私はベンチャーキャピタルのパートナーという立場上、たくさんの取締役会資料を見てきた。どれも手作業で美しく仕上げられ会社の現状を細かく報告している。ところが、こういう美麗な報告書の山は私を不安な気持ちにさせる。
私は部内でサービスの管理のために利用されているダッシュボードのスクリーンショットの方がずっと好きだ。こういうスクリーンショットは取締役会向けに慎重に用意されたものではない。毎回取締役会には同じフォーマットのスクリーンショットを提出してくれるとありがたい。
その理由は、一見皮肉な事実だが、取締役会向け資料が重要なのは取締役会が重要だからではない。会社のパフォーマンスを正確に描写している限りにおいてその資料は会社経営チームにとって重要なものとなるのだ。だから会社経営チームは取締役会向け資料ではなく、ダッシュボードにもっと注意を払う必要がある。
優れたメトリクス〔客観的基準に基づいて収集された数値〕は業種を問わず共通に比較できる要素を備えている。比較できるだけでなく、即座に誰でも理解でき、そこから会社が必要としている決定がどのようなものか分かる。比較できるというのはつまり、メトリクスが時系列やユーザー別に整理されており、自社とライバルの動向がひと目で分かるようなもの、ということだ。優秀なメトリクスは、取締役会で常に問題となるあの質問、「この情報が事実であるなら、次にどのように行動すべきか?」に答えを与えてくれる。
これに対してわれわれが「虚栄のメトリクス」と呼ぶのは、たとえばページビューの数だとかFacebookの「いいね!」の数だとかいうような収入に直接結びつかない数値だ。虚栄のメトリクスには実質的な情報は含まれていない。今後の行動の指針にもならないし、ビジネスのパフォーマンスを改善する方法も教えてくれない。こういうものは取締役会の資料として無意味だ。
Arnold CapitalのPaul Arnoldは「大半のメトリクスで、時間はかかるが、私は最後には絶対値と動向とを見分けることができるようになる。会社を運営するにあたっては後者が決定的に重要だ」と言っていたが、私も同意見だ。
トップクラスの CEOはメトリクスに基いて会社を運営する。ところが大半のCEOにとってこれは不自然な行動に思える。人間ではなく数字を重視しなければならないからだ。数字を正しく認識し、その動きに対して自分も責任を持ち、部下にも責任を持たせるというのは非常に難しい任務だ。どうしたらそのような任務に正しく取り組めるだろう?
決定的に重要なメトリクスを選び出す。 どんな会社の場合であっても、われわれが求める財務情報は、予算、粗売上、販売原価、粗利益、人件費、純損益、キャッシュバーンレート(現金消耗率)、手持ちの現金及び現金等価物、等々だ。
IT系スタートアップ企業の初期段階の重要なメトリクスには、プロダクトのアクティベーション、エンゲージメント、リテンションなどが含まれる。ここでカギとなるのはその会社のプロダクトが本当にユーザーのニーズを満たしつつあるのかどぷかという点だ。それによってユーザーがプロダクトを今後も使ってくれるか、理想的には、そのプロダクトなしの生活は考えられないほどに気に入ってくれそうかどうかが占える。MetricStory,のCEO、 Josh Gebhardtの観察によれば、B2Bプロダクトの場合、各種サイロ的ビジネスにおいて垂直ないし水平の切り口で見た利用率の変化は優秀なメトリクスとなるという。
これらに加えてわれわれは投資先企業に対して次のような財務情報の提供を求めるのが普通だ。
- 一般的なメトリクス: 社員数、ユーザー(顧客)数、 顧客獲得費用(Customer Acqusition Cost)、生涯顧客価値(customer lifetime value), 顧客の乗り換え率(Churn rate)、 月次定期支払売上(MRR=Monthly Recurring Revenue)、 セールス・パイプラインとセールス・コンバージョン率など。.
- スタートアップの業種固有のメトリクス: 企業ごとの重要]業績評価指標(KPI)、アプリ・ダウンロード数、ユニーク訪問者数、 SaaS固有KPI、 SaaS率、純MRR、 チャーン率、LTV/ CAC比、CAC回復月数、アカウント平均売上、平均契約月数、平均前払月数、などといった数字だ。.
SaaSのスタートアップThe Better Software Company(われわれのffVCのポートフォリオの1社)のCEO、Steve
Codyは「われわれに必要とされる成長を達成するためには社内文化をそれに適合させると同時に、セールスのカギとなる次の3つの分野のメトリクスに対する注意を怠らないことだわれわれば顧客数、MRR額、顧客の重要行動の3分野をこ常にライブでモニターしている。これらは会社の運営にとっていわば主要な燃料ともいうべき要素だ」と述べている。
また、Lean Analyticsは、これら一連のメトリクスに注目することをさらに広い範囲のスタートアップにも勧めている。
経営チームのためのダッシュボード。 現在さまざまなダッシュボード・ツールが利用できる。Anaplan、ChartMogul、Domo、Fathom、Geckoboard、 GoodData,、RJ Metrics、Microsoft Power BI、Mode Analytics、Tableauなどだ。高いレベルで経営の概要を知りたい場合、TrustRadiusが ビジネス・インテリジェンスを得る助けになるだろう。この点ではG2 Crowdも役立つ。
社員のパフォーマンスをモニタする。この分野では Betterworksや15Fiveが優秀なツールだ。
ライバルとのベンチマーク比較。 ベンチマーク化されたメトリクスはことの他に役立つ。注目している分野においてどれが最高水準であり、どれが平均的な数字であるかひと目で分かるからだ。Google Analyticsは先ごろ、ベンチマーク機能を提供することを発表した。Compass.coとPayScaleもそれぞれの分野のメトリクスを知るために役立つ。
事前の財務予測と現実の達成度を取締役会に報告する。 仮に会社が極めて初期段階にあり、まだ正式の取締役会が開かれない場合でもファウンダーと経営チームは取締役会と同様のアドバイザーの組織を作っておくことを強く勧める。私は以前、取締役会(同様のアドバイザー会議を含む)のための提出資料のテンプレートを作っておいた。またシリコンバレー最大のVCであるAndreessen Horowitzのスタートアップ・メトリクスという記事も参考になる。
われわれのベンチャーキャピタルのCFOのグループはスタートアップがメトリクスを利用することを積極的に助けている。私の同僚でポートフォリオ・アカウンティングの責任者を務めるCristian Valbuenaは最近3日間にわたってサイト上でセミナーを開催し、メトリクスの利用に関連する問題を扱った。
たとえばChristianは、「ウエブサイトへの訪問者」というメトリクスは、1)サイトを訪れた実際の人数が不明(1人のユーザーが100回訪問することもあれば、100人が1回ずつ訪問することもある)、 2) 訪問者の行動の結果が不明(そのまま立ち去ったのか、売上に結びついたのか?)、などの点を指摘した。
つまりユニーク訪問者数とコンバージョン率の双方を組み合わたものでなければ良いメトリクスとはいえないわけだ。良いメトリクスは現状を正確に理解する助けになるだけではなく、今後どのような行動を取らねばならないかを知るうえでも非常に役立つ。
ベンチャーキャピタリストとしてのこれまでの経験から、われわれは論理的に正しい良いメトリクスを導入し、一貫して利用する経営チームは成功を収める確率が非常に高くなることに気づいた。われわれはこうした有望なグループに読者の企業も加わることを強く願っている。
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(翻訳:滑川海彦@Facebook Google+)