしたと話す。

「ローン組成にかかる業務をマニュアルで行っていた当時、実際の融資までには17〜18日程度の時間が必要でした」とGupta氏は語る。「MicroLekhaを使えば、その時間が3〜4日にまで短縮されます」。

すべての書類はデジタルに保存されているため、顧客は借り入れごとに紙の書類を作成する必要はない。ローンを返済すると、その旨を伝えるアップデートがSMSで届く。

これは始まりに過ぎない。Digital Indiaの試みがインド各地に広まれば、ヘルスワーカーを助け、妊婦を教育し、小規模ビジネス立ち上げの機会を与えてくれる新しいモバイルテクノロジーが導入されることだろう。

農村部にインパクトを与えるプログラムが大企業から生まれ、西洋の貧しい国々でもDigital indiaなどと同様のイニシアティブが立ち上がることを、私は望んでいる。

[原文]

(翻訳: 木村 拓哉 /Website /Facebook /Twitter